家族
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第四章
第四章
「お父さん!?」
『そや』
声が笑みを含んだ。
『わしや。修一』
「うん」
修一はその声に応えるのだった。
『毎日来とったな。知っとるで』
「わかってたん」
『ここにずっとおったからな』
父の声はあくまで優しかった。まるで修一を包み込むように。
『全部知っとったわ』
「そうやったん。ここにずっと」
『おるのはわしだけやないで』
「じゃあお母さんも」
『ああ、おる』
父の声は強い調子で彼に答えた。
『ちゃんとな。おい』
『はい』
声が返って来た。それは修一も修治も恒子もよく聞いている声であった。
「間違いないわ」
「ああ」
修治と恒子は顔を見合わせて言う。二人も間違えようのない声だったのだ。
「兄さんと義姉さんの」
「声や」
『私もずっとここにおってんで』
修一の母の声であった。その声もまた優しく修一に語り掛けるのであった。
『それでいつもあんたを見てたから』
「おってくれたん、ここに」
『そや』
母もまた修一に答えた。
『昭美も実美も良美もな』
「三人もおるん!?」
『おるで。ほら』
母が声をかけると。その三人の声が聞こえてきた。
『お兄ちゃん』
『いつも会いに来てくれてんねんな』
『有り難うな』
「三人共おるんやな」
修一にもそれがわかる。あらためて心に篭るものがあった。
「ちゃんと」
『そや。皆いつもおる』
父がそう修一に告げた。
『いつもな。だから寂しがることはないで』
『修治さん、恒子さん』
母は驚いたままの修治、恒子夫妻に声をかけるのだった。
「は、はい」
「何か」
「いっちゃんを頼みますね」
穏やかで何処までも優しい声を二人にかけるのだった。
『私達はもうここにいるしかできないですけれど」
『頼むぞ』
父も二人に言った。心からの言葉であった。
『修治』
「兄さん」
『済まないな。御前に苦労をかけてな』
「いや、ええよ」
だが修治はその言葉をよしとした。彼とて悪い心があるわけではないのだ。修一も好きだ。それでどうして悪いことが言えようか。
「いっちゃんは。大事に育てさせてもらうから」
『済まない』
『恒子さん』
今度は母が恒子に声をかけた。
『いっちゃんのお母さんになって下さいね』
「わかってます」
恒子も修治と同じだった。同じ心で修一に接していたのだ。やはりそこにも偽りはない。
「絶対。いっちゃんを立派にしますんで」
『願いしますね』
『おじちゃん、おばちゃん』
今度は三人の妹達の声がした。
『お兄ちゃん御願いね』
『きっとだよ』
「ああ、安心しとき」
修治は彼女達にも優しい声で応えるのだった。
「絶対な。あんじょうするから」
「安心してそこで見といて」
恒子も。二人はこのうえなく優しい決心を今感じていたのだった。
「いっちゃんは立派になるから」
「絶対やで」
『そこまで聞いて安心したわ』
父としての安堵の声であった。
『ずっと心配やったけれどこれで』
『安心して。ここで見ていられるわ』
「ずっとここにおるん?」
修一は母の言葉にふと気付いて問うた。
「ここに。ずっと」
『そうや』
父が彼に答えた。
『御前を見とるからな』
『別れたわけちゃうで』
「そやったんか」
『だから。安心するんや』
『ずっとな』
これで声は消えた。だが三人の心の中には何時までも残っていた。
修治は修一に声をかける。恒子も。
「なあいっちゃん」
「うん」
今度は感情のはっきりとわかる声であった。しかもそれは明るいものであった。
「わかったな」
「わかったわ。皆ずっとおる」
「そう。そして」
「見守ってくれてるんやな」
修治はその言葉を聞いてにこりと笑った。彼にもわかっていた。だからこそ笑えるのだった。
「その通りや。そやから」
「また来ような。三人で」
「ああ」
修治が頷く。恒子も。
「親子で」
「親子か」
「だって養子に入ったやん、僕」
修一は今はじめてこのことを言ったのだった。
「そやから」
「わかった。ほな」
「親子三人でな。また」
「うん、一緒に来ような」
三人で話すのだった。三人は今はじめて家族になれた。血は濃くはつながってはいないが。それでもようやく本当の意味で家族になれたのだった。間も無く戦争が終わるがその中で出来上がったささやかな、だが大きな幸せのはじまりであった。
家族 完
2007・9・24
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