魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~
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Ep5非情なる再会 ~First encounter 3~
本局内を慌ただしく走る幾人もの局員たち。ミッドチルダを始めとした主要世界での同時多発テロの対応に追われているからだ。そしてここ次元航行部第一オフィスもまた慌ただしかった。
「フェイトさん、聞きました? ミッド首都、カルナログ首都。他にもヴァイゼン、フェディキア、エルドラド・・・。管理局施設と市街地へのテロです」
「うん、聞いた。今までのレジスタンスとは違って、質量兵器じゃなくて魔法によるものだよね」
神妙な面持ちで話す執務官フェイトと,その補佐シャリオ。彼女たちもまた別件のテロの対応に追われ、今ようやく片付けたところだ。
「それと、あのですね、未確認なんですけど・・・」
「ん? 何か情報があったの? シャーリー」
歯切れの悪い、言葉を濁すようなシャリオに、フェイトは彼女の愛称シャーリーと呼んで先を促す。シャリオも覚悟を決めたのか、先程耳にした情報をフェイトに伝える。
「クラナガンではシグナムさんがそのテロリストと交戦したそうです。それに、カルナログではなのはさんとヴィータさんが、同様に別のテロリストと交戦したみたいなんですけど・・・」
「ということはもう、犯人は逮捕できたの?」
「・・・いえ、両方とも逃げられたようなんです。それにシグナムさんについては墜とされた、なんて事も・・・」
「うそ・・・」
フェイトは信じられなかった。今挙げられた名前は、彼女にとっては大切な親友たちである。そしてその実力の高さも嫌というほど理解している。その彼女たちが犯人に逃亡を許し、あまつさえシグナムが撃墜されるなんてことは信じられない話だった。
「シグナムさんについての事は本当に未確認なんですけど、逃亡されたのは事実らしいです」
「そっか・・・。相手はかなりの腕を持つ魔導師ってことだね」
シャリオの話に納得は出来ないが受け入れるフェイト。
「それとあと1つ、未確認情報が・・・」
シャリオが再び迷いの表情を見せる。その様子に、何か言い知れぬ不安が去来するのを感じたフェイトだが、それでも先を急ぐことなく待つと、シャリオは意を決し、その情報の話をし始めた。
「ミッドとカルナログの首都を最後に襲った魔法攻撃なんですけど・・・。その砲撃と思われる魔法の色、魔力光が・・・そのですね・・・」
「続けて、シャーリー。そこまで言われたら気になるよ」
「・・・フェイトさん。その魔力光というのが、それは綺麗な蒼色だったそうです。サファイアブルー。あのルシルさんと同じ魔力光です」
「え?」
フェイトが気の抜けた声を出す。今何を言われたのか処理しきれていない状態だ。目が泳ぎ、固まったままシャリオに何を言われたのか必死に処理しようとしている。
ルシリオン・セインテスト・アースガルド。フェイトが異性として好きになったただひとりの男。その男と同じ魔力光が目撃された。
「そ、それは・・・それはルシルのじゃない。ルシルなわけがない。だってルシルはもういない。だから偶然だよ、シャーリー。魔力光が同じ人はたくさんいる。今回だってきっと・・・違う人だよ・・・」
震えた声で否定するフェイト。彼女は今までにも蒼色の魔力光を何度も見てきた。だからフェイトは今回も別人だと思うことにした。
「テスタメント・・・。世界の意思“界律”の命のままに戦い続ける存在。ルシルさんとシャルさんもそうなんですよね・・・」
シャリオが静かに呟く。元機動六課の――特にルシリオンとシャルロッテと親しい人――には知らされていた。2人の正体である“界律の守護神テスタメント”と呼ばれる存在について。
