魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~
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Ep3新たな始まりは砲光の中で~First encounter 1~
今より約5年前、ある闘いがあった。
幾つもの世界から成りたつ次元世界の、とある世界においての闘い。
次元世界の存亡を懸けた、全て滅ぼしかねなかった闘い。その果ての決戦。
それは人智を遥かに超えた闘い。人たる者の介入する隙の無い闘い。
両勢力の死力を尽くした決戦。そして、それは終結した。
しかし、その闘いを知る者はそう多くはない。
唯一その決戦の勝敗と真実を知る数少ない者たち。
元“古代遺物管理部・機動六課”の前線組とその知人たち。
その“機動六課”の部隊長を務めていた少女、いや今では女性と言うべきだろう八神はやて海上警備捜査司令。そんな彼女は今、管理局の制服ではなく私服を着ている。ここはミッドチルダ首都クラナガン郊外、そこから少し南へ行った場所に建つ八神家宅。すぐ近くに海のある高台に建っている家だ。
「ん・・・」
寝室のベッドの上で寝返りをうつはやて。今日は、久々に彼女に訪れた3日間という短いが、それでもありがたい休暇の最終日。のんびり出来る休暇を満喫するかのように昼寝に勤しんでいた。そして今、はやては夢を見ていた。
そこは雪の降る公園。
その公園に、美しい銀の長髪、紅い瞳をした女性がいる。彼女の名はリインフォース。現在、はやてが共に過ごしているリインフォースⅡとは違う。言うなれば初代のリインフォース。はやての人生を大きく変えた、大切な家族だった女性。
「リインフォース、こんなんやめて。破壊なんて、リインフォースが逝かんでもええ。わたしがちゃんと抑えるから、だから・・・こんなん・・・せんでええ!!」
『リインフォースと小さい頃の私や。そうか。これはリインフォースが旅立った日の・・・・』
はやての視線の先には幼い頃の、車椅子生活をしていた時の彼女が居た。夢の内容は、愛しき主はやての未来を護る為に、自らの終焉を選択したリインフォースが天へと逝った日の事。
幼い親友のなのはとフェイト。今と変わらない姿の愛おしき家族、ヴォルケンリッター。そして幼少時のはやての側には、今はいないシャルロッテとルシリオンがいた。
幼少時のはやてとリインフォースが、互いに自分の想いを言い合う。何とかするから、こんな事をしないでいいと言うはやて。対するリインフォースはそれを聞き入れない。
「主の危険を払い、主を守るのが魔導の器の務め。あなたを守るための最も優れたやり方を、私に選ばせてください」
幼少のはやては泣き始める。
「私の意志は、あなたの魔導と騎士たちの魂に残ります。私はいつもあなたの傍にいます」
リインフォースは優しくはやてに語りかける。その光景に、今は第三者として見守るはやての目からも涙が零れる。
「私は消えて、小さな無力な欠片へと変わります。もしよければ、私の名はその欠片ではなく、あなたがいずれ手にするであろう新たな魔導の器に贈っていただけますか? “祝福の風リインフォース”。私の魂はきっとその子に宿ります」
リインフォースの最期の願い。その願いによって今のはやてがいる。そうして短い時間での邂逅の果て、リインフォースははやての未来を繋ぐために逝った。はやては尚も雪に染まる公園の中で佇んでいた。これが夢ならもう覚めるだろうと思いながら。
「主はやて」
背後から聞こえてきた女性の声。はやては振り返り、自分を呼んだ声の主と対面する。
「リインフォース・・・!?」
