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緋弾のアリアGS  Genius Scientist

作者:白崎黒絵
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イ・ウー編
武偵殺し
  19弾 雨と涙と

 留置人面会室で2人の管理者に見張られながらアクリル製の板越しに出てきた美人に、俺は見覚えがあった。

 たしか、アリアの拳銃(ガバメント)のグリップに埋め込まれていたカメオ。あれに彫刻されていた、アリアによく似た女性である。

 柔らかな曲線を描く長い髪。オニキスのような瞳。アリアと同じ、白磁のような肌。そして、女性らしいふくよかな胸――――ここだけは、アリアと正反対だな。

「まあ……アリア。この方、彼氏さん?」

「ちっ、違うわよママ」

 俺を見てちょっと驚いたような、しかしおっとりした声をあげたこの女性は……

 アリアの、母親……らしいな。

 なんていうか、若い。すごい若い。

 母親というより、歳の離れたお姉さん、って感じがする。

「じゃあ、大切なお友達さんかしら?へぇー。アリアも、ボーイフレンドを作るお年頃になったのねぇ。女の子のお友達作るのさえヘタだったアリアが、ねぇ。ふふ。うふふ……」

 アリアのお母さん。大丈夫です。あなたの娘は、いまだに友達を作るのがヘタですから。というか、アリアって昔から友達いなかったのか。だから、こんな捻くれた性格してるんだな。可哀想に。

 俺の憐みのこもった視線から、俺が何を考えてるのかだいたいわかったらしいアリアは、俺の足をガシガシ踏みながら、アリア母との会話を続ける。

「違うの。こいつは薬師丸(やくしまる)ミズキ。武偵校の生徒で――――そういうのじゃないわ、絶対に」

 長い睫毛の目を優しげに細めていたアリア母に、アリアはスパッと言い切る。

 そんなに明確に否定しなくても。そんなに俺と友達に見られるのが嫌なのか?

「……ミズキさん、初めまして。わたし、アリアの母で――――神崎かなえと申します。娘がお世話になってるみたいですね」

「ああ、いえ。そんなことないですよ。むしろ、俺の方が娘さんにお世話になりっぱなしで」
 嘘だけど。

「ふふ。そんな嘘おっしゃらなくてもいいんですよ?この娘のことです。いつも自分一人で暴走して、周りに迷惑をかけてるんでしょう?」

「……バレましたか。流石ですね」

「母親ですから」

 かなえさんはそう言って優しげに微笑む。不覚にも、俺はその笑顔にちょっとだけ、ドキッとしてしまった。

 そんな俺に、アリアはなんだかイラッとしたような顔をして――――アクリル板の方に身を乗り出した。

「ママ。面会時間が3分しかないから、手短に話すけど……このバカ面は『武偵殺し』の3人目の被害者なのよ。先週、武偵校で自転車に爆弾を仕掛けられたの」

「……まぁ……」

 かなえさんは表情を固くする。

「さらにもう1件、一昨日はバスジャック事件が起きてる。ヤツの活動は、急激に活発になってきてるのよ。ってことは、もうすぐシッポを出すはずだわ。だからあたし、狙い通りまずは『武偵殺し』を捕まえる。奴の件だけでも無実を証明すれば、ママの懲役864年が一気に742年まで減刑されるわ。最高裁までの間に、他も絶対、全部何とかするから」

 ――――アリアの言葉に、俺は目を丸くした。

「そして、ママをスケープゴートにしたイ・ウーの連中を、全員ここにぶち込んでやるわ」

「アリア。気持ちは嬉しいけど、イ・ウーに挑むのはまだ早いわ――――『パートナー』は見つかったの?」

「それは……どうしても見つからないの。誰も、あたしには、ついてこれなくて……」

「ダメよ、アリア。あなたの才能は、遺伝性のもの。でも、あなたには一族の良くない一面――――プライドが高くて子供っぽい、その性格も遺伝してしまっているのよ。そのままでは、あなたは自分の能力の半分も発揮できないわ。

 あなたには、あなたを理解し、あなたと世間を繋ぐ橋渡しになれるようなパートナーが必要なの。適切なパートナーは、あなたの能力を何倍にも引き伸ばしてくれる――――曾お爺様にも、お祖母様にも、優秀なパートナーがいらっしゃったでしょう?」

「……それは、ロンドンで耳にタコができるぐらい聞かされたわよ。いつまでもパートナーが作れないし、才能だって一番大切なところだけ遺伝していないから、欠陥品とまで言われて……でも……」

「人生は、ゆっくりと歩みなさい。速く走る子は、転ぶものよ」

 かなえさんはそう言うと、長い睫毛の目をゆっくりまばたかせた。

「神崎。時間だ」

 壁際に立っていた管理官が、壁の時計を見ながら告げる。

「ママ、待ってて。必ず公判までに真犯人を全部捕まえるから」

「焦ってはダメよアリア。わたしはあなたが心配なの。1人で先走ってはいけないわ」

「やだ!あたしはすぐにでもママを助けたいの!」

「アリア。わたしの最高裁は、弁護士先生が一生懸命引き延ばしてくれてるわ。だからあなたは落ち着いて、まずはパートナーをきちんと見つけ出しなさい。その額の傷は、あなたがもう自分1人では対応しきれない危険に踏み込んでいる証拠よ」

