継母選び
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第一章
第一章
継母選び
世の中で最も難しい関係の一つが継母と継子の関係だ。これの難しさは何時の時代でも何処の国でも変わりはしないから不思議なものである。結局人間というものは何処でも変わりはしないということであろうか。そして本質は結局大して変わらないということであろうか。だとすれば飽きてながらもそういうものかと納得してしまう。
それは日本でも同じだし当然室町時代でもそうである。室町時代の終わりのように武士が何かと勇壮な時代であっても女はやはり怖かった。
渡部五郎という侍がいた。彼は前の妻にとかく苦労させられてきたのだ。
「あれには参った」
彼はよく酒の席でそう述べた。
「全くもって困った女だった」
「どう困ったのじゃ」
「強いのじゃ」
彼は言う。
「とかく強くてな。喧嘩になるとわしをな」
「うむ」
共に酒を飲む仲間の武士達がそれを聞く。皆濁酒を手に話を聞いている。
「わしをむんずと掴んで放り投げるのじゃ」
「いや、それは幾ら何でも」
「嘘であろう」
武士達はその話を信じようとはしなかった。そう言いながら五郎を見やる。
「では聞く」
「うむ」
五郎を見ながらである。山の様に大きな身体で胸毛が嫌になる程見える。脛毛も腕の毛も相当なものだ。髭も凄いもので顔を覆っている。その顔も凄いもので実際に鬼の絵のモデルになったことがある。彼はこれを大層誇りにしているのである。そうした男なのだ。
「御主を投げてしまうのか」
「左様」
彼は答える。
「本当のことじゃぞ」
「それが信じられんのだ」
「そうじゃそうじゃ」
武士達は口々に述べる。
「化け物でもあるまいしどうやって御主みたいな大男を投げるのじゃ」
「申してみい」
「では言うぞ」
五郎は仲間達のいささかきつい言葉に顔を顰めながらも応えてきた。
「よいか」
「うむ」
「言うてみよ」
「柔術じゃ」
彼は言ってきた。
「それか」
「うむ。それを使ってな」
柔道のもとになっている。室町時代の終わり頃、即ち戦国の世にはかなりの発展を見ていた。彼の先の女房はそれを身に着けていたようである。
「わしを軽々と投げるのじゃ」
「左様じゃったか」
「そうじゃ。本当に軽々とじゃぞ」
彼は言う。
「投げられてしまったのじゃ」
「それはまた」
「難儀であったな」
仲間達はそれを聞いて言う。正直かなり驚いていた。
「妻に迎えた時は流石に思わなんだ」
五郎はあらためて述べた。
「投げられるとはな」
「してじゃ」
仲間達はここで問うてきた。
「何じゃ?」
「もうその奥方は亡くなられたのだったな」
「前言っておったな」
「流行り病でな」
彼は答えてきた。
「ころりとじゃ」
「ころりか」
「うむ、実に呆気ないものじゃった」
彼は嘆息して述べた。そこには無念さが伝わっていた。
「確かに手強い女であったができた女であった」
「そうか」
「それは残念じゃな」
「左様。おかげでわしは今寂しい思いをしておる」
彼は嘆息してからまた述べた。
「どうにもこうにもな」
「それではじゃ」
仲間うちの一人が言ってきた。
「御主今は一人身だな」
「うむ。妾を持てる程ではないしな」
残念ながらそこまで地位も富もない。大抵の武士はそうであったが彼もまたそうであったのだ。
「寂しいものじゃ。しかしな」
「しかし?」
「娘がおる」
彼はこう述べてきた。
「もう十三になる娘がな」
「十三といえば」
仲間達はその娘の歳を聞いて述べた。
「もうじきあれか」
「嫁に行くな」
「うむ。それで女房にも何かと役に立ってもらいたかったのじゃが」
彼はここでまた嘆息した。この時代で十三といえばもうすぐ嫁に行くか既に行く年頃である。中々難しい年頃であると言えるのであった。
「残念じゃ」
「それだとな」
また仲間達が彼に声をかけてきた。
「いい考えがあるぞ」
「何じゃ?」
「何、簡単なことじゃ」
「簡単なこととは」
そう述べる仲間に対して顔を向けてきた。
「どういったものじゃ」
「また嫁をもらってはどうじゃ」
そのうちの一人が言ってきた言葉である。
「嫁をか。つまり後妻か」
「うむ。どうじゃ」
「そうじゃなあ」
五郎はそれを言われてあらためて考え込んだ。
「悪くはないか」
「むしろいいじゃろ」
「どうじゃ」
「そうじゃな」
彼はそれを聞いて頷いた。
「それじゃと」
「よいであろう。やはり女の子には母親じゃ」
「そうじゃな。少なくとも男よりはいい」
別の仲間もそれに頷く。
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