「・・・うん、もう会えないんだ・・・」
シャリオはやっぱり黙っていればよかったと後悔した。フェイトはそれほどまでに沈んでいたのだ。手持無沙汰になったシャリオは、フェイトにコーヒーを用意しようとしたとき・・・
『本局内に侵入者! 服装から主要世界における同時テロ実行犯の仲間であると思われる! 侵入経路は不明! 現在、無限書庫に向かって進行中! 本局内に待機中の武装隊、及び執務官は、白のコートを纏った侵入者を発見次第投降を促し、受け入れられない場合は交戦し、これを確保せよ!――』
緊急放送を聞いたフェイトの表情が変わる。無限書庫。今そこには、彼女の親友であるなのはの娘、ヴィヴィオとその友達がいるからだ。
「フェイトさん!」
「うん!」
フェイトは勢いよくオフィスから出、騒然としている本局内を全力で駆ける。シャリオはそれを心配そうに見送ることしかできなかった。
・―・―・―・―・―・
「止まれ!!」
バリアジャケットを纏った武装隊数人がストレージデバイスを侵入犯へと向ける。対する侵入者は、陽気なる勝者グラナードや堅固なる抵抗者マルフィール隊と同じ純白のコートを纏った男女の2人組だ。
「止まらなければ撃つ!!」
【誠実なる賢者、先を急ぎたい】
【ならば下がっていろ、祝福なる祈願者】
祝福なる祈願者ノーチェブエナが、隣に立つ鎖の男・誠実なる賢者サフィーロへ言外に目の前にいる邪魔者をどうにかしろ、と頼む。サフィーロはそれに何の文句を言わず、ただ静かに右拳に魔力を纏わせ始めた。その色は遥かなる蒼――サファイアブルーだった。
「仕方がない。撃てぇぇぇぇッ!!」
一斉に射撃・砲撃を放つ武装隊員。ノーチェブエナを庇うようにサフィーロは前に躍り出、彼は右拳を床に殴りつけた。魔力が爆ぜ、「うわああああ!」数人の武装隊員が発生した魔力流に吹き飛ばされた。
「ま、眩しい!」
魔力流はただ攻撃の手段というだけでなく、2人に迫る武装隊員たちの魔法を全て掻き消していき、さらにその発光量によって武装隊員たちの完全に視界が閉ざされていた。目晦ましとしての効果も十分にあったのだ。
「くそっ!」
「撃つな! 同士討ちになる可能性があ――っ!?」
ドサリと音がした。それは武装隊の隊長が気絶させられ倒れた音だった。その音を聞いた武装隊員たちは蒼の波の中で射撃魔法を撃とうとするが、それよりも早くサフィーロの手刀によって気絶させられていた。
「相変わらず仕事が早いな」
ノーチェブエナがサフィーロへと賛辞を送る。サフィーロはただ頷くだけでそれに応えた。
「では行こう、無限書庫へ」
2人は再び無限書庫へと向かって歩き出した。
・―・―・―・―・―・
「ユーノさん・・・!」
「今すぐにでも安全なところに連れていくから・・・!」
無限書庫へと通ずる廊下のある一画。そこに無限書庫の司書長ユーノと、なのはの愛娘ヴィヴィオ。そしてヴィヴィオの友達であるコロナとリオの4人が居た。本局内に流れた侵入者の目指すという無限書庫。その無限書庫に居たユーノとヴィヴィオ達はすぐその場より離れようとしていた。
【子供・・・。金髪に赤と緑のオッドアイ・・・】
【戦力調査対象の1人だな】
だがそれより早くユーノとヴィヴィオ達の目前にノーチェブエナとサフィーロが現れた。ユーノは「もうこんなところにまで・・・!」ヴィヴィオ達を逃がすために、3人を庇うように前に躍り出て、ノーチェブエナとサフィーロの前に立ちはだかった。
「この子たちは関係ない! 頼む、この子たちだけでも逃がさせてくれ!」
「無限書庫司書長ユーノ・スクライアと、高町なのは一尉の娘にして聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトのクローンである高町ヴィヴィオ」