 アリアが前髪で隠していた傷とテーピングにはとっくに気付いていたらしく、かなえさんがアリアを叱る。

「やだやだやだ!」

「アリア……!」

「時間だ!」

 興奮するアリアを(なだ)めようとアクリル板に身を乗り出したかなえさんを、管理人が羽交い締めにするような形で引っ張り戻した。

 あっ、とかなえさんが小さく喘ぐ。

「やめろっ!ママに乱暴するな!」

 アリアはまるで小さな猛獣のように犬歯をむき、赤紫色(カメリア)の目を激昂させてアクリル板に飛びかかった。

 だが、板は透明でも厚く固い。もちろん少しも歪まず、アリアを受け付けない。

 かなえさんはアリアを心配そうな目で見ながら、2人がかりで引きずられるようにして運ばれていき……最後の最後で、俺の方を見て言った。

「ミズキさん。その子を……アリアを頼みます。意地っ張りで素直じゃないところもあるけど、根はとても優しい子だから。どうか、よろしくお願いします」

 かなえさんは最後にまた、あの優しい笑みを浮かべて。

 面会室の奥の扉が――――クリーム色の柔らかさとは裏腹に重い金属音を響かせて――――

 閉ざされる。



「訴えてやる。あんな扱い、していいわけがない。絶対……訴えてやるッ!」

 と、独り言をこぼしながら、曇り空の下を歩いて新宿駅へ戻るアリアに……

 俺はずっと、声をかけられずにいた。

 ただ影法師のように、その後ろについていく。

「……」

 かつん、かつん、かつん。

 ミュールを鳴らしてアルタ前まで戻ってきたアリアは、急に――――

 かつ……ん。立ち止まった。

 俺も、止まる。

 背後から見れば、アリアは顔を伏せ、肩を怒らせ、ぴんと伸ばした手を震えるほどきつく握りしめていた。

 ぽた。

 ぽた……ぽた。

 その足元に、何粒かの水滴が落ちてはじけている。

 それは、聞くまでもなく、アリアの涙だった。

「アリア……」

「泣いてなんかない」

 怒ったように言うアリアは、顔を伏せたまま震えていた。

 湿っぽい風の中、街を歩く人々は道の真ん中で立ち止まる俺たちをニヤニヤ見ている。

 痴話喧嘩か何かだと思っているのだろう。

「おい……アリア」

 俺はアリアの前に回り込み、少し背をかがめて顔を覗き込んだ。

 ぽろ……ぽろ。ぽろ。

 前髪に隠れた目から、うつむいた白い頬を伝って、真珠みたいな雫が滴る。

「な……泣いてなんか……泣いてなんか……」

 そう言うアリアは歯を食いしばり、きつく閉じた目から涙を溢れさせ続けていた。

 そして、

「ない……だからぁ……わぁ……うぁあああぁぁあああぁぁ!」

 糸が切れたかのように、泣きはじめる。

 俺から顔を逸らすように上を向き、ただ、子供のように泣く。

 こっちの胸が振動してしまいそうなほど、大きな声で。

 痛々しいほどに、悲しそうに。

「うあぁあああああああ……ママぁー……ママぁああああぁぁ……!」

 夕暮れの街は、明るいネオンサインに楽しい音楽を乗せて、流行の服や最新の電化製品を宣伝している。チカチカするその光が、アリアの緋色の髪を弄ぶように照らす。

 追い打ちをかけるように、通り雨が降りはじめた。

 人々が、車が、俺たちの横を通り過ぎていく。

 ……俺は。

 喧騒の中でいつまでも泣き続けるアリアに、どうしてやることもできなくて。声をかけようにも、何と言っていいかわからなくて。

 ただ、無言のまま、そのそばに立っている。あの、バスジャックの時と同じように。

 あの時以上の、無力感に(さいな)まれながら。

 そばにいてやることしか、できなかった。 
 

 
後書き
皆様お久しぶり!もしくははじめましてでもOK!白崎黒絵です!
今回はきちんと約束を守って投稿できました。これからもこんなペースで投稿していけたらいいなあ……マジで。

今回のお話はアリアが精神的に軽くボコられるお話です。こういうちょっと鬱展開っぽい話って、いいですよね。

それでは作者のPCの時間制限も迫っていることですし、そろそろあれをやりましょう!
「GS!今日の一言誰でShow!」
今回は美人でアリアとは比べ物にならない胸をお持ちのこの方です!

「これからも、アリアのことをよろしくお願いしますね?」

こんなお母さんが欲しかったです。いや本当に。

それでは皆様、今回はこの辺で。次回の投稿は明日か明後日か明々後日を予定しております。お楽しみに!
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