【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス
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闖入劇場
第七七幕 「最上重工」
前書き
投稿しなさすぎて禁断症状が出そうなのでストック分をちょっとだけ更新します。
かつん、かつん、かつん、と金属に難いものがぶつかるような音がリズムを刻む。人一人がようやく通れるほどのスペースしかない縦の通路に架けられた梯子は120メートル以上の長さがあり、手元が見える最低限のライトとそれを頼りに梯子を下る少女以外は、何も存在しなかった。
「・・・こんな隠し通路を用意しているとは、つららの目を以てしても見抜けなんだです!空気の循環とかどうしているんでしょうか?謎が謎を呼びます!」
『ウチをなめてもらっちゃ困るなぁ。創業64年の歴史は伊達ではないのさ!』
『こんなこともあろうかと』その1、こんなこともあろうかと隠し通路を用意しておいたのさ!・・・である。
非常ハッチなどが閉まり部屋に閉じ込められた面々だったが、何と機材の排熱口に偽装した隠し通路が存在していたのだ。これは万が一の時のための避難通路らしい。ただ、建物の構造上一度に一人しか通れないという欠点があるため今はつららが一人で進んでいた。成尾さんのナビゲートを信じて進むが、いったい何がこの先にあるのかは教えてくれなかった。見てのお楽しみ、という事らしい。
「・・・成尾さん!何だか意味ありげなハッチが見えてきました!」
『よし、そこはスタンドアローンだから外のジャミングの影響は受けていないはずだよ!さ、カードキーを!』
「生体認証とかは無いんですか?」
『流石に予算が足りなかったよ!』
(本当に大丈夫なんでしょうか・・・不安になってきました)
どうもセキュリティに難があるようだが、取り敢えず信じるという選択肢しか無いつららは言われるが儘に扉を開いた。
「この奥に例の”翼”が?」
『ないよ?』
「ずこー!!」
余りにもあっさりと予想外の事を言うものだから綺麗にズッコケた。ひりひりと痛む鼻を押さえながら飛び上がる。切り札が無いのなら何でここに誘導したのか分からなくなるではないか。
「無いんですか!?不意を突かれました!吃驚です!!」
『ブツ自体は無いんだけどね。そこには社内の色んな重要機材を遠隔コントロールできるのさ。例えば、”翼”の置いてある作業室の量子変換装置とか・・・ね?』
その言葉と同時に暗闇に包まれてよく見えなかった扉の向こうのライトが一斉に点灯した。そこに並ぶのは通信機材、研究機材、実験機材、etc・・・そして床に走る謎のレール。その雰囲気はさながら・・・
「・・・秘密の研究所みたいです」
『でしょ?車内のIS研究開発に必要な資材は、すべてここにもあるのさ!』
『こんなこともあろうかと』その2、こんなこともあろうかと隠し部屋を用意させておいたのさ!