フードの陰に隠れた口から発せられた言葉に、ユーノとヴィヴィオは身構える。コロナとリオはどうすればいいか判らずに黙したままだ。
「サフィーロ、私は無限書庫へ向かう。お前は高町ヴィヴィオの戦力調査の方を頼む」
そう言ったノーチェブエナの姿がブレ、次の瞬間にはユーノ達の背後へ移動していた。コロナとリオはそれに驚くも、しかし恐怖を勇気で押し潰し、それぞれデバイスに手を掛け身構える。
「ユーノさんはコロナとリオを連れて逃げてください。あの人、わたしと戦う事が目的のようなんで・・・。クリス、セットアップ」
「ダメだ、ヴィヴィオ! ここは逃げないといけない!」
「そうだよ、ヴィヴィオ!」
「狙われてるのはヴィヴィオなんだよ!?」
ヴィヴィオは隣に浮遊するうさぎのぬいぐるみの姿をしたデバイス、“セイクリッド・ハート”――愛称クリス――を起動させ、バリアジャケットを纏った大人モードとなった。戦う気になっているヴィヴィオを止めようとするユーノ達だったが、相手がそれを許さなかった。
「・・・!」
「ふえっ? はや――っ!」
サフィーロは高速移動魔法を使い、ヴィヴィオへと再接近。と同時に彼女の顔面へと魔力負荷された右拳を繰り出した。ヴィヴィオはギリギリのところで首を逸らすことで回避に成功した。
「ユーノさんっ、早くコロナとリオを連れて・・・っく!」
そう広くもない通路で始まったサフィーロとヴィヴィオの戦闘。疾く重い拳による様々な打撃を受けては逸らし続け、ヴィヴィオは苦悶の表情を浮かべる。
(出来るだけ周りを壊さないように。でもそれじゃあ・・・)
迫る拳、さらには蹴りを捌きながら周囲を壊さないように気を遣うヴィヴィオ。だがそんな甘い考えを許すような相手ではなかった。サフィーロの左手に生まれ出る蒼い魔力で構成された魔力弾。その魔力弾――正確には魔力光を見て、ユーノとヴィヴィオは目を見開く。そこに撃ち込まれる1発の蒼い魔力弾。
(ルシルパパと同じ・・・?)
(だけど別人だ。ルシルなわけがない!!)
――ラウンドシールド――
「ユーノさん!?」
咄嗟にユーノがシールドを展開することで直撃は免れたヴィヴィオ。巻き起こる爆発と濃い爆煙。それが晴れて視界がクリアに戻った時、あまりの威力だったのか、両側の壁が著しく破壊されている。そんな破壊の光景がユーノ達の視界に入った。
「僕が時間を稼ぐ。だからヴィヴィオが2人を連れて逃げるんだ!」
――チェーンバインド――
ユーノの足元に、彼の魔力光である緑色のミッドチルダ式魔法陣が展開される。それと同時にサフィーロの周辺に展開された複数の魔法陣から鎖状のバインドが迫る。サフィーロは全身を蒼炎で覆い、その鎖でチェーンバインドを焼き払った。
「くそ・・・!」
ユーノはゆっくりと歩み寄ってくるサフィーロを睨みつける。今はいない親友と同じ魔力光を持つサフィーロに嫌悪感を抱いたのだ。
『ユーノ! ヴィヴィオ! コロナ! リオ!』
『フェイト!?』
『フェイトママ!!』
『『フェイトさん!!』』
そんな中、救いの声がユーノとヴィヴィオ達に届いた。フェイトからの念話だ。この状況で喜色の浮かんだ表情を作った彼らを見たサフィーロは静かに警戒し始めた。彼らが戦闘中に喜びの表情を作りだした。それはつまり彼らにとって都合の良い何かが起こっていると判断できるからだ。ヴィヴィオとユーノから距離を開け、彼は再度右拳に魔力を纏わせ始めた。
『フェイト。今から侵入者の1人を強制転移させて第8トレーニングルームに送る。そっちで逮捕してほしい。そしてもう1人は、すでに無限書庫に入ったと思う。そっちの方も何か対策をお願い』
『第8・・・。了解。すぐそこだから大丈夫。・・・待って。今、クロノと合流した』
