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jq@,fd@joue

作者:海戦型
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SS:鬼、縁、そして翼

 
前書き
現実だってファンタジーは現実世界の話ですから、ファンタジー物を入れる場所は別に作ろうと思ってこのような作品を作りました。タイトルはそのまんまな感じで。 

 

 その少年は、物心ついた時から大人たちに奴隷のように扱われ、何かの手伝いをさせられていました。
 少年は詳しい事は教えてもらませんでしたが、それは一般には盗賊や追剥と呼ばれる行為の手伝いでした。大人たちは少年に旅の人や商人を騙して囮になるように強要し、少年はその役割を淡々とこなしました。中には騙されたことに気付いたヒトに痛めつけられたり、上手くいかずに後で大人たちに折檻されることもありました。
 しかし、少年は嫌な顔一つせずいいなりになります。大人たちの中でも最も強い男が、少年の父親だったからです。

 少年には昔から不思議に思っていることがありました。実は、少年は昔から自分の意思で背中に翼を生やせる力があったのです。茶色っぽくて空を飛べない見かけだけの翼です。しかし、少年の父親が翼を出している所は見たことが無く、代わりに父親の頭にはその凶暴性を誇示するような双角が生えていました。
 とても力が強く、大人たちの中でも一番の剣の腕だった父親は時々剣の稽古をつけてくれることもありました。大人たちの話を聞く限りでは親と子は似るものらしいと知っていた少年は、何故自分と父親が似ていないのかが不思議でなりませんでした。しかし、それを聞いても父親は「お前が弱いから」とか、「母親に似ているから」とか、興味なさ気に少年に説明しました。
 少年は、そういうものかと納得しつつ、どこかで引っ掛かりを覚えたままでした。

 そしてもう一つ、父親の部屋に置いてある一本の剣の存在を少年は気にかけていました。
 銀色の綺麗な細工が施され鞘に収まった剣で、ゆるい曲線を描いた珍しい形の剣でした。ある時、父親にその剣の事を尋ねました。あの剣は、昔にある場所で手に入れたものの、どうしても鞘から抜くことが出来ない剣なのだといいます。とても強い風の力を宿しているのに、剣として使えなから売り物にもならないそうです。
 少年はその剣をどこか別の場所で見たことがある気がしました。

 そんな毎日が数年間続いたある日、大人たちがアジトである山奥の洞窟に沢山の物を運び込んできました。お酒、武器、食べ物……なんでも近くで沢山の魔物が現れ、それから逃げるために村から逃げ出した人たちを殺して奪ったそうです。
 父親がやっていることだから、少年はそうなのかと納得しました。ですが人が苦しんで死んでいくのは好きではないので暗い気分になりました。大人たちは、その思いが無くなれば一人前だと少年を笑いました。
 そしてそんな荷物と一緒に、女の人が捕まえられていたのです。



 このアジトに連れ込まれた女の人は、大人たちに散々弄ばれて弱ったら捨てられるという扱いを受けるか、そのままどこかの誰かに物のように売られるかのどちらかでした。そして、その女の人は前者の扱いを受けていました。
 女の人のお世話をするのはいつも少年の役割です。汚れた体をきれいにふき取り、髪を結い、服を洗い、食事を与える。どうして大人がやらないのだろうと不思議に思っていましたが、こういうことは子供にやらせた方が女の人のためになると言われてそういうものかと納得していました。

 今まで世話をした女の人たちは、確かにどれほど男達に乱暴されても少年を拒む人は少数でした。今回運び込まれた女性も、少年を拒むことはありませんでした。それどころか女の人は、少年の知らないいろんなことを少しずつ教えてくれたのです。
 少年はそんな女の人の事をとても気に入っていましたが、洞窟の中から出してあげる事は出来ませんでした。少年の父親が、その女の人をとても気に入っていたからです。今までも何度か、閉じ込められた女の人を可哀想に思って逃がそうとしたことがありましたが、父親にひどく叱られ、折檻と称して背中を鞭打ちされました。それが怖くて、少年は父親に逆らえないでいました。

 ある日、少年は女の人に、どうして自分と父親がこんなにも似ていないのかという疑問をぶつけてみました。女の人はとても物知りだったので、ひょっとしたら大人たちの知らない事を知っているかもしれないと思ったのです。女の人はその言葉に驚き、そして怒り、最後は少年を憐れむような顔でこう言ったのです。