そこに居たのは、先程天へと旅立ったはずのリインフォースだった。しかし外見にいくらかの変化がみられる。リインフォースの格好は、はやての知る黒い騎士甲冑ではなく、デザインは同じでも色が白へと変わっていた。背にある二対の黒翼もまた、綺麗な純白の翼へと変わっていた。それはまさしく天使と呼ぶに相応しい姿だった。
「大きくなられましたね、主はやて。あの幼く駄々っ子だった頃とは比べるまでも無く・・・・」
「駄々っ子は私やなくてリインフォースの方や!」
微笑みながらそう言うリインフォースに、はやては顔を赤くしながら反論。するとリインフォースはさらに笑みを深める。はやてもまた笑みを零し・・・
「夢でもまたこうして話が出来て嬉しい。リインフォース、私な、今すごく幸せなんよ? 友達にも恵まれて、家族も出来てな。あ、そうや。新しい家族が出来たんや。名前はアギト言うてな――」
はやては今までの事をリインフォースへと話す。リインフォースⅡの事、学校の事、全てを話すには圧倒的に時間が足りない。まだまだ話したい事がたくさんあるのに、意識が覚醒していく感覚に捉われた。
「あのな、リインフォース!」
「主はやての笑顔を見れただけでも十分です」
「リインフォース!!」
世界が白に染まる。目覚めの時だ。
「んぁ・・・?」
はやてが目を覚ます。むくりと起き上がり、ぼうっとした表情のまま窓の外へと視線が行っている。
「リイン・・・フォース・・・?」
そう呟いて、そのままパタリとベッドの上に寝転んだ。仰向けになって視線は天井へ。それから深呼吸をした。
「リインフォースの夢を見るなんていつ以来やろ・・・?」
そんな彼女の夢をはやては見た。ハッキリと思いだせるほどの鮮明な夢。
「・・・うん。私は幸せや。そやから心配せんでええよ、リインフォース」
そう言って勢いよくベッドから降り、寝室を後にする。
「あれ? はやてちゃん、もうお昼寝はいいですか?」
「マイスター、まだ1時間も寝てないよ?」
リビングではやてを迎えたのは、リインフォースⅡとアギト。2人は融合騎とも呼ばれる人格型ユニゾンデバイスだ。本来は30cm程の身長だが、自宅に居る際は普通の子供と大差ない体格でいる。
「うん、ちょっとな。あれ・・・シグナムは?」
「? はやてちゃんはもしかして寝起きで少しボケてますか?」
「なんや、リイン。私がいつボケたって? ん?」
何気なく口にした疑問にそう返され、はやての心の内に少しイタズラ心が生まれた。はやてはリインフォースⅡの両頬をプニプニし始める。リインフォースⅡはされるがままに「あぅ~」と困った表情でアギトに助けを求める視線を送った。
アギトはそれを見て、もう少し見ていようか、それとも助けようかと迷った。その思考中の間にも頬をプニプニされ続けるリインフォースⅡ。結局、はやてが止めるまで続いた。そう、アギトは放置を選択したのだった。
「何で助けてくれなかったですか!?」
「いやぁ、楽しそうだったから、マイスターが。それに、リインだって本気で嫌だったわけじゃないんだろ?」
「そ、それは・・・そうですけど。まぁいいです。確かに嫌じゃなかったですし」
リインフォースⅡがそう言い終えたところで、ようやく脱線していた話が戻る。
「それで、シグナム達はどないしたん?」
「シグナムは今日の夕飯の買い物ですよ、はやてちゃん。それに、お買い物ははやてちゃんが頼んだことですよ? 忘れちゃってます?」
それを聞いたはやては「そうやった」と、頼んでおいて忘れていた事に自己嫌悪していた。昼寝に入る前、同じ休暇に入っていたシグナムに買い物を頼んでいたんだった、と。
「あーごめんな、リイン」
「いいえです♪」
「お礼に、今日はうんとおいしい夕ご飯作るな♪」
「はいです!!」
「おお! 手伝うよ、マイスター!!」
八神家は今日も笑顔が絶えない家族だった。
・―・―・―・―・―・
