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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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アリシゼーション編
  episode2 そしてまた彼の世界へ

 呼び出された先は、……なんというか、全員集合、だった。

 病院内の一部屋、カンファレンスルームなる場所を占領したのは、俺を含む関係者五人。患者や家族への説明に使われるのだというその部屋は、思っていたよりは医学書や薬のパンフレット、電子端末や模型なんかでごちゃごちゃと散乱していた。

 だが、そんなものより、なによりも。

 「…………」

 威圧感。

 それはALOでどんなおぞましい怪物を前にしたものよりも、GGOでどんな巨大な機械兵を相手にした時よりも圧倒的だった。長らく……もう二年も前になる、かつてのデスゲーム、SAOの中でもここまでの迫力をもった敵というのはそうそう記憶にない。

 それほどの緊張感が、場を支配していた。

 「うんうん、いい面構えだねぇ。ボクの見立て道理だろう、蒼夜」
 「……ハイハイわかったわよ。アタシが悪うございました」

 そんな中、普段とまったく変わらない……それこそ廊下で今日の夕食の献立が当たったのを自慢するような口調で言ったのは、玄路さん。その笑顔にも特にいつもと違う様子は見られず……それが却って異常さを醸し出してした。

 対して。

 「……兄さんは……いつも通りだね……僕は少し……昂ぶっているよ」
 「……アンタはアンタでキモいわね、呼白」
 「柄にもなく……運命なんて……信じてしまいそうなほどにね」


 独特な音量で霧の彼方から喋るように話す叔父……呼白さんの声は、以前に会ったころより少し興奮しているようだった。よれよれのスーツ姿は記憶にある彼の姿のままだったものの、その眼鏡の奥の瞳は爛々と輝いている。

 (ありゃあ、研究対象を見つけた人の目だな……)

 玄路さんや蒼夜さんに比べればまだ与し易いだろう叔父を見やり、その胸中を読もうと試みる。
 だが、それは文字通り鶴の一声で遮られた。

 「やめなさいな、シエル。私たちの前で、それは無謀よ」

 この場に集った『四神守』の、最後の一人。

 「……かーさんも、一枚噛んでるんだな」
 「……ええ」

 俺の実の母親、朱春。
 彼女の視線が、真直ぐに俺の目を射抜いた。





 「……以前僕が説明したことを……覚えているかな」

 どうやらこの場の進行役は、呼白さんのようだった。電子端末に自前のPCを繋ぐと、部屋の壁にあるスクリーンに電源が入り、その画面を映し出す。なんかの説明が自動再生されているようなのだが、その画面を見ているのは誰一人いなかった。

 ……俺に見ろということだろうか。
 というか、俺のためだけにわざわざ作ったんじゃなかろうな、コレ。

 相変わらずこの人の感覚は分からない。

 「……僕の専門分野……『量子脳力学』……。その中で……僕が興味を持つのは……人の『魂』の在り方だ……。君の想い人は……その意味で……非常に適役だった……」

 そんな俺の思いを一切読み取ることなく、謳うように話し続ける呼白さん。

 ちらりと周りを見やると玄路さんはニコニコと目を細めているだけ。朱春母さんは対照的に真一文字に口を結んだまま。蒼夜さんに至っては不機嫌そうに眉間にしわを寄せたまま目を閉じて……っていうか寝てんじゃねえのかあれ。

 「……血栓症による……反復性の脳の器質的破壊……フラクトライトを形成する……細胞内骨格の壊死……既に彼女のフラクトライトは……キミの知る頃の彼女のそれとは大きく変質しているはずだ……だが……僕の『共鳴』の仮説が正しいのなら……」
 「きょう、めい……?」
 「……話しておこう……気になるだろうからね……彼女の、ことだ……」

 俺のセリフに応えた様子では、なかった。
 ただそれでも、それは俺に向けられた言葉だった。

 「……彼女は、助かったよ……『神月』のリュウ君が……素早く対応してくれたおかげだ……蒼夜義姉さんも、協力してくれたから……」
 「っ、っ!? た、助かったん、っ」
 「急場は凌いだ、ってトコね。……二度はしないわよ、あんな患者を弄ぶような真似。……ただアレは、今の医学じゃあどうにもならない。それがリュウとアタシの意見の一致。……あぁ、あの子の家族が理解ある人だったのも感謝ね」

