打球は快音響かせて
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高校一年
本格的始動、そしてつまずき
第七話
ギンッ!
「いってぇ〜」
フリー打撃でどん詰まり、翼が顔をしかめる。
「何してんだぁ〜!」と美濃部がはやし立て、渡辺はその隣で黙々とタイミングをとりながら素振りを続ける。
1年生も、「野球」をやらせてもらえるようになった。新チームの始動である。
ーーーーーーーーーーーーー
カーン!
カーン!
「おぉ〜」
「イイねイイね飾磨〜」
飾磨がフリー打撃で気持ち良く打球を飛ばす。たまに90mの柵を越える。太い体だけあって、その打球には1年生としては十分な迫力があった。太い体も、ただたるんでいた入学当初に比べて大分引き締まってきた。
「ほんなん、ピッチャーが打ちやすいだけやろ!」
そのケージの打撃投手は翼が務めていた。
飾磨とサードのポジションを争う2年生が対抗意識満々で打席に入る。
「……」
さらっとディスられた翼は、その先輩の顔をジロッと見た。
ガキッ
カコッ
「ほらほら牧野〜」
「甘いコースやぞ〜」
牧野先輩はタイミングが微妙に合わず、はやし立てる同級生に対して「力みすぎたわ」と舌を出す。
「…………」
その様子を、後ろから浅海がしげしげと見つめていた。
ーーーーーーーーーーーーー
「好村!」
「はい!」
打撃投手をこなした後、専用グランドの隅で1人でネットスローをこなす翼に浅海が声をかけてきた。
「お前、さっきバッピ(※打撃投手)してる時、何を考えながら投げていた?」
「バッピしてる時…ですか?」
翼は少し考えて答えた。
「打者に打ちやすいように、ですかね」
「とぼけるなよ。本当にそれだけか?」
浅海はまるで何でもお見通しだと言わんばかりだ。翼がなおもとぼけて黙っていると、浅海の方から言い出した。
「飾磨の時にはタイミングを合わせて、牧野の時にはタイミングをズラして投げていたな?」
「…はい、バカにされたのが癪に触ったので」
翼はしれっとしていた。
「あの2人の打ち方はどちらも足を大きく上げる。お前の目線を見てると、その足の動きを途中まで追ってるんだ。そして飾磨の時には、微妙なスピードの変化にも全てタイミングが合っていた。飾磨が球に合わせたんじゃなくて、お前が合わせたんだろう?飾磨の打ち方のタイミングに。」
「…まぁ、ちょっとそのつもりがあったって程度なんですけどね」
浅海の翼を見る目が、途端にギラついた。
これまではせいぜい、野球部の一部員、三龍の一生徒としの視線だったが、この日、浅海の中での翼の位置づけが変わった。そこにあるのは期待。教師はすぐ、生徒に期待するのだ、それもかなり現金な形で。
「…中々お前、面白いな。私もまだまだ、生徒を見る目が足らないようだ」
浅海はニッと笑った。
翼もそれに応えてニッと笑った。
ーーーーーーーーーーーーー
「軸足を…蹴らない!」
ブンッ!
翼は練習後、夜の寮の前でガラスに姿を映してシャドーピッチングをしていた。
浅海からはいくつかのアドバイスをもらっていた。軸足は蹴らない方がリリース時に腕が自然と前に伸びること、開くなというのは基本的には肩の事で足のクロスステップは禁物だということ、
リリースは球を押すのではなく潰すのだという事、などなど。ここまで具体的な指導はされてこなかったから、翼にとっては初めて「練習についていく」以上の課題が出来たのだった。
「最近お前、頑張っとーな」
ブンッ!
翼の隣では、同じようにガラスに姿を映して渡辺が素振りをしていた。小柄ながらそのスイングは鋭くパンチが効いている。渡辺は鷹合、宮園らと共に特待生だけあって、夏休み中の練習試合でも殆どスタメンで起用されており、直近では遂に一試合目(ベストメンバー)のスタメンにも抜擢された。
「帰省中に、何かあったんか?」
「いや、何も。でも、期待だけは感じたから」
「そうか。ほら、頑張らないけんな。」
ブンッ!
ブンッ!