「今日はいつもより冷えるな・・・」
スーパーで夕飯の買い物を済ませ、車を停めてある駐車場へ向かうシグナム。両手にぶら下げている重い買い物袋を手に、すれ違う人たちを緩やかに避けていく。車へとたどり着き、助手席に買い物袋を置いて、いざ愛する家族の待つ家へと帰ろうと運転席側に回ったその時・・・
「なんだ・・・?」
ズンっ、と震動を感じた。駐車場に居る他の買い物客も感じ取れるほどの震動。
「今のは・・・爆発・・・!」
周辺を見回し、遠くに黒煙が上がっているのを見たシグナムは車のドアを閉めてロック。管理局員として、爆発によって起こった現場へと走る。車は使わない。これから混乱している場所へと向かおうというのに、行動を制限されるような車に乗ればそれだけで到着が遅れると知っているからだ。
「くそ・・・、またテロなのか・・・!」
「一体これで何件目だ!?」
「管理局は何をしているんだよ!?」
シグナムが現場へと向かう最中、民間人から怒りの声が上がるのを聞いた。最近増えてきたテロリズム。しかも質量兵器を使用したものが多い。今の管理局はテロに対しての対応に追われていた。最近は少しなりを顰めていたが、再び首都クラナガンに悲鳴をまき散らした。
「シグナム一尉だ。状況は!?」
シグナムは炎と黒煙を上げているビル前に着き、既に現場に着いていたこの地区担当の地上部隊と合流する。女性隊員は「お疲れ様です」と敬礼し、シグナムへと現状を告げる。
「市民の何名かが人質として、ビルに立て篭もっているテロリストに捕まっている模様です。怪我人はいません。爆破されたフロア、その上下のフロアは無人でした」
「怪我人がいないことが不幸中の幸いか」
怪我人がいないことに安堵するシグナム。死傷者が出ない。それはいつもの事だった。テロを起こそうとも犠牲者が出ない。少なからず怪我人は出るが、それでも死人だけは誰一人として出ることはなかった。
「・・・それと、向こうからはまだ何も言って来ませんが、ですが・・・」
「やはり何かしらの要求はある、か。おそらくいつものあれだろうな」
「はい・・・。管理局体制の改革・・・」
管理局の掲げる魔法至上主義への不満。人的被害は少なかったが、それでも大きな混乱を巻き起こしたJ・S事件。そして少なからず被害者を出したマリアージュ事件。
魔導師の人手不足、その所為で増える被害、犠牲。そこをどうにかしようとしているのが、管理局反体制組織“レジスタンス”である。魔法を使わず、どこから入手しているのか不明の質量兵器を使用する。質量兵器を認可させる。それで現状が良い方向へと変わると信じているのだ。
「とは言え、自らもまた多くの被害を出しているのだから、それは本末転倒だな」
“レジスタンス”が立て篭もっているビルへと視線を移し、呆れてものも言えないといった表情を浮かべる。そして予想通り――いつも通りの要求が“レジスタンス”から来た。やはり管理局への不満を告げるだけの内容。
『――であるからして、今の管理局は腐っている! J・S事件然り! マリアージュ事件然り! どちらも管理局に属する者が加害者側としていた!!』
“レジスタンス”の演説は止まらない。ここ最近の管理局の失態を糾弾していく。それから“アインヘリヤル”や“アルカンシェル”などの破壊兵器が認められて、どうして質量兵器が駄目なのかと説いた。
『少しは頭を柔らかくしてもらいたい! そこまで質量兵器を否定し、魔法にだけ頼るその体制が気に入らない! 質量兵器を少しだけでもいい。認めれば不必要な犠牲も出すことも無くなる筈だ!!』
“レジスタンス”の演説は尚も続く。それを聞いている民間人や管理局員は、いつも通りの内容、しかし頭から完全否定できない内容に頭を抱える。確かに管理局の失態は続き、その在り方にも疑問を持つ人も増えてきた。そこから行動を起こすのが“レジスタンス”と呼ばれる存在だった。
