駄目親父としっかり娘の珍道中
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第51話 結局子供は親が好き
ヒーローは遅れて登場する。
その常識を体言したかの様に、銀時は正しく絶妙なタイミングで皆と合流する事が出来た。目の前に居た無数の浪人達とおまけで老人を跳ね飛ばし、銀時達は晴れて新八達の元へと馳せ参じてきた。
「おいおい、何だか大変な事になってねぇか? これって一体どう言う状況だよ。おい、新八」
相変わらずけだるそうな面持ちで銀時は目の前に居る新八に目線を向けてきた。何かを尋ねる際にはその人の目を見て話す事。これは社会の常識だったりする。
「なんですか?」
「一体この状況はなんだ? 3行以内で簡潔に述べつつこの状況を打破して見せろ」
「無理ですよそんな偉業!」
新八の言葉は決して変換ミスなどではない。実際問題小説で山場シーンをたったの3行で片付ける事など無理に等しい。それこそ効果音だけで全てを表現しなければならなくなり小説ではなくなってしまうからだ。
「ま、無理なのは知ってたよ」
答えなど待ってなかったかの様に銀時は頭を掻き毟って言った。どうやら無茶振りだったようだ。毎度の事ながら。
「とにかく、此処に長居しても良い事なさそうだな。とっととけぇるぞ。早く帰んねぇと午後のロードショーに間に合わなくなっちまうからよ」
「銀ちゃん。今日のロードショーは【エイリアンVSヤクザ】アルよ」
「マジでか? そりゃ見逃す手はねぇぜ!」
などと言葉のキャッチボールを一通りし終えた後、その場で話についていけていない老人をひとり残して銀時達はその場を後にしだす。
「ま、待て! 勘七郎をこっちに返せ! その子はわしの孫じゃ!」
「あん?」
銀時が振り返ると、律儀にリンゴを両手に持ったままの老人が立ち上がりこちらを睨んでいる。かなり怖い目線で射殺す様に見ている。
「あっそうなの、って事はこいつはお前の孫って事か」
「どうするの? お父さん」
すぐ横に居たなのはが見上げるようにして銀時に尋ねてきた。つい先ほどまでその赤子に嫉妬していたのだが、今となってはその赤子が何所か愛おしく見えてしまっていた。これも母性と言うのだろう。
銀時はそんななのはと先ほど新八達が助けた女性を、そして例の老人を交互に一瞥した後に、再度女性に目線を向けた。
「ところでお宅、どちらさん?」
「あ、あの……私、お房と言います。その勘七郎の母です」
「あぁ、母ちゃんか。つまり爺ちゃんと母ちゃんの赤子の取り合いって訳か。おい、お前はどっちが良い?」
銀時が背中に背負っている赤子の方を見つつ尋ねてみた。赤子はその問いに対し「あぶっ!」と一言声を挙げた。その声を聞いた銀時は理解したかのように、後ろに居たお房に向い赤子を投げつけてきた。突然の出来事にお房は驚きながらも赤子を見事に両手でキャッチ出来た。
「な、何の真似だ!?」
「悪ぃなぁ爺さん。爺の汚い乳しゃぶるよりは母ちゃんの貧相な乳しゃぶりついた方が良いってよ。まぁ、貧相って言うよりは絶壁みたいだけどな」
「止めて下さい! それセクハラですよ! って言うか、絶壁って何ですか!? これでも一応○カップ位はあるんですよ私!」
お房が自分のバストサイズを怒号した。因みに正確なサイズは着物越しなので分からない。と言うより作者本人が分からないので割愛しただけだったりする。
「待て! 勘七郎を返せ! その子はワシの孫じゃ! 我が橋田屋の跡取りなのだ!」
「残念だったな。少なくともこのガキはそんなご大層な建物の主になるよりもこの母ちゃんの子で居たいらしいぜ」
そう言い終えるとそそくさと部屋を後にしていく。
「銀さん、どうやって此処から出るんですか?」
「この先に俺達が使った直通エレベーターがある。それを使って出れば良いさ。ま、どの道もう手駒はねぇだろうしな」