= = =
成尾主任がナビゲートをしているその頃、指令室にいたその他3名のオペレーター達も動き出していた。
「うわ、見ろよ左近!研究棟の3号開発室に侵入者いるぞ」
「マジッスか!おにょれ~・・・表のドサクサに紛れて俺らのカワイコちゃんを盗む算段っすね!?そうは問屋がおろし大根ッスよ~!!!」
「お前さんはISよりおのれの娘っ子を大事にすべきだと思うんだな、僕としては」
「ばーか、夕貴の奴はもう自立してるようなもんッスよ。俺が口出さなくてもやっていける娘ッス」
このタイミングで侵入したという事は共犯である可能性も高いが、彼らにとっては如何に3号機を護るかが大事である。既に3号機に乗るであろうつららと直接顔を合わせた身としてはぜひとも乗ってもらいたい(ついでにISスーツ姿を堪能したいという奴もいるが)思いが迸っている。だからこそ、彼らはこの侵入者に対してお仕置きを敢行することを決定した。
・・・またの名を、壮大な悪ふざけとも言う。
= =
その侵入者はコードネームを“ウェージ”と言う。性別は女性、容姿から恐らく日本人であろうとこが推測できる。その日、彼女は自身の所属する“ある機業”から命令を受け、“同業者”(と、彼女は利かされているが真偽のほどは興味が無い)の襲撃に便乗してISコアを盗み出しにここへ来ていた。
彼女はかなり特殊な装備を持ってはいるが、ISなどは持ち合わせていない。実際には彼女用のISが存在するが、機業は何を恐れてか最近ISの使用に多くの制限を付けている。潜入任務が多いウェージとしては使いたくとも使えない場合が多いためフラストレーションがたまる遠因となっている。
ISスーツに似た特殊被服にはいくつかの装備が固定されている。
「ここだな。全く何で私が塵屑相手に手加減なんつー慈悲深い事してやらなきゃなんないんだか・・・どーせあの何十年かしたらくたばるんだから今殺しちまっても良いだろうに」
御上は・・・特に5年前に起きた事件以来はかなり慎重になっている。同僚もそれに納得が言ってない様子だったことを考えると特段自分だけがおかしく思っている訳ではないのだろうと考える。
さて、これ以上時間を掛けてもいい事はない。3号機の研究棟にいた人間は全員が彼女の持っている指向性広域音波発生装置によって全員が意識を失っている。事前の下見と仕込みでその辺りに抜かりは――と考えた刹那、足がつるっと・・・
「キャッ!?」
気を抜いていなかったと言えば嘘になるかもしれないが、それにしても見事なサマーソルトの機動を描いた彼女はそのままびたーん!と尻もちをついた。自分の身に何が起きたのか理解できないまま咄嗟に起き上がろうとし、床に着いた掌がぬるっと滑り今度は床に強烈なキスをする羽目に。
「ぺっぺっ!・・・な、なんじゃこりゃ!?なんかヌルヌルして・・・油、いやローションか!?」
咄嗟に見た掌にべっとりと付着した白っぽい半透明な液体が糸を引く。よく見れば廊下の継ぎ目のような隙間からとめどなく溢れる得体の知れない白濁液が床全体に広まっているではないか!
「くそっ!?あたしは芸人か何かか!!舐めやがって・・・うわっぷ!?」
何とか立ち上がろうとするウェージだったが力を入れれば入れるほど滑ってしまうこの環境では生まれたての小鹿みたいな体勢しか取れない。しかも転ぶたびに体中にはよく分からない粘性の液体が絡みつき、非常に不愉快。液体自体も微妙に生臭い臭いがして、それが尚の事ストレスを増大させた。
が、こんなお笑い番組のスペシャルみたいな仕掛けでどうにかできるほどウェージは生ぬるい世界で生きていない。彼女は状況を見るや素早くシューズに搭載された特殊スパイクをアクティブにした。ナノレベルの細さと凄まじい強度を誇るコレならばたとえ足場が金属製でも歩くことが出来るというわけだ。
・・・そう、歩くことは出来るのだが。
ゴウンゴウンゴウンッ!!
