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ラーメン馬鹿

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第一章


第一章

                   ラーメン馬鹿
 城嶋雄大はこの時福岡ドームにいた。そしてそこでこれまでにない程立腹を見せていたのであった。
「駄目と」
 こう言うのだった。
「このままじゃいかんと。何をやっとおと」
「あんた何言っとると」
 その横にいる女房の麗が声をかけてきた。二人共完全に地元の鹿児島の言葉になっている。
「今日ホークス買ったとよ。嬉しかこととね」
「それはよかっばってん」
 それはいいと言う雄大だった。
「ホークス買ったんはおいどんにとってホンマによかことじゃ」
「じゃあ何でそんなに頭にきとおと」
「ここのラーメンじゃ」
 彼はラーメンのことを言うのであった。
「この福岡ドームのラーメン」
「王さんが考えたラーメンとね」
「まっとこうまかったい」
 こう言うのである。
「見事じゃ。やっぱり九州のラーメンはこうでなくてはいかんたい」
 今度はいささかここの言葉も入っているようである。
「このスープと麺でな」
「確かにそうたいね」
 麗は少女めいた可愛らしい、年齢よりもまだ若く見えるその顔で頷く。長めの黒髪は後ろで束ねている。雄大はというとその大柄で柔道選手みたいな顔と身体で思いきりラーメンを啜っていた。その白いラーメンを。
「ここのラーメン、何もかもよかとよ」
「それがいかんたい」
 彼はこう言うのだ。
「この美味さ、おいどんのラーメンよりまだ上じゃ」
「上じゃまずかと?」
「王さんは野球では世界一じゃ」
 伊達に八六八本もホームランを打ってはいない。しかも一塁手としての守備にも定評がありホークスの監督しても三回も日本一に輝いている。やはり見事な成績だ。
「けんどもな」
「ラーメンはちがっとると言うとね」
「そういうことじゃ。ラーメンはおいどんが世界一じゃ」
 こう言うのである。
「だから。それに負けたのが」
「くやしかいうとね」
「そういうことじゃ。おいどんのラーメンより上」
 このことをまた言う。大きな顔がホークスが負けた時以上に歪んでいる。
「こんこと忘れんとよ」
「ほならどげんするとね」
「決まっとおと」
 すぐに女房に答えるのだった。
「今日は家帰って」
「ほい、家帰って」
「ラーメンの研究じゃ」
「早速作るとね」
「今日店は休みじゃ」
 二人は博多の屋台でアーメン屋をやっているのだ。博多ではそうした屋台の店が実に多い。
「幸いな」
「だけん勉強はするとね」
「そうたい」
 彼ははっきりと女房に答えた。
「じゃあ戻ると。よかとね」
「ああ。わかったたいよ」
 二人はかなり強い九州弁で言い合って話を進めていく。
「そんだったら今すぐに」
「帰るったい」
 こうして実際に二人の家、小さなアパートに戻ってそこで殆ど徹夜でラーメンの研究をするのだった。こうしたことがしょっちゅうである。そしてそれは店のラーメンにも実際に出ていた。
「おっ、何かラーメンがまた」
「美味くなっとったい」
 部活帰りの高校生達が二人の屋台のラーメンを食べて笑顔で言った。二人は博多の街で夕方から屋台を出している。左手には川がありそこを背にしている。そこで木の粗末なテーブルも出して客を受けているのである。高校生達は詰襟の制服のまま屋台の席で並んでラーメンを食べているのだ。
「スープのコクもよかし」
「麺の味も」
「勉強したとよ」
 こう答えたのは麗だった。皆からはおかみさんと呼ばれている。白い頭の三角巾に割烹着が実によく似合っている。雄大m白い料理人の服である。
「またね」
「そいでこんなに美味くなったとね」
「いや、おかみさんやるとね」
「勉強したのはおいどんもね」
 ここで雄大が鹿児島弁も混ざった言葉で言うのだった。
「おいどんもちゃんと勉強したとよ」
「ああ、それはわかっとおと」
「旦那さんもいるのはね」
「わかってたらいいとよ」
 雄大は彼等の言葉に腕を組んで納得するのだった。
「そんでもそんだけ味ばよくなっとおとか」
「ああ、すんごく」
「やっぱり九州のラーメンになっとるとよ」
「九州のラーメンは豚骨ばい」
 高校生達は口々に言うのだった、
「最近それもば忘れちょる店もあっし」
「こうして白いスープに細い麺ばちゃんと出してくれっのもいいばい」
「東京のラーメンは邪道じゃ」
「そうたい」
 雄大と麗はそれはすぐに言うのだった。
「だから小久保もすぐに戻ってきたっとたい」
「福岡にな」
「あら巨人がアホたい」
「あいつ等が強奪したとね」
 高校生達は小久保と聞いてすぐにこう返した。
「そんでこっちが取り返したとね」
「今度日本シリーズで会ったらギッタンギッタンじゃ」
「腕の五本や十本は覚悟させたるわ」
 ソフトバンクファンも巨人には恨みがあるのであった。巨人こそはまさに全ての野球ファンの、野球を愛する日本国民の共通の怨敵である。
「まあそんで東京のラーメンは」
「巨人のまずい味がするたい」
 東京風のラーメンをあくまでけなすのだった。
「あんなんよりやっぱりこの豚骨ラーメン」
「これたい」
「じゃがその九州ラーメンも味は色々ばい」
「そうだい」
 今度はその九州ラーメン自体についての話になった。
「美味かものもあればまずかものもある」
「ここはまた美味かなっとるけどもな」
「勉強した結果じゃ」
「その通りばい」
 また言う雄大と麗だった。
 
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