銀時の言い分からすると既に来た道に居たであろう浪人達は銀時が片付けてしまったのだろう。
だが、銀時達は気付かなかった。去って行く一同の背中を見ている賀兵衛の顔に笑みが浮かんでいた事に―――
***
エレベーターまでの道のりは楽な道のりだった。と言うのも道を塞いでいた筈の浪人達は銀時の言葉通り素手に意識を失って倒れていた。流石は銀時だ。
お陰でエレベーターまで一気に行く事が出来る。
「流石は銀さんですね。既に此処まで手回ししていただなんて」
「ったりめぇだろ。これでも俺主人公だよ。まぁ、俺の無双シーンが割愛されてたのには心底腹が立つがな」
不貞腐れながら銀時は先を進む。其処まで戦闘シーンがカットされたのが悔しいのだろうか。まぁ、ジャンプ漫画での華と言えばバトルシーンなので其処を割愛されるのは主人公として心底はらわた煮えくり返る思いなのかも知れない。
「お父さんだけじゃないよ。ちゃんと倒れた人の側にそっと青森産アッポォをお供えするサービス精神も用意してるから大丈夫!」
「大丈夫じゃねぇよ! つぅか何この娘? 何時の間にボケキャラになったの? 確か物語最初の頃はツッコミキャラだったよねぇ? 新八君と同じ立ち位置だったよねぇ? 何でそれがリンゴの入ったかごを持って営業スマイルしてんの? 叔父さんついていけないんだけどぉ?」
よぉく見回してみると確かに倒れた浪人の傍らにリンゴがそっと置かれているのが見える。つまり、銀時が浪人達を片っ端から薙ぎ倒し、その後でなのはがそっとリンゴを置いて行ったと言うシーンが想像出来る。
いや、想像したくないなぁこんなシーン。
「長谷川さん、なのはちゃんが銀さんの娘って設定になった時点で彼女が何時までもツッコミキャラで居られる筈がないでしょ? それ位察してないとこの作品やっていけませんよ」
「だからお前は何時まで経ってもマダオネ。うだつの上がらない駄目人間ネ」
「グズッ、何で俺こっちの世界の住人になっちまったんだよぉ。そっちの世界に行きゃぁ、少なくとも良い目は見れたんだろうよぉ~」
今年で38歳にもなろうと言うおっさんが少年少女に言いたい放題言われて泣きが入ってしまうとは、心底情けない限りだったりする。
ふと、一緒に走っていたなのははリンゴの入ったかごを眺めていた。どうやら何か問題が発生したらしい。
「どしたぁ? 青春の思い出でも置いて来ちまったってかぁ?」
「リンゴ余ったんだけどどうしよう?」
「んなもん持って帰って俺達で食えば問題ないだろう? 一々そんなので悩むんじゃねぇよ」
面倒臭そうに頭を掻きながら銀時は諭す。どうやら2,3個だけリンゴが余ってしまったようだ。ってか、浪人達に配って更に余るほどってどんだけ用意したんだこの娘。
そうツッコミをしたくなるだろうがそれは野暮なので止めて欲しい。ツッコミしたいと言う方は片隅でそっと囁くようにお願いします。いやマジで。
「うっし、そろそろ着くぞ」
長い長い一本道も間も無く終わりを迎える。後はこの先にあるエレベーターに乗れば無事に此処を出られる。長かったようで短かったこの依頼もようやく終えられると思うと新八はホッと安堵の気持ちに至れた。
銀時を先頭にして通路を出て、エレベーターまでの短い道のりに差し掛かった。目の前に見えるは二枚扉式の分厚い鉄製の扉に守られたエレベーターだ。あれは1階まで繋がってるのであれに乗ればすぐに地上に戻れる。
喜びの表情で顔を繕っていた新八だったが、ふと辺りの違和感に気付いた。
変だ、この通路には浪人が一人も転がってない。
今までの道では銀時が蹴散らしてなのはがそっとリンゴをお供えした浪人達でごったがいしていたと言うのに、此処にはその類が全くない。普通此処は一番大事な場所の筈だ。それだけ警備が厳重になってもおかしくない筈なのに一体何故?
