英雄王の再来
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第1騎 英雄王
前書き
こんにちは、mootaです。
以前に書いた「英雄王の再来」、やっぱり書いてみると、楽しくて続きを書いてしまいました。
あくまで、「戦争を知る世代」の合間に書いているものですが。
以前に書いたものから、設定を多くの部分で変えてはいます。オリジナルの転生モノですが、少し肌が違うかもしれませんね。
今回は、主人公が転生する前のお話です。所謂、プロローグです。
よろしければ、最後までお付き合いください。・・・ちょっと、長いので。
第1騎 英雄王
アトゥス王国暦121年7月24日 夕方
アトゥス王国―フィリエイア大陸の南南東に位置し、自国の南には大海を持ち、北にはフィリエイア大陸の内海、西には北から南に走るロルウェル山脈、そして中央から東にかけて肥沃な土地と草原が広がる。肥沃な大地を生かし、小麦、綿花、野菜などの作物、牧畜が盛んで、非常に豊かな国であった。また、アトゥス王国の東には、アトゥスと同等の力を持つチェルバエニア皇国、西には同じく強国のアカイア王国がある。
アトゥスの北側、中央部から続く草原の真ん中に小高い山があり、その山の中腹部から裾野にかけてアトゥス王国の王都があった。白く輝く王宮、それは夕日に照らされてもその純白の輝きを消すことはない。-白華宮-グラン・パルスと呼ばれる白亜の王宮、王都パリフィスの象徴である。王都の人々は、毎日、この王宮の美しさ、荘厳さにこの国の“繁栄”を感じ、王都の外に住む者は、それに“希望”を感じるのだ。この白華宮が、ここアトゥス王国の強大さ、そしてその繁栄を物語っている。
アトゥス王国 王都パリフィス 白華宮
王国宰相 ナラヴェル・ルフェレンス
私は今、陛下への謁見の為、白華宮の廊下を小走りに進んでいる。この壁は白く輝く壁で出来ており、下には赤い絨毯が廊下に沿って敷いてある。廊下が中庭に面している為、窓が大きくとってあり、夕日の赤い光が差し込んでいた。
気が付くと、私はすでに謁見の間に着いていた。本来であれば、ここで謁見の間への入室が許されるまで待っておく必要がある。しかし、私は何の躊躇もなく扉を開けた。
そこは、私の身長の何倍もの高さの天井、廊下と同じく壁や床、柱に至るまで白い輝きを放つ材質で出来ている。部屋の広さは、兵士が100人程入っても余るだろう。細長い赤い絨毯が部屋の奥まで伸びている。その先、つまり部屋の最奥には1つ段を上げたところに、煌びやかに装飾された玉座が佇んでいる。
陛下は、その玉座に座り、数人の家臣と話をしている最中だった。私はそこに、割り込むかのように声を掛けた。
「陛下、チェルバエニア皇国が動きました。」
そこにいた全員が私の方に振り向いた。陛下が話をされていたのは3人の重臣、クレタ大元帥、シャルスベリア軍騎長、ルーヴィル軍務尚書だった。陛下は、手に持っている葡萄酒が入ったグラスを回している。
「!――そうか、やっと重い腰を挙げたか。」
「はい、チェルバエニアは最高教議会の大半を占める、大僧侶達を抑えることができず、出征を敢行せざるを得なかったようです。」
陛下は手で回していたグラスを止め、その葡萄酒を飲み干した。
「クレタ、出陣の支度をせよ。兵力は5万だ、人選は任せる。戦場はミルミナの街、北西のパルヴィンス高原になる。」
一気に空気が冷えあがった。先ほどまでの温和な笑顔、声のトーンではない、相手を声だけで震え上がらせるほどの“威”を感じる。
「はっ!」
クレタ大元帥が緊張した声で答える。
いつもは、陛下はとても温和で、お優しい御方だ。しかし、ある一点でその性格が雷撃のように激しく、鋭くなる。誰も逆らう事はできなくなり、陛下の御前で、その頭を垂れる。――それ以外は、許されない。