翼の左腕と、渡辺のバットが同時に空気を切り裂く。
「うぉおおおおおおお」
「負けんけんなぁああああ」
校舎の方から、競って階段を走りこむ鷹合と美濃部の奇声が聞こえてきた。
「おい!うるさいぞバカ!やるなら黙々とやれ!」
浅海の怒鳴り声もした。
青春の真っ只中、15歳の夏休みの夜のこと。
ーーーーーーーーーーーーー
あっという間に夏休みは過ぎた。
私学の三龍は、公立に比べてその休みも短い傾向がある。
「ヨッシー…」
「いやー、焦げたな」
休み明け最初の学校で、大江と山崎が翼の顔を見て呆れた。
翼の顔は真っ黒、火傷かと思うくらいに日焼けしていた。
「…久しぶり。」
ニッと笑った、その歯だけがピカピカと白く輝いていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
「これ、厳しくね?」
「……」
高校野球には、甲子園につながる大会は二つある。一つは夏の甲子園を目指す夏期地区選手権大会と、もう一つは春の甲子園へとつながる秋季大会だ。
大都市圏・水面地区の参加校は143。
ノーシードの秋の大会だと、東豊緑大会に進む為にはベスト4進出、最低6勝が必要になる。
そして、この日判明した三龍の秋の大会の初戦の相手は…
帝王大水面。
水面地区私学3強のうちの一角だ。大学附属という事もあって、部員数は地区最多の93人(2学年)。最近水面海洋に押され気味だが、それでも地区内トップクラスのチームである事には間違いがない。
「ま、俺がナンボ抑えるかやな!まずは一発、デカい獲物から仕留めたるわ!」
鷹合は呑気だが、貼り出された組み合わせ表を見た大体の部員がお通夜モードに突入した。
三龍とは、ハッキリ言って格が違う相手である。
「こらぁー!何ボケっとしとるんだぁーっ!練習だ練習!勝つぞー!オラーッ!」
鷹合と同じほど、無邪気に意気込むのは監督の乙黒。ドヤされた部員は、慌てて放課後の練習に取りかかる。
(……まぁ、秋の初戦だし、やりようはまだあると思うけどな)
宮園は単純に気合いを入れている鷹合を遠目で見ながら、心の中でつぶやいた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「さぁーいきましょー!」
「「「さぁーいきましょー!」」」
翼ら20人足らずのベンチ外部員がメガホンを口に当てて叫ぶ。太鼓要員がドコドコとリズム良く大太鼓を二本のバチで叩く。
ランナーは2塁、打席には3番の渡辺。
(いける!)
カーン!
渡辺の振り抜いた打球は左中間に弾み、2塁ランナーはホームに帰ってくる。
一塁ベース上で渡辺が拳を小さく握り、三龍ベンチが沸き返る。
「先制点、くれたぞ」
「せやなぁ、ウチの打線にしては珍しいで」
ベンチ前でキャッチボールしている鷹合と宮園のバッテリーが会話を交わす。
ゴキっ!
渡辺の次の打者はセカンドゴロで併殺。
この回の三龍の先制点は結局渡辺のタイムリーの一点のみとなった。
「んも〜、ほやさけ林さんはぁ〜」
「関係ないだろ?お前なら一点で十分」
「あ、確かにな。」
宮園のおだてにしっかりと頷き、鷹合は先発のマウンドに駆けていった。
ーーーーーーーーーーーーー
ガキッ!
「オーケッ!」
サード飾磨の前にボテボテとゴロが転がる。
飾磨は丸い体を軽快に動かして打球をすくい上げ、一塁へ糸を引くような送球。
一塁手のミットが音を立ててボールを掴み、その一塁手から勢い良く内野にボールが回される。
(帝王大は基本イケイケドンドンの強打のチーム…特に策は練ってこないってのは本当だな。1番も2番もファーストストライクを打ってきたし…)
内野ゴロ二つで二死をとり、宮園は手応えを感じた。コントロールはバラバラで、変化球の精度も低いが、それを差し引いても鷹合のストレートの球威はかなりのモノがある。まだ1年の秋だが、140キロ近く出ているのではないかと思わせるボールを投げていた。
(ノーコンだからリードし甲斐は全くないけど、それでもやっぱ全国ベスト8入るだけあるな。)
<3番、レフト、高垣君>
「っしゃーす」
打席には大柄な左打者・高垣和也が入る。背も高いが、その太もも、尻、胸板、その幅の大きさにも目を奪われる。これで1年だと言うのだから、たまげてしまう。
(高垣か…ジャイアンツカップ準優勝の青葉シニアの3番。俺自身はボーイズなのに聞いた事があるレベルだ。こいつと…)
宮園はチラ、とネクストに控える打者を見る。こちらも高垣に負けず劣らずの体格だが、膝にキャッチャーのレガースをつけている事と、ヘルメットの中に覗く顔が高垣よりもずっと端正である部分が違っていた。
(…花岡。1年から強打帝王大の3・4番とは、凄いねぇ。青葉シニアと帝王大の野球が似通ってるってのもあるけど)
宮園は視線をマウンド上の鷹合に戻した。
股の下からサインを送る。鷹合はすぐに頷いた。
(…まずはお手並み拝見)
カーーン!!