「何故だと思う~?」
「!!!」
後ろから突如声がした。振り返った時、新八が感じたのは高速で何かが横切った感覚だけだった。
風圧が体中に押し当てられる。そして、そのままの勢いでそれは先頭を走っている銀時に迫った。
「ぎ、銀さん!」
「ちっ!」
咄嗟に身を翻し銀時は木刀を薙ぎった。その一瞬の攻防の後、銀時の背後、エレベーターの前には一人の男が立っていた。
銀色のリーゼントじみた髪型をし奇妙な色の眼鏡を掛けた男だ。
「答えは簡単さ、俺だけで此処は守り通せるから。俺以外の奴が居たんじゃ返って邪魔なだけなのさ」
まるで新八の疑問に答えるかの様に呟きながら男は振り返った。見れば、男が振るったであろう刀は鞘から出ていない。一瞬の内に抜刀し、一瞬の内に納刀したとしか考えられない。正に神速の領域だった。
「てめぇ、あの時の!」
「よぉ、今度は両手が開いてるみたいじゃねぇか。だが、そんなに大所帯じゃあん時の方がやり易かったかい?」
男がそう言うと懐から目薬にも似た容器を取り出し、鼻にあてがい2,3回容器をプッシュしていた。どうやら鼻炎持ちのようだ。全く関係ないけど。
「流石だな、似蔵。盲目の身でありながら居合いの達人となったその腕前、しかと見せて貰ったぞ」
後ろから声がした。見れば、橋田賀兵衛が余裕の笑みを浮かべながら一同の入って来た道からゆったりとした足取りで似蔵の横へ歩み寄っていたのだ。
「げげぇっ、さっきの爺! まだ懲りてなかったのかよ?」
「貴様等と同じよ。切り札は最後まで取っておくとな。ワシの切り札はこの似蔵よ。其処で転がっている有象無象とは格が違うのだ!」
「そうかい……うっ!」
言葉の途中で銀時は肩に痛みを覚えた。見れば肩口が裂け、血が噴出しているのが見えた。今になってこの痛みを感じるとは。奴に斬られたとしても相当な腕と見える。
「お父さん!」
「ちっ、お前等はどこも斬られてねぇか?」
肩を抑えながら銀時が皆に尋ねる。見た所誰も斬られてはいないようだ。どうやら最初から銀時狙いだったのだろう。だが、一同が守っていたお房の両手には、さっきまで抱いていた筈の勘七郎の姿が忽然と消えていた。
「か、勘七郎が! 勘七郎が居ない!」
「あぁ、その赤子ならこっちに居るけどぉ? いけないなぁ、母親なら落とさないようにちゃんと抱いてなきゃぁ」
再度似蔵を見入る。其処には天に掲げた鞘の先に引っ掛かっている勘七郎の姿が見えた。あの時の一瞬で銀時の肩を切り裂き、更に勘七郎を奪ったのだろう。恐ろしいまでの早業だった。
「おうおう、随分と手癖の悪い事じゃねぇか。居合いをする奴ってなぁ大概そんなのが多いってかぁ?」
「さぁねぇ、俺も居合いを使うが他の奴らがそうかどうかは分からねぇなぁ。ま、俺は確かに手癖の悪い奴かもな。でなけれりゃこんな商売やってないしねぇ」
「あぁ、そりゃそうだなぁ」
互いに見入りながら言葉を交し合う。しかし、その言葉には馴れ合う要素など欠片もない。一触即発な雰囲気が漂っていた。
「ふふふ、似蔵よ。勘七郎が手に入ったのであればこいつらに用はない。即刻切り捨ててしまえ! ワシはその様を此処でゆっくりと見物させて貰うぞ」
「そうかい、だけどそりゃ無理って話だぁよぉ」
「何?」
似蔵の言葉に疑問を感じた賀兵衛は似蔵を見る。其処には額から血を流し膝をついている似蔵の姿があった。余裕をかましていたようだが、どうやら先の一撃で銀時に諸に食らってしまったようだ。
「どうやらあの男が相手じゃ俺も本気を出さないといけないらしい。あんたの警護までは出来そうにねぇや。早いとこそのガキを連れて逃げてくんなぁ」
「うぬっ、仕方あるまい!」
半ば口惜しそうにしながらも賀兵衛は勘七郎を連れて逃げようとする。だが、そんな賀兵衛の腕に抱かれていた勘七郎が突如愚図り始めたのだ。まるでこの男に抱かれているのを嫌がっているかのように。
「こ、これ! どうしたと言うのだ? 大人しくしろ」
「おいおい、赤ん坊のあやし方を知らねぇらしいなぁ。俺が手ほどきしてやろうか? これでも俺経験者なんだぜ」
「な、何だと!?」
「ガキってなぁ正直な奴でよぉ気に入らない奴に抱かれてるとむしょうに愚図るところがあんだぜ。俺もそれにゃ苦労したもんだぜ。何せ俺が育てたガキは上も下も超がつく程の泣き虫だったからな」
肩を切られたと言うのに何処にそんな言葉を吐く余裕があると言うのか? 賀兵衛はそう思いながら自身に言葉を投げつけてきた銀時を見た。確かにそうだった。勘七郎は銀時と一緒に居た時はとても大人しかった。それどころか寧ろ活き活きしていたようにも見える。些か不満だがお房に抱かれていた時も大人しかった。
何故、何故自分の時では駄目なのだ!
