魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~
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Ep29それは少し前の出来事~Return~
§ナカジマファミリーとお母さん§
†††Sideギンガ†††
「なぁギンガ。お前、クイントがもし俺たちのところに出たら、どうする?」
この108部隊の部隊長であり私の父である、ゲンヤ・ナカジマ三佐からの問い。いま淹れてきた湯呑を父さんの座るデスクの上に置いたまま手を止める。
私の母さんであり、父の妻であるクイントが、反時空管理局組織“テスタメント”の幹部の1人として存在している。スバルからのメールで、母さんに関する情報をもらっている。もちろん八神二佐からの許可もある。
そしてよく相談されるようになった。母さんと戦うべきかどうか、とか。あの子はすごく迷っていた。当然かもしれない。だけど今は乗り越えてくれたみたいで、少し安心している。
「私は、戦います。理由はどうであれ、母さんたちのやっていることは管理局員として見過ごせません」
スバルに言ったことをもう1度口にする。管理局こそが絶対の正義なんて言わない。でも“テスタメント”も正義じゃない。人はそれぞれ違う正義を持っている。そう、絶対唯一の正義なんてものは無いんだから。だから私は母さんの、“テスタメント”の真意を問い質したい。そのために戦わないといけないのなら、私は母さんとでも戦う。
「そうか。・・・そうだな」
「父さんはどうなんですか? 母さんと会ったら・・・?」
今度は私が質問する。父さんは母さんと会ったらどうするんだろう。その質問の答えを聞く前に、部隊長室にアラートが鳴り響く。次に父さんの面前にモニターが展開。映るのは私たちナカジマ家の次女チンク。
『チンクです。広域指名手配を受けた違法魔導師集団の1人を、108部隊の管轄エリアにて発見。しかもテスタメントの幹部と思しき連中との交戦にて発見とのことです。彼らは現在、森林地区へ向かっているとのことです』
「違法魔導師とテスタメントが交戦?・・・判った。八神にはこちらから連絡を入れる。・・・ギンガ。後から俺も行く。先行して八神たちの到着を待――」
「あ、待ってください! 六課は、テスタメントの拠点に今日向かうとスバルが・・・!」
遮るようにそう口を挟む。スバルの話だと、今日、“特務六課”は“テスタメント”の拠点と思われる世界に行くとのことだ。そこで、母さんとの決着をつくかもしれないとも言っていた。
「なに!?・・・そりゃあ参ったな。黙って見過ごすしかねぇのか・・・?」
『あの、テスタメントの幹部の件なんですが、今そちらに送ります映像データを観てもらえますか』
チンクから送られてきた映像データ。映っているのは、広域指名手配を受けた違法魔導師。そして、その違法魔導師を追う2人の“テスタメント”幹部。その内の1人を見て、私と父さんは驚愕した。
「クイントか!?」「母さん!?」
実際はフードで顔が隠れているから判別できないけど、母さんだという証が映っている。両腕に装着された“リボルバーナックル”と両足に装着された“ローラーブーツ”。そして藍色のウイングロード。この3つの要素が、母さんであることを証明していた。
「俺も出る。車を回してくれ」
『了解しました』
父さんがチンクにそう指示して、急いで出動する準備を始めた。そんな中、父さんが私を見て「俺も、必要なら戦う。それが俺の答えだ」と言った。それに呆けていると、父さんは「ボケっとするな、行くぞ」と言って私の背中を1発叩いた。私は「了解です!」と返し、部隊長室を後にした。
・―・―・―・―・―・
市街地で、強制労働力としての獲物を物色していた違法魔導師。そこに突如姿を現した“テスタメント”幹部の2人への対応に、その男は戦闘を選択した。しかしそれは間違いだった。殺しの腕に自信はあった。
