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打球は快音響かせて

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高校一年
  第三話 どうしてここへ?

第三話


「え〜、我が校の校訓は〜、自主自律と至誠の態度の涵養であり〜、え〜我が校は〜」

コクリ、コクリと翼は校長の訓話に舟を漕いでいた。

「!?」

しかし、唐突に殺気を感じて目を覚ます。
見回すと、体育館の隅、浅海が鬼の形相でこちらを見ていた。

「…………」

翼は何ともない振りをして、顔を上げる。
好村翼、高校生活いよいよ始まりである。



ーーーーーーーーーーーーーーー



入寮の翌日、三龍高校は入学式を行った。
そして、新入生240人の高校生活が始まった。

「はっ?」

翼は思わず、クラス分けの掲示を見て声を上げてしまった。クラスは1-3。鷹合と宮園と一緒だった。

(クラスまで一緒なのかよ…)

昨日顔見知りになった4人の中でも、ベタベタとうっとうしく奇行が目立つ鷹合と、やたらと尊大な態度が目立つ宮園。癖の強い2人と同じクラスになってしまった。極め付けは、副担任が浅海である。

(7つもクラスあるのに、どうしてこうなるんだか)

翼はため息をついた。




ーーーーーーーーーーーーーーー



「どうも、担任の幸村です。担当は理科、このクラスの化学の授業を担当するから、どうぞよろしく」

1-3の担任、幸村先生は中年の、いかにも「先生らしい」男の先生だった。副担任として最初のホームルームに顔を出している浅海は、若さといい、地味ではなくクールさが目立つスーツ姿といい、幸村とは実に対照的である。

「それじゃ、君らも自己紹介してくれ。出席番号1番からだ」

最初のホームルームにはこれが付き物である。全員の自己紹介。さっそく、出席番号1番から、名前、出身中学、部活、目標…おおよそテンプレートに沿った事を言う。ただ、テンプレートに自分をはめられない奴も中には居る。

「ヨッ!ミュージシャン!」
「おぉ!?好きな食い物カレー?あぁ、確かにカレーパンマンみたいな顔してんな!」
「いいねっ、未来のJリーガー!」
「おい帰宅部!今まで何してきたんや帰宅部!」

鷹合は、それぞれの自己紹介にいちいち適当な合いの手を入れていく。初対面のはずの相手も平気で煽るこの積極性(傍若無人)、中々お目にかかれるモノではない。浅海がピクピクと震えているのにも、鷹合は全く気付いていない。

「おう!みんな!卯羽目タイガースから来た、鷹合廉太郎やでっ!よろしくなっ!」
「……?」
「……タイガースって何?」

自分の番が来てハキハキと自己紹介したは良いが、教室の中では?マークが沢山飛び交った。

「え?何?みんなタイガース分からんの?タイガーって虎やで、虎。がおーっ」

想定外の反応の悪さに鷹合は戸惑い、自分なりの説明を加えて両手の爪を立てて口を大きく開けるジェスチャーをして見せた。
どうやら本気で、問題の所在が分かっていないようである。

「……ボーイズのチーム名を言っても、何の事だか分かるはずないだろうが。アホだな。」

宮園がポツリと呟いた。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「好村、昼飯買いに行かないか?」

ホームルームが終わると、昼休みとなる。
宮園は翼に歩み寄り、購買へ誘った。
翼はその誘いに乗った。鷹合も一応誘おうと思ったが、女子にメールアドレスを尋ねて回るのに忙しいらしかったので断念した。

「あ、あのっ」

2人が教室を出て行こうとすると、追いすがってくる女の子が居た。髪が短く、背が低い。愛嬌のある丸顔をしていた。

「宮園くんっ!メアド教えて!」
「あぁ、メアドね。良いよ、交換しよう。」

勇気を出して言った感のある女の子に対して、宮園はニコリと微笑みを返して対応した。宮園は見た目も良いが、しかし紳士を演じるのもどうやら上手いようである。本質がナイスガイではない事は、翼に対して見せるような尊大な態度からして明らかではあるが。宮園はポケットからスマホを取り出して、女の子が見せるメールアドレスを打ち込んだ。その場で一通送信し、女の子からの返信をもらった。