『確かに質量兵器は危険だと我々も理解している。しかしそれは扱い方を間違った時の事だ。使用目的をしっかりすれば、頼れる武器になるのも事実だと我々は思っている! だから考えてほしい。考える事を止めないでいただきたい。それだけを願う』
それを最後の言葉として、“レジスタンス”は武装放棄し出頭すると告げた。まずは人質を解放し、ビルの外に出す。次に“レジスタンス”の6人が出てきた。シグナムはビルから出てきた“レジスタンス”の1人と視線が合った。シグナムは局の内外問わずに有名な騎士。
「管理局は変わるべきだ。あなたもいつかは解るはずだ」
それを知っている“レジスタンス”の男は、すれ違いざまにシグナムに聞こえるように呟いた。シグナムは何も答えず、人質だった民間人へと視線を移した。
『いいねぇ』
その時、付近一帯に響き渡る7拡声機のようなもので大きくされた声が空より発せられる。
『そういうのは嫌いじゃねえよ?』
ざわめく首都クラナガンの街の一画。
「どこからだ・・・!?」
シグナムは待機状態の“レヴァンティン”を手にする。いつでもどんな事にでも対応できるように。この場に居る地上部隊もストレージデバイスを手に、周辺を最大警戒した。その次の瞬間、シグナムは言い知れない悪寒を感じ、考えるより咲き伊叫んでいた。
「伏せろぉぉぉぉーーーーッッ!!」
その指示を聞いた隊員たちは、指示に従って近くに居る民間人たちを力づくで伏せさせた。直後にキィーンとフェードインしてくる甲高い音が聞こえてきて、その後、頭上30m程の所で何かが連続して爆発した。悲鳴が上がる。だがそれも爆発音で掻き消される。爆発音で鼓膜をやられたのか両耳を抑えて蹲る者、痛みを堪えてここから逃げ出そうとする者など、民間人が一斉に動に転じた。
「レヴァンティン!!」
≪Anfang≫
極まる混乱の中、シグナムは騎士甲冑を纏い、炎の魔剣“レヴァンティン”を手にして臨戦態勢に入る。
「お前たちは民間人の避難誘導の方を頼む。こちら本局武装隊、シグナム一尉。緊急時につき、飛行許可をお願いしたい」
地上部隊に避難誘導を頼み、「了解しました」という返答を聞きつつ市街地の飛行許可を取る。ノイズ混じりの通信だったが、それでも飛行許可を取り付けたシグナムは空へと上がる。攻撃は上空から。攻撃方法は“レジスタンス”のような質量兵器ではなく魔法によるもの。それゆえに、まだ攻撃の実行犯がいるであろう空から不審者を探索しようと考えた。一気に空へと翔け上がり、周囲を見渡す。
「遅かったか・・・?」
「こいつはビックリ。結構速いな・・・」
頭上から聞こえた声に、シグナムはすぐそこから離れつつ、声のした方へと視線を向ける。そこに居たのは、踝まで隠すほどの純白のロングコートを着こんだ人間。体型と声からして若い男。大体20代半ば辺りと読んだ。フードを口元が隠れるまで被っているために、顔が見えないから声で判断するしかなかった。
「今の市街地への魔法攻撃はお前か・・・?」
“レヴァンティン”を構え、いつでも行動できるようにしておく。一目見た瞬間に、この白い男は只者ではないと直感が告げたのだ。白の男は暫し沈黙し、それから拍手しながら笑い声を上げ始めた。
「何が可笑しい・・・!」
怒気を含んだシグナムの声に、白の男は笑うのを止め、言葉を紡いだ。
「そりゃ可笑しいさ。ご高名なるシグナム一等空尉殿。オレが犯人だと、たとえ違っていても関係者だと踏んでいるんだろ? それなのにわざわざ確認を取るっつうのが、なんとまぁお気楽と言うか何と言うか。でもまぁそれが管理局だ。立派に務めを果たしてる。褒めこそはすれ馬鹿にするのはさすがに違うよなぁ、あー判ってるとも」