不満と憤りを胸に賀兵衛はエレベーターに乗り上へと逃げた。
「新八、お前等はさっさとあの爺さんを追え!」
「え? でも銀さんは―――」
「心配すんな、すぐに追いつく!」
銀時のその言葉を聞き、新八は頷き、皆を先導して賀兵衛を追う事にした。銀時がこの言葉を裏切った試しがないから、新八はその言葉を信じて先に行く事が出来るのだ。エレベーターに向っていく新八達を似蔵は遭えて無視した。彼等に切りかかるのは容易いがそうした場合真っ先に銀時の邪魔を受ける。第一小物には興味がない。今似蔵が相手にしたいのは目の前にいる侍只一人だからだ。
一同が先を急ぐ中、なのはだけはその場に留まって銀時を見ていた。
「どうした? お前も早く行け」
「でも、お父さんその怪我……」
「こんなの掠り傷にもなんねぇよ。唾でもつけときゃ治る。早く行け! お前も万事屋の一員って自覚があんなら分かるだろ?」
「う……うん!」
なのはは深く頷き、そして新八達の後を追った。そのなのはが似蔵の横を通り過ぎた際、似蔵はなのはにだけ視線を向けた。まるで彼女に少しだけ興味を持ったかの様に。賀兵衛の後を追って新八達も上へと向った。これで此処に居るのは銀時と似蔵だけになる。
「今のがあんたの育てたって娘かい?」
「あぁ、手の掛かるガキだが愛着がついちまってなぁ」
「なる程、目は見えないが魂を見ればそれがどんな人間かは大体検討が着く。あの娘は綺麗な魂をしてたねぇ。ありゃ将来別嬪さんになるぜぇ」
「そうかい、そりゃ父親冥利に尽きるってもんだ。将来彼氏選びは慎重にさせないとなぁ」
「だが、一つ引っ掛かる点がある」
顎を擦りながら似蔵は考えるような素振りを見せた。あちこちに視線を動かしながらまるでうわ言の様に言葉を連ねていく。
「あの娘の魂。あんたの子と言う割りには輝き方が違うなぁ。本来親子って言ったら同じ輝き方をするもんだ」
「何が言いてぇんだ? 魂のソムリエ気取りかぁコノヤロー!」
「あいつ、お前の子じゃないだろ?」
その言葉を聞いた途端、銀時は口をつぐんだ。実際そうだし、言葉を出して否定する気もなかったからだ。だが、それに対し言葉を付け加える事だけはした。下手に勘繰られたくないからだ。
「あぁ、昔赤子だった頃に近くで捨てられてたんでな。拾っちまったのがあいつとの親子の縁の始まりって奴だよ」
「そうかい、まぁ、今はまだ親子なんだろうな?」
「あぁ?」
「今はまだ幼い子供だろうが、あの娘が大人になった時、お前は親で居られるのか?」
「何馬鹿な事言ってんだてめぇは? あいつが大人になろうがババァになろうが俺が親ってのは決まってるだろうが!」
銀時の答えにうんうんと頷くように頭を上下させて聞いた似蔵。その答えは予想していたのだろう。だが、次の問いに銀時は答えられなかった。
「じゃぁ、あの娘があんたを父親としてじゃなく、男として見たらどうするんだ?」
「………」
「あの娘だって何時かは気付く筈だ。自分達には親子の契りなんてない。全くの赤の他人同士だって。それに気付いてあの娘が大人になった時、あんたの事を親としてではなく一人の男として見る様になった時、あんたはどうすんだい?」
「さぁな、俺もその時になんねぇと分かんねぇよ。ただ、一つ言える事はある」
木刀を強く握り締め、鋭い眼光で銀時は似蔵をにらみつけた。
「俺は、あいつを泣かせるような真似だけはしねぇつもりだ!」