「えーと、青野真美ちゃんだっけ?」
「あ、あ、うん!」
「メールだけじゃなくて、直接話してくれても良いよ。じゃあね。」

最後にもう一度笑顔を見せて、宮園はその場を離れる。翼はそれに続いた。

「お前はメアド交換しなくて良かったのか?」

しばらく歩くと、宮園が尋ねた。
翼はそれを尋ねた宮園に首を傾げた。

「え?だって俺にはあの子聞かなかったろ?」
「俺とも交換しよう、と言えばできる流れだったぞ、あれは。お前、田舎者のついでに、女に対しても奥手なのか?」

小馬鹿にしたように笑う宮園に、翼はムッときた。彼女が居て、そしてその彼女に焚き付けられたが為にこんな所に(不本意ながら)居る翼としては、その嘲笑は心外にも程がある。

「俺にはもう立派な彼女が居るんだよ!女のアドレスなんて必要あるかよ!」
「彼女が居たらそれ以外の女と関わっちゃいけないなんて事はないだろ。この年頃の彼女なんて簡単に別れるもんだろうに。もったいないなぁ、青野チビの割には乳デカかったぞ」

昼休みという事もあって、購買には行列ができていた。昼休みの学校には付き物の光景だ。
他にどうする事もできないので、2人はその行列に並んだ。

「お前、本当に野球部入ってなかったのか?冗談じゃなく、本当に」
「ああ。本当の本当に、“草野球”出身だ」
「で、甲子園の夢を追ってはるばる離島から、か。お前、面白いな。彼女が居るから他の女に興味はないってのにしても、草野球から甲子園目指そうってのにしても、純粋すぎて笑っちまうよ」

宮園はクスクスと意地悪そうに笑う。
笑われてばかりの翼は、しかし自分でも無茶苦茶をしてる自覚はあったので、何も言い返せなかった。

「まぁ、安心しろよ。ここの練習は案外楽だし、それなりに体力さえあれば3年間続けられるさ。週一でちゃんとオフもあるし、あんまり遅くまでやらないし、上下関係なんてユルユルだからな。」
「え?ここの野球部、強いんじゃなかったのか?」

翼にとって、この宮園の話は意外だった。
スポーツ推薦のある私学なんて、木凪地区ではバリバリの強豪校しかないので、てっきり三龍の野球はかなり強いものだと思っていた。

「そこそこって所だな。だいたいベスト32か16で負ける。強いっていう程のモンじゃない。」
「でも昨日、浅海先生はお前らは鍛え甲斐がありそうとか言ってたし、それに越境入学してくる奴も居るじゃないか」
「確かに、額面だけ見れば、俺たちの同級生はまずまず良いよ。上手くいけば、“ベスト4には入れる”かもしれないな。」


上手くいって、それでもベスト4かと、翼は思わずには居られなかった。そこまで「甲子園」というものは厳しく、可能性が低いものなのか。

「そもそも、この三龍という学校は学力も普通、部活動も普通、そんな中途半端な学校なんだよ。特徴がない。そんな学校にわざわざ遠くから、自分で好き好んでやってきたお前は本当変わってるよ。」
「…そこまで言う宮園は、じゃあ何で三龍に来たんだよ?」

自分自身の中でも少しずつ大きくなってきている「何でここに来たんだろう」という気持ちを思い切り逆撫でされた翼は、イライラしながら宮園に問い返した。宮園は、今度は自嘲気味の笑顔を見せた。

「ま、俺も中途半端なヤツだって事だな。俺に特待生の誘いくれたのは三龍だけだったし。それに…」

宮園は列が進んでいる事に一瞬気づかず、慌てて一歩を踏み出しながら語る。

「浅海先生が居るからな。普通、高校が中学生相手にやる練習会なんて、参加した中学生を褒めちぎるモンなのにあの人ときたら、俺のプレーにこれでもかって程ダメ出ししやがって、まぁ腹が立つ腹が立つ。何が腹が立つって、だいたい図星だから腹が立つ。このままヨソには行けねぇなってその時思ったんだよ。絶対見返してやるって。」

翼は意外な気がした。
会った時から、基本的に上から目線で、尊大で余裕があった宮園が、今は少し「熱く」なっていた。それは話の中身ではなく、表情で分かった。本当に悔しそうな顔をしていたのだ。
宮園はそんな翼の視線に気づいたのか、コホンと咳払いして、いつもの顔に戻した。

「ま、ボチボチやろうぜ。喋ってみたら、俺もお前も、よく分からん理由でよく分からん学校に入ったってのは一緒みたいだからな。」

春の風が吹く。
中庭の桜はまだ元気に咲き誇っている。
桜の枝の間から差し込む光が、影をポツポツと照らしていた。



 
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