だが、幹部の怒りを買っている男は何もすることが出来ずに敗北。そして逃げるという選択肢を選ばざるを得なくなっていた。男は走りながら左腕を押さえ、流れ出る血を止めようと必死だった。
「くそっくそっくそっくそっ! アレがテスタメントって奴らかよ!」
運が無かった。ただそれだけだった。そんな男の足元に黄色い魔力弾が撃ち込まれる。バランスを崩し転倒しそうになるのを必死に堪え、体勢を立て直す。さらに撃ち込まれる。全弾足元。男に当てるつもりは無いらしい。
「バカにしやがってぇぇぇっ! 俺で遊んでんじゃねぇぞぉぉぉぉ!」
そう悪態をつきながら男はひたすら林の中を駆け抜ける。いま向かっている市街地に居る仲間と合流すれば、何とかなるかもしれない。そんな淡い期待を胸に秘めながら。
「大人しく投降するか、それともこのまま逃走を続け痛い目を見るか。どちらか好きな方を選んでください」
ティーダの声が林内に響く。すぐ近くから語りかけてくるような錯覚を得た男は、急いで周囲を勢いよく見回す。頭上に影が差したことで男は上を見る。そこにティーダは居た。生前は空戦魔導師。走り回る男を空から追跡することは容易かった。たとえそこが飛行の軌道が遮られる林の中だとしてもだ。
「くっっそぉぉぉッ!!」
男は胸元から拳銃を取り出し、ティーダへ向かって連射。もちろんそんなモノが通用するはずもない。見えない壁に弾かれたかのように弾丸の軌道が逸れていく。
「・・・ならば、ここで裁きを受けるんだ」
ティーダの右手に白銃が出現する。その銃口を静かに男の額に向ける。男は「ひっ」と怯えた。トリガーに掛けた指を引こうとしたティーダだったが、前方から魔力弾が数発襲いかかってきたことで、彼はその魔力弾を早撃ちで全弾迎撃する。
「助かった!」
男はそう叫んで林の中をさらに速さを上げて走り抜ける。ティーダは左手に黒銃を出現させ、その銃口を魔力弾の発射地点に向ける。
【どうします、アマティスタ?】
しかし返答は来ない。ティーダは再度クイントへと呼びかける。3度目の呼びかけで、【ごめんなさい。なんだっけ?】と返ってきた。
【どうしたんですか、と聞くのも野暮ですか。このエリアの管轄は108部隊。クイント元准尉の旦那さんと娘さん達の居る部隊ですよね】
ティーダは黒銃を降ろし、再度男の追跡を始める。クイントは【ええ、そうね】と返し、そのまま無言となった。
【会っていきますか? サフィーロの居ない今なら少しくらい話が出来ますよ】
男を再発見したティーダが白銃から魔力弾を放ちつつそう告げる。クイントは【会っていいのか、少し迷ってる】と答えた。男が林を抜けたのを視認したティーダは、少し高度を上げてから林を抜ける。そして視界に車の中に乗り込もうとしていた男を確認。
「逃がさない」
――クロスファイアシュート――
車のタイヤ4つをピンポイントで撃ち抜く。車の中から数人の男が出てきた。中にはデバイスを持っている者も居る。ティーダは白銃と黒銃の両方を構え、「バカだな~」と苦笑した。
――クロスファイアシュート――
――ヴェロシティ・レイド――
射撃と砲撃を放っていく。男たちは逃げ惑いながらも反撃を開始。しかしティーダに当たることは無かった。
――ウイングロード――
クイントが宙に奔らせた藍色の道が盾となったのだ。そのウイングロード上を疾走するクイントは、男たちへと最接近。両手に装着された“リボルバーナックル”や両脚に装着された“ローラーブーツ”が男たちを吹っ飛ばしていく。
「・・・1、2、3、4、5、6・・・6人。マスター・ハーデからの情報だと、あと8人は居るらしいですよ」
地上に降り立ち、倒れている違法魔導師集団の数を数える。ついでにデバイスを踏みつけて破壊していく。
「動くなッ!」
2人の耳に届く怒鳴り声。視線を移すと、違法魔導師集団の仲間であろう男たちが人質を取っていた。数は6人。残りのメンバーの半分以上が揃った。その内の1人が「武器を捨てろ!」と言いながら、人質に拳銃型のデバイスを向ける。人質にされた女性2人は恐怖から涙していた。