 助かった。その言葉に反応した俺の言葉を遮ったのは、蒼夜さんだった。





 ソラが入院していたのは、蒼夜さんの病院だった。呼白さんは自身の研究のためのサンプルとしてソラを……「借りる」、機会を窺っていた。無論そんな人体実験まがいの研究に、蒼夜さんは協力せず……結果、彼らは反目しあう中だった。

 そんな中、ソラが、発作を起こした。

 とうとう蒼夜伯母さんが折れて……ソラは実験機械……ソウルトランスレーター、なる機械へと治療として入ることになった。その怪しげな機械は、何の因果かかのデスゲームの筐体……ナーヴギアの進化形の一つなのだそうだ。

 となると、一つ疑問が浮かぶ。

 なぜ呼白さんが、そんな大層なシロモノを持っているのか、と。





 ニヤリ、と口の端が上がる。
 それはあまり感情表現が豊かとは思えない呼白さんとは、にわかに信じがたい表情だった。

 「……僕はその……製作班の一人だ……。とはいえ……プロジェクトすべての概要は把握していないよ……それが僕の研究のために……有意義だったから協力したまでだ……」

 その顔に幽かな……しかし確かな笑みを浮かべ、彼は語る。

 「……フラクトライトを写し取る器、ライトキューブ……構想はあったが……そのための予算がどうしても捻出できなかった……それを負担してもらうという条件で、……僕は彼らに協力したんだ……」
 「あぁ、『彼ら』というのは別にキミが気にすることじゃあ、ないよ。ボクの紹介だ。それが悪用されることは無いし……それ相応に、信用できる者だよ。少なくともボクにとっては、ね」
 「玄路さんに言われても、俺は微塵も信用できません……それで、」
 「『彼ら』は……ライトキューブを「一つの人格の器」として……そしてソウルトランスレーター……STLを人格を育てるための装置として生み出した……だが僕は違う……ライトキューブは「人格データの保管媒体」として……そしてSTLは「人格を写し取る装置」として、……使う」

 ふと、横のスクリーンに目が行った。

 そこに映し出されたのは、俺の知る「ゲーム筐体」ではなかった。むしろ入院中に何度も世話になったような……部屋を一つ丸々占めるような医療機器、かつて仮想世界でのみ動くことができた絶剣ユウキの愛機メディキュボイドを思わせるような、そんな巨大な機械。

 ソウルトランスレーター。
 直訳で、魂を写す装置。

 「……STLは、単純なコピーだけではない……僕の研究の最終目標とは逸れるが……コピーしたフラクトライトを微弱ながら継続維持する……機能もできなくはない……その成果のため……彼女は絶好の症例だったんだ……」
 「まったく、無理矢理に患者を奪われる気にもなりなさいよ、クソ弟」
 「……とにかく」

 相変わらず陶酔する呼白さん。やれやれと頭を振る蒼夜さん。

 ……二人のやり取りの意味は、はっきりとは分からない。言われたことだって、俺には半分も分からなかった。けれども。それでも。たった一つだけ、分かったこと……伝わったことが、あった。それを、どうしても確認したかった。

 「……ソラは……ソラの『魂』は、助かるんですね……?」

 声が、震えた。
 目尻に、滴を感じた。

 霞みかけた視界の中で……四人が、頷くのが見えた。
 母親の口元に、幽かな笑みが浮かぶのも。

 目尻に感じた滴があふれて、熱く頬を伝っていく。
 その熱さは、俺がいつ振りかに感じる、確かな重みのある熱だった。





 「第一段階……ソラ君の現在の記憶を保存することには……成功した……このまま放っておいても……彼女は目を覚ますだろう……だが、彼女の場合はもうひとつ……試せることがある……キミに協力してもらって作る……第二段階の実験だ……」
 「……第二、段階……?」
 「君は……僕の研究内容を……覚えているかな……?」
 「確か……記憶ではなく、遺伝するような……そんなものを調べている、と……」