余裕に満ちた態度と声の男。シグナムは少し苛立ちを覚えたが、努めて冷静なまま話を続ける。
「それでは、お前が攻撃犯だとしてもいいのだな・・・?」
「イエス、と言いたいところだが、答えはノー。今のはオレじゃねえよ。オレらのお仲間による散弾砲っつう魔法だ。オレはそれがどんなのか知りたくて、空から見学してたわけだ」
中遠距離からによる砲撃魔法の一種だと判断し、シグナムはさらに周囲に気を配り始める。オレ“ら”。つまり他にも複数の仲間が付近にいると考えてだ。シグナムが周囲を警戒していると察した白の男は、小さく口角を上げ、「無駄だよ、無駄。アイツは近くにはいねえよ」と言い放つ。
「それを信じろと?」
「そっちの勝手だ。ま、こればかりは本当だって。オレってばさ、仲間内では結構な正直者で通っているんだぜ?」
両者の距離を大体13mとして向かい合うシグナムと白の男。
「お前たちの目的はなんだ? 他に仲間は何人いる?」
「目的? う~ん、そうだな・・・。それはボスが言うことだしなぁ。悪いけどオレは言えねえわ、悪いね。あと、仲間っつうのは・・・ひぃふぅみぃ・・・。悪ぃ、これ以上の情報漏えいはやめとくぜ、あっはっはっはっは!!」
白の男から次々と入る情報。白の男を含めた複数人から成りたつ組織で動いているという事。ボスと呼ばれる主犯格が存在している事。目的は全てそのボスから発信されているらしい事。それから構成人数は不明。
「なるほど・・・。ならばお前を捕えた後で、じっくりと話を聞かせてもらおう」
シグナムが“レヴァンティン”の切っ先を白の男へと向ける。それでも白の男の飄々とした態度は変わらず、余裕に満ちていた。
「オレと闘るってか・・・。やめといた方が良いんじゃないかなぁ?」
フードの上から頭を掻く仕草をする白の男に、「それはなんだ? お前は私より強いと自負しているのか?」威圧感を放ちつつ、シグナムは鋭い眼光と共に白の男へとそう告げる。
「どうだろうなぁ。剣じゃオレは勝てないだろうな。何せ相手は、今は失われし“夜天の魔導書”の守護騎士プログラム“ヴォルケンリッター”が将、烈火の将シグナム殿だしよ」
「なっ!?」
シグナムの表情が驚愕に染まる。その事実を知るのは、管理局内でも本当に一握りの存在でしかないからだ。それを知っていて当然とでも言うように口にした白の男。シグナムは言い知れない不安を覚えた。
「つうわけで逃がさせてくれないっすか? シグナム一尉殿」
「っ! 待て!!」
シグナムが一気に距離を詰める。何故、管理局内でも第一級クラスの秘匿情報を知っているのかも含め、白の男に問い質すために動く。シグナムが戦闘行動に移ったことを視認した白の男は、飄々とした態度を変えずに話を続ける。
「さっきから謝ってなんだけどさ、お宅らには相応しい相手がいるんだよ、お仲間の中に。ソイツらがお宅らを斃すんだっていきり立っててさ、それを抑えるのも大変なんだよ。だからここでオレが落とされるわけにもいかねえし、あんたを撃墜するわけにもいかないってわけだ」
シグナムの疾い剣閃を紙一重で避ける白の男。シグナムは心の内で、我ら守護騎士に相応しい相手だと?と考える。何が相応しいのかは不明だが、おそらく良くない事だと感じた。
「でもま、こっちはこっちで逃げないといかねえし、ちょっとくらい傷つけてもいいよな・・・?」
そう言った瞬間、白の男は“レヴァンティン”を振るったシグナムの右手首を掴み取った。そして逆の右手で“レヴァンティン”の刀身を掴んだ。再度驚愕に染まるシグナムの表情。剣筋を見切られた。その上で“レヴァンティン”と腕を抑えられ、攻撃をキャンセルされた。これほどの動体視力を持つのは、シグナムが知る限り数えるほどしかいない。その数人の中に新たに追加された目の前に居る白の男。