『クロノだ。そっちは大丈夫なのか? ヴィヴィオとその友人たちが一緒のようだが・・・』
ユーノ達が念話で状況確認している最中、右手の平を翳し、複数の魔力弾を斉射するサフィーロ。ユーノがそれをシールドで防ぎ、ヴィヴィオが尚も迫る蒼の魔力弾の隙間を縫うように駆ける。そんな行動をとったヴィヴィオに対し、ユーノは「な!?」と驚愕。しかしユーノの驚愕を余所に、ヴィヴィオの右拳に虹色の魔力が生まれる。
『し、侵入者の1人が今ヴィヴィオと戦ってる!』
『っ! ヴィヴィオが!?』
サフィーロは自らの左手に蒼炎を生みだす。全てを魅了するかのように美しく燃えたぎる蒼い炎だ。ヴィヴィオは蒼光を纏う右拳と蒼炎を纏う左拳に最大警戒し、それでもなお接近していく。そして、先手はサフィーロの右拳から発生した、蒼光で作られた刃による斬撃。
「っく・・・!」
それを紙一重で回避するヴィヴィオだったが、間を置かずに蒼炎を纏う左拳による拳打が迫る。ヴィヴィオは迫る拳打をその場で大きくしゃがみこむことで回避。がら空きになったサフィーロの腹部へと・・・
――アクセルスマッシュ――
「はああああああっ!!」
虹色の光を纏ったヴィヴィオの右のアッパーが突き刺さった。
「っぐぅっ・・・!」
――リングバインド――
苦悶の声を漏らし、後方へと弾き飛ばされるサフィーロ。そこにサフィーロを拘束せんと発動するのはユーノのリングバインド。
「よし!」
完全に拘束されたサフィーロはそれでも難なく着地した。だがそれだけでは終わらなかった。さらに「今だ!」ヴィヴィオのバインドがサフィーロの両脚を捕えた。
「むっ・・・!」
「え・・・?」
「離れるんだヴィヴィオ!!」
サフィーロがドサリと倒れ伏し、ヴィヴィオが離脱したところでユーノの強制転移魔法が発動した。緑色の光に包まれ、サフィーロはフェイトとクロノの待つ第8トレーニングルームへと送られた。ようやく侵入者サフィーロの危機が去り、コロナとリオは「はぁ~」と大きく安堵の溜息を吐き、その場にへたり込みそうになったが。
「大丈夫ヴィヴィオ!?」
「ケガとかしてない!?」
すぐさま俯いたまま動こうとしないヴィヴィオへ心配して駆け寄っていった。ヴィヴィオは何も答えない。彼女の表情は硬く青褪めている。それは何か信じられないモノを見たかのよう。その様子にさらに心配そうに声をかけ続けるコロナとリオ。体を揺さぶってもなかなか反応しないヴィヴィオに、ユーノも駆け寄り、声をかける。
「ヴィヴィオ? どうかしたのかい、ヴィヴィオ? ヴィヴィオ・・・?」
真正面からヴィヴィオの顔を見つめるユーノ。ヴィヴィオは「な、んで・・・」とうわ言のように繰り返し「確かめなきゃ!」そう言って、サフィーロが転送された第8トレーニングルームへと駆けだした。
・―・―・―・―・―・
フェイトとクロノ、そして10人程度の武装隊員の前に転送されてきた侵入者・サフィーロ。緑と虹色のバインドに拘束されたまま床に倒れ伏している姿だ。
「時空管理局次元航行部、クロノ・ハラオウンだ。主要世界へのテロ行為、時空管理局本局への侵入、公務執行妨害などの罪でお前を逮捕する」
「・・・ふぅ」
現状からして観念したのかサフィーロは大人しく項垂れ、力を抜いた。それを見てクロノが“デュランダル”の構えを解いた。それに続いてフェイトも構えていた“バルディッシュ”をそっと下ろす。だがそれでも警戒は怠らない。いつでも戦闘が出来るような臨戦態勢だ。武装隊員たちが拘束されているサフィーロへと駆け寄っていく。
「こちらクロノ。無限書庫に入ったもう1人の侵入者はどうなった?」
『こちら無限書庫のティアナ・ランスターです。いました。交戦に入ります』
「気を付けるんだ。相手はかなりの腕だ」
『了解です』