「良いねぇ、つくづくあんたは良いよ。正に父親の鏡って奴だな」
「っつぅか何だお前? まさか家の娘に気がある訳じゃないだろうな? 止めとけって、お前とじゃ不釣合いも良い所だよ」
「そうかい? 結構良い線行ってると思うんだけどなぁ」
そう言って似蔵は自分の顔を擦りながら、また例の容器を鼻にあてがった。
「悪いがてめぇみてぇな息子はこっちからお断りだ! ガキとおっさんじゃ釣り合いがとれねぇだろうが。俺は自分より年上のオッサンにお父さんなんて呼ばれるなぁ御免だな」
「そりゃ残念だ。ところで、あんたが了承する男の基準ってなぁなんだい?」
「決まってんだろ。俺より強いか、俺より金を持ってるか。そして何より俺より真っ直ぐな魂を持ってるかだ! てめぇはそのどれにも当て嵌まらねぇんだよこの三下―――」
言葉を途中で切るかの様に似蔵は一跳した。一瞬の内に似蔵は銀時の背後に回る。放物線を描く軌道で何かが飛んで地面に落ちて行った。それは腕だった。銀時の腕だった。
銀時の腕が放物線を描き地面へと真っ逆さまに落ちて行ったのだ。
それからすぐ後に銀時は地に伏せ、汚い血の溜まりの中で動かなくなってしまった。
「俺より強い……か。どうやらこれで俺もあんたに認められたって事だろ? 嬉しいねぇ~」
勝利の笑みを浮かべながら似蔵は再度容器を鼻にあてがい2、3度容器をプッシュした。そして、容器を懐に仕舞おうとした。
誰かの手が容器を掴んだ。ゴツゴツした男の手だった。その男の手の感触を感じた際に、似蔵は焦りを覚えた。
まさか、そんな筈は!
「どしたぁ? 俺が切り殺される妄想でもしてたのか?この通り俺は生きてるし、ちゃんと両腕揃ってるぜ」
「な、何故! ……ぐぅっ!」
焦りのまま再度似蔵は刃を抜き放った。その際に似蔵は感じた。刀身に重みを感じない事に。そして、すぐに気付いた。刀身が根元から叩き折られているのだ。
これでは幾ら居合いをした所で人など切れる筈がない。
「まさか、あの一瞬で……」
「あぁ、そう言えば一つ良い忘れてたわ。家の娘欲しいってんなら職を選べ。悪いがてめぇみてぇな薄汚れた野郎に―――」
木刀を振り上げつつ銀時は語る。背後から殺気を感じ、似蔵が振り返った時には全てが遅かった。
「家の大事な屋台骨を渡す気は一切ねぇっ!」
衝撃と轟音が辺りに響き渡る。一瞬、一撃で似蔵の脳天に木刀の一撃が叩きつけられ、そして地に伏せた。最早似蔵は微動だにしない。そんな似蔵を確かめることもせず、銀時は木刀を納めた。2,3歩進んだ辺りで背中を向けつつ銀時は似蔵に言葉を贈った。
「もちっと魂洗って出直して来いや。そんなう○こ色の魂じゃ誰にももてねぇぜ、おっさん」
その言葉を聞いているかいないか。そんな事銀時には関係なかった。今、銀時が大事にしなければいけない事。それは先に行った新八達の後を追うことだからだ。
***
賀兵衛に逃げ場は無かった。上に逃げたは良かったが、既に手勢は使い果たし、身一つで逃げていたのだが、上に逃げ場はなく、結局屋上に追い詰められる結果となってしまった。
「ちっ、どいつもこいつも使えぬ輩ばかり……ぬっ!」
背後に目をやる。其処には忌々しいお房が居た。この女の為に橋田屋は汚されたのだ。忌むべき女だ。
賀兵衛の憎しみにも似た射殺す目線がお房に突き刺さる。そんな視線を一身に浴びながらも、お房は一歩ずつ前へと歩み寄った。その度に賀兵衛は一歩ずつ下がる。