クレタ大元帥、シャルスベリア軍騎長が早足で退出した。早々に、出陣の準備に取り掛かるのであろう。少しでも遅れるようであれば、陛下の謀略が意味を失くすことになる。――謀略、つまり、今回のチェルバエニア皇国が動いたのは、陛下が手を回したからである。チェルバエス教の大僧侶達を焚き付けて、最高教議会で“出征”を可決させざるを得ない状況を作った。チェルバエニアの多くの人々が、自分の意思だと信じて行ったその行動は、陛下のグラスを持つ手――その手の上で、道化のように踊ったに過ぎない。恐ろしい・・この御方は“人の心”がどのようなものなのかよく御存知で、それを人形でも触るかのように意のままに操ることができる。それ故に、陛下は他国で「魔術師」と呼ばれている。人の心を惑わし、狂わせ、破滅へ導くと・・・。
しかし、陛下はこのアトゥスに建国以来、最大の繁栄を齎した。アトゥスのその領土を大きく拡げ、軍事において最大、最強の騎兵を作り上げた。他国に「アトゥスの騎兵」と恐れられているほどだ。また、農業については、輪作と言われる“土地を休める”という概念を取り入れ、土地を入れ替えながらその季節、時期に合わせた作物を作り、生産性を格段に上げた。その他に、鉄の精錬や生糸の生産など誰も考え得ぬ事を導入し、その経済力は他に追随を許さないものにした。今や、アトゥスはフィリエイア大陸一の国へと成ったのである。それ故に、陛下はアトゥスで「英雄王」と呼ばれている。アトゥスという国を、そこに住まう民を、希望の未来へ導くと・・・。
「英雄王」と「魔術師」の両面、それをお持ちのこの御方が・・・
――アトゥス王国第8代国王 ルミウス・エルカデュール
・・である。
同日 夜
白華宮 国王自室
国王 ルミウス・エルカデュール
夏の暑苦しい湿気を伴った風が、部屋を吹き抜けていく。肌にまとわりつくようで、少しうっとおしい。このアトゥスがそろそろ本格的な夏を迎えようとしているようだ。夏は嫌いだ。暑いだけで、服を脱いでも暑い。それに、暑さに耐えられずに裸でいると、ナラヴェルが「王が何という格好を・・・」とか「宮中の女中が騒ぐ」などと五月蠅いし。・・・夏、早く終わらないだろうか。
そんなことよりも、最近、少し体が怠く感じる。夏の暑さで、という感じではない。私は、天蓋がついている大きなベットに、その大きな体をうつ伏せに横たえ、全身の力を抜いた。柔らかく、冷たいシーツの感触が心地いい。しかし、どうしたのであろう・・・これでも私は、自分の体力に自信がある。大陸一の騎兵を誇るアトゥスを率いる国王である、誰よりも厳しく鍛えているし、その体は2シェルグ(※1シェルグ=1メートル)を超えるのだ。ナラヴェルの言うとおり、医者に一度診てもらうかな。
その怠い体を動かし、仰向けにする。天蓋の煌びやかな装飾を見ながら、昼のことを思い出す。やっとここまで来た・・・アトゥスはもう少しで平和な時代を迎えることができる。建国以来、戦争に戦争を繰り返し、生き残りを掛けてきたこの国は、多くの血を流しすぎた。人々の心は疲弊し、苦しみに悶えている。たとえ、国が大陸一の経済力、生産力、軍事力を持とうとも、その心は、傷で立ち上がることが出来ない所まで来ているのだ。それはまるで、“チコの花”の毒のように、気づかないうちに少しずつ蝕まれていく。
喉の渇きを覚え、体を起こして飲み物を探した。しかし、この部屋には飲み物が一つもなかった。しかたなく、ベッドの横の机に置いてある呼び鈴を鳴らす。すぐに扉がノックされ、若い女中が扉から現れる。
「陛下、な、何か御所望でしょうか?」
女中はこちらを見て、すぐに目を逸らした。
「こんなに遅くにごめん。水を持ってきてくれるかな?」
「い、いえ!滅相にも御座いません。すぐにお持ち致します!」
そう言って、彼女は、すぐに扉を閉めて行ってしまった。扉の向こうから、彼女の走る足音が聞こえた。何だか、顔が赤かったように見えたけど・・・。そう思っていると、部屋にある鏡が目に入った。そこには、引き締まった上半身を隠すこともなく、曝け出している男性がいた。
「あ、しまった。服を緩めたままだった・・・」
つい、自室だと油断して服を緩めてしまう。アトゥスの正式な場以外での私服は、大きな布のようなものを器用に上半身に巻いている服に、それに似た穿き物を穿いている。それ故に、暑いと布をずらして、上半身を曝けて暑さを凌いでいる。・・・そして、ナラヴェルに小言を言われるのだ。