クロノが無限書庫へと向かったティアナと武装隊へと通信を入れる。そこで一度通信が切れる。ティアナ達とノーチェブエナの戦闘が始まった合図でもあった。
「さあ立つんだ」
武装隊員たちに立たされたサフィーロに視線を向けるクロノとフェイト。
「? おい、何を言っている!?」
――バインドブレイク――
そんなとき、サフィーロの真横に居た武装隊員が怒鳴る。次の瞬間、サフィーロを拘束していたバインドは全て砕かれた。
――レストリクトロック――
自由となったサフィーロはこの場に居る誰の目にも留まらぬ速さで、周囲にいた武装隊員たちを一斉にバインドで拘束した。
・―・―・―・―・―・
向かい合うは執務官ティアナと祝福なる祈願者ノーチェブエナ。ティアナは左手に持つ“クロスミラージュ”をガンモードのままで、逆の右手に持つ方をダガーモードにしている。すでにノーチェブエナへと投降を促したが聞き入れられなかった。
『こちらクロノ。無限書庫に入ったもう1人の侵入者はどうなった?』
「こちら無限書庫のティアナです。いました。交戦に入ります」
『気を付けるんだ。相手はかなりの腕だ』
「了解です」
向かい合うだけで理解できる敵の実力。後ろに控えている武装隊員たちもそうなのか、先程から黙したままだ。
「もう1度通告します。手にしているその書物を置いて、おとなしく投降しなさい」
“クロスミラージュ”の銃口を向けられようとも平然と佇むノーチェブエナ。彼女の左手にあるのは三冊の本だった。それは重要管理指定世界“オムニシエンス”で発見された解読不能の本。その内の3冊を回収するのが、ノーチェブエナとサフィーロの任務だった。
「・・・刃を以って血に染めよ」
「えっ!? その魔法って――っ!」
ノーチェブエナの足元に展開された深紫のベルカ魔法陣。それと同時に彼女の周囲に展開されたのは複数の血色の短剣だった。ティアナは驚愕した。その魔法に見憶えがあったのだ。5年前の戦い。ティアナの元上司、はやてが使用していた古代ベルカ式魔法と同じものだったから。
「穿て、ブラッディダガー」
≪Protection≫
射出された射撃魔法を、ティアナは“クロスミラージュ”が張った半球上の障壁で防いだ。直撃という難を逃れた彼女を始めとした武装隊員たち。
「(こんな局内で全力は出せない。だけど・・・)クロスミラージュ!」
≪Load cartridge≫
「(手を抜いたら墜ちるのはこっちだ)クロスファイア・・・シュート!」
オレンジ色の誘導魔力弾が5発。それらが様々な軌道を取ってノーチェブエナへと迫る。
「盾」
――パンツァーシルト――
ノーチェブエナの前面、通路いっぱいに展開されたベルカ魔法陣が容易くティアナの魔力弾を全て防いだ。そして今度はこっちの攻撃順と言わんばかりに突撃するノーチェブエナ。フードの中に隠れた美し過ぎる深紅の瞳が光る。
――シュヴァルツェ・ヴィルクング――
両拳に黒い影のような魔力を纏わせ、近接戦に持ち込んでいく。繰り出される右拳。それをダガーモードの“クロスミラージュ”で軌道を逸らす。もちろんそれだけでノーチェブエナは止まらない。何度も何度も左右からの拳打を繰り出していく。
「っく・・・!」
徐々に後退していくティアナ。武装隊はそれを黙って見ていることしか出来ない。下手に魔法を撃てば、間違いなく味方であるティアナに誤射すると判っているからだ。ティアナが「しまっ・・・!」足を滑らし倒れ込みそうになる。ノーチェブエナはそれを最大の好機として右拳を振るう。
≪Round Shield≫
主の危機を助けんとシールドを張る“クロスミラージュ”。オレンジ色のシールドに衝突するノーチェブエナの黒き拳打。だがティアナと“クロスミラージュ”は知らなかった。シュヴァルツェ・ヴィルクングに付加された効果のことを。ノーチェブエナの拳打がシールドに触れたその瞬間、ガシャァンとガラスが割れたかのような音を立ててシールドが粉砕された。