「この洞窟の近くに、翼を持った一族が住んでいたわ。でも10年ほど前に、盗賊に襲われてみんな死んでしまったの。襲ったのは、二本の角が生えた男の率いる盗賊だったと聞いているわ」

 少年は驚きました。この洞窟の大人は翼も角も生えていないヒトが多く、自分や父親のような存在は特別だと思っていたのです。自分以外にも翼をもったヒトが沢山いたという事に驚きを隠せません。しかし、同時にそんな人たちを父親が殺してしまったのではという疑問を抱きました。

「あなたは、きっとその一族の生き残りなのね。盗賊に拾われて、利用されているんだわ。酷い嘘つき……貴方が本当にあの男の子供ならば、頭には必ず角が生えている筈よ。あなたは騙されているんだわ」



 少年は強い衝撃を受けました。自分の父親は、本当の父親ではないということなのだと直ぐに理解しました。親子という関係を理解していなかったから今まで疑問にも思わなかったのです。
 それだけに、少年は信じていたものがあやふやになって急激に心細くなり、女の人こそ嘘をついているのではないかと疑いました。大人はみんな父親に従っているから、父親の方が正しいかもしれないと思ったのです。
 父親に真偽を問いただすと、女の人は嘘つきだから信用するなと怒られました。

 父親は直ぐに暴力を振るうけれど、言う事を聞いていれば褒めてくれるしご飯を与えてくれました。でも、女の人が言っていることがまったくの狂言だとは少年には思えませんでした。
 どちらを信用すればいいのか、少年はとても悩みました。剣の使い方を父親に教わる時も、女の人に知識を授かる時も、内心でずっと悩んでいました。悩む少年を見かねた女の人は、こっそり少年にあることを教えました。

「翼を持った一族には、その一族にしか使えない武器を持っていたそうよ。強い風の加護をうけた武器で、他の種族には扱うことが出来ないんだって。実は一度だけそれを見たことがあって……銀色の不思議な剣だったわ。もしもあなたがそれを扱えるのならば、父親は嘘つきね」

 少年はそれを聞いて、直感的にその剣が父親の部屋に飾ってある銀色の剣ではないかと思いました。いてもたってもいられなくなった少年は、父親の部屋に走りました。その心に、信じていた父親に裏切られる不安と恐怖を抱えながら。

 何やらアジトの入り口が騒がしく、父親はそちらに向かったようでした。勝手に入ると怒られるだけに、今しかないと思った少年は部屋に飛び込みました。
 剣は相も変わらず眩い光沢を放っています。少年は内心の不安と真実を知ることへの恐怖から手を震えさせながら、恐る恐る剣を携え、鞘から刃を抜きます。それは片刃のカタナという剣でした。

 その瞬間、少年の身体を今まで感じたことのないほどに心地よい風が包みました。
 それは今までに感じたことのない、包まれるような優しい風でした。そして――気が付けば、少年の背中には本人の意思を無視して飛びだした翼が現れていました。
 ですがその翼は今までのそれとは違います。茶色っぽくて荒い羽根は全て抜け落ち、その中から吸い込まれるほどに深い漆黒の双翼が現れたのです。少年は、根拠もないのに自分が空を自由に飛べるようになったのだと確信しました。



 少年は父親の事も忘れてその胸の高揚に笑みを漏らし、外へ走りました。
 外には人を襲う魔物と、その魔物を操る「魔物の将軍」が待ち構えていました。ですが未だに剣が未熟なはずの少年は、その敵に恐怖を感じません。既に日が沈んだ夜の月明かりに、黒翼の影が重なります。
 そして――恐ろしい速さで飛び回った少年は次々に手に持った銀のカタナで魔物を切り裂きました。夜の暗闇はよく目が見えませんでしたが、纏う風がすべての動きを教えてくれました。少年はまるで遊びまわるように魔物を殺し、とうとう「魔物の将軍」の首さえも斬り落としてしまいました。

 少年の頭は、それまでの悩みが嘘のようにすっきりと冴えわたっていました。だから少年は、よくやったと笑って近づく角の生えた父親に歩み寄り――その首をも無言で切り落としました。