【アグアマリナ】
【解かっています】
クイントは“リボルバーナックル”と“ローラーブーツ”の武装を解き、遠くに投げ捨てる。ティーダもまた白銃と黒銃を投げ捨てる。
「よし。聞きわけの良い奴は嫌いじゃない」
また別の男が2人の武装へと近付き手にするが「重ッ!?」と驚愕し、2人がかりで1つの武装を抱えては仲間の元へと戻る。
「なぁ、あんたらがテスタメントってやつなんだろ? 管理局に対して盛大なケンカを売ったヤバい連中。でよ? ものは相談なんだけどよ、俺らも仲間に入れてくれねぇかなぁ?」
人質に銃を突きつける男がそう言った。フードの中に隠れたクイントとティーダの眉がピクリと動く。そしてティーダが「どうしてですか?」と問い、違法魔導師集団の真意を量る。
「そりゃあ、あんたらと同じさ。管理局が邪魔なんだよ。あんたら、局が邪魔だからケンカ売ったんだろ? だから俺たちは、あんたらとなら上手く付き合えると思ったわけよ」
「・・・勘違いも甚だしい。人身売買しているようなお前たちと同じにするなよ?」
――クロスファイア・オーバードライブ――
ティーダ達の周囲に黄色いスフィアが50基と展開される。男たちは「人質がどうなってもいいのか!?」と青ざめた表情で咆える。2人は答えない。ただ人質にのみ注意を払っている。「くそっ」と悪態をつく男。ティーダは溜息を吐き、口を開く。
「撃ってみればいいじゃないですか。その女性2人が本当に人質であれば、ですが」
ティーダのその言葉と共にスフィアが輝く。男たち、そして人質にされていた女性2人も胸元から拳銃型のデバイスを取り出した。そして一斉に2人に銃口を向けるも、その前にティーダのクロスファイアが放たれる。
「少し観察すれば判る。衣服の下にある銃くらい。それ以前にこんな人気の無い場所で、女性2人だけで一体何をすると・・・?」
威力を最小限にして、長く苦しむように魔力弾の雨を男たちに当て続けた。制圧完了。非殺傷設定とされていても、違法魔導師集団の衣服はボロボロで身体中は酷く腫れている。うめき声も漏らしつつ這いずって逃走を図ろうとしている者も居るが、ティーダはその者の行く手に魔力弾を撃ち込み、“逃げられると思うな”と示す。
「少しやり過ぎじゃないかなぁ?」
「これくらいでちょうどいいんです」
違法魔導師の追跡中に返り討ちに遭い殉職したティーダ・ランスター。それゆえにティーダは違法魔導師に対して憎悪を抱いていた。クイントは彼の肩をポンっと叩き、「回収して情報を吐かせれば任務終了」と告げ、倒れ伏している男たちに近付く。
「止まりなさい」
2人の耳に届く停止勧告。周囲を見渡せば、隠れていたのかどこからともなく管理局員がずらりと立ち並んで2人を包囲し始めた。108部隊だ。その内の1人、ギンガが代表して再度2人に今度は降伏勧告を出す。
「武装を解除して、大人しく投降してください」
「ギンガ・・・」
ポツリとクイントが漏らす。そしてもう1人、クイントの視界に入る男、彼女の夫ゲンヤだ。
「クイントなんだろ?」
ゲンヤはそう一言。俯いたクイントはただ静かにフードを脱ぐ。ギンガの顔が悲しみからか嬉しさからか、どちらにしても泣き顔に歪んだ。
「久しぶり、ゲンヤさん。ギンガ」
†††Sideギンガ†††
母さんが現れたと知った日から映像でしか見たことのなかった母さんがそこに居る。目頭が熱くなる。視界が涙で滲む。
「大きくなったね、ギンガ。それに、すごく綺麗になった」
そう言って微笑む母さん。子供の頃に見せてくれたままの笑顔だ。そして今度は父さんに視線を向けて「男手ひとつでよくこんなに綺麗に育てられたね」と少しからかい気味な笑い声。
「スバルも立派になっていたし、ギンガも綺麗になっているし。それに、チンクとディエチとウェンディ。あとここに居ないようだけど、ノーヴェって子も居るんでしょ。すごい大所帯になって、お母さん、すごくビックリしてる」