「く、来るな! この性悪女め! 誰にも渡さんぞ! 橋田屋はワシだけの物じゃ! 誰にも渡さん!」
「そんな物いりません! 私にとっては、橋田屋なんて店も看板も要りません! ただ、勘太郎様との間に生まれた勘七郎を返して欲しいだけなんです!」
「ふん、口からでなら幾らでも綺麗事を言えるわ!」
賀兵衛はお房の言葉を信じる気になれなかった。この女もこの橋田屋を狙って来た卑しい盗人に違いない。耳を貸す義理などない。
そんな時だった。またしても勘七郎が愚図りだしたのだ。何故だ、何故こうも嫌がるのだ。賀兵衛には全く理解出来なかった。
「何故じゃ? 何故ワシでは駄目なのじゃ? そんなに嫌いなのか? 橋田屋が、このワシが―――」
「貴方も勘太郎様のお父上なら分かる筈です。子供にとって、店の地位や名前なんて意味ないんです。大事なのは、自分を愛してくれる親なんです」
「親……じゃと!」
「勘太郎様は、とても寂しそうにしていました。ですが、それと同じ位に、実の父である貴方を愛していたんですよ。父親として―――」
言葉を発した際にお房の目蓋から一筋の滴が零れ落ちた。その滴を見た賀兵衛の脳裏にかつての光景が浮かび上がった。幼くして母を失くした勘太郎。その勘太郎もまた、母と同じで病弱で長く生きられる体ではないと告げられた。
しかし、それでも良い。懸命に生きていて欲しい。のびのびと生きていて欲しい。その為になら慣れない育児でもこなすし家事もこなしてみせよう。
そう、死んだ妻の前で誓ったあの時の記憶が鮮明に賀兵衛の中に蘇ってきたのだ。
「そうじゃった……そうじゃったなぁ。わしは何時しか、勘太郎を狭い檻の中に閉じ込めて、あいつを雁字搦めに縛り上げてしまっていたんじゃな。あいつも、辛い思いをしたんじゃろうなぁ」
今にしてやっと気付いた。自分が本当に大事にしなければいけない物がなんなのか。それは店でもなければ地位でも権力でもない。たった一人の家族だった。だが、気付いた頃には全てが遅すぎた。既に勘太郎は他界し、今はもうこの手に残っている物は何もない。
「全てが遅すぎた。もっと早く気付いていれば。わしは何もかも失う事もなかったのに―――」
「いいえ、貴方は全てを失ってはいませんよ。その証拠に、ほら」
お房の言葉を聞き、賀兵衛は抱いていた勘七郎を見る。勘七郎は全く愚図っていなかった。寧ろ、賀兵衛に向い手を伸ばしている。認めてくれた。自分を家族として、祖父として認めてくれた。
その真実だけが賀兵衛には何よりも嬉しく思えた。
「今度は、橋田屋の主としてではなく、優しいおじいちゃんとして、また入らして下さい」
「あぁ、あぁ……勘七郎を……孫を、頼みましたぞ」
「はい!」
***
時刻は既に夜を迎えていた。今回の一件は無事に解決し、勘七郎も無事にお房の元へと帰る事が出来た。金にはならないかったが、とても後味の良い仕事だったと言える。
「本当に、有り難う御座いました。皆様には何とお礼を言えば良いか?」
「いえ、これが僕達の仕事ですから。それより、頑張って子育てして下さいね」
「丈夫に育つと良いアルネ」
新八と神楽はベンチに座ってのんびりとイチゴ牛乳を飲んでる銀時と、その横で哺乳瓶の中のミルクを飲んでいる勘七郎を見る。つくづくあの二人は何処か似た雰囲気を持っている。
其処が何となく笑えてしまったりするのだが。