 父親だと思っていたそれは、ただ自分を騙していただけの最悪の男だったからです。
 本当の家族を皆殺しにし、いいように人をこき下ろし、たまに思い出したように飴を与え、今の今まで騙し続けていたその男を、少年はとても醜いと思いました。この剣だって、きっと殺して奪い取ったに違いありませんでした。きっと他の大人たちにも真実を教えないよう事前に話していたのでしょう。
 少年の心に浮かんだのは、怒りでも憎しみでもなく、侮蔑の感情でした。

 やがて少年は、父親と呼んでいた死体を蹴り飛ばして女の人の下へと走りました。
 やはり女の人の言うことが正しかったのです。少年は感謝しようと急いで女の人のいた檻へと駆け出しました。しかし、そんな少年の向かう先から、風に乗って血の臭いが届きます。まさか、そんな筈は。魔物はみんな殺したはずなのに、と少年の顔はどんどん曇っていきます。



 そして、檻までたどり着いた少年を待っていたもの。
 それは一人の大人と、切り裂かれて床の上で息絶える女の人でした。
 彼女は、大人に死んだまま辱めを受けていました。少年はその余りに醜悪で残酷な光景に言葉を無くします。大人は少年の方を向き、その手に握られた血みどろの剣を見て悲鳴を上げました。男は背中に壁が当たるまで後ずさり、何かに駆られるように血走った眼で一方的に喚き散らしました。

 オヤカタノモトカラ、ニガシテヤルッテイッタンダ。ソノカワリ、オレノオンナニナレッテ。
 ハロルドガキタンダカラ、カチメナンテアルワキャネエ。ダガ、オレトコイツダケナラダマッテニゲラレル。
 ナノニコイツ、オレトハイヤダッテイイヤガッタ。モウオレニモホカノオトコニモ、ダカレタコトガアルクセニ――

 それ以上は聞くに堪えないと思った少年は、その大人の首を剣で撥ね飛ばしました。


 どうしてヒトは醜いんだろう。

 どうして自分は今まで騙され続けていたんだろう。

 どうして女の人は死んでまで弄ばれなければいけなかったんだろう。

 そんな疑問を抱きながら――少年は女の人の亡骸を拾い、盗賊団の元を去りました。
 少年は亡骸を空が良く見える丘に弔い、彼女が唯一身に着けたままだったイヤリングを形見として耳から外しました。それを受け継ぐことで、彼女から知恵を受け取ったような気がしたからです。


 数日後、魔物の大軍と戦うための国際会議が開かれる場に、全身黒ずくめの小柄な剣士が突然現れます。

 少年は右手に指名手配された凶悪な盗賊の首級を、左手には「魔物の将軍」の首級を携え、会議に参加した国や種族の代表たちにこう言い放ちました。

「我が名はクロエ――我は罪を犯した鬼を(やら)い、ヒトの心が生んだ鬼をも(やら)う『鬼儺(おにやらい)』なり。我を認め、雇われよ。対価を支払うのならば、望む首級(みしるし)を貴殿らに与えよう……貴殿らがヒトであるかぎり」

 それが、少年の出した答えでした。その耳には女の人から持ち去ったイヤリングが、少年の行く末を見守るように揺れていました。

 これは、「黒翼の鬼儺」と呼ばれる英傑が誕生した物語。
  
 

 
後書き
呟きで見た人は2回目になる説明ですが、「(やら)う」という言葉は実在しません。本当はおにやらう、と読みます。
親だと思っていた相手が身も心も鬼であったこと。他の大人の心にも暗鬼が住んでいた事。そして、自分の故郷に行ったことがある人間と巡り合えたという(えにし)。その二つが彼の黒い翼を世に解き放ったという意味を込めたタイトルです。

クロエ:ファレムという種族の生き残りです。知っている人は知っていると思いますが、私が二次創作で作ったオリキャラの再構成というか、そんな子です。

女の人:元は良家の人間だったけど、封建制度に変わる母国の新たな政治体制を探して色んな種族の元を訪れていました。そして・・・不運にも乗っていた馬車が盗賊に襲われ、今回に繋がりました。彼女の志は途絶えましたが、知恵は少年――クロエに受け継がれました。

父親を名乗った男:ディクロムという角の生えた種族の人間で、その人心を省みない非道な行為の所為で国を追われた指名手配犯でした。クロエの整った容姿と子供という立場に利用価値を見出すなど狡猾な所も垣間見えましたが、結局飼い犬に手を噛まれる形であっけなく死にました。 
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