母さんの視線が、今度は私の両隣に立つチンクとディエチとノーヴェに向けられる。どうする。母さんにとって、チンクは母さんの上官ゼスト・グランガイツを殺めた張本人。直接的じゃなくても母さん達の最期に関わりがある。
それを知っているから、チンクたち元ナンバーズと呼ばれた妹たちが息を飲んでいる。その様子に気付いた母さんは「あなた達のこと恨んでないから安心して」と微笑みかけた。
「私はしっかり自分の死を受け止めてる。まぁ確かにレジアス中将には恨みを持っていたけど、今じゃそれも無い。だから復讐なんてしたいと思っていない。だから安心してもらっていい」
母さんは確かに言った。自分の死を受け止めて、誰も恨んでいないと。それだったら、どうして・・・。
「どうして母さんは現実に居るんですか? テスタメントの、母さん自身の目的は何?」
そう残酷なことを聞く。実の子供に、どうして存在しているの?と聞かれて、平気な親なんてきっといないのに。すると母さんの微笑みは消えて、苦笑といった感じの笑みになって俯いた。
「教えてくれねぇか。お前が、今もなお彷徨うその理由を」
父さんも寂しげな表情と声でそう聞いた。八神二佐から幹部たちの正体のは聞いている。“テスタメント”の幹部たちは、“テスタメント”のリーダーによって、強い未練を人型に固定された亡霊であって想いそのものだって。母さんは「そんなの決まっているでしょ」と顔を上げた。
「子を想わない親がどこにいるというの? 私だって本当はもっと生きたかった。死を受け入れたといっても、その思いだけは消えない。ギンガやスバルの成長をもっと見ていたかった。おとーさんとも、もっといたかった。みんなとどこかに旅行に行って、遊んで、笑って、お母さんらしいことももっとしたかった」
泣き笑いのような表情になった母さんを見て、私はもう堪え切れずに声を出して泣いた。私だってもっと見ていてほしかった。もっといろんなことを教えてほしかった。もっとどこかに遊びに連れていってほしかった。ただ、お母さんが居てくれるだけで良かった。
「それに、新しく家族になったチンク、ディエチ、ノーヴェ、ウェンディ。あなた達とも一緒に過ごしてみたい。一気に娘が増えて、おかーさん、すごく嬉しい。一緒に買い物に行ったり、時にはケンカしたり、好きな人が出来たとかの相談に乗ったり、そんな笑っていられる家族。そんな時間を・・・私は、望んだ」
「母上・・・」「お母さん・・・」「ママリン・・・」
チンク達は少し躊躇いながらそう母さんの事を呼んだ。お母さんはかぶりを振って「はい」と綺麗な笑みを浮かべた。チンク達から緊張が抜けていくのが分かる。私は涙を拭って、しっかりと母さんを見詰める。
「それが、お前の目的なのか・・・」
「・・・ううん。それはこの世界に存在する私の未練。私の目的は別」
と思ったら違っていた。母さんの目的は別にある。この場にまた緊張感が漂う。
「あなた達が今後、管理局の闇によって壊されるかもしれない。そんな最悪の未来を来させないようにするために、私はテスタメントに居る、居続ける。管理局の有する闇を、その闇によって謀殺された幹部たちの手で、消し去る。時空管理局の改革。それが、私の目的であり・・・」
「僕の目的でもあります」
母さんに続いて、今まで黙って見ていてくれたティアナのお兄さんがそう言った。管理局の改革。“テスタメント”の幹部の大半は、生前が管理局員だという話も聞いている。管理局に謀殺された。それが今度は私たちに及ぶかもしれない。そんなもしかしたらな未来を無くすために、母さんは存在していたということだった。
「だから、スバルにも言ったの。私たちの改革が終わるまで待っていなさい、って。結局、あの子がどういう選択をしたのかは判らないけど・・・」
母さんのその言葉に、私は口を開いていた。
「スバルは、母さんと戦う覚悟を決めました。だから、きっとスバルは母さんと戦います」
私のその言葉に、母さんは何かを言おうとしたようだけど、口をつぐんで驚いたような表情になった。
