英雄王の再来
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第2騎 転生
前書き
こんにちは、mootaです。
「英雄王の再来」の第2話が出来ました。
こちらも、自分は書いていて面白い作品です。
たくさんの方に読んで頂ければ、幸いです。
第2騎 転生
???
国王 ルミウス・エルカデュール
―ここは、どこだ?
目の前が、白い。霧が一面に広がっている。視界はそれに支配され、何も見えるものはない。何となくの、肌感覚や周りの空気から、この場所には何もないことが分かる。ただ、広い空間が広がっているようだ。足元は、少しばかりの高さで、水が張っているのか。足元が濡れている。・・・この場所は自分が知っている場所ではない、それだけは理解ができた。
―私は、何をしている?
私は、ここで何をしているのだろうか。何の為に、ここにいるのだ。
―身体は、どうなっている?
先ほどまで、息を一つするにも、とても苦しかった。身体がとても熱く、怠く、重く、まるで何かに拘束されているように、動かす事が出来なかった。しかし、今は何も感じない。アトゥスの、どこまでも続く草原を馬で駆けている時のように、身体が軽い。一歩、踏み出した。もう一歩、踏み出した。この感覚・・・自分の足で地面を捉え、地面が押し返してくる感覚、懐かしい。随分の間、ベッドで寝たままであったから・・。私は、ついその感覚に酔って、その場から走り出した。一歩一歩、確かめるように、噛みしめるように走った。この場所が自分の知らない所で、霧で何も見えない・・そんな事を忘れて。
気が付くと、霧は晴れていた。周りが、鮮明に見える。そこは、本当に何もない、ただ広い空間だった。周りは・・・白い。そうとしか、言いようがない。足元には、約10ルミフェルグ(※1ルミフェルグ=1センチメートル)の高さ位で水が張っている。それが、少し可笑しくて、つま先で水を軽く蹴り飛ばした。水滴が飛び上がり、また、水面に戻っていく。
「あん?お前・・・なんでこんな所にいるんだ?」
私の、後ろから声が聞こえた。耳に、というよりも、心に響くように綺麗で、澄んだ女性の声だった。
私は、その声に導かれるように、後ろに振り向いた。そこに立っていたその“人”は、とても綺麗な“人”だった。光輝くような金色の、少し癖のある長い髪、翆玉を思わせる綺麗な眼、すらっとした体型で、服から覗かせる肌は、絹のように滑らかで、白い。身長は、私より頭一つ分くらい低いだろうか。私は、つい、その“人”に見入ってしまう。
「お前・・・聞いてるのか?私を無視する気か?」
女性が、不機嫌に文句を言った。
「あ。いや・・そういうつもりじゃないんだ。」
私は、慌てて取り繕った。何となく、この人は怒らせてはいけない人種だと、理解していた。・・・一度、大きく深呼吸をする。
「早く、私の質問に答えろ。」
彼女の眼は、先ほどから少しずつ鋭くなっている。まるで、翆玉が磨かれて、より輝きを増すかのように。
「すまない。分からないんだ・・・ここにいる事が。」
正直な気持ちを、そのまま言葉にする。変な言い訳や、言い繕いはしない。彼女は、確かに怒っているように見える。しかし、“敵意”や“悪意”を微塵も感じる事はない。彼女に言われて、ふと、自分が何をしていたのかと思う。・・私は、苦しんでいた。何者かに“チコの花”の毒を盛られ、その毒に少しずつ蝕まれていたのだ。最初は、身体が怠いと、感じるだけだった。しかし、その身体は、日に日に言う事を聞かなくなる。熱を持ち、怠さと倦怠感が体を支配し、次第に意識さえ支配されるようになった。時間と共に、私は、ベッドから起き上がることが出来なくなっていた。
「・・なるほどな。」
彼女は、私を見つめていた。見定めるように、心の内を覗くように。不思議と、嫌な感じはしなかった。私は、まだ何も話してはいない。それでも、彼女は、何かを感じたかのように、何かを納得したかのように頷いた。
「お前は・・・ここに来る人間じゃない。」
噛みしめるように言う。何故か、その顔は“悲しみ”の色を帯びていた。彼女は、初めて私から目線を外した。
「ここに来る?どういう事だ?」
私は、少し前に乗り出していた。ベットで寝ていた私は、今や、自由に身体を動かす事が出来る。呼吸や言葉を発することも、辛くはない。多くの事が、先ほどまでの自分と違う。そう、思い出したのだ。・・・答えが欲しい。何故、自分がここにいるのか。
「まだ・・・成すべき事を成していない。安寧の時を、得る事は出来ない。」
まだ、彼女は目線を外したままだ。まるで、その感情を私に見せまいと、しているかのように。それでは、分からない。どうも、抽象的な事ばかりだ。成すべき事?安寧?何の事なんだ?再び問い返す前に、彼女が先に声を発した。
「・・・英雄として、王として、人として、友として。成すべき事を成していないんじゃないのか、お前は。」
ずっと外していた、その目線を私に戻した。それは強く、厳しく、激しく、鋭い眼をしていた。
「・・・・英雄?王? 人?・・・友?・・。成していない・・?」
彼女の言葉が、私の頭の中を木霊する。私は・・・何を成していない?英雄、王として・・・アトゥス王国を、大きく強い国にしてきた。人々が安全で、安心出来る国にしてきた。しかし、あの国は疲弊している、戦いに、悲しみに、苦しみに。
人として、友としては・・・・“ルミウス・・死なないで下さい。私を、置いて行かないで・・・。”ナラヴェルの、最愛の友の、声が聞こえた。彼は、私をずっと支えてくれた。小さい頃からずっと、一緒に育ってきた。父上が戦死し、14歳で王位を継ぐ事になり、悲しみに、苦しみに、もどかしさに、悶えていた私を、彼は救ってくれた。英雄王という名に重圧を感じ、潰れそうになった時も導いてくれた。最期のあの時も、一緒にいてくれた。私をいつも救ってくれた彼との、ナラヴェルとの“約束”を果たしていない。
“ナヴィー、お前に本当の「平和」を見してやる!”
“はい、ルミウス!必ず・・必ず一緒に見ましょう!約束ですよ!”
“あぁ、一緒に見よう。二人で・・・必ず!”
・・・あの約束を、果たしていない。私は、自分の手のひらを見た。この手は、何を掴んできたのだろうか。きっと、色々なものを掴んできた・・・でも、一番大切だった筈の、友の手を掴んでいたか?掴もうとしていたか?・・・いつの間にか、私はその手を掴む事さえ、忘れていたのではないか。手を、強く握った。強く、強く、手が痺れるほどに。
「理解、出来たか?・・・お前は、帰れ。成すべき事を成さなければいけない、その場所へ。」
そう言って、彼女は左腕を挙げて、手を私に向けた。その手のひらが、眩く光を放つ。私は、その光に包まれた。目の前が真っ白になり、眼も開けられないほど眩しかった。その光に包まれる中で、少しずつ意識が遠くなる。私は、もう一度、彼女の姿を見ようと思って、何とか眼を開けた。眩く輝く光の中で、彼女は泣いていた。その絹のように滑らかで白い頬に、一筋、また一筋と涙が伝った。口元が、何かを呟く。声は聞こえない、だけど、何を言っているのか、分かった。
「ごめん・・・ルミウス、ごめん。」
そう、言っていた。私は、遠くなる意識の中で考えた。彼女は、何を謝っていたのだろうか。光輝くような金色の、少し癖のある長い髪、翆玉を思わせる綺麗な眼、すらっとした体型で、絹のように滑らかで白い肌を持つ女性。“絶世の美女”そう呼ぶに相応しい美しさだった。ただ、その姿に反して、口の悪い人でもあった。彼女は、“何を成す為に”あの場所にいたのだろうか。
―私は、そこで意識を失った。
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―夢を見た。
どこまでも続く、広い草原で馬を駆けていた。風を切り、春の匂いを嗅ぎながら。丘に上がると、小高い山の裾野にある、王都パリフィスが見えた。白く、高い壁で囲われている城塞都市。山の中腹部には、アトゥス王国の象徴、“白華宮”が白く、輝いていた。街の活気が、ここまでも聞こえてくる。人々が、騒ぎ、歌い、踊り、舞い上がっている。特に、祭りの日でもない・・・それなのに、人々は皆、幸せそうに騒いでいるのだ。
「やっと、ここまで来たな。」
私は、そう問い掛けた。
「はい。」
「やっと・・・本当の“平和”を手に入れた。お前と一緒に・・・。」
私と同じように馬に跨り、横に並ぶ“彼”を見た。“彼”は、私を見て笑っている。
「・・お前と一緒に見れた。・・約束を果たす事が出来た。なぁ、ナヴィー・・。」
私も、笑った。
―そんな、夢を見た。そんな、幸せの夢を。
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アトゥス王国暦358年4月16日 昼
アイナェル教会 本教会“アイナェル神殿” 祈りの間
王子 エル・シュトラディール
「エル王子、ここに御出ででしたか。」
老人の、しゃがれた声がした。私は、振り向く事もなく、その声に答える。
「ヴァデンス、どうかしたのか?」
私に声を掛けたのは、ヴァデンス・ガルフ大元帥だ。齢58になるというのに、戦場の第一線で、活躍し続ける“化け物”だ。現場の最高指揮官である“大元帥”に叙されて、30年になる。その間、ずっとアトゥス軍を率いてきた。
「陛下が御呼びですぞ。・・恐らく、初陣の事ではありませんかな。」
「また、それか・・・。」
私は、つい、ため息を付いてしまう。
「陛下は、ご心配なのですよ。エル様は、幼い頃から優秀でしたからな。優秀な御子を、戦場に出すことを不安に思っておられるのでしょう。」
ヴァデンスは、何処となく、誇らしげな声をしていた。
「はぁ、分かった。陛下には、すぐにお伺いします、と伝えてくれ。」
「分かりました。それでは・・」
そう言って、気配が“祈りの間”から出て行った。私は、それを確認してから、目の前にある大きな像に再び目を向ける。それは、女性を象った大きな像。癖のある長い髪に、整った顔とすらっとした肢体を持つ女性。右手には“王剣”を、左手には“決意の書”を持つ―この女性は、アトゥス王国初代国王 アイナ・エルカデュール。女性であるが、“女王”とは呼ばない。理由は、詳しく分かってはいないが、本人がその“呼称”を嫌ったと言われている。“女神の化身”と呼ばれ、英知、光明、能弁、様々な力と才を持って、争いの時代を生き抜き、人々を導いた。それ故に、彼女の死後、彼女を神格化し、アイナェル神として祭った。それは、第2代国王である彼女の夫、ネストイル・シュトラディールの時代には、国教とされ、人々に広く信仰されていた。私の時代でも、広く信仰されていたし、今の時代でも、信仰は続いている。一つ、彼女の逸話で、“その姿、天女を勝る美しさを持つるが、口は災いの如し苛烈さを持つ”と言うものがある。全てにおいて、卓越していた彼女だが、口だけは悪かったらしい。
「さ、行こうか。父上が待っている。」
そう呟いて、アイナェル神の像に背を向けて歩き出した。祈りの間を出ると、眩い光が差し込んでいる廊下に出る。ここは、“アイナェル神殿”と呼ばれる石で造られた建物だ。アイナェル教の本教会が置かれている。私は、その石で出来た廊下を進んでゆく。しばらく、進むと大きな扉が見えてきた。扉の前にいた守衛に、陛下に呼ばれた旨を伝える。少しの間の後、扉が開き、中に案内される。そこは、少し広めの部屋に、玉座が佇んでいる“謁見の間”。私を呼んだ張本人は、その玉座に座り、大声でヴァデンスと笑い合っていた。・・・能天気な人だな、本当に。
「おぉ、来たか!こちらへ、エル!」
こちらに気付いたようだ。大きな手を振り、こちらへ来いと合図をしている。私は、そちらに向かい、膝をついた。
「陛下、御呼びでしょうか?」
あえて、畏まった挨拶をする。
「あぁ、いやいや。そんなに畏まるな。親子ではないか。」
父上は、そう言う。しかし、どこの国でも親子と言えど、国王とその他は区別されるものなんだが。しかし、この人はそれを好まない。人が良いというか・・甘いというか。その人が・・アトゥス王国第21代国王 ジンセルス・シュトラディール。御年55歳。今年で、在位20年目。アトゥスでは、長い方だ。大きな腹が目立つ、ふくよかな体型をしている。人の良さそう顔で、善人の塊みたいな人だ。それ故に、親としては良い父親であるが、王としては足らぬモノがある。私は、父上の希望通りに、立ち上がって、努めて親子として接する。
「それで・・・ご用件をお伺いしても?父上。」
優しく、微笑む。
「おぉ、そうだそうだ。そちの初陣についてでの。どうも、シェルコット卿がまた、アンデル地方にちょっかいを出そうとしているらしい。恐らく、前回と同じく、戦闘は規模の小さなものになる。そこで、そちの初陣にしようと思うのじゃが。」
大きな腹を、これまた太く、大きな手でさすっている。叩けば、太鼓のように音を立てるに違いない。シェルコット卿と言うのは、アカイア王国の属州、ミルディス州の総督だ。ここ最近、アトゥスのアンデル地方に、小規模の出兵を繰り返している。私はそのやり方に、少し訝しさを感じてはいる。何か、大きなものの前触れのような・・・。それはさて置き、またこの話だったな。私の初陣の話は、これで10回目を数えた。どうも父上は、私の初陣は、小規模の戦闘に参加させたいらしい。不安な気持ちは分かる・・・遅くに出来た子供だし、兄達よりも優秀なつもりだ。しかし、こうも初陣の話が出ては、「やっぱり、ダメだ!」と取り止めにされるのは、正直、うんざりしていた。家臣達も同じだろう。そもそも、私にとって“初陣”は、225年前に済ましている。・・・まぁ、父上の知るところではないが。
「私は、いつでも大丈夫ですよ。」
にこやかに、誠実そうに答える。これでも、“父を慕う良い子供”を演じて来たつもりだ。その身体に見合う精神を演じなければ、訝しく思われるだろう。・・・恐らく、“変な子”だと。そう思われては、後々面倒になる事は、必須だ。
「はっはっは!エル様の初陣とは、ワシも歳を取るはずですな!」
大きく口を開けて、笑う。・・・ヴァデンス、その言葉は10回目だ。それに合わせて、父上も大きく口を開けて、笑う。部屋に、初老と言える年齢の人達の、大きな笑い声が響く。それは、部屋の壁に反射して木霊する。まるで、何人もが笑っているかのように騒がしい。しばらく、その騒がしい笑い声を聞いていると、扉が開かれる音がした。
「父上・・・何を笑っておられるのですか。」
嘆息混じりの、不快な気持ちを隠そうともしない声だ。その声の主は、今部屋に入ってきた人物・・・次兄 ヒュセル・シュトラディールだ。痩せこけた、そんな印象の体型、顔付きをしている。顔は整っているが、その印象が冷たい、きつい感じを相手に与える。それらを隠すかのように、非常に派手な服装で、常に高価な宝石を身に着けている。今年で、21歳。内政などの細々とした事を嫌い、派手な軍事を得意としている(本人談)。
「馬鹿みたいに、笑いこけて・・・。」
「おぉ、ヒュセル!来てくれたか・・そう言うな、年寄りの楽しみは、若いうちには分からんもんだ。」
父上は、ヒュセル兄様の言葉に、何も感じていないらしい。・・むしろ、好意的だ。ヒュセル兄様の顔には、“面白くない”と書いてある。口を尖らせて、話始めた。
「それで、父上、何用なのですか?私は、戦の準備で忙しいのですが。」
「いや、今度のシェルコット卿を迎え撃つ話じゃが・・・」
「何か問題が?」
父上の話の途中で、ヒュセル兄様が割り込む。この人の悪い癖の一つである。無駄に、結論を先走るし、相手の言葉を最後まで聞こうとしない。
「うむ、特に問題ではないのだが、そちが“総大将”を務める訳じゃが・・」
「だから、何なのですか?」
また、割り込む。
「・・・陣の一端に、エルを加えて欲しいのじゃ。」
父上が、やっと結論を言えた。それを聞いたヒュセル兄様の顔が、見る見るうちに真っ赤になった。怒ったり、興奮すると、顔が林檎のように赤くなる。もう一つの悪い癖だ。
「な、何故ですか!?こんな、初陣もまだ済んでいない、ひよっこを!」
動揺を隠しきれず、恫喝のような声を上げる。ひよっこで悪かったな・・。
「まぁ、待て待て。そちにも初陣があったであろう?今回は、それがエルの番なのだ。」
泣き喚く子供を、あやすように、優しく問いかける。
「し、しかし!」
「・・そちにしか頼めんのだ。ヒュセルになら、初陣のエルを預けても安心できる。」
そう言われて、ヒュセル兄様は“泣き喚く子供”から“褒められて自慢気な子供”へと変わる。
「う・・・そ、そこまで仰るなら、仕方ありませんね。」
「おぉ、そうか!やってくれるか。では、頼んだぞ、ヒュセル。」
「分かりました。それでは、準備がありますので・・・」
そのまま、振り返り、私の方に向かってくる。そして、私の横を通る時に、囁いた。
「邪魔をするなよ。」
そう言って、彼は退出した。・・・邪魔と言っても、どうせ、初陣では大きな部隊は任されない。故に、出来ることも少ない。しかし、考えなくてはいけない。私は、三男として一生を暮らす気はない。“成すべき事”があるのだ、私には。
「エル様、なかなか、罪な男ですな。」
それまで黙っていたヴァデンスが、茶化してくる。何が、罪な男だ。ただ、あの人が“子供”なだけだ。弟に対抗心を抱くなんて。
「エル、ヒュセルとよく話し合い、出陣に備えよ。」
父上が、私に声を掛ける。
「はい。それでは、私も失礼致します。」
一礼をしてから、父上とヴァデンスに背を向けて歩き出した。
「あぁ、エル・・・。」
声を掛けられて、振り返る。私は、驚いた。そこには、先ほどまでの“人の良さそうな顔”ではなく、“王”の顔をしている父上がいた。私が、これまでに見てきた強国の“王”だ。
「私は・・・力ある者であれば、王位は長男でなくとも、与えてよいと考えている。」
力のある言葉が、私に浸透していく。それは、少しずつ身体を巡り、やがて頭へと辿り着く。・・・気づいていたのか、この人は。私の目が、少しずつ細くなる。相手を見定めるかのように、その心の内を覗こうとするように。私が声を発しようとした時、先に向こうが声を発した。
「冗談じゃ、そんなに怖い顔をするでない。折角のいい男が、台無しじゃぞ。」
そう言って、また大声で笑い出した。先ほどまでの“王”の威はない。いつもの“人の良い顔”に戻っていた。父上の隣にいるヴァデンスも笑っている。
「すまんな、呼び止めて。もう、行ってよいぞ。」
私は、一礼をして部屋から退出した。・・・気のせいではない。恐らく、あれが父上の“王としての顔”なのだ・・・アトゥス王国国王としての。私は、侮っていた・・・いかんな、どんな人間も甘く見てはいけない。甘く見れば、自分が痛い目を見る。それが、“王”の生きる世界なのだ。相手を騙し、謀り、操り、躍らせ、殺す世界だ。・・・気を引き締め直さなくては。成すべき事を、成せなければ、ここに帰ってきた意味がない。
私は、謁見の間を出た後、この建物の一番高い所に来ていた。教会の鐘がある塔の最頂部分だ。ここは、景色が良く見え、かつ、鐘を打つ時以外、誰も来ない。だから、私はここでよく考え事をする。誰にも邪魔されずに、考える事が出来るから。
―エル・シュトラディール・・・私の“今”の名前だ。歳は13になる。アトゥス王国第21代国王 ジンセルス・シュトラディールの三男で、王位継承権第3位の王子。しかし、本当の私は、アトゥス王国第8代国王 ルミウス・エルカデュールだ。歳は34。私は、今から約250年前に実在した国王だった。何故、ここにエル・シュトラディールとして、いるのか。・・・私は、34の時に“チコの花”の毒によって、死んだ。たくさんのモノを残して。・・そう、私は、第8代国王として、ルシウス・エルカデュールとして、“成すべき事”を“成せていない”のだ。
何故かは・・・分からないけど、私は死んだ後、どこかの場所で女性に会って、そう諭された。“お前は、帰れ。成すべき事を成さなければいけない、その場所へ”と。そうして、この時代の“私”に“転生”した。・・・理屈は良く分からない。それに、この時代は驚く事ばかりだった。アトゥスの領土は、私の在位時代よりも3分の1以下に減っていた。北は、内海まであったが、中央草原の南端カーラーン地方まで後退。西のロルウェル山脈までの領土は、山脈の南端アンデル地方まで。東のアルドゥール川までの領土が、チャンデル川付近まで後退。南は変わらず、大海まであった。・・・当然、王都パリフィスは放棄され、白華宮もアトゥスの手にはない。どうやら、占領したチェルバエニア皇国は、パリフィスを使う事もなく放棄したようだが。現在の王都は、アンデル地方の最南端の街シャフラスにあり、王宮はアイナェル神殿を使わせて貰っている。ここは、初代国王アイナ王の生誕の地でもある。また、減ったのは、領土だけではない。豊かな中央草原を失い、その経済力、生産力、技術力、そして軍事力も3分の1以下に減少していた。アカイア王国、チェルバエニア皇国との戦争に負け続け、今やこの有様、という事らしい。もはや、滅ぶ道をまっすぐ、走って進んでいるようなものだ。
―私は、“成すべき事”を“成せる”だろうか。本当の“平和”を、皆に・・そして、最愛の友に・・・。
第2騎 転生 完。
後書き
最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。
読み難くなかったでしょうか。
これから、少しずつ文脈や改行等、工夫するように努力します。
感想等頂ければ、嬉しいです。
ではでは。
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