一つだけでなく
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第二章
「誰だよ、それは」
「あれっ、ドミンゴを知らないのか」
「そうなのか」
「ああ、はじめて聞く名前だよ」
実際にそうだと言うキングだった。
「誰なんだよ」
「ブラジルのサンバのダンサーでな」
「ブラジルのか、そういえばブラジルのダンスはそれだったな」
キングも他の国のダンスをよく知っているつもりだ、アメリカは多くの人種がいてそれだけ多くのダンスもあるのだ。
しかしだ、彼はどういう訳かサンバのことについては殆ど知らずこう言ったのだ。
「サンバの人か」
「ああ、もうブラジルじゃ伝説のサンバのダンサーだよ」
「リオデジャネイロじゃサンバのプリンスって呼ばれてるぜ」
「もう六十だけれどな」
「凄い人なんだよ」
「六十って爺さんかよ」
その年齢を聞いてだ、キングは笑って言った。ダンサーの世界で六十といえばもう引退どころの年齢ではない。
「何かって思えば」
「年代が違うから知らなかったのか」
「そうなんだな」
「ああ、それでその人は今何してるんだよ」
キングはそのことを問うた、彼の今を。
「一体」
「第一線を退いて劇場を経営してるらしいよ」
「そのリオでな」
「へえ、リオか」
リオデジャネイロにいると聞いてだ、キングは楽しげな笑みを浮かべた。
そのうえでだ、彼は記者達にこう言った。
「今度リオに呼ばれてるからな、その時はな」
「ドミンゴと勝負するかい?」
「ダンスで」
「ははは、六十の爺さんに勝負するとか駄目だろ」
圧倒的な自信と余裕を以てだ、キングは記者達に明るく笑って返した。
「まして引退してる人となんてな」
「じゃあ勝負はしないのか」
「そうなんだな」
「ああ、そんなことはしないさ」
絶対にだというのだ。
「まあ今どんなダンスをするか観てみたいけれどな」
「じゃあそれを観にか」
「行くんだな」
「そうしてみるな」
こう記者達に応える、そしてだった。
彼は実際に仕事でリオデジャネイロに行った時にそのドミンゴが経営しているという劇場に赴いた、するとだった。
そこの支配人にいたのは丸々と太って髪の毛が殆どない口髭の男だった、背はキングと同じ位だが本当に太っている。
その彼を見てだ、キングは内心こんな太っていてダンスかと思った。だがだった。
ドミンゴは陽気な笑顔でだ、こうキングに言ってきた。
「あんたのことは聞いてるよ」
「世界一のダンサーっていうんだな」
「ああ、凄いね」
「そうさ、それで俺がここに来たのはな」
「俺のダンスを観たいんだな」
「踊れるかい?」
不敵な笑顔でだ、キングはドミンゴに言った。誘いというよりも煽り、煽りというよりも徴発の笑みでそうしたのだ。
「今も」
「踊れるって言えば?」
「見せてくれるかい?」
気さくな笑顔のドミンゴに相変わらずの笑顔で返す。
「そうしてくれるかい?」
「よし、それじゃあな」
こうしてだった、ドミンゴはその場で彼のダンス、サンバをキングに見せた。そのダンスはというと。
キングはそのダンスの最初のステップでもう目を瞠った、手の指の先、そして目の動かし方に至るまでだった。
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