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兄弟

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第四章


第四章

「最低限そうさせてもらいたかったが」
「やはり難しかったですか」
「妾の子だからな。しかし」
 苦い顔をしつつも言葉を続ける。
「約束は取り付けた」
「約束?」
「そうだ。何か功績があれば子爵にしてもらうことになった」
「それはまた」
「話をつけるのに苦労した」
 このことを話して少しうんざりとした表情を見せた。
「首相達にな」
「王室の方々は」
「何とか納得して頂いた」
 何とかという言葉にも彼の苦労が滲み出ていた。しかしそれでも満足している顔であった。
「何とかな」
「そうですか」
「さて、それでだ」
 あらためて執事に対して語る。
「イートンにも話はつけた」
「既にですか」
「ジョージは必ずやってくれる」
 そして言った。
「必ずな。あの男はやってくれる」
「やってくれますか」
「私にはわかっている」
 自信ではなかった。確信だった。その確信を執事に対してはっきりと見せていた。
「できる男だ」
「では必ず道を開かれると」
「見ていればいい」
 今度は言葉が微かに笑っていた。
「あの男のやることをな」
「わかりました。それでは」
「私がやることは背中を守ることだ」
「背中をですか」
「それが私の仕事だ」
 そしてこう話す。
「先の決闘の時と同じだ」
「決闘のことですが」
「周りが何を言っても気にはしない」
 彼はここでも言い切ってみせた。
「ジョージにも気にはさせない」
「それもまた大変な苦労があると思われますが」
「兄の務めだ」
 貴族が持っている独特のノブレス=オブリージュ、即ち高貴なる者の義務にも似た心がここにはあった。その心を彼自身も確かに感じていた。
「これはな」
「では宜しいのですね」
「だから言ったな。私は兄だ」
 やはり貴族のノブレス=オブリージュを思わせる言葉だった。ノブレス=オブリージュは当然ウィリアムにもありそれが変化した形の心だったのだ。
「それならばだ」
「左様ですか」
「そうだ。だからいいのだ」
 またしても言い切った。
「弟を愚弄する者は私が許さない」
「どうしてまたそこまで」
「理由は一つしかないだろう」
 真剣な顔で執事に言い返す。
「弟だからだ」
「弟君だからですか」
「その通りだ。それ以外に理由はない。ただ母が違うだけだ」
「それだけですね」
「父が違う、母が違う」
 ここでこう言うのだった。
「例え両方が違っていてもだ。兄弟であることには変わりがない」
「変わりがありませんか」
「絆だ」
 今度は絆という言葉が出された。
「兄弟はな。絆により兄弟となっている」
「確かに」
「わかるな。それではだ」
「ジョージ様のお背中をそのまま」
「そうだ、守っていく」
 毅然とした顔で述べた。
「何があってもな」
「では旦那様」
 それを受けて執事は一旦姿勢を正した。そのうえで持っていたベルを鳴らした。
「ベルを?」
「すぐにおわかりになられます」
 声は微笑んでいた。その微笑みと共に今部屋の扉が開いた。ノックはしたがウィリアムスはここで入れと言うことを忘れてしまっていた。だが今はそれは構わなかった。
 何故なら部屋に家にいる全ての使用人達がやって来たからだ。そのせいで何も言うことはできなかったのだ。
「御前達、どうして」
「今ベルを鳴らしましたので」
「それで呼んだのだな」
「はい」
 執事はこう答えた。
「その通りです」
「そうか。呼んだか」
「今旦那様の御心は受け取りました」
「私の心をか」
「そうです。確かに」
 今度は執事が言い切るのだった。
「その御心。ですから」
「どうするのだ?」
「及ばずながら私達も」
 執事が言うとすぐに。他の使用人達も頭を垂れた。しかも一斉だった。全ての物がウィリアムに対してその心を見せたのである。
「御主人様のその思いに」
「御一緒させて頂きます」
「御前達、それは」
 ウィリアムは彼等の心がわかった。今何を皆で誓ったのか。それを理解した彼は己の顔が緊張で強張っていくのも感じ取っていた。
「いいののだな、それで」6
「そうでなければここに集まりません」
 執事が一同を代表して彼に告げてきた。
「違うでしょうか」
「確かにそうだ」
 それは彼にもわかった。
「しかし。これは」
「困難であることはわかっています」
「元よりそれは承知のことです」
 彼等はそれぞれの口でこう答えてきた。
「ですが最も困難なのは」
「御主人様の筈です」
「私がか」
 こう言われて自分自身のことも考えてみる。しかし彼自身にはその意識はないのだった。既に覚悟を決めているからであろうか。あっさりとしたものだった。
「困難だというのか」
「違いますか?」
「私はそうは思わない」
 このことをはっきりと彼等に対して告げた。
 
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