「がはっ・・・!?」
一瞬でシールドを破壊し、ティアナの腹部へと直撃した黒き拳打シュヴァルツェ・ヴィルクング。打撃力強化と効果破壊の能力を持つ魔力を加えて行う格闘攻撃の1つであり、今回は障壁破壊が付加されていた。腹部を押さえながらも後退するが、遂には片膝が折り蹲るティアナ。
「・・・ティアナ・ランスター執務官。戦う場所が場所だったためにきちんとした戦力調査は出来なかったか」
そう言い残し、ノーチェブエナはその姿を消した。
・―・―・―・―・―・
「はあああああッ!」
第8トレーニングルームを縦横無尽に翔けるのは黄金の閃光フェイト。大剣状であるザンバーフォームの“バルディッシュ”を振るい、サフィーロへと接近する。サフィーロは右手に持つ蒼の魔力で構成された剣でフェイトを迎撃せんと床、壁、天井を駆けては跳躍を繰り返す。
機動力においては圧倒的にフェイトが上だった。何せ飛行しているのだから。対するサフィーロは飛べないのか走り回るだけだ。それでも十分にフェイトとクロノを翻弄しているのだから大したものである。
≪Plasma Lancer≫
――アイシクルブレイド――
フェイトの直射型の雷槍プラズマランサーが9発と展開され、サフィーロへと迫る。そこにクロノが展開した同時攻撃の氷の剣、アイシクルブレイドが降り注ぐ。サフィーロが足を付けている下方以外からの包囲攻撃だ。威力はかなり高く設定されている。
サフィーロは急に立ち止まり、左手の平を床に叩きつけた。巻き起こるは強大な魔力流。その魔力流でフェイトとクロノの攻撃を全弾掻き消した。
「やはり生半可な魔法は通用しない、か。本当に彼と戦っているみたいだ」
クロノが愚痴を零す。それほどまでに似た実力。フェイトはただ黙ってサフィーロを見つめる。あまりに似過ぎた体格、魔力光、戦闘能力。目の前に居る敵は、本当に自分が好きだった彼なんじゃないかと頭の片隅に過ぎる。その反面、もう1人の自分がそれを否定する。それはあり得ないことだと。
「・・・クロノ。もう1回行こう」
「ああ。だがこれ以上はここがもたない。場所があまりにも悪過ぎる」
本局内のトレーニング施設はどこもかなり強固に造られている。だが、それでも限度というものがある。今回はその限度を超えようとしていた。相手であるサフィーロがあまりにも強かったのだ。これ以上、施設のことを考えて加減しての戦闘は、敗北へと繋がると直感で理解していた。
「やっぱり接近戦で撃墜しかないかな。クロノ、援護お願い」
≪Sonic Move≫
接近戦ならばそう施設を破壊せずに済むだろうと考えての選択。フェイトがクロノにそう告げ、再度交戦に入る。サフィーロもフェイトを迎撃するために動く。
再度衝突し合う金と蒼の閃光。フェイトのザンバーを左手でしっかり受け止め、右手に展開した蒼剣で斬りつけようとするサフィーロ。フェイトはザンバーの刀身を一度消し、掴むものを急に失ってしまったことで体勢を崩したサフィーロへと・・・
≪Plasma Smasher≫
至近距離での砲撃を撃ちこんだ。フェイトの視界が黄金の雷光で潰される。フェイトは手応えを感じていた。間違いなく直撃したと。それは離れたところで魔法を準備していたクロノも同様に。
「くっ・・・!」
「フェイト!!」
雷光を突き破って放たれた2発の蒼い光線。あまりにも速いそれがフェイトの両脚を掠めた。掠める程度だったとはいえ相当の威力があったのか、堪らず両膝をつくフェイト。
――アイシクルブレイド――