「六課と五課が、私たちの本拠地に攻めてきたって連絡が入った。フフ、ギンガの言う通り、スバルは私と戦う覚悟があるみたいね」
母さんは踵を返す。転移する気だと瞬間的に判ったから、母さんの元に駆けだす。手を伸ばす。母さんの背中に。
「ギンガ。私が、あなた達の未来を守るから」
「母さん!!」
母さんの姿が完全に消える。伸ばした手は空を切り、勢いの付いた私は足がもつれて転倒する。すぐに顔を上げた先には誰もいない。それが、私たちナカジマ家と母さんとの初の顔合わせだった。
・―・―・―・―・―・
§ルシリオンとリインフォースと迷える少女§
†††Sideリインフォース†††
これは、ルシリオンと、小さな勇者だった高町なのはのその娘ヴィヴィオ、そしてレヴィ・アルピーノとの戦いから数日後の話だ。
ルシリオンが数日前の戦いで負ったダメージも回復し、再び私ノーチェブエナと任務に就いている。今回は荒事ではないことから、マスターが気を回してくれているのかもしれない。
男女の機微には疎い、というよりかは全く解らない私でも、マスターがルシリオンに向けている空気くらいは読める。
(曰く、ルシリオンは鈍い)
明らかにルシリオンはマスターを異性としては見ていない。それでもマスターは、ルシリオンの身体を気遣ってか、この緩い任務を回した。と、私は推測する。当たっているかどうかは不明だが。
チラリと隣を歩くルシリオンを見る。私がこの男ルシリオンと出会ったのはかなり前の話。未だ私が“闇の書”の管制プログラムだった頃だ。
心優しき我が主・八神はやてを蝕む呪いとも言える“闇の書”の侵食。それを食い止めるためにリンカーコアを蒐集し、“闇の書”のページを増やそうとした守護騎士たち。それを止めるために動く管理局の小さな勇者たち。ルシリオンはその小さな勇者たちの1人だった。
幾度も想いと刃の衝突を繰り返す。その戦いも終結し、私が主はやての未来を守るために消滅を選んだあの日。私は主はやてとの別れを済まさずに儀式を始めた。主はやてを悲しませたくなかったから。しかし、ルシリオンともう1人の勇者シャルロッテ・フライハイト。あの2人は私の思いとは裏腹に主はやてを連れてきてしまった。
――ねぇリインフォース、あなたは別れを告げるとはやてが悲しむと思ったから、こうして黙って逝こうとしたんでしょ? でも目を覚まして、そこにあなたがもういないと知ったら、はやてが余計に悲しむと何故わからないの?――
フライハイトは私をそう叱った。というよりは諭した。そうだな、と私は思った。何も告げずに消えることが、かえって主はやてを悲しませる。そんな単純なことにすら気付かなかった。ルシリオンとフライハイトの2人のおかげで、私は主はやての心に最悪の傷を付けずに済んだ。
感謝してもしきれない恩だ。私は主はやてにも守護騎士たちにも小さな勇者たちにも別れを告げることが出来、そして穏やかなまま天へと逝くことが出来た。
「どうした、ノーチェブエナ。私の顔に何か付いているか?」
あまりに長い時間ルシリオンを見ていたことに気付く。私は「いや、何でもない」と素っ気なく返し、「そうか」とルシリオンが言ってまた歩き出す。そう言えば、ルシリオンとこういった時間を過ごすのは2年ぶりくらいか。
私がマスターによって再びこの生の世界へと戻された時、すでにルシリオンが居た。そしてトパーシオ。あの小さき強者も居た。私が最初に得たのは混乱。何故、私は再び身体を得たのか。次に感謝。再び私というものを確かな存在にしてくれたことへの、だ。
マスターの説明を聞く。今は私が消えてから十数年後の世界であること。そこで知った。ルシリオンという存在の正体を。だが実際どうでもよかった。主はやてや我ら守護騎士たちの恩人の1人に違いはないのだから。しかしルシリオンは何も憶えていなかった。自分の真の名すらもだ。
理由はハッキリしているが、それに対してマスターを問い詰める気はない。ルシリオンには悪いが、私はマスターに大きな恩が出来たのだから。