また、明日、ナラヴェルに言われるかなぁと考えているうちに、再びノックの音が聞こえた。
「へ、陛下、失礼致します。お待たせ致しました、お水で御座います。」
女中は、水の入った小瓶とグラスを銀のお盆に乗せていた。
「ありがとう。そこの机に置いておいて。」
私は、扉の近くにある小さな机を指差した。
「は、はい!・・・失礼致しました!」
お盆をさっと置いて、彼女は帰って行った。・・・そんなに反応しなくていいのに。
ベッドから立ち上がり、彼女がお盆を置いていった机に近づく。小瓶を手に取り、グラスに注いでから一気に飲み干した。冷たい水が喉を通り、体の持っていた熱が内から冷えていくような感覚が心地よかった。その感覚が、余韻のように広がるうちに、再びベッドに倒れ込んだ。先ほどとは違い、急に眠気が襲ってきた。ずっとある体の怠さも、この眠気の中では心地いいと言えるほどだ。私は、体が沈んでいくような感覚に任せて、意識を手放した。
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アトゥス王国暦121年12月24日 夜
白華宮 国王自室
宰相 ナラヴェル・ルフェレンス
栄華を誇るアトゥスに暗い影が立ち込めていた。白く輝く白華宮でさえ、その輝きを失いつつあるかのように…。
「陛下・・・ご気分はいかがでしょうか?」
私は、陛下の自室にあるベッドの横に、椅子を置いて座っている。ベッドには、その持ち主が苦しそうに横たわっていた。
「ナラヴェル・・大丈夫だ。こんなもの、すぐに治る・・・。」
・・そうは見えないのです、陛下。熱が40度を超え、意識すら朦朧とされていて、立つことすら儘ならないではありませんか。・・・陛下にこの症状が出始めたのは、5か月ほど前のチェルバエニア皇国との戦争が本格的になった頃だ。チェルバエニアに出征をさせ、パルヴィンス高原で陛下が御自ら軍を率い、敵を打ち破った後に倒れられた。軍は、クレタ大元帥の指示の下、すぐさまに王都へと帰還した。その後、急いで医師に診せると、驚愕な診断が出た。陛下のご不調の原因は、“チコの花”の毒である・・・というもの。“チコの花”は、遅効性の毒物で、口にした者は気づかぬうちに、その毒に少しずつ蝕まれていく。その特性故、悪用されることが多い為、陛下が“生産の禁止”と“流通の禁止”を取り決めた。その為、この国では“チコの花”を手に入れることは非常に難しい。しかし、何者かが、それを手に入れ、誰にも見つかることなく、陛下に少しずつ食べさせていたということになる。・・・陛下に仇なす輩に気付けなかった自分が、腹立たしい。
「ナラヴェル・・・?」
陛下が、私の名を呼んだ。しかし、その眼は、何処も見てはいない。呼吸も少しずつ荒く、規則性を失いつつある。
「陛下!・・・私はここにおります!」
私は、椅子から立ち上がり、力強く答えた。陛下は、その声に反応して、こちらに顔を向けられた。・・・焦点の合わない眼が、私がいるであろう場所を見ている。とても苦しそうなお顔で。何とかして差し上げたい・・その苦しさを、その辛さを、代わって差し上げたい。そう思った時だった。陛下は・・・笑った。その苦しそうな顔を無理に動かし、笑顔を作ったのだ。
「ナラヴェル・・・お前の考えている事はすぐに、分かる。私は・・“英雄王”だ、この国を、民を・・・お前を置いて、死ぬわけ、ない・・・。」
その言葉に、私の視界が少しずつ歪んでくる。目に涙が溜り、堰を越えて溢れ出す・・・いつも、そうだ。陛下は、私達の欲するものを、私達の為に与えて下さった。それは、経済力、軍事力、食物や鉱産物、仕事など。そして、何よりも勇気や安心、希望などの気持ちを下さった。いつでも、御自身を犠牲にして。こうして今も、私の気持ちを察して下さっている。
「陛下・・・。」
言葉が出てこない。涙以上に気持ちが、その堰を越えて溢れ出している。私は、陛下のお気持ちに何かをお返し出来ているだろうか。・・・・いや、出来ていない。何も・・お返しなど出来ていない。後悔が、悔しさが、無念さが、私の心から溢れている。