「なっ!?今度はいったい何事だ!?」
突然大きな音と共に再びバランスを崩してしまった彼女は、しかしスパイクの力で何とか転倒を防いだ。ふと前を見ると、先ほどまで目の前にあった筈の研究室のドアが遠ざかっている・・・いや、これは。
「あ、足場がルームランナーよろしく動いているだとぉ!?ふっっざけんなぁぁーーーー!!」
そう、ドアが小さくなっているのではなく自分が物理的に遠ざかっていたのだ。スパイクで足場を固定してはどんどん後ろに流される。かといってスパイクを解除しては動くローション床に挑むという非常に無謀な行動をとらなければならない。無論そんな真似はやってられない彼女はこの悪趣味な仕掛けを作った人間に悪態をつきつつ別の装備を使用した。
「クソッタレが!こういうのはアミューズメントパークか自分の家でやれっつうの!!付き合って・・・られねぇ!!」
それはスパイ映画やアニメで登場するようなワイヤー。先端にある特殊粘着剤があらゆる物質と瞬時に接着する優れもので、鉤爪ワイヤーと違って引っかける場所など必要ない。腕部に搭載した射出装置が圧縮ガスと共にアンカーを撃ち出し――入り口近くの壁に命中した。
「よしっ!!ザマァミロ!工作員をナメるからこういう――」
瞬間、張り付いた壁が丸ごとバタンッ!!と倒れ込み、その先には何もない壁だけが残っていた。
彼女がドアだと思っていたそれは、言ってしまえば単なる張りぼてである。つまり彼女は偽物の入り口を目指すために必死こいてヌルヌルになりながら叫んでいた事になる。
「こっ・・・・・・のクソッタレ野郎どもがァァァァ!!!人を、人をおちょくりやがってェェーーーッ!!!」
怒りが頂点に達した彼女は、壁に挟まって動かなくなったワイヤー射出機を八つ当たり気味に全力で床に叩き付けた。と同時に動く床の端に到達し背中を壁に叩きつけられてまたローション床と感動の対面を果たす。感動的だが無意味だ。
ここに来るまでに使用したプラズマ兵器を使えば仕掛けを破壊することも可能だが、あれは非常用の使い捨て装備だったのでもう手元にない。ISを起動させればこんなもん一発であるが、ISは今回この任務には不必要という上の判断で所持していなかった。
つまるところ、生身で突破するしかないのである。
殺す。この仕掛けを作った奴らはいつか絶対に殺す。そう心に誓った工作員ウェージであった。
『こんなこともあろうかと』その3:こんなこともあろうかと侵入者撃退機能を強化しておいたのさ!
この廊下、彼等変態3人衆が変態的な発想と技術で作り上げられた超すごい廊下である。女性社員からは白い目で見られ、社長からは「君たちのボーナスから天引きした予算を出しておこう」と言われながらも完成したこの機能。ドアが無くなったのは単純に金属製の張りぼてが10枚ほど重なっているだけであり、実際にはその奥に研究所はちゃんと存在している。防護シャッターと同期して設置される仕組みになっているため他人に迷惑はかけない。
他にも様々な嫌がらせシステムを搭載する予定だったが、設計図が3人衆の1人である左近の妻によって破壊されてしまったため実装が間に合っていないという裏話があったりする。
「ローションでヌルヌルの女工作員・・・なかなか・・・ヌフフ、この写真は高く売れるぞぉ!?」
「結構美人ッスね!これは捕まえ甲斐があるッスよ!!」
「お前さん達は本当に下世話な話好きだね・・・これで二人とも妻帯者だってんだから世の中分かんないと思うんだな、僕としては」
変態と工作員の戦いは続く。
= =
「コードクリア!量子化開始します・・・」
『B37経由、パターンE5適用!第一作業台に接続!』
「『量子ゆらぎ』収束率78・・・91・・・」
額から流れる汗を袖で強引に拭い、成尾さんの指示に必死で付いてゆく。目まぐるしく変化する状況の中において彼女たちに余裕など存在しなかった。
現在彼女たちは第2作業室に保管されていた風花の“翼”を遠隔量子化し、この隠し部屋で再構成しようとしていた。かなり強引な手ではあるが何とか成功をおさめたため、つららの口から安堵のため息が漏れる。
「はひぃ~・・・何とか出来ましたぁ・・・」
『お疲れさん。慣れない作業で疲れたろう?その部屋は流石に遠隔コントロールできないからねぇ』
現在“翼”は襲撃前に辛うじて保存の間に合っていた風花・百華のデータを最適化してインストールしている最中だ。後は作業を終えた“翼”をつららがユウの下へ届けるだけ。しかし――
「この“翼”で本当に勝てるんですか?あれに・・・」
不安。現状の風花とあのアンノウンは絶望的なまでに相性が悪い。その事実を裏付ける様に、通信の向こうにいるユウは苦戦どころか一方的と言える攻撃を受けていた。言うならばじゃんけんのグーがユウでパーがアンノウン。グーにグーを追加したところで結果は変わらないのではないだろうか?