それから、これからどうするのかという話になった。マスターの目的は、管理局の改革と小さな復讐。その改革に私は乗った。主はやて達にも起こりうる可能性を完全に否定できずにいたのだから。主はやて達が、信じてきた管理局に裏切られ謀殺される。そんな未来だけは許せなかった。
そして私とルシリオンはパートナーとなった。融合騎としての能力すらも再現されていたことにも驚いたが、ルシリオンとのユニゾンがあっさり出来たことにも驚いた。その時だった。私とルシリオンに繋がりが生まれたのは。だからこそのパートナー。
それから2人してよく行動するようになった。だが、主はやてとその御友人たち、守護騎士たちと戦うことになった今、私は・・・。
「ママ~~~~~ッ!!」
人ごみの中、小さな子供の泣き声を耳にした。私はその泣き声のする方へと駆ける。後ろからルシリオンが「待てっ!」と止めてくるが、私はそれを無視して探す。私は、嫌なんだ。小さな子供の泣き顔というものが。その当時の主はやてのことを思い出してしまう。
辿り着いた先には案の定、小さな女の子が泣いていた。ママ、ということから、母親とはぐれた迷子なのだろう。道行く人も声を掛けようとするが、その少女の人の話を聞かない程の泣き声に諦めて通り過ぎていく。
「(その程度のことで諦めるな、馬鹿者ども・・・!)どうした? 母親とはぐれたのか?」
私は少女に歩み寄って、しゃがみ込んで視線を合わしそう尋ねる。しかし少女は泣き喚くばかりで、会話になりそうもない。だが私はそれで諦めるつもりはない。この少女の泣き顔を笑顔にしたいのだから。
「待て、と言っているのに。君はアレか? 主人の言うことを聞かない犬か何かか?」
かなり失礼なことを言いながらルシリオンが追い付いてきた。
「私はお前のパートナーになったのであって、ペットになったつもりはない」
ルシリオンに振り向いて、怒り半分呆れ半分でそう返すと、ルシリオンは「冗談だ」と言った。ルシリオンが冗談を言うなど初めてだったこともあり、少し呆けてしまった。するとルシリオンはそんな私に小首を傾げ、それから少女へと視線を移した。
「迷子か」
「ああ、そのようだが、話が聞けない以上は捜してやることも出来ない」
私が頭を悩ましていると、ルシリオンは「我が手に携えしは確かなる幻想」と詠唱した。彼の手に現れるのは、手の平サイズの小さな白うさぎのぬいぐるみ。それを足元に置いた。少女の目にそのぬいぐるみが入ったのか少し泣きやんだ。
そのぬいぐるみが動き出して、その上踊り始めると、少女は完全に泣きやんだ。少女は目を丸くして、ルシリオンをじっと見た。ルシリオンはニコリと笑って見せると、少女は「お姉ちゃんのうさぎさん、すごいね!」と言った。時間が止まる。そう比喩してもおかしくない状態になった。
「・・・おねえ・・・ちゃん・・・?」
「・・・プッ」
つい噴き出してしまった。私もこの3年ですっかり変わってしまったものだと実感する。ルシリオンが少女に判らないようにジロッと私を睨んでくるが、無視する。
「お・に・い・ちゃ・ん、なんだ。今度は間違えないようにね」
「あ、ご、ごめんなさい・・・お兄ちゃん」
子供心に判ってしまったのだろう。ルシリオンの笑顔が本当は笑顔じゃないことを。
「怖がらせてどうするサフィーロ」
「怖がらせてなどいない。いや、そんなことより、君、お母さんかお父さんは?」
素っ気なく返し、すぐさま少女に家族のことを尋ねるルシリオン。すると少女の目にまた大粒の涙が浮かぶ。これは阻止しなければ、おそらく大変なことになる。
それが判っているからこそ、ルシリオンはさらにぬいぐるいを追加させ、踊らせる。私たちの目の前に、アニマルズの小さなサフィーロ劇団が出来てしまっていた。しかしそのお陰で、少女は泣くことなく笑顔になった。
「――なるほど。母さんと買い物の途中ではぐれたのかぁ」
今度は優しく語りかけるルシリオンが上手く少女から事情を聴きだし、少女の頭を優しく撫でる。