「どうだぁ? 美味いか? 一仕事終えた後の一杯ってなぁ格別なんだよ」
「だぶっ!」
「あぁ、これ飲みたいってかぁ? 馬鹿言うな! ガキの癖に背伸びしてんじゃねぇ! こう言うのはなぁ、あちこちに毛が生えてから飲むもんだ」
別にあちこちに毛が生えなくてもイチゴ牛乳は飲めると思うのだが。そんな事を言いながら、銀時は同じベンチの端に座ってるなのはを見た。
あれから少し元気がないようにも見える。
「どしたぁ? 腹でも痛いのか?」
「ううん、そうじゃないの。お父さん、今日はごめんなさい」
「どしたぁいきなり」
「今日は、私のせいでお父さん大変な思いしちゃったでしょ。だから、ごめんなさい」
どうやら、今回の騒動の原因が自分にあると思い込んでいるようだ。そんな事かと銀時は立ち上がり、そっとなのはの頭に手を置いた。父親らしい手の温もりが伝わってくる。
「ばぁか、ガキが親に迷惑掛けるのは当たり前の事だ。一々そんな事でウジウジしてんじゃねぇ。お前らしくねぇぞ」
「そ、そうかなぁ?」
「そうだ、お前はもっとお前らしく自由きままでいりゃ良いんだよ。ガキってなぁそんなもんだ。手の掛かるガキほど可愛げがあるって言うしな」
銀時らしいぎこちない励まし方だった。だが、その励ましのお陰でなのはの中にあった罪悪感が消えていく感じがした。
「ほれ、とっととけぇるぞ。明日はてめぇが飯当番だからな。今回は結構仕事したから糖分補給しねぇといけねぇから小豆をメニューに加えとけよ」
「うん!」
銀時に続きなのはもまたベンチから立ち上がり帰り道に向う。そんな銀時の背中に向かい勘七郎が声を挙げる。別れを惜しんでいるのかも知れない。そんな勘七郎を見た銀時は片目だけ向けて言葉を投げ掛けた。
「こいつを飲みたかったら、今は目一杯泣いて、目一杯母ちゃんに迷惑掛けな。そんで早く大人になって、目一杯迷惑掛けた分だけ、母ちゃんに奉公してやれる位の大人になりな。そしたら飲みに位は付き合ってやるからよ」
子供にそんな事理解出来るのか甚だ疑問だったりする。だが、その言葉を聞き終えた後、後ろの方で勘七郎が始めて大泣きし、泣き喚く勘七郎にお房が慌てふためく光景が予想出来た。そんな中睦まじい親子を後ろ目に、銀時達は帰っていく。ふと、なのはは銀時の手を握ろうと手を伸ばす。だが、やはりまだ心の中に今回の件での責任が残っていたのか、それを躊躇っていた。諦めようと手を下ろそうとした時、その手を銀時が握ってくれた。
「あ―――」
「ったく、さっきも言っただろ? 気にする事はねぇってさ」
そう言ってこっちを見た銀時の顔は、とても優しく、父親らしい顔をしていた。そんな銀時の顔を見て、なのはもまた笑顔になって銀時の手を握り帰り道を歩く。
ふと、銀時の脳裏に似蔵の言葉が蘇る。
【もし、そいつがお前を親としてでなく、男として見るようになったらあんたはどうするんだい?】
(さぁな、そんなのその時になんねぇと分かんねぇよバカヤロー)
まるで頭についた埃を払い除けるかの様に、先の言葉を切り捨てた。二人の関係がこの先どうなるのか?
親子のままなのか? それとも男と女になるのか?
それは、誰も分からない。銀時も、なのはも、新八や神楽も、空に浮かんでいる月さえも、その答えは分からないのであった。
つづく
後書き
次回【花粉症対策は万全に!】お楽しみに
ページ上へ戻る