継母選び
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第三章
第三章
「今何と言った」
「だから前のお母さんみたいによ」
みよはまたそれを言ってきた。その顔は五郎のそれとは違い全くもって平然としていた。
「わかった?」
「いや、ちょっと待て」
だが彼はここで娘に対して言う。
「前のお母さんみたいにか」
「そうよ」
娘はまた頷いてきた。やはり平気な顔をしている。
「わかったわよね」
「いや、それはちょっと待て」
だが五郎はそんな娘に対してまた言う。
「それはいかん、いかんぞ」
「どうして?」
「言うぞ」
まずは念を押してきた。
「ええ」
「前のお母さんみたいな人がよいと申すのだな」
「だから言ってるじゃない」
みよは何を今更といった表情で述べる。表情は変わったがそれは五郎が望む表情ではなかった。それどころか望みはしない表情であった。
「優しい人がいいって」
「しかしだな」
五郎は憮然として述べてきた。娘に対する父の顔としてはあまりいいものではなかった。
「それは」
「何か嫌なの?」
「覚えているだろう」
彼はその憮然とした顔で娘に言ってきた。
「わしが以前どれだけやられてきたかを」
「ええ」
みよは何の迷いもなく返事を返してきた。玄米を食べながら平気な様子であった。
「見てきたわ、何度も」
「そうであろう。ではな」
「けれど優しい人だったでしょう」
逃げようとする彼に対してみよは追いすがってきた。それでまた言う。
「だから」
「ああしたおなごでなくては嫌か」
「私はね」
そして捕まえてきた。五郎は逃げられなかった。彼にとって残念なことに。
「わかった」
辛い顔になっていたが頷いた。頷くしかなかった。
「ではそうした母親が欲しいのじゃな」
「うん」
「やれやれ」
みよの明るい言葉に改めて大きく息を吐き出した。心底困っていた。
「泣く子と地頭には勝てぬか」
「何か言った?」
「いや」
これは誤魔化した。誤魔化しても自分の気持ちが晴れるわけではないが。
「しかしじゃな」
「ええ」
「強いおなごになりたいのか」
「お母さんみたいにね」
またしてもはっくりとした言葉であった。五郎にとっては一番聞きたくない言葉だがそれがみよの考えであるからどうしようもなかった。
「いいよね」
「ああ。では明日から探してくる」
「うん」
そういうことで彼の嫁選びは強い女をということになってしまった。彼はそのことをまた仲間達に話したのであった。
「ということじゃ」
「何じゃ、結局一緒か」
「それはまた難儀じゃのう」
「いやはや」
彼は濁酒を飲みながらぼやいていた。甘い濁酒が苦く感じる。肴の干し魚もまずく感じる。かなりの重症であった。
「困ったことにのう」
「困ったか」
「困っていないように見えるか?」
「いや」
この言葉にはすぐに仲間達の否定が入ってきた。
「どう見ても困っておる」
「逃げられぬか」
「今度ばかりはな」
そう述べて呻いた。
「どうにもこうにも。困ったことじゃ」
「ううむ」
「御主が一番望んでいなかったことじゃな」
「ところが娘にとっては一番の望みじゃ」
ここが彼にとっては辛いところであった。彼は大人しい女を望んでいたがみよは強く優しい女を望んでいたのである。その隔たりが彼の不幸であったのだ。
「どうにもこうにも」
「で、嫁は捜しはじめておるか」
「一応はな」
彼は答えた。
「だがどうにもこうにも。わしより強い女じゃ」
「御主よりもか」
「そうじゃ。いるか?」
彼は仲間達に問うた。
「そんなおなごが。どうじゃ?」
いる筈もなかろうと思った。いなければそれで普通の女を妻に迎える気であった。それでよし、後は娘に適当に言い訳をすればよいのだと。しかしそうそう上手くはいかなかった。どうやら今回は娘にとって非常に星の巡り合わせがよかったようである。逆に彼にとっては最悪であった。
「おるぞ」
「おるのか」
仲間の一人の言葉を聞いて絶望で顔を歪ませた。
「そんなおなごが」
「小田原にな。一人聞く」
その仲間は静かにこう述べてきた。
「腕っぷしが異常に強くてな。牛ですらも倒してしまうらしい」
「牛もか」
「そうじゃ。そんなおなごがおるそうじゃな」
「また随分強いな」
五郎はそれを聞いて感嘆の言葉を漏らした。今は素直に感嘆の言葉を述べたのだ。
「牛を倒してしまうとか」
「そのおなごならどうじゃ」
仲間はそう進めてきた。
「悪くはあるまい」
「そうじゃな」
五郎は服の袖の中で腕を組んだ。そのうえで思案して述べた。
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