「うん。それでね、えっとね、ママを探したの。でもどこにもいないの」
この少女はどうやらはぐれた時はその場から動かない、という鉄則を知らないらしい。いや、道に迷った時、だったか? どちらにしろはぐれた場所から大きく移動したようだ。
【サフィーロ、この少女の母親を探したいのだが】
【判った。この付近を探してみよう】
【いいのか?】
【ここで見捨てるほど、私は白状ではない】
ルシリオンは少女を肩車し、私たちは少女、名をカタリナの母親を探すために動き出した。背が高いルシリオンが肩車しているため、カタリナは人ごみの上から母親を見つけやすくなる。
そんな中、散々泣き喚いたせいかカタリナのお腹がくぅ~と鳴った。見ると、腹に手を添えて、少し顔を赤くしたカタリナが「おなかすいた」と呟いた。
「歩きながらでも食べれるモノを探そうか【我々に空腹という概念が無いが、カタリナは違う。時間的に見ても昼は過ぎている。歩きながら、もしくはカフェテラスで食事を採るのがいいと私は思うが】」
驚いたことにルシリオンは的確なプランを立てて提案してきた。私はそれに賛同し、軽く周囲を見回して、ファーストフード店を発見する。店内に入り、早速注文。カタリナは最初は遠慮していたが、空腹に耐えきれなくなったのかキッチリ注文した。
(よかった。世間の常識を散々蓄えたおかげで、恥をさらさずに済んだな)
それにしても、店内に居た客や店員の視線が私やルシリオンに集中していたが、あれはどういうことなのだろうか。“テスタメント”の幹部というのがバレたというのは考えづらい。何せ顔を晒していない。管理局が公開したというのなら話が別だが、そのような情報は入ってきていない。
何はともあれ、再びカタリナの母親の捜索を開始。もちろん昼食を済ませながらだ。しかしなかなか見つけることが出来ない。母親の方も探しているはずだが、一向にぶつかることがない。
【どう思うサフィーロ。まさか、と私は思っているのだが】
【私もそこに行きついている。最悪それだな。母親がカタリナとはぐれたことに気付いていない。普通ならありないことだろうが、母親が気付かないほどに何かに集中しているか、それとも別の理由か】
そうでないことを祈る。母親の方もきっとカタリナを探している。そうでないのなら、私の多少の怒りの矛先に立ってもらうことになる。
昼食も済ませ、ショッピングモールへと移動して捜索開始。
「ここから来た」
するとルシリオンの肩の上に居るカタリナがそう教えてくれた。つまりはこのエリア一帯で母親とはぐれたということだ。さらに人ごみが増えるが、知ったことではない。人通りの多い所を選び、カタリナの母親を探す。
そんなとき、広い通路の真ん中に小さな店を構えたアクセサリーショップに目が行った。ヘアピン。主はやてやリインフォースⅡの髪にもあった。手に取って見てみる。主はやてやリインフォースⅡに似合いそうだ。そう思っていると、背後からカタリナを降ろしたルシリオンが覗き込んできた。
「珍しいな。それが欲しいのか? ノーチェブエナ」
「ん? いや、そうではなく――」
言い切る前に、ルシリオンは私の手からヘアピンと別のヘアピンを取り、店員に「いくらだ」と尋ね、代金を払った。唖然としていると、ルシリオンはヘアピンを私とカタリナに手渡した。
「君が物欲しそうな表情を見せるのは珍しい。というより初めてじゃないか?」
実際はそうではないんだが、折角贈ってもらったのだ。ここは素直に礼を言うのが一番だろう。
「あり――」
「彼女さんにプレゼントとは。お兄さん、やるねぇ~」
ありがとう、と言おうとした矢先に、女性店員はとんでもないことを言った。ルシリオンは「そうではない」と返すと、店員はすまなさそうに謝り、「あ、奥さんだ! お子さん連れているからそうだよねぇ」話を大きくしてきた。ルシリオンの方を見上げると目が合った。
「っ!」
「???」
私はふいっと、ルシリオンから視線を逸らしてしまった。何故だ?