「レヴァンティン!」
≪Explosion≫
“レヴァンティン”がカートリッジを1発ロードする。それと同時に“レヴァンティン”の刀身に炎が生み出された。
「うおおいっ!? 危なねぇ、ハァ、それが紫電一閃か。やっぱすげえな・・・!」
いきなり刀身に噴き上がった炎によって慌てて下がる白の男。手袋を外して、右手が火傷していないか確認している。しかしそれでも飄々とした態度は変わらない。
「いいぜ、そんなの見せられたら、こっちも何かお返しに見せないとな」
そう言い放ち、白の男の背後に黄緑色の魔法陣が縦に描かれ始めた。その魔法陣の形状を知っているシグナムは、その魔法陣の名を口にする。
「召喚魔法陣! お前は召喚士か!?」
「んぁ? あー違う違う。俺はそんな大層なもんじゃねえよ? 何つうか、まあいいや。そんじゃ、その綺麗な目でよーく見な。オレの大切な相棒、名は・・・無限の永遠ラギオン!」
白の男が魔法陣上へと移動する。その魔法陣の中央から溢れだす強大な魔力に、シグナムの背筋は凍った。ゆっくりと姿を現す異形のもの。それはどう見ても生物ではない。今シグナムの目の前に在るソレを生物として認可すれば、そこらにある瓦礫も生物として認可しなければならなくなる。
「何だ・・・? ソレは一体何だ・・・!?」
ソレから発せられる鼓動のような音を耳にしながら、シグナムは白の男へと尋ねる。白の男はそんなシグナムの困惑が嬉しいのか静かに笑いだした。ラギオンと呼ばれたソレは、無限を表す∞の形、その中央に永遠を表す円環が重なった姿だった。全てが黄金で出来ているかのように神々しい金色に輝いている。
「いつか知るさ。さぁラギオン。いっちょ逃げるために頑張るとするか」
ラギオンの中央にある円環が回り始める。そこから生まれる音は、まるで何かしらの楽器から流れる音色のように美しかった。シグナムはハッとし、“レヴァンティン”を鞘へと納め、何発かカートリッジをロードする。
「逃すか!!」
シグナムが放とうとするのは飛竜一閃。砲撃級ともされるほどの威力を有する魔力付加斬撃。鞘から“レヴァンティン”を抜き放とうとしたそのとき・・・
「どっちが強いか勝負っつうことでよろしく!」
ラギオンの前面に魔力が集束していく。ソレは魔導師が扱う集束砲と似通ったものだった。シグナムは発射を防ごうと、先に“レヴァンティン”を抜き放つ。
――飛竜一閃――
「はぁぁぁぁーーーーーッッ!!」
「撃て、ラギオン」
しかし間に合わず、白の男の号令の下、ラギオンから放たれた白い砲撃。シグナムの飛竜一閃とラギオンの放った砲撃が正面から衝突する。空を流れ覆っていた雲が散る。曇り空だった空が一気晴れ渡った。威力は互角で、せめぎ合っているかに思えたが、若干飛竜一閃が押され始める。
『こちら第2031航空隊。シグナム一尉、援護します!!』
そこへシグナムと白い男たちの元へと飛んできている航空魔導師部隊。シグナムはまずいと思った。目の前に居る敵は普通ではないと。幾度も戦線を越えてきたからこそ判る、白い男と不可思議な存在たるラギオンの危うさ。
『いかん! 今は来るな!!』
だからこそそう念話で返した。今こちらに向かって来ている航空部隊では歯が立たないと感じているからだ。
「・・・は? いやいや、何やってんのさ?・・・んー知らねぇぞ? うぅわっ、知ーらないっと。ったく、手綱はきちんと握ってほしいもんだね」
突如視線を彷徨わせて独り言を発する白の男。シグナムは念話で仲間と話しているのだと判断する。だが何故わざわざ声に出すのかは不明だったが。
「あー、もうこれはやっばい。かなりやばいぞ、おい。なぁ、シグナム一尉。散弾砲の第2波がもうすぐここに落ちてくる。こっちに向かって来てる仲間を失いたくないなら、相殺するしかねえよ?」
