少年と女神の物語
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第三十七話
「ふぅ・・・よし、覚悟は出来た」
もちろん、死ぬ覚悟なんかじゃなくて痛みに耐える覚悟だ。
こちらに向かって突進してきたナインディンをギリギリのタイミングで避け、横っ腹に両手の腹をぶつける。
少しバランスを崩してくれたので、そのまま左前足、後ろ足を払い・・・そこで、一気に後ろに飛ぶ。
「・・・危ない危ない。危うく、死んじゃうところだった」
私の視線の先では、ナインディンの払った足が今まで私のいた場所を蹴るようにしていた。
あのまま攻撃を続けようとしていたら、間違いなくあの一撃で終わり。運よく生き残ったとしても、骨が折れて立ち上がることもできずに終了がいいところだ。
「さて、今の感じだといけそうではあるんだけど・・・本気じゃ、ないよね?」
「ほう・・・存外やりおるな、娘」
「誉めてもらっても、何にも嬉しくない」
ナインディンを引っ込めて武双お兄様が来るのを待ってくれるなら、うれしいけど。
「BMO・・・BMOOOOOOOOOOOO!!!」
そして、ナインディンは少し怒ったような様子で、先ほど以上の勢いでこちらに向かってくる。
はっきり言おう、無茶苦茶だ。人間相手に神様が怒らないでよ・・・
「ものすごい格下なんだから、さ!」
先ほどのようによければ、間違いなく間に合わない。
よって、突進してくるナインディンの頭に手を添えて・・・後ろに、受け流す。
もちろん、完全にはできなくてグローブはボロボロ、手が傷だらけになったけど・・・うん、まだ耐えられる。
少なくとも、武双お兄様に比べれば、まだまだ傷のうちにも入らない。
「BRUUUU」
「鳴き声だけなら、牛なんだけどなぁ・・・あ、そうだ。家に帰ったら、牛肉食べよう」
冗談言ってないとやってられない。
全く・・・こうして実際に戦ってみると、武双お兄様がどれだけ異常だったのかが、よく分かる。
こんなことを考えながらも必死に避け、逸らしてるわけだけど・・・そう長くは、もちそうにない。
従属神ですらそれ・・・人間には戦うことすら難しいのに、武双お兄様やその同族はその上を行く、まつろわぬ神を相手に、権能もない状態で勝って、殺して、その権能を奪う。
そりゃ・・・魔王って恐れられ、あがめられるわけだよ。
「はぁ・・・やっぱり、武双お兄様はすごいや!」
そして、少しばかり痛いのを覚悟の上で足を上げ・・・
「BMOOOOOO!!!」
「ふんっ!」
突進してきたナインディンの頭に、思いっきり蹴りを入れる。
結果として、ナインディンは数メートル飛んだ。そして、私の足は・・・
「間違いなく、折れてる・・・」
ヒビどころじゃない。絶対に、ポッキリいっちゃってる。
そろそろ泣けてきそう・・・でも、まだそれどころじゃない。
妹を守るくらいは・・・お姉ちゃんなんだから、やらないと。
「・・・娘よ、まだ立つのか?」
「・・・当、然!」
折れた足で体を支えるのは、さすがに無理。
だから折れてないもう片方の足だけで立って、折れた方の足はそのままぶらつかせる。
次に突進してきたときには、この足を鞭にして横から弾いてやる。
そう決めて、再び突進してくるナインディンを見据えていたら・・・地面から急に槍が生えて・・・いや、飛んできて、ナインディンが動きを止める。
この槍って、確か・・・
「悪いな、マリー。遅くなった」
そして、槍が飛んできた穴からは、褐色の少女を連れた・・・
「・・・ううん、タイミングばっちり。さすが、私の大好きな武双お兄様」
神代武双。私が来るのを待っていた人で・・・私が、大好きなお兄様。
この人は始めて会ったときから、私がピンチになると必ず来てくれる。
◇◆◇◆◇
「・・・まず、オマエは誰だ?」
『挨拶すらできておらず、申し訳ございません。ゲイ・ボルグでございます』
俺の右腕から聞こえてくる声は、確かにそう名乗った。
こいつ、意思があったのか・・・
『ええ、まあ。主を選ぶ槍が、意志を持たぬ道理はございますまい』
「それはそう、か」
「あの・・・誰と話しておられるのですか?」
「ん?・・・ああ、他の人には聞こえてないのか。なんかよく分からんが、ゲイ・ボルグが話しかけてきた」
そう言うと、ゲイ・ボルグのことは知っていたのか、特に驚いた様子はなかった。
資料にも載せてたし、知っていたのだろうな。
「それで?なんのようだ?」
『いえ、主のお考えの方法では、恐らくもとの世界に戻るのは不可能でございます。それに、今ある情報だけでは悪戯者めの権能は使えません。地上に戻り、魔女の天啓をお受け取りいただきませんと』
「マジか・・・じゃあ、何か方法ある?」
『ええ、ございます』
ならよかった。
このまま帰れないとか、本当に冗談にならない。
『早く起きなさい、ブリューナク。主の危機に起きないとは、何事ですか!』
『・・・あぁ、うるせえなぁ』
そして、次は左腕から声が聞こえてきた。
「・・・なんというか、主とは真逆の性格なんだな」
『ええ、まあ。同じ性格でも、けんかになりかねませんし』
『反面教師にした感じだなぁ』
「あー・・・クー・フーリンはともかく、ルーは反面教師になるようなやつじゃなくないか?」
『あんなクソ真面目なやつになりたかない』
そう来たかー・・・
「で、話を戻すが。方法ってのは?」
『簡単なことだ。オレは全てを貫く槍。世界の境界くらいなら貫いてやんよ』
「無茶苦茶だな、おい・・・」
何でもありか、神具ってのは。
もしかして、これが正式な所持者になった結果なのだろうか・・・
「・・・まあ、いいや。帰れるならそれで」
「・・・帰る算段はついたのですか?」
「ついたっぽいな、うん」
俺はそう言いながら左腕の力を抜き、ブリューナクを出す。
「腕がないから足で撃つが、いいか?」
『ま、それくらいのことは気にすんな。オレたちは、テメエの槍の腕を認めてんだ』
『どのような使い方であれ、槍を使うあなたの技量はかなりのものでございます』
槍本人から認められるってのは、嬉しいもんだな。
そういや、なんで腕がないのにそこから声が聞こえてきたり、腕の力を抜く感覚があったのだろうか・・・
『んなこと、どうでもいいだろ』
『考えても無駄ですよ、主』
さいでっか。
「じゃあ・・・いくか」
地面に立っているブリューナクを足で弾き、戻ってきたところを足の甲で思いっきり、言霊を唱えながら打ち上げる。
「ブリューナクよ、全てを貫け!」
そして、出来上がった穴に向かって少女を抱きつかせながら跳んだ。
・・・いや、変な意味じゃなく。腕がないから、抱えたり出来ないんだよ。
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