結局、店員はルシリオンの話を聞かずに私たちを送り出した。ルシリオンはもうどうでもいいのか溜息を吐いていた。
深く考えないように、私は早速カタリナにヘアピンを付ける。うさぎの装飾が施された可愛らしいものだ。買ってくれたルシリオンと、ヘアピンを付けた私に「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」と笑うカタリナ。
「先程は言いそびれたが、ありがとう、サフィーロ」
ヘアピンで右サイドの前髪を留めつつ礼を言う。主はやてとリインフォースⅡとは逆の方だ。
「いや。君はこの3年の間、マスターから受け取った金を一切使わなかっただろう。先程も言った通り、物に興味を持った君が珍しくてな。そのヘアピンは、私なりの記念というものだ」
そう言って、カタリナを再び肩車し「捜索再開だ」と言って歩き出した。私もすぐにルシリオンの隣へと並び立って歩き出す。
(夫婦、か。私には永遠に縁の無いものだが・・・)
周囲から見れば、私とルシリオンは夫婦に映るのだろうか。そう考えると、少し気恥ずかしいものだな、と思う。
それからショッピングモールを歩いていると、カタリナが「ママ!」と大声を上げた。カタリナの指差す方には、セールだか何だか知らないが、バッグ(おそらく高級品)の争奪戦をしている女が居た。なるほど。娘の呼びかけにも気付かないほどに熱中しているわけか。怒りがふつふつと湧いてくる。子にとって唯一の親が一体、何をしている・・・!
【抑えろ、ノーチェブエナ。私たちの目的は、カタリナの母親を探すことだ。ここから先は、私たちが踏み行ってはいけない領域だ】
私の肩を掴んでそう思念通話を送ってきたルシリオン。ルシリオンはそっとカタリナを降ろし、「もうはぐれないようにするんだぞ」とカタリナの頭を撫でながらそう言った。
「うん! ありがとう! お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
「あ」
咄嗟に手を伸ばすが、カタリナは母親の元へと走っていく。いや、これでいい。ルシリオンの言う通り、ここから先は私たちが入って行ってはいけない領域。
踵を返そうとしたとき、カタリナがこちらに振り向いてもう1度「ありがとー!!」と大きく手を振った。私とルシリオンは顔を見合わせ、フッと笑みを浮かべた後、カタリナに手を大きく振った。これでカタリナとの話は終わりだ。
ミッションコンプリート。とは行かなかった。本来の任務に戻らないといけない。私とルシリオンは歩きだす。与えられた仕事を片付けるために。
後書き
なんとなぁ~~~く書いた、ルシリインⅠのお話。
前半とはえらい空気が違う。前半まとも?で後半ネタ?ですね。
銀髪同士(チンクはダメですよ、犯罪ですから)かつ仕事のパートナーということで、熱にうなされつつフワフワ浮かんだ今回。
お願いですから、引っ込め!なんて言わないで(泣)
お気に召さなければ即刻消しますんで、今回の後半のみ・・・・。
えー、次回は、第一次オムニシエンス決戦の決着をお送りします。
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