SAO ~冷厳なる槍使い~
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SAO編
第一章 冒険者生活
7.突然な出会い
「セッ、ヤアッ!」
あたしの放った剣技が、獣頭の亜人型モンスター《ルインコボルト・トルーパー》の体に、淡い水色に光輝く×字の軌跡を刻み付ける。
片手用直剣二連撃技《エクス・スラント》。
《スモール・ソード》から《アイアン・ソード》へと武器をクラスチェンジして攻撃力の増したあたしのソードスキルにより、コボルトのHPは一気にその九割が無くなる。攻撃を受けて体を仰け反らせるコボルトと同時に、あたしの体もスキルの強制技後硬直により一瞬だけ動けなくなった。
「……レイア」
「はいっ」
後ろで指示を出すキリュウさんの声にレイアが応える。
直後、背後からあたしを回り込むようにして閃光が走り、仰け反っているコボルトの横っ面にバシィィン!! という効果音と共にそれが当たった。
鞭スキル基本単発技《アンジレイト》。
《鞭スキル》は、攻撃力は他の武器のソードスキルに劣るけど、その分、攻撃を与えた時に敵を一時行動不能化状態にし易いという特殊効果を持っている……らしい。
既に一割しかなかったコボルトのHPバーが全て無くなり、攻撃を受けた仰け反りポーズのまま硬直後、パリィィンと爆発。キラキラと光るポリゴンを撒き散らしながら次第に薄れて消えていった。
「――うんっ。今のけっこう、イイ感じじゃなかった?」
硬直が解けたあたしは、剣を鞘に収めながら後ろのレイアに振り返って言った。
この前のレイドクエストで手に入れた鞭の扱いに、レイアがようやく少し慣れてきたのだ。だから今日は、未だ慣れない鞭との連携の練度を上げるために、あたしがメイン壁、レイアが支援で、キリュウさんとチマがあたしたちを見守りつつ、危なくなったら加勢するという布陣で戦闘を行っていた。
「そうかな? ……うん。ちょっとだけ、自信は付いたと思う」
レイアが、その流れるような銀色の長髪を左手の指で耳にかけながら首を傾げて言った。四日前に寄った村で装備を変えて、今はその細身の体にクリーム色のレザーチュニックとレザーパンツを纏い、膝近くまであるレザーブーツを履いて薄地のレザーブレストを上から着込んでいる。そして、薄手のレザーグローブを装備した右手には《赤い鞭》――先日のレイドでのドロップ装備、《リブリサージ》を持っていた。
「……そうだな。二人での連携はもういいだろう。……今度はチマも戦線に加わってくれ。三人での連携を試す」
「りょーかいッス~」
「はい」
「わっかりましたっ」
キリュウさんの言葉に応えるあたしたち三人の声が、此処、《第一層迷宮区》の薄暗い通路に響いた。
《エウリア村》での、あの《大規模戦闘クエスト》から六日が経った。あたしたちが《大規模戦闘》の仮想世界に囚われてから十三日が過ぎたことになる。
今から四日前、あたしたちはやっとのことで浮遊城《アインクラッド》の第一層迷宮区に到着した。
そして、その翌日から今日までの三日間、迷宮区最寄の町である《トールバーナ》を拠点として、朝から夕方まで迷宮区の探索をしていた。
四日前に初めて見た迷宮区。ゴツゴツとした大きな岩が積み重なって出来た、遥か上空の二層の底面にまで伸びている黒々とした巨塔。獣の巣穴のような大きな入口を進むと、最低限整った石敷きの通路やレンガの壁、松明など、次第に人の手が入ったような造りになってくる。どっちかというと、元々人が使ってたけど、モンスターが住むようになって廃れた……という感じだ。所々にある骨や崩れた石壁が、いかにもモンスターが住み着いちゃってますよーと言わんばかりだ。
この迷宮区には、コボルトやゴブリンといった亜人型や、狼や大きな鼠といった獣型のモンスターが出現する。逆に植物型のモンスターは見かけない。流石にこんな日光の届かない場所には植物型は居ないのかもしれない。
「……少し早いが、今日はこのぐらいにしておくか」
システムウィンドウを呼び出して見ていたキリュウさんがそう言った。あたしとチマが交代で敵のタゲを取り、あたしたち二人の背後にいるレイアの鞭による中距離支援を受けるという連携に、かなり慣れた頃だった。