「兄上!!」
扉が勢いよく開けられ、大きな音を立てて、騒がしく数人が部屋に入ってくる。そこには、陛下の弟君であるアスバル・エルカデュール王弟殿下とその重臣達がいた。
「アスバル殿下・・・。」
「ナラヴェル!兄上の容体はどうなのだ!?」
大きな声を挙げながら、ベッドに近寄って来られる。
「陛下は・・・あまりよろしくありません。・・陛下、アスバル殿下が来られました。」
私は、涙を拭いて答えた。そして、陛下に声を掛ける。
アスバル殿下は、ベッドの横に立ち、陛下の顔を覗き込んでいる。殿下の重臣たちも、陛下の容体を確認するように、周りに立つ。
「兄上、ご気分はいかがですか?」
「あぁ・・・、アスバル、大丈夫、だよ・・・。」
陛下は依然と、苦しそうにされている。一言話すにも、ひどく体力を使われているように見えた。
「兄上、ご心配召されるな。今後は、私がアトゥス王国を盛り立てていきますよ。」
「!? 殿下!何をおっしゃっております!?」
信じられない事を言われている・・・それでは、陛下が崩御されることを前提として、話されているみたいではないか。王弟殿下と言えど、不謹慎にも程がある。私は、胸の内に“憤り”を感じていた。
「あ、いや・・・失言であった。」
殿下は、殊勝にも謝罪されたが、その顔に“謝罪”の気持ちなど微塵も含まれてはいない。元々、私は、王弟殿下に良い気持ちを持っていない。アスバル・エルカデュール王弟殿下・・・彼は、陛下と6歳違いの御兄弟である。先王のオグスタス・エルカデュール王の2人目の王妃、ナナル王妃様から御生まれになった。そして、陛下は、1人目の王妃、エリアス王妃様の御子様なので、腹違いの御兄弟になる。勤勉で、真面目であった陛下と違い、若い頃から賭博や女遊びに興じられており、陛下と比べて、その不真面目さが際立っていた。私からすれば、統治者の一族として、上に立つものとして、何の才もなく、“無能の人”であると言えた。ただ、貴族達にはその信頼が厚く、中には陛下よりも殿下に忠誠を尽くしている者もいる程だ。陛下は、貴族は能力に見合わず、その特権を貪るばかりとお考えで、領地経営を正しく行わない者には、厳しく処分された。逆に、王弟殿下は貴族達に良い待遇を与え、陛下の見えない所で優遇していたようだ。陛下は、それをご存知ではあったが、均衡が取れてよいと言われていた。こうして、陛下は反貴族派、王弟殿下は親貴族派という構図が出来上がっていた。それもあってか、王弟殿下の周りには、陛下の事を良く思わない貴族達が集まっていたようだ。私は、それを危惧して、陛下に、王弟殿下には“権力”を持たせるべきではない、と進言した事がある。しかし、それも却下された。唯一無二の弟であるから、少々ぐらいなら仕方はないだろうと。
「しかし、陛下がご病気になるなど、考えられませんでしたな。」
そう言うのは、ザルド男爵である。領地経営に難あり、と判断され、陛下にその領地の半分を返上した貴族だ。
「全くです。強靭で、無駄に生気溢れる方でしたからな。」
オルデル子爵が続く。彼は、爵位を伯爵から子爵に取り下げられた。王弟殿下に同行して来た者たちは、皆、領地や爵位を取り上げられた者達のようだ。考えたくはないが・・・“チコの花”は、もしかすると王弟殿下達が・・。確かに王弟殿下は、陛下が御病気になられてから、ほとんど見舞いに来ていない。であるのに、今、このタイミングで来られるとは・・・。どうしても、作為的なものを感じるのは、私の思い込みであろうか。
「皆、兄上は大丈夫そうだ。ナラヴェル、部屋を用意してくれるか?長旅で疲れてしまったわ。」
王弟殿下が、欠伸をしながら言われた。私は、その言動に抑えていた気持ちを、抑えきれなくなってしまった。
「アスバル殿下!!殿下と言えど、陛下に失礼でありましょう!?」
私の気持ちを表すかのように、普段では決して出さない大声を挙げた。部屋にいた全員が、私に注目する。
「何が、大丈夫なのですか!?これ程までに、辛そうにされておりますのに!」