(…マジかよ)
初球の外寄りのストレートに、足を大きく上げてタイミングをとった高垣はバットを一閃。打球は右中間を真っ二つに破っていった。
かなり深めに守っていた外野からボールが返って来る頃には、高垣は悠々二塁へ。
二死から同点のランナーが出た。
(甘い球とはいえ、鷹合の真っ直ぐを初球からいとも簡単に引っ張れるって、一体どんなパワーしてやがるんだ)
宮園は呆れるしかない。
そして打順は4番へ。
<4番・キャッチャー花岡君>
花岡寛樹はシニアの国家代表に選ばれた強肩強打の捕手として、高垣以上にその名が知れ渡っている。花岡は右打席で背筋を伸ばし、大きな体を更に大きく見せる上段の構えで投球を待つ。
(初回から勝負を逃げるのもアレだが…しかしこいつとは安易に勝負しない方が良いかな。一塁が空いてるし。)
帝王大打線の中でも、花岡の迫力は随一である。
そして宮園は、真っ向勝負を是とするような価値観をさらさら持ち合わせていない、今時の捕手だった。
宮園のミットは外。ボールゾーンへのスライダーで様子を見る。ストレートを打たれた後のスライダーを狙ってくるかもしれないし、そしたらボール球を打ってもらえる。
鷹合がセットポジションから投じたスライダーは、大きな変化を描いてボールゾーンへ。
花岡は高垣のように大きく振り子気味に足を上げたトップから、バットを振り下ろす。
そのバットはボール球のスライダーにも届いた。
カーン!
鋭い打球が一、二塁間を破る。
外野は二死二塁ながらも深めに守っていたので、二塁ランナーの高垣が悠々とホームイン。
1-1の同点となった。
(…少し高かったとは言え、外にボール二つは外れていたぞ?何であんなに簡単に打てるんだよ。)
宮園は一塁ベース上で端正な顔を綻ばせる花岡を恨めしげに睨む事しかできない。
初回で十分わかった。こいつらは強い。ポテンシャルでは、自分達は足下にも及ばない。
格が違う。
(でもまだ、初回だ。モノはやりようだ。)
宮園は前を向いた。
ーーーーーーーーーーーーーー
「ボールフォア!」
(くそー、もう球威だけでは押せなくなってきたな。これはマズいぞ…)
回は6回まで進んでいた。スコアは1-3で帝王大水面のリード。鷹合はあれから安打は6本許し、四死球も5つ出して毎回ランナーを背負いながらも3失点で踏ん張っていた。
しかしこの回は安打、安打、四球で無死満塁と大ピンチを迎えてしまった。
鷹合の球に帝王大打線が慣れてきた感がある。そもそも変化球もスライダーくらいのもので、投球に引き出しがなく、帝王大レベルの打線相手に力で押し切るのは限度があった。
「タイムお願いします」
宮園はこのピンチにタイムをとる。
審判によってプレーが止められ、マウンドに三龍の内野陣が集まった。
そしてベンチから伝令が駆けてくる。
「ここはお前しかいない!お前が三龍のエースだ!って、監督は言っとーよ」
伝令に出てきた先輩が、選手の輪に入るやいなや鷹合に言った言葉に、宮園は目を見開いた。冗談じゃないのか?もうどう見たって限界だ、後は打たれるか押し出ししかない。帝王大打線のタイミングは合っている。それを外す技術なんて鷹合にはない。宮園はベンチに目をやった。監督の乙黒は最前列に仁王立ちで腕を組み、メガネ面に納得の表情を作り、こちらを信頼しきった顔をしている。その顔が、宮園にはひどく投げやりなモノに見えた。ブルペンに目をやると、美濃部が狂ったように一生懸命投球練習を行っていた。キレのあるスライダーがブルペン捕手のミットに決まっている。これが使えたらなぁ、と思った。
(あぁ、分かった…モノはやりよう…このチームは、その“やりよう”こそが分かってないから、だから勝てないんだ…)
途端に、宮園の心の熱がすーっと冷めていった。
目から光が失われた。
プレーが再開されると、帝王大打線は容赦無く鷹合に襲いかかった。高垣が、花岡が、次々と外野フェンス際まで打球をかっ飛ばす。走者が次々とホームインしていく。鷹合がストライクを放れなくなる。泣きっ面に蜂、野手にもエラーが出始める。総崩れ。清々しいほどの大崩壊だ。
サヨナラコールドのランナーがホームベースを踏むのを見届けた宮園は、無表情で捕手のポジションに突っ立っていた。
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