打球は快音響かせて
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
高校2年
第十四話 デビュー戦
前書き
登場人物プロフィールをアップしたいと思います。
好村翼(主人公) 投手 左投左打 177cm67kg
出身チーム 大澤さんとその仲間たち
木凪諸島は斧頃島からの島の子。
基本的に真面目で、人が好い。
身体能力は悪くなく、かなり器用でもある。
宮園光 捕手 右投右打 178cm72kg
出身チーム 水面西ボーイズ
かなり屈折した所がある。強肩で打撃も悪くない。
人格こそが何よりの課題。
帝王大と商学館に知り合いが居る。
第十四話
だんだんと暖かくなってきた時期。
昼は半袖でも十分イケるが、夜はまだ少しだけ寒いかもしれない、そんな微妙な季節。
空は快晴。土は良い具合に乾いている。
「1番、ショート枡田」
「いぃよっしゃぁぁあーーー!」
ベンチ前に組まれた円陣で浅海がオーダーを読み上げ、名前を呼ばれた選手は大声で返事をする。枡田は常に大声である。
「9番、ピッチャー好村」
「はい!」
ついにこの日がやってきた。
今日は、Bチームの初試合である。
ーーーーーーーーーーーーーーー
(……2年の春でやっと初登板か)
翼は先発のマウンドの足場をならしながら、ホームベース方向を見やる。捕手の見え方、距離感はブルペン投球や、バッティングピッチャーの時と変わらない。そもそもここは、慣れ親しんだホームグランドである。ピッチャーを務める機会も、中学生の頃から数え切れないほどあった。
ただ、草野球をしていた頃の気楽さなどは無かった。翼の顔も口元がピッと引き締まっている。
投球練習をこなす。ストライクはちゃんと入る。
よし、大丈夫。
後輩の捕手が最後の一球をセカンドに送り、内野にボールが回される。
翼のデビュー戦が始まった。
キン!
(ほえっ?)
相手の先頭打者は初球を打ってきた。
翼から見て右側にゴロが飛ぶ。
反応が良ければ翼が捕れたゴロだが、翼は不意を突かれて固まってしまい、そのゴロをスルーした。
「よっしゃぁーー!」
しかし、投手をすり抜けてセンターへと転がっていこうとするゴロにショートの枡田が追いつく。
腕を伸ばしてゴロをすくい、細かくステップを踏んで一塁に送球。矢のような送球が一塁に達し、先頭打者をアウトにとる。
「……ふぅ」
翼はひとまずワンアウトがとれた事に安堵する。
ショートの枡田はニヤニヤ笑っていた。
「ヨッシー今の捕れたんちゃうん?え?もしかして緊張してんの?」
「そっそんな訳ないだろ!たかが練習試合で!」
「ふ〜ん?」
翼は図星を突かれて赤面した。
緊張が一言でフッと吹き飛んだ。
カーン!
「オーライ」
2番打者の打球は内野フライ。
セカンドがガッチリ捕球し、ツーアウトになる。
(…大丈夫だな。そんなに簡単には、打たれない)
翼は打者2人を抑えて自信をつけた。
長打警戒のシフトをバックにつけて、更に投球に思い切りが出る。
大きく背筋を伸ばして振りかぶり、右足を高く跳ね上げる。その足の動きの躍動感を保ちながら一気にステップアウトし、テークバックで巻き上げた細い腕を振り抜く。軸足はプレートを蹴らないが、それでも腕の振りの反動で体は三塁側に流れていた。腕が振れていた。
リリースの瞬間、ボールがポンと上に浮く。
浮いたボールは打者からは途中で一瞬止まったように見え、そこからストライクゾーンに落下してくる。
スローカーブ。翼が唯一身につけていた変化球だった。
(元々、打者のタイミングに合わせて球速を微調整できるほど器用な奴だからな。腕の振りの強さを変えずに、ストレートより手元でリリースする。…教えてもできる奴はそう居ない)
浅海はベンチでメモをつけながら、その落差に頷いた。経験の浅い翼に対して、ともすればフォームを崩す原因にもなる変化球の指導は殆どしていないが、しかしただ一つ教えたカーブの投げ方を翼は概ねマスターしていた。
パシィーン!
「ストライクアウト!」
遅いカーブでカウントを整えた後の低めのストレート。アウトコースの低めに糸を引くように決まり、その緩急に打者は手が出ない。
「よしっ!」
初回を三者凡退に切った翼は左手を小さく握って、ベンチへと駆けていく。
「ええ球放るやん、意外と」
枡田はグラブで翼の頭を小突き、やり返そうとする翼の追撃を振り切って初回の自分の打席に向かった。
「まぁ、上々の立ち上がりじゃないか。」
「は、はい!」
ベンチでは浅海が翼に声をかけてきた。
浅海の表情はまだ初回だからだろう、全く緩んでいないが、しかしその声色はいつもより少し柔らかかった。その微妙な変化が分かるほど、翼もこの1年間で浅海が分かってきていた。
「これからもテンポ良くストライクを取れよ。で、工夫のしどころは、そのストライクが打たれ始めた時だ。相手に慣れさせないピッチングを考えるんだぞ、いいな?」
「はい!」
ホッとしたのもつかの間、翼は2回以降の投球を考えて気持ちを引き締める。
そう、まだ始まったばかり。
この試合も、自分の投手人生も。
ーーーーーーーーーーーーーーー
カーーン!
「はい3安打ァー!」
枡田が鋭い打球と共に叫び声を上げる。
小柄な1年生ながらその打撃は、普通の公立校のBチーム相手ならば簡単にヒットを打てる。
ザザーッ
「盗塁も二つ目ェー!」
更に足も抜群に速い。このレベルの相手ならほぼフリーパスで盗塁できる。
「オラオラ追加点いくよいくよォー!わざわざ2塁いったったんやから打てよお前らー!」
そして何より、枡田はうるさい。
常に大声で何か喋っている。その全ての声が所謂有用な声、という訳ではないが、しかしムードメーカーとしては打ってつけである。三龍のような中堅私学の立場では尚更こういうエネルギーに溢れた人間が目立つ。
キーン!
「え!?」
次打者のショート定位置へのゴロに対して、2塁ランナーの枡田は猛然とスタートを切る。ショートは三塁に投げるが間に合わず、オールセーフとなる。
「おいおい、暴走っちゃ!定位置のゴロやけ!」
諌めるベースコーチに、枡田は「だから何やねん」と返す。
「今ショートが投げる前にいっぺん牽制入る動きしよって、ポジション戻るの遅かったんや。打った瞬間、あいつは三遊間に体が向いとったはずや。そこから打球捕るのに二遊間へ体切って、またサード放るのに三塁側に体切って、それができる奴ならまぁこんなB戦には居らんやろ。」
「……お前がB戦におるんが何よりおかしいわ」
ベースコーチが呆れる。
この強かさ。枡田はただうるさいだけの無邪気な野球小僧などではない。馬鹿さと知性、両面を持ち合わせている。強かである。
「…無茶しよって…点差は開いとうのに…だからアホなんちゃ…」
ブツブツ言いながら左打席には3番の越戸が入る。枡田とは正反対に、暗い。まず顔が冴えない。ひょろっとした身体で傘を持って突っ立っているような構えにも何の威圧感もない。
しかし、投手が投球モーションに入るやいなや、その印象が一変する。テークバックで一気に腰が据わり、力感が出る。
「キェェエエエイ!」
カキィーン!
奇声を上げながら捉えた打球は鋭いライナーとなって左中間を破る。ランナー2人を一掃し、越戸自身も2塁ベースに悠々到達。
「…やっぱり2塁止まりかぁ…」
越戸は塁上ではまた根暗の顔に戻って、ブツブツと呟いていた。
「"キェェエエエイ"って何だよ一体」
ベンチで翼は笑う。左肩と肘にはアイシングが巻かれていた。結局この試合は5回を投げて無失点のまま交代した。正直、かなりホッとしている。
「好村さん、安心してますね。それじゃ主将の仕事になってませんよ。」
翼の隣に座ってスコアをつけている京子が、リラックスムードが出ている翼に釘を刺した。無表情でボソッと言うので結構怖い。
「あ…よ、よしまだまだ追加点いくぞーっ!ベンチここ一本打たせるぞ!」
「おっしゃー!」
「大竹ー!甘いのいけよー!」
ハッとした翼がベンチの後輩達を焚きつけ、声を出させる。高校レベルの主将は、大して頭を使わない。頭を使うと、指導者につべこべ言うな、ゴチャゴチャ考えるなと言われるのがオチだ。だからチームの雰囲気を取り持って、後は指導者のお小言を矢面に立って聞いておけばそれで事足りる。主将の本義としてそれが正しいかは置いといて、現実にはそうなってる場合が多い。そして高校生レベルだと、チームの雰囲気に気を配る事すらままならない事も多いのだ。個人と集団の優先順位は頭で分かっていても、行動に表すのは難しい。
「…ふん」
浅海はその様子を見て、鼻で笑った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
Bチームがホームグランドで試合している頃、Aチームは他校のグランドに赴いて練習試合を行っていた。ちょうど一試合目が終わった所で、鷹合と宮園がクールダウンのキャッチボールをしていた。
「いやぁ、鷹合君のポテンシャルは凄いですね。あの体と、あのスピードは。」
「いやいや、まだまだですよ。課題だらけでして…」
「いや、本当に凄い身体能力です。やりようによっては化けますね。プロも見えてきますよ」
「いやいや、プロだなんて、そんな」
相手校の監督と、乙黒とがバックネット裏で煙草を吸いながら話しているのを横目で見て、宮園は呆れた。何に呆れたかと言うと、乙黒が相手校の監督の言う事を素直に賞賛として受け取っていそうな所である。さっきから、ポテンシャルだの、身体能力だの、「結局今は大した事がない」と思わせるような言葉しか出てきていないではないか。実際、鷹合はこの試合も140キロを越すボールを投げてはいたが、5点を失っていた。終盤は決め球不足で粘られ、何とか威力で押し切るしかないいつものパターンにハマっていた。そしてこのパターンは、昨秋から少しも変わっていない。当時から変わったのは球速が上がった事くらいである。宮園の中では、もう鷹合の投手としての資質にはケチがついていた。また、乙黒の指導者としての資質にも。
「鷹合は高校レベルの素材ではありませんから、大きく型にはめずに育てようと思います!」
この一言に宮園は舌打ちした。
型にはめない?大きく育てる?そう言えば聞こえは良いが、ただの指導の放棄じゃないのかそれは?そのせいでガチャガチャのこのフォームもちっとも修正されないし、鷹合自身も修正の必要性に気づかない。欠点を欠点のまま残してる癖に、何が「大きく育てる」だ。もし鷹合がこの先成長したとしても、それは育てたんじゃなくて勝手に“育った”事にしかならないだろうが。
「ん?どしたんミーやん。顔硬いで?」
「いや、何でもない」
鷹合の言葉に宮園はそっぽを向いた。
「何やねんな〜、ゴメンって次は絶対フォアボール出さへんさけ〜」
(だから、どうやってそうするのかをもっと考えろよ)
ベタベタとくっついてくる鷹合に、宮園はあからさまなため息をついた。
乙黒の笑い声が、それをかき消すように響いていた。
ページ上へ戻る