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兄弟

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第五章


第五章

「私はな」
「それはまたどうしてでしょうか」
「既に決めている」
 これが返答だった。
「だからだ。困難とは思わないのだ」
「左様ですか」
「二言はない」
 少なくともこのことに関してはそうであった。
「困難とは思わない。決してな」
「そう、それです」
「私達もそうなのです」 
 ここで彼等はまた彼に対して言ってきた。
「既に決意しましたから」
「ですから」
「困難ではないと」
 ウィリアムはあらためて彼等に対して問うた。しかし声のトーンが少し低くなってきている。緊張がそうさせてしまっているのだ。
「そう言うのだな」
「御主人様と同じですから」
「だからこそ」
「わかった」
 遂に彼等の心を受けることにしたのだった。これもまた決意であった。
「そういうことならばな。受けさせてもらおう」
「有り難き御言葉」
 また執事が頭を垂れて応える。
「それでは我等これから尚一層」
「ジョージ様の御為に」
「頼むぞ」
 彼等に顔を向けての言葉であった。身体までも向けて完全に正対している。
「その心でジョージを」
「わかっております」
「私共もまたジョージ様を愛しております故」
「愛しているのか」
「はい、その通りです」
 彼等の今回の行動の最大の根拠であった。
「だからこそです」
「御主人様と同じく」
「私はそうされるべき人間ではないぞ」
 使用人からの愛の言葉を聞いて苦笑いを浮かべてしまったウィリアムであった。
「その様なな」
「いえ、それでもです」
「私達にとって御主人様は」
「愛される存在というのか」
 やはり自分では実感がないことであった。
「私がな」
「御自身ではお気付きになられていないだけです」
 また執事が彼に言ってきた。
「このことに」
「そうです。ですが私共は」
 メイドの一人の言葉は少し強いものであった。
「御主人様を」
「お慕いしておりますので」
「その心、受け取らせてもらう」
 この心もまた、であった。ウィリアムはこの時再び真剣な顔に戻っていた。
「是非な」
「はい、有り難うございます」
「ではこれからもまた」
「私だけではなくジョージも頼む」
 かえすがえすも念を押すウィリアムであった。
「むしろ私のことはまだいい。ジョージをな」
 こうまで言うのであった。彼はあくまでジョージのことだけを考えていた。それからも弟を侮辱する者がいればすぐに決闘を売り倒してきた。家ではジョージに対して何かと世話を焼き兄というよりは父に近い感じになっていた。確かに彼はジョージにとって父親に近い存在になっていた。それはこの時も同じだった。
「もうすぐ大学も卒業だな」
 夕食の時だった。大きな細長いテーブルに彼とジョージが向かい合って座っている。シェフに作らせた羊肉の料理を食べながら弟に対して言ったのである。
「そうだな」
「うん、やっとね」
「それは何よりだ」
 ジョージからの言葉を聞いてまずは微笑むのだった。
「そういえば聞いたのだが」
「どうしたの?」
 ジョージは確かに彼と同じ髪と目の色だが周囲に与える印象は全く違っていた。兄とは違い髪は短く顔も鋭利なものではなくやや童顔で温厚なものだった。何処か中性的でそれが彼を優しい印象に見せていたのである。服も赤いベストにズボン、ネクタイ、それと白いブラウスで兄よりはかなり大人しい服装である。
「かなり優秀な成績だったそうだが」
「いや、別にそれは」
「隠さなくていい」
 肉を切りながら弟に対して微笑むのだった。
「首席だそうだな。何よりだ」
「まあそれは」
「いいことは隠さなくていいのだ」
 言葉が少し説教じみていた。
「御前にとっていいことなら尚更な」
「それはそうだけれどね」
「そういうものだ。そしてだ」
 ジョージに対してさらに問うてきた。
「これからどうするのだ」
「これから?」
「そうだ。まず大学を出た」
「うん」
「その後まず爵位を授けられる」
 このことも彼に伝えた。
「男爵位をな。だがそれで終わりではないのだ」
「どうして務めを果たすかだね」
 二人はここでは収入のことは気にしてはいなかった。大貴族であるのでそうしたことは一切気にせずに暮らしていけるのである。そうした意味では有り難い立場である。
「これから」
「そうだ」
 はっきりとした声で弟に答えたのだった。
「その通りだ。励むようにな」
「うん。ところでさ」
 ここでジョージはふと言ってきた。
「兄さん、一つ聞いていいかな」
「何だ」
「兄さん。結婚はしないの?」
 こう兄に問うのだった。
「まだ。もう三十も超えて」
 それでも美貌はそのままだ。相変わらず毅然とした美しさを持っているウィリアムである。赤い髪の艶も実に映えている。若々しいと言ってもいい。
「まだなの?」
「そういえばまだだったな」 
 ふと気付いたように答える兄だった。
「それはな」
「そういえばって何か他人事じゃない」
「私にとっては今はどうでもいいことだ」
 そしてこう弟に言うのだった。フォークとナイフを使う手も全く動揺している様子はない。顔色もそうであり本当に何とも思っていないことがわかる。
 だがそれでもジョージは。兄に対して問うのであった。
「それでもさ。やっぱり」
「結婚する気はある」
 一応は、といった返答であった。
「それはな」
「けれどしないんだ」
「今はな」
「今はって」
 やはりジョージにとってはどうにも納得のいく返答ではなかった。
「何で今じゃないの?それは」
「そうだ。今ではない」
 やはり表情を変えずに答えるウィリアムだった。
「今ではな」
「じゃあ一体何時なんだ?」
「それを言うつもりはない」
 本当に無愛想なものであった。
「今はな」
「今は今はって」
「私のことはいい」
 話を切ってさえきた。
「私のことは。それよりだ」
「僕のこと?」
「そうだ。御前はどうなのだ」
 クールな目でジョージを見つつ問うてきた。
「御前は。どう考えているのだ」
「一応はね。まあ」
 首を捻り苦笑いしつつ兄に答えてきた。フォークとナイフを使う手が少し鈍っていた。
「考えている娘はいるけれどね」
「いるのか」
「うん、いるよ」
 こう答えはする。
「けれどちょっと」
「一度私に会わせてもらおうか」
「えっ!?」
「聞こえなかったか」
 驚く弟にいつもの冷静さで返す。
 
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