 言ってたような、言ってなかったような。
 自信はなかったが、呼白さんは満足げに頷いた。

 「そう……僕は今の研究……フラクトライトこそが……それなのだと考えている……だが……」

 そう言って呼白さんは、一つ、息をつく。

 「……残念ながら……仮説の一つは否定された……フラクトライトには……生下時に個体差はほとんど認められない……そこに……遺伝の要素はなかった……しかし……」
 「しかし?」
 「同時に別の仮説が浮かんだ……フラクトライトが生下時に個体差がないのなら……その成長過程になんらかの法則があるのではないか……例えるなら……同じ刺激が与えられれば同じように育つ……それは同じ角度で日を浴びるにはもっとも効率の良い枝葉振りに木々がなるよう……人の脳の電気回路の形成を行うのではないか……そしてそのための刺激とは……同じフラクトライトによる『共鳴』なのではないか……」
 「っ、っと……?」
 「アンタは深く考えてもしょうがないわ。呼白もアンタが全部を理解できるだなんて期待してないから安心してなさい」
 「はっは。そうそう、適材適所。ボクだってわからんさ。キミはそれらを理解する必要はない」

 トリップしたように語り続ける呼白さんの頭を蒼夜さんがはたく。
 その横で、玄路さんが楽しげに……心底楽しげに笑う。

 だが、その笑みの裏で。

 「キミに必要なのは、これだけだ。『君と共に過ごすことで、ソラちゃんは記憶を取り戻すかもしれない』。……キミの方だって、それだけで十分じゃないかい?」

 彼は、俺を絡め取ってくる。
 伊達に、四神守の後継ぎと目されていない。

 「……確かに、そうです。俺に、それ以上の情報はいらない。俺がソラと一緒に過ごして、それでソラが自分を取り戻せるなら、それ以上に望むことなんてない……でも、それでも、教えてください。玄路さん、あなたは何を考えているんです? 俺にこれを伝えて、あなたになんの得が?」
 「おやおやぁ? 予想外だねぇ、どうしたのかい? らしくない」
 「……一応、もらえる情報はもらっておきたいんですよ、用心のために。いけませんか?」

 しかし、俺もやられっぱなしでいるわけにはいかない。
 俺が負けるのはいい、別にそこにこれっぽっちもプライドなんぞない。

 それでも今回は、負けられない。そこに、ソラが掛かっているのだから。
 だからたとえそれが「らしくなく」ても、それでもできる限りの用心をしておきたいのだ。

 相変わらずに笑みのまま、玄路さんが俺を見据える。

 「……まぁ、隠すほどでもないかねぇ。ボクは、キミを『四神守』の跡取り……いや、違うな、『裏の跡取り』に迎えたいと思っているのさ。……どうにもボクの子供たちは僕に似ずに正義感が強くてねぇ。……キミのように清濁併せ呑んでくれる人材がどうにも足りないのさ」
 「はぁ……なるほど。まだ幼いんでしたね、お子さんたち……で、それが俺に適任、と?」

 問いかけた俺の言葉への返事は、横から帰ってきた。
 その声も、玄路さんに負けず劣らず楽しそうだと、俺には分かった。

 人生で最も多く聞いた、その人の声だから。

 「私が太鼓判を押したのよ。だって、そうでしょう? 愛する人のためだったら、なんでもする。私の……そして父さんの息子だもの。血だってそういう血が流れてるし、そういう風に育てたわ。……異論は、あるかしら?」
 「……なるほど。分かりました。……納得は、しかねますが」
 「あらあら。何度も私は言って聞かせたけどね。『大事な人ができたら、絶対にその人を大切にしなさい。それが』、」
 「『それが幸せの秘訣。そうやって今、私はとっても幸せ』……だろ?」

 俺を、物心ついた時から育て上げてくれた、母親。
 朱春は、心底楽しそうに……いや、『嬉しそう』に、「正解!」と笑った。

 
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