「なに!? っぐ! ぅく・・(非殺傷設定ではない!?)」
ラギオンの砲撃がシグナムの飛竜一閃を弾き飛ばし、シグナムのすぐ側を通過していった。シグナムは至近を横切っていった砲撃が生んだ衝撃波に、かなりの痛手を負いながら「待て! 貴様は一体何者だ!?」と問い質す。その質問に、白い男はこう返した。
「そうだな。一応、陽気なる勝者グラナードっつう名前をボスから貰ってる。悪ぃな、本名じゃなくてさ。ま、機会があったら教えるさ。また・・・はないかもな。今度お宅らヴォルケンリッターが出遭うのは・・・」
陽気なる勝者と名乗った白い男とラギオンの姿がかき消える。最後にグラナードの放った言葉は、しっかりとシグナムの耳に入っていた。
――お宅らを唯一裁ける断罪者だ。それでお宅らは終わりだよ――
シグナムは負ったダメージでフラつきながらも、グラナードの言っていた散弾砲の第2波に備えて、“レヴァンティン”のカートリッジを数発ロードする。そこで合流した第2031航空隊に、今から落ちてくる散弾砲への同時攻撃を提案。
「レヴァンティン、行くぞ」
≪Jawohl≫
シグナムを始めとした第2031航空隊の魔導師たちは空を見上げる。そしてグラナードの言っていた通りに散弾砲であろう蒼い光球が落ちてきた。シグナムはその魔力光を見て、ある1人の男を思い出していた。5年前にこの世界を護り、そして去ってしまった1人の男の事を。蒼の魔力光。それは奇しくもその男の魔力光と同じサファイアブルーだった。
(今は余計なことは考えるな。優先すべきはあの砲撃のみ・・・!)
シグナムは頭を振り・・・
「撃て!!」
号令を下す。15人の魔導師が手にするストレージデバイスから放たれる砲撃魔法。威力は落ちてくる蒼の光球とは比べるまでもなく弱い。弱過ぎた。しかし、複数の砲撃を受けて蒼の光球が小さくなったことは間違いのない事実だった。これならいける、と踏んだシグナムはもう一度飛竜一閃を解き放つ。
「はあああああッ!」
衝突する蒼と紫の閃光。シグナムはこれで散弾砲による攻撃は防げたと思った。だが、蒼の光球はそこで本来の効果を発揮した。グラナードの言っていた散弾砲という名の通りに。突如蒼の光球が弾け、幾つもの閃光となって周囲に散らばり・・・
「全員最大防御!!」
――パンツァーガイスト・パンツァーシルト――
シグナムの半ば悲鳴のような大声と同時に一斉に爆発した蒼の閃光群。シグナムもまた防御へと魔力を回し、前面にベルカ式魔法陣の盾を展開。その上で魔力を纏い防御力をさらに上げた。航空魔導師たちは経験と直感からして、シグナムの叫びの前に防御、若しくは回避行動に移っていた。
彼らは以前、あの有名な高町なのはの教導に鍛えられた部隊だった。それでも無傷とはいかなかった。ある者は同僚に肩を貸してもらっていたり、気を失い抱えられていたりする者もいた。炸裂する前に威力が減衰されていたことで、撃墜という犠牲者が出るような被害は無かった。
「はぁはぁはぁ・・・あ・・・?」
「シグナム一尉!?」
肩で大きく息をしていたシグナムが突然落下を始めた。それに気付き、自らも軽くないダメージを負っているにも関わらずシグナムを受け止める女性魔導師。
「シグナム一尉!? 大丈夫ですか!? シグナム一尉!!」
シグナムは、先に負ったダメージとリンカーコアの負荷によって意識を失っていた。そんな彼女たちをさらに上空から見つめる1つの影。それは女性であることは間違いなかった。女性特有の身体のラインが、グラナードと同じ純白のコートの上から確認できるからだ。その女はボソッと何かを呟き、その姿がゆっくりと消えていった。
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