「え、もうですか?」
あたしはキリュウさんに聞き返しながら、自分もシステムウィンドウを開いて時刻表示を見た。今の時刻は十四時二十二分と、いつもの撤収時間より一時間以上早い。昨日、一昨日は確か十六時過ぎまで潜っていたと思う。
「いつもよりも早いですね」
あたしと同じことを思ったのか、レイアも口に出した。
あの過酷なレイドクエストを経験したあたしたちは、今やちょっとやそっとの事では疲れなくなってきていた。
此処SAOでは、体力的な疲労というものは無い。つまりは、やろうと思えば何日でも寝ずに動き続けることが出来るし、戦い続けることが出来る。
仮想世界の、実体の無い体なのだから当然かもしれないが、それでもそれを実際にするのは並大抵のことじゃない。実際に日を跨ぐほど動き続けるには、襲い掛かる睡眠欲求や食欲を抑えこむ強靭な精神力が必要となる。
流石にあたしたちもそこまでではないけど、朝の七時から夕方十七時頃まで迷宮区に篭っている程度では、全然問題は無いようになっていた。
「……そろそろアイテムストレージの空きが無くなる。お前達はどうだ?」
「え? えーと……」
キリュウさんに言われて、あたしたち三人は自身のアイテムストレージウィンドウを開いて見た。
――わ……もういっぱいいっぱいだった。
ストレージの中は、その三分の一を食べ物やポーション、野営用の生活必需品で、残りの三分の二を迷宮区のモンスタードロップで埋め尽くされていた。もう少しで許容重量を超えてしまう。そうしたら動きが鈍くなるし、こんなモンスターの巣窟ではすっごく危険になるかもしれない。まあ、かと言って、せっかくのアイテムを捨てるというのもなんかアレだし……。
あたしたちはキリュウさんの言葉の意味を理解し、帰還することに同意した。
「……では、いつも通り俺が先頭を歩く。今日はルネリー、殿を頼む」
「あ、はーい! わかりましたっ」
キリュウさんの言葉に挙手して応える。
PTの殿を勤めると言っても、別に先頭のキリュウさんと何十メートルも離れるわけでもないし、キリュウさんの索敵の熟練度も上がり、死角の減った今となっては、特に危険ということもないので、気負わずに勤めることが出来る。
そもそも、キリュウさんは事ある毎に後ろを見たりして、あたしたちのことを気に掛けてくれるので、滅多なことが起こったことはぜーんぜん無い。
あたしたちは、四人がギリギリ横に並べるくらいの幅の迷宮区の通路を、キリュウさん、チマ、レイア、あたしの順に列になって歩き出した。
「――でも、三日目にしてようやく十六階かぁ~。あと何階で最上階だろ?」
モンスターを蹴散らしつつ八階にまで降りてきたあたしたち。ふと思いついたことを、あたしは独り言のように呟いた。
「外から見た限りでは結構高い塔だったよね。二層の底まで届いてたし……」
「……確か、各層間の距離は百メートルという話だったな」
「えっ……てことは、十六階ってまだまだ全然ってことッスか!?」
各層から次層の底面までが百メートル。第一層迷宮区は、第二層の底にまで届く巨大な塔。つまりはえーと…………うわーんっ、最上階まで何階あるの!?
あたしとチマの肩が同時にガクッと下がる。それはあたしたちのモチベーションを示していた。
「……それについても、情報を集めた方が良いな。流石に三十階以上もあったら、ポーションもそうだが、武器の耐久値も持たないかもしれない」
先頭を歩くキリュウさんが、周囲を警戒しながらそう呟く。あたしたち三人は、それに「はいっ」と同時に応えた。
それから数十分後、迷宮区を無事に抜けたあたしたちは、もう四十五分ほど、両脇を木々で覆われた幅広の道を歩いて、現在あたしたちが拠点としている迷宮区最寄の町、《トールバーナ》に到着した。
トールバーナは、巨大な風車台が立ち並ぶのどかな谷あいの町で、これまで寄って来たエウリア村やメダイの村よりは格段に広い。北門を通って大通りを進むと、大きな噴水のある中央広場に着く。あたしたちは、この中央広場に面する宿屋に泊まっていた。
「――あ、そだそだ。誰か、ドロ装備出た人いるッスか? あっしが鑑定しちゃうッスよー」
時刻は十六時二分。まