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とらっぷ&だんじょん!

作者:とよね
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第一部 vs.まもの!
  第4話 もくてき。

 教会などという大層な施設がこの無法地帯に存在するとは驚きだ。両開きの扉を開けると、青い絨毯が敷かれた身廊、左右に並ぶ長椅子があり、奥には質素ながらも祭壇が鎮まっている。ウェルド、ノエル、オルフェウスを除く新人冒険者たちは、既に蝋燭が照らす礼拝室に集まっていた。
 いや、一人少ない。
 あいつだ。えーっと何だ。『ナッシュ』だったっけ。違うや、『バッシュ』だったかもしれない。いやいや。『ガッシュ』だったっけか。
「よぉーっし、来た来た! これで全員だね」
 と、ジェシカ。
「いや、一人足りない――」
「ウェルド、しっ」
 シャルンが唇に人差し指を添え、礼拝室の奥に顎をやった。
 側廊から、白い法衣の女が出てきた。まだ若い……見たところ、少女と呼んでも差し支えない歳の女だ。
「この教会の司祭を務めるティアラと申します」
 胸にこぼれる金糸のような髪を揺らし、清らかな声で名乗ると、少女は憂いを湛えた目で一同を見回した。
「今宵皆様方にご足労頂きましたのは、あなた方とご一緒にカルス・バスティード入りを果たされましたアッシュさんの件についてでございます」
 ……ああ、そうだそうだ。『アッシュ』だ。
「本日、アスロイト王国の司祭の方よりアッシュさんの妹さんの件でお便りが入りました」
「どうしてアッシュのご家族の事であなたに手紙が?」
 アーサーが長椅子の最前列から疑問の声を挟んだ。
 ティアラよりも早く、オルフェウスが答える。
「アスロイトの庶民の識字率は高くありません。その為、有事の際には地区教会の司祭が代筆するのですよ。何より、そうする方が支配者にとって都合がいい」
「そ、そうか……。それじゃ、当のアッシュはどこに行ったんだ? さっきまでそこの……ええっと、彼女と一緒に……」
「ジェシカだよ。アッシュならさっき出てっちゃった」
「アッシュさんご本人は、サディーヤさんのお宅に行かれました」
 ティアラが答える。
「サディーヤ……?」
 扉の片側が開き、夏の砂埃と生ぬるい風が吹き込んだ。バルデスが扉をくぐる。
「悪ぃな、ティアラちゃん、雑用押しつけちまってよ。サディーヤの所に行ってくれるか。後は俺が説明する」
「はい」
 ティアラは一礼し、足早に身廊を通り抜けると、教会から出て行った。扉が閉まる。
 バルデスが改めて全員の顔を見回した。
「搔い摘んで説明する。お前らも顔合わせは済ませたと思うが、アッシュがこの町に来た理由は赤熱病の後遺症に苦しむ妹の治療法を見つける為だ。だがその妹の容態がここに来て急変した。この町にはサディーヤという毒術師がいる。彼女が薬を作っているのだが、幾つか材料が不足しててな」
「材料って、どんな?」
 シャルンが長椅子から身を乗り出した。
「アスラ・ファエルに向かう羨道(えんどう)の支流にある『ラフメルの葉』だ。俺は他の材料をアッシュと共に探しに行く。お前らには『ラフメルの葉』を探してもらたい」
「それは命令か」
 壁に凭れかかり、じっと腕組みをしていたディアスが目を開けて尋ねた。
「いいや。その場所には面倒な仕掛けがあり、時間の流れも早い……。仕掛けを突破しラフメルが自生する地点にたどり着くだけで、地上時間で一か月はかかるだろう。この中には、早く用件を済ませて故郷に帰らなきゃならん奴もいるだろう。強制はしない。手伝ってくれるという奴は、ここに残ってくれ」
 ディアスが壁から背をはなし、扉に向かって歩き始めた。
「待ってくれ!」
 アーサーが立ち上がった。
「……何か」
「君は出て行くつもりなのか?」
「俺の知った話ではない」
「仲間が困っているんだぞ! 助け合うべきじゃないのか!」
 ディアスはそのまま扉を開け、無視して出て行った。アーサーが絶句する。張り詰めた空気の中、次いでレイアが立ち上がった。
「……レイア」
「私には関係のない話だ。席を外させてもらう」
「そんな、レイア! 待ってくれ! 君はそれでも騎士なのか!?」
「……」
「君に親兄弟はいないのか!!」
 レイアも教会を出て行く。風が扉を閉めた。
 沈鬱な空気が礼拝室に満ちる。
「……何て冷たい人たちなんだ――呼び止めてくる!」
「よせよ」
 パスカが隅の暗がりで溜め息をついた。
「でも……!」
「解せませんね。何故君がこの場を仕切るのです?」
「オルフェウス……そりゃあ、誰かがみんなを纏めないと」
「もしかして、僕は貴族で騎士だから、その他大勢を管理する権利がある……なぁんて事は思っていませんよね?」
 アーサーが言葉を失う。
「大きなお世話ですよ。考えてもみてください。彼がどの地域の出身かは知りませんが、アスロイトからここまで手紙を運ぶのに平均二か月はかかる。更に僕らがこの町に至る際の崖崩れ……。僕らが命の危険を冒してラフメルの葉とやたを取りに行ったところで、その子が往復の時間を長らえる保証はどこにもないのですよ? もっとも僕にしてみれば、男の為に行動するなんて選択肢自体、有り得ないのですがね」
「じゃあ出てけば?」
 と、オルフェウスの後ろに立つシャルン。
「出て行きませんよ……。冷たい事を言いながら、実は誰より心配している。それがこの僕なのです」
「馬鹿じゃないの」
「だからよせって! 俺らがここで揉めたところで何になるんだよ。で、他のみんなはどうするんだ? シャルン、お前は?」
「あたしは……」
「みんな、ここに来た理由はいろいろだろ。バルデスさんの言う通り、時間がない奴だっているし、何が何でも生きて帰らなきゃいけない奴だっている。考えてみろよ。お前らがアッシュの立場でさ、そういう奴らに嫌々手伝われて、万一の事があったりして、それが嬉しいかよ?」
「あたしは、パスカ、あたしは手伝うよ。あたしがここに来た理由は、この町で音信不通になった兄さんの消息を知る為で――」
 シャルンが声を詰まらせた。
「でも――それももう――解決したようなもんだから――。いくらでも手伝えるよ……」
「僕もバルデスさんを手伝う。困っている人を助けるのは騎士の務めだ! みんなもそうだろう!?」
「びっくりするほどおバカな騎士様。あなた、パスカの話を聞いてなかったの?」
 イヴが遮り、またしても礼拝室に沈黙の帳(とばり)がおりた。
「……俺さ。俺の村ってすげー貧乏でさ、みんなが俺が金持って帰ってくんのを待ってんだよ……。みんなが飢え死にしちまうから、何が何でも金持って帰んなくちゃならなくって……一か月って洒落になんねえんだよ……」
 パスカが沈黙を切り拓く。
「じゃあ、パスカ――」
「手伝うぜ」
 彼は笑みを見せ、肩を竦めた。
「単に性分でさ。見過ごせねえんだよ、こういうの。これであいつの妹が助かったら、あいつに飯でも奢ってもらってそれでチャラ。俺はそうさせてもらうぜ」
 シャルンが微笑み返す。少しだけ場を包む緊張がほぐれた。
「あたしも」
 サラが名乗り出た。
「あたしのお母さんは孤児院をやってて、運営資金の為にあたしがここに来たんだけど……大丈夫。一か月くらい、平気だよ。それにみんなと仲良くしたいもん」
「わたしにも協力させてください」
 片隅で息を殺していたルカも声をあげた。
「わたしは神に仕える為にここに来ました。遺跡に潜るのは怖いけど……困っている人の為なら働かなければ」
「あたしも手伝う! お宝は足生やして逃げたりしないもんね」
 視線が、残るエレアノールとイヴ、ノエルとウェルドの間を巡った。
「私もお手伝いいたします。この町に来た事情は話せませんが、出来る事であれば……」
「あたしも付き合う。遺跡研究のために来たんだけど、実地調査だと思えば無駄じゃないし」
「退屈しなくて済むなら手伝ってもいいわ。ま、気が向いたらだから、約束はできないけど」
「ウェルド」
 ノエルが隣で囁く。
 ウェルドは肩を竦めた。
「悪ぃけど」
 背を向ける。
「……ウェルド!」
「待ってくれっ」
 ノエルの声を、アーサーが掻き消す。
「ウェルド、どうして……君は昨日あんなに果敢に僕たちを助けてくれたじゃないか」
「バーカ。ああしなければ俺も死んでたからだよ」
「嘘だ。君はその気になれば一人でも馬車から飛び降りることができた筈! なのにどうして」
「一ぺん命を賭けたらな。その次までには考えが変わってるって事もあるんだぜ。覚えときな。俺には俺が決めた命の使い道がある」
「……君の研究とやらは、そんなに大層なものなのかい? 僕には信じられない」
 ウェルドは真鍮のドアノブに手をかけた。
「俺の目的や思想をあんたの基準で査定される筋合いはないぜ。俺は遺跡内で知識をわけあう相手も、遺跡内でどう行動するかも、俺自身で決める」
 アーサーでさえ、もはや、引き止めようとはしなかった。ウェルドは教会の扉を開けた。
 黄昏時の道を行き、静まり返った宿舎に戻る。大剣をおろし、砂除けのローブを脱いでベッドに横たわった。
 額当てを外し、瞼に腕を置いた。
「……妹、か」

 ※

 夢を見る。
 紅い、紅い。

 ※

 夢の記憶は残らない。いつも悲鳴を上げて起きるのみだ。
 悲鳴が夢を壊してしまうから。

「きゃあっ」
 飛び起きたウェルドは、自分のものではない叫び声を部屋の中で聞いた。気付いた時にはいつも通りの格好でいる――ベッドの上で上半身を起こし、汗にまみれて息を切らしている姿。
 ウェルドは長い前髪を鷲掴みにしながら、動悸と息切れが収まるのを待った。
 いつもの悪夢だ。決して覚えていられない……覚えていたいとも思わない……もはや日常になってしまいそうな……だけど、決して慣れる事のできぬ悪夢。
「な、何なの?」
 隈が浮く鋭い目を声に向けると、ノエルが隣に立っていた。
「大丈夫なの? ウェルド……随分うなされてたけど……」
「……ああ」
 前髪から離した手をひらひらと振る。
「気にすんな、いつもの事だからよ」
「いつもって」
「それよりどうしたんだ?」
「念のため、出発前に様子を見に来たの。気が変わる事もあるでしょ」
「残念だったな」
 ノエルは落胆露わに目を逸らした。
「……そう」
「早く行ってやりな。アッシュとやらが待ってるんだろ」
「私、あなたを悪者にしたいわけじゃないから」
 ノエルは背を向け、部屋から出て行こうとする。
「もしかしたら、ばったり会うかもね。……それじゃ」
「ノエル」
「何?」
「昨日の一戦で気を良くするな。強敵ってのは油断した頃に出てくるもんだぜ」
「脅かさないでよ!」
「馬鹿な気を起こすもんじゃないぜ」
 ウェルドは額当てで汗を拭き、言った。
「……あんたは、命を大事にしな」
 
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