クロノはフェイトの前方に姿を現したサフィーロへと氷剣を11発と放つ。しかし迫る氷剣を消したのは蒼炎の壁だった。その蒼炎の壁の中から突撃してくるサフィーロの手には蒼の大鎌があった。物凄い速さでフェイトへと接近してくるサフィーロへと氷剣を何発も射出するクロノだったが、それを大鎌で斬り払い、サフィーロは尚もフェイトへと接近する。
「プラズマランサー・・・ファイア!!」
“バルディッシュ”を杖代わりにして立ち上がったフェイトが射撃魔法を放つ。その数13。真正面から迫るソレらを大鎌で弾いては回避していき、フェイトへとたどり着いた。
――ディフェンサー・プラス――
振り下ろされた蒼の刃を防ぐフェイトの障壁。1度目は完全に弾き返し、2度目でヒビが入り、3度目の攻撃で砕かれた。4度目の攻撃がフェイトへと直撃しようとしたところで、フェイトとサフィーロの間にある少女が入り込んだ。
「ダメッ!!」
「ヴィヴィオ!!?」
「っ!」
フェイトを庇うようにしてその場に現れたのはヴィヴィオだった。ヴィヴィオは咄嗟にサフィーロの左手――大鎌の柄を握りしめていた4本の指に拳打を繰り出していた。咄嗟だったためかほとんど手加減なしの全力拳打。そのため大鎌の柄を握っていた指からベキ、ボキという音が聞こえた。
柄を握るだけの力を失ってしまったサフィーロの左手が開き、大鎌が床へと落ちて・・・無数の羽根となって消えた。それをチャンスだと判断したクロノが“デュランダル”をサフィーロへと向け、サフィーロもまた床に落ちて消滅した大鎌と同じものを右手に出現させたその時。
「もうやめて!!・・・何でこんなことをするの・・・?」
叫んだヴィヴィオの瞳から涙が零れる。フェイトとクロノはヴィヴィオのその様子に戸惑い始める。
「もうやめて・・・ルシルパパ!」
「「っ!?」」
ヴィヴィオが口にしたその呼び名に目を見開くフェイトとクロノ。ヴィヴィオの視線の先、そこにはサフィーロしかいない。それはつまり・・・。
「フェイトママ。クロノさん。この人・・・ルシルパパだった。さっき見えたの。フードの中の顔は、ルシルパパの顔だった」
「・・・うそ・・・。嘘だよね、ヴィヴィオ・・・? だってルシルは・・・ルシルはもういない。もう会えないんだよ・・・?」
フェイトの身体が足の痛みとは違う痛みで震えだす。どうしても信じられなかった。もし本当に目の前に居るのがルシリオンならば、どうしてこんな事をしているのかが理解できなかった。だがそれを証明するために、ヴィヴィオはサフィーロのフードに手を伸ばし掴み取った。そしてそれを一気に脱がす。現れたその顔は、「ルシ・・・ル・・・」美しい銀の髪、ルビーレッドとラピスラズリのオッドアイ、女性と見間違うほどに整った顔立ち。それは間違いなく5年前にこの世界を去ったルシリオンだった。
「本当に・・・あのルシルなのか!?」
「ルシル・・・ルシル、ルシル・・・・!」
フェイトは泣き始めた。次から次へと溢れだす涙を拭い続ける。もう会えないと諦めていた、大切な人だったルシリオンが目の前に、触れることの出来る場所にいると。
「フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官。そしてクロノ・ハラオウン提督。あなた方の戦力を測るにはこの場所は狭い。残念だがこれで失礼させてもらおう。近いうち、また会うことになるだろう」
「え?・・・ちょっと待って・・・? な、何言ってるの? っく・・・待って、待って・・・お願い、待って、ルシル!!」
「ルシルパパ!!」
「ルシル!!」
フェイトはもう立って歩くことが出来ないのか転倒してしまうも、必死に手を伸ばして呼びかける。ヴィヴィオも、クロノも、必死にルシリオンへと呼びかける。
「生憎と私はルシルという名ではない。サフィーロ。それが私の名だ」
そう言い放ち、サフィーロは無表情のまま3人に背を向ける。そこに現れたのは3冊の本を左脇に抱えたノーチェブエナだ。