『いいや、勝つさ。結章君はこの翼さえ渡せば必ず勝つ。だから、準備が出来たら・・・頼んだよ』
そんなつららの不安を払拭するように、成尾は自信満々にそう答えた。根拠など無い。ただ確信があるだけだ。自分たちが魂を込めてユウがそれに火を灯せば、わが社のISは無敵の戦士へと進化する。
社長に頭を下げさせて、今なお潰えぬ闘志を燃やす彼ならば――
「・・・!!最適化、終了しました!!」
『よぉし!ぶっつけ本番の大勝負だ!!』
―――必ず勝利を掴み取れる。
= =
所定時間内に任務の達成が困難な場合は撤退するという規定は存在するものの、今までその規定が適用されたことは一度もなかった。何故ならば失敗しないのがプロだからだ。所定時間内にあらゆる手を尽くして目的を達成していなければ、今日まで生き残れない。
だが――
「こ、今度は何だ!?増殖するGか!?落とし穴か!?それともゴキブリホイホイか!?」
『ガビー。シンニュウシャヲハイジョシマス。ファー…ブルスコ…ファー…ブルスコ…』
「巨大ファー○ィーだぁぁーーーー!!?」
全力で絶叫しながら正面から迫り来る○ァービーをぶん殴ると「モルスァッ」と奇妙な声を上げてこっちに倒れ込んできた。ローションまみれで足を滑らせそうになりながら必死で撤退する。
「畜生!馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって!!こんな所もう2度と来るもんかァァーーーッ!!」
女工作員ウェージは半泣きになりながら先の見えない撤退戦を続けていた。
あれから更に頑張って進んではみたものの、進めば進むほどに新しい罠やイロモノ撃退法がわんさか湧いて出てきてとてもではないが進めたものではなかった。しかも行きは良い良い帰りは恐いと言わんばかりに撤退の際も引っかかり損ねたトラップが次々発動。ウェージの心はとっくにシャープペンシルの芯のようにぺっきり折れてしまったという訳だ。
しかし、精神的疲労と肉体的疲労がピークに達しつつある彼女がその罠たちを全て躱せるわけではない。近くにゴールが見えたとなれば尚更集中力も落ちてくるだろう。
「で、出口だ!今度こそ出られる・・・今度こそ~!!」
今まで「非常口」っぽい見た目のドア「非情口」に引っかかったり、巨大な○と×のマークがついたパネルの○に意味も分からず飛びこんだら実は両方ともローション風呂コースだったり張りぼての出口を用意されたりした彼女だったが、今度のそれは間違いなく自分の入ってきた扉である。
ウェージは人生でそれまで見せたことが無いほど嬉しそうな顔でドアに歩み寄り、ドアノブに手をかけた。
ぬるっ。
もう一度ドアノブに手をかけた。
ぬるっ、ぬるっ、ぬるっ・・・
・・・・・・ローションで滑って開かない。
「え、ちょ、嘘だろオイ!?まさか、まさか今まで執拗にローションばかり用意してたのは・・・!?」
本当に本当に・・・なんて遠い回り道・・・ただこの罠を仕掛けるための伏線。他のありとあらゆる罠が、これを最後の最後に持って来る為だけに・・・?
「もうね、アホかと、バカかと。そう言いたいわけだよ!ちょっと、マジでこれ開かないのこれ!?」
今になって考えてみればこの通路のドア以外はドアノブが使われていなかった。あの時点で怪しむべきだったか・・・と後悔しても時すでに遅し、いくらドアノブを回そうとしてもローションでヌルヌル滑るばかり。摩擦を増やそうにも彼女の身に着けている道具はもれなくローションまみれ。両腕でガチャガチャ動かしどうにか回せないか頑張った結果――ベキッ、という音を立ててドアノブがドアから独立した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
絶望が、彼女のゴールだったようだ。
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