「控えろ!ナラヴェル!お前こそ、宰相と言えど、殿下に失礼であろうが!?」
オルデル子爵が、私の声を遮るように声を挙げた。
「ぐっ・・・。」
確かに・・・相手は、王弟殿下だ。客観的に見ても、私の言動は、家臣として口が過ぎるだろう。私は、どうすることも出来ずに、拳を痛いほどに強く、握り締めた。拳は、血が出ていたかもしれない。
「・・・よい、ナラヴェル。アスバルに部屋、を用意して、やってくれ。」
「!? 陛下?」
暗い空気が部屋中に広がり、重い沈黙が漂うところを、陛下が打ち破られた。その苦しそうな呼吸で。全員の視線は、私から陛下へと移る。
「・・・ナラヴェル。」
私が、咄嗟に答えられずにいると、もう一度名前を呼ばれた。・・・もう、逆らう事は出来ない。私は、感情を抑えて、平常心を装ってから声に出した。
「失礼致しました、アスバル王弟殿下。部屋は、ご用意させて頂いております。ご案致します。」
「ふん、兄上の裁量に感謝するのだな、ナラヴェル。兄上が声を掛けなければ、この場で不敬罪として、お前を処分するところであったわ。」
王弟殿下は、何がおかしいのか、笑いながら言われた。
「では、兄上、明日の朝、お顔を見に参りますよ。・・・ナラヴェル、案内せよ。」
そう、言い残して、先に部屋から出ていった。悔しい・・・陛下にご迷惑ばかり掛けて、何一つ出来ない。謝罪しようと、陛下の方を見た。陛下は寝てしまわれたのか、眼を閉じており、寝息が聞こえる。謝罪するタイミングを失ってしまった。仕方なく、私は殿下を部屋に案内する為に、部屋を出ようとする。その時に、微かに聞こえるか、聞こえないかぐらいの大きさで声が聞こえた。
「・・・すまない、ナヴィー。」
振り返った。そこには、先ほどと変わらず、寝息を立てて眠っておられる陛下がいる。しかし今、確かに声が聞こえた。それは、陛下の声だ。・・・ナヴィーと、私の事を呼ぶのは陛下しかいない。陛下がまだ王太子で、私は宰相ではなく、ただの従卒だった頃に呼んで頂いていた名前だ。陛下が、陛下としての重荷を、責任を、立場を、負う前の若い頃・・。幻聴だろうか・・・戻りたい、帰りたいあの頃を思い出すばかりに、それが聞こえたのだろうか。陛下・・いや、ルミウス・・死なないで下さい。私を、置いて行かないで・・・。
もう一度だけ、陛下の方を見てから、殿下を案内する為に部屋を出る。そっと、出来るだけ音を立てないように、ゆっくりと扉を閉めた。
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陛下は・・アトゥス王国第8代国王 ルミウス・エルカデュールは、そのまま一度も目を覚ますことなく、翌朝、死亡が確認された。在位20年の年、享年34歳だった。“英雄王”と呼ばれ、アトゥス王国に黄金の時代を齎し、民に安心出来る生活、その思いに、勇気と希望を与え、アトゥス王国が進む道を、その身を燃やして照らし続けた。他国には、“魔術師”と呼ばれ、恐怖の対象として恐れられて、畏怖と死を与え続けた。波乱の人生を駆け抜けたルミウス・エルカデュールは、その人生に安寧の時を得ることもなく、荒れ狂う嵐の中で、その命の灯を消した。誰もが受け入れられず、民が、国が、泣いて、悲しみに暮れた。その涙は、枯れることもなく流れ続け、大きな湖を創った。それぞれの心に、その名を、その言動を、その思いを、残した・・・。
時に…アトゥス王国暦121年12月25日 “英雄王”は志半ばに、その名を墓標に刻んだ。
第1騎 英雄王 完。
後書き
最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。
如何でしたでしょうか?
本来、オリジナル小説を書きたかったので、こちらも少しずつ書いていくと思います。
良ければ、感想頂けると幸いです。「戦争を知る世代」「英雄王の再来」どちらとも、参考にして行きたいので。宜しくお願いします。
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