【任務は達成した。・・・もう素顔を曝したのか、サフィーロ】
【油断した。まさかフードを剥ぎとってくるとは思いもしなかった】
サフィーロとノーチェブエナは、彼ら独自の回線で繋がる念話でそう短く会話し、サフィーロは脱がされたフードを再度被りなおした。再び隠れた彼の瞳にはもうフェイト達は映らない。
「待って、ルシル!!」
「では、またいずれ。フェイト執務官、クロノ提督、ヴィヴィオ嬢」
「「ルシル!」」
「ルシルパパ!!」
彼はもう何を言わず、ただその姿を静かに消していった。ノーチェブエナは1度だけフェイトに視線を移し、すぐに逸らして消えていった。残されたフェイトとヴィヴィオとクロノは、サフィーロが消えた場所から視線を逸らすことが出来ずに座り込んでいた。
・―・―・―・―・―・
何処かの無人世界の広大な空の中。そこに巨大な艦があった。それは戦艦と呼ばれる種類のものだが、それは時空管理局などが保有する次元航行艦とは全く違っていた。
その艦には帆があった。綺麗な赤い炎のような巨大な帆船だ。至るところに黄金による装飾が施されている。大きな4つのマストがあり、帆は現在畳まれた状態にあった。
その艦内のある1室。大きく豪華な作りをしている艦長室にはいくつかの人影があった。全員が純白のコートを纏い、フードを目深に被っている。そんな白コートの集団の中に、ミッドチルダに姿を現した陽気なる勝者グラナードが居り、近くにはカルナログを襲撃した堅固なる抵抗者マルフィール隊の3人も居た。
「ただいま帰りました、マスター」
艦長室の両開きの扉から入ってきたのは、誠実なる賢者サフィーロと祝福なる祈願者ノーチェブエナ。サフィーロがある1人の白コート――さらにその上から装飾の施された白マントを纏った者へと恭しく頭を下げ帰還報告をした。
ノーチェブエナも彼に続いて軽く頭を下げた。そのノーチェブエナを見て、顔を逸らし舌打ちする者がいる。その舌打ちはこの場に居た全員に聞こえたが、誰も何も言わなかった。2人の帰還報告を受けたその白マントの手には1冊の赤い本がある。それは2年前にトレジャーハンター・シャレードから奪われた本で間違いなかった。
「――――」
「いえ、私は貴方の従者。これからも何なりとご命令を」
「――――――」
「ありがとうございます、マスター」
サフィーロはそう言って、彼に用意された座へと戻り座った。ノーチェブエナはその隣の座へと歩き、誰にも気付かれないように溜息を吐いてから座った。これで、この組織の白コートを纏った14人の幹部メンバーは揃った。
メンバー全員は言葉を交わすことなく、自分に用意されている椅子へと腰掛けている。この場から全てが始まる。彼らは時空管理局本局と支局、各管理世界にある地上本部などの管理局主要施設に電波ジャックを開始。
「それではマスター・至高なる卓絶者、私が宣言しましょう」
サフィーロにマスターと、そして他のメンバーからはボス、またはマスター・至高なる卓絶者ハーデと呼ばれる白マントが、金の刺繍の施された白コートの男へと“赤い本”を1度預ける。“赤い本”を受け取った白コート――至高なる卓絶者ハーデに代わり表舞台に出る――永遠なる不滅者ディアマンテは、時空管理局主要施設へと宣言する。
「聞こえるかな? 時空管理局に勤める者たち。我々は新たなる秩序に管理される新世界への門を開く者・・・」
このとき、全ての管理局主要施設のモニターには彼ら白コート集団が全員映っていた。ディアマンテは1度そこで区切り、強調するかのように自らが属する組織名を告げた。
「反時空管理局組織“テスタメント”である」
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