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打球は快音響かせて

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高校2年
  第十三話 これが後輩?

 
前書き
キャラの顔面偏差値は

68 浅海奈緒
65 花岡寛樹
62 宮園光 浦田遼
60 美濃部健太 好村翼
58 神崎葵 福原京子 梶井元次郎
55 鷹合廉太郎 渡辺功 枡田雄一郎
53 福原康毅 高垣和也

というだいたいのイメージ
 

 
第十三話



「っしゃアーーッ!回しましょ回しましょ!パッパパッパと回しましょーッ!」

Aチームが遠征に出て行った休日の練習。
残った1年生と一部の2年生で構成されたBチームがボール回しを行う。そこでも、枡田がよく通る高めの声ですこぶる饒舌に喋り続けていた。
1年生は声の出し方すら分かっていないのが当たり前だが、しかし枡田は次々と言葉が湧いて出てくる。2年生相手にもちっとも遠慮する事がない。

「はい手本見せます見せますハイ見せたーッ!」

自分の番で送球を捕った枡田は珍妙な声を上げながら、飛び跳ねるようにしてボールを送る。持ち替えが抜群に速く、小柄なのに肩もかなり強い。スローイングは3年生の内野手にも全く引けをとらない。

「あっ!」

翼が投げたボールは高くスッポ抜け、サードの頭を越えていった。そんな失態を目の当たりにして、こいつが黙っていない訳がない。

「えぇーっ!?ウソーッ!?ヨッシーそれは無いわー!相手気遣ってよもっとー!相手を葵ちゃんやと思って投げよーよォ!葵ちゃんやと思ってさァ!」
「……」

翼は顔を引きつらせる。が、ここまで枡田が先輩を何とも思っていない事に、むしろ1年生の方が引いていた。

パシッ!
「おおっ!良いねェー!今、中根が葵ちゃんになったよ葵ちゃんにー!」

翼が今度こそ相手の胸にナイスボールを投げると、枡田はまた大きな声ではやし立てる。

「…葵ちゃんって、誰だ?」
「多分、好村さんの彼女さんですよ。実家の方に居るみたいですけどね。」

Bチームの責任者である浅海がスポーツドリンクを用意している京子に尋ねると、京子は振り向きもせずにそう答えた。

「ふーん、あいつも男なんだなぁ。……葵ちゃん」

浅海は普段あまり見せないような浮ついた笑みを浮かべて頷いた。



ーーーーーーーーーーーーーー



「ヨッシーまた来ましたよー♪」
「」

全体練習後の自主練習も切り上げ、風呂にも入ってさぁ寝ようかと言う所で枡田が翼の部屋にニコニコしながらやってきた。進級時の部屋替えの結果、翼はたまたま2人部屋に1人で住む事になっていた。それを良いことに、枡田はよく翼の部屋にやってくるのである。

「そんな嬉しそうな顔せんでもええやないですか〜もう素直ちゃうねんから〜」
「」

翼は鷹合と相部屋だった1年の頃、いびきはうるさいし、唐突に深夜に起きて筋トレ始めるし、上段のベッドからむしり取った陰毛が降ってくるし、さらにはパリパリのティッシュも落ちてくるしで、散々に迷惑を被っていた。1人部屋になった時はやっと安住の地を得たと涙を流さんばかりに喜んだというのに、今度はこのクソ生意気な後輩である。もうツッこむ気にすらなれない。ため息ばかりが口を突いて出る。

「越戸のヤツ、山ほど持ち込んどる漫画読み始めたら、全く口利いてくれへんのですわ。壁にはクソでかい『プリキュア』のポスター貼り出すし、たまに部屋真っ暗にして壁にアニメ投影して見てるし、けったいなヤツやでホンマ」
(……越戸は越戸でヲタだったんだ…)

翼は閉口した。
宮園曰く勉強も野球も中途半端なこの学校には、その反動かキャラが濃い連中ばかりが集まっているような気がする。

「ささ、パワプロしましょパワプロ。僕今日は久々にエレブース使いたいんすよ〜」
「パワプロなら鷹合も持ってるだろ。今日俺疲れてるんだよ」
「いやいや、廉太郎くんもう寝てもたんですよ〜。あの人たまに風呂も入らんと寝てますからね〜。だから、仕方なくヨッシーに付き合うてもらうんです〜」
「」

ニコニコと満面の笑みを浮かべる枡田が携帯ゲーム機をポケットから持ち出し、翼は何度目か分からないため息をついて同じモノを棚から取り出した。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「ヨッシー、葵ちゃんとどないやって出会うたんですか?」
「ふぇっ?」

パワプロの対戦も佳境に入り、翼がぼーっと条件反射的に指を動かしていると、枡田が何の脈絡も無く尋ねてきた。翼は不意を突かれて頓狂な声を出す。枡田はふふん、と笑った。

「ほら、馴れ初めてもんがあるでしょ。いきなり付き合うたわけやないでしょ?まぁ僕は、その場限りで3人くらいとヤりましたけど」
(……こいつ今何かさらっとおかしい事言わなかったか?)
「ほらほら〜遠慮せずに言うて下さいよ〜」
「な、何で言わなきゃいけないんだよそんな事!どうせお前、またネタにするんだろ!嫌だよそんなの!」
「え〜、でもゴミ箱にシコティッシュめっちゃあった話よりかはマシとちゃうかな〜?」
「なっ…///」

赤面する翼を見て、枡田は実に楽しそうである。
ちなみに、枡田は実際にゴミ箱など覗いていない。ハッタリである。

「…正直あんまり覚えてないけど」

そのハッタリにまんまと引っかかってしまう辺り、翼は純朴な島の子だった。


ーーーーーーーーーーーーーーー



観光地である木凪本島に住むシティボーイの翼が、木凪諸島の中でも外れにある斧頃島にやってきたのは6歳の頃だった。
生まれた時からずっと家から海が見え、潮風に育てられていた翼の心を、リゾートとして作られた海とは比べ物にならないほど澄んだ斧頃の海の青はガッチリと捉えた。その美しささえあれば、幼稚園の友達など居なくても寂しさは感じなかった。

堤防の上にちょこんと座って、いつも通り海の青を見ていると、その海の青を割って、日焼けした人懐こい顔が浮かんできた。

「ねぇねぇ、一緒に泳ごうや!」

それが葵とのファースト・コンタクトだったような気がする。しかしその時は、翼はその誘いを断った。海はずっと見ていたが、しかし泳いだ事は殆ど無くて。一言で言うと、怖かった。
ただ、海の青にバシャバシャと白い飛沫を立てて動き回る葵の様子が、とても眩しかった。

小学校に入る頃には、既に翼は泳ぐ事のとりこになっていた。あの葵の楽しそうな姿が忘れられず、親父に泳ぎ方を教わって、自らあの海を泳ぎ回る事を覚えたのだった。

翼を海へと誘った葵は、翼と同じ小学校に入学していた。そこでも葵は、武という丸い顔の少年と共に、地元保育園に通っていなかったために1人ぼっちになりかけていた翼を遊びに連れ出した。
そうして3人の遊び場になったのが、あの西の崖だった。

中学になると、さすがにお互いを男女として見ない訳にはいかなくなった。男女の違いというモノを、子どもながらに知る時が来たのである。この3人組も、葵が女子のグループに行ってしまう事で、翼と武のコンビになる事が多くなってしまった。小学校ではいつも一緒だったが、ここでやっと葵と距離が出来たのだ。

翼としては、葵が離れて行った事よりも、葵が居ない事に慣れていく自分がどうにも怖かった。あんなに一緒だった人間が、傍に居ない事に慣れていってしまう。関係が過去のモノになっていく。諸行無常。それを受け入れるほど翼は達観などしていなかった。

中2の時に心を決めた。
成長していく中で、女である葵と「ただの友達」で居られなくなってしまうと言うのならば、いっそ俺と葵の関係のあり方を変えてしまおう。
男と女の関係を作ろう。
そうして、翼は告白した。

「うん、ありがとう!」

葵の返事は、OKでも、No ,thank youでもなく、「ありがとう」だった。




ーーーーーーーーーーーーーーー




「………いやー、6歳から話が始まるとは思ってなかったわー」
「し、仕方ないだろ!話せって言ったのはお前なんだからそれぐらい責任持って聞けよ!」

半目になっている枡田に対して、照れ臭さを紛らわすかのように翼は怒鳴った。
こんな風に、人に葵との関係を語ったのは初めてかもしれなかった。大江にも山崎にもこんなに細かくは言ってないし、野球部のメンバーには表面的な事しか語った事がない。わざわざ語るようなモノでもないからだ。

「でもそれ、あれですねぇ。何で葵ちゃんがヨッシーに食いついてきたんかがイマイチよう分かりませんよねぇ。ヨッシーが葵ちゃんにお世話になりっぱなしってのはよーく分かりましたけど」
「あ…」

枡田に言われてそれに気づいた自分に翼は愕然とした。確かにそうだ。どうして、葵は最初、自分なんかに関わろうとしたんだろうか?
好きとか大事にしてるとか、そういう言葉はたまに聞くが、それがどうしてか、という事は葵は語った事が無かったし、自分自身も気にもしてなかった気がする。

「…でも、羨ましぃなぁ。」
「え?」
「理由なしの愛が世の中では一番の愛なんちゃいますか?」

枡田は腰掛けていたベッドから立ち上がった。
さすがに枡田も眠いらしい。
時計は11時をとうに回っていた。

「ま、まだ高校生の僕らの色恋が果たして本物かは分かりませんけどね」

枡田はあくびをしながら、翼の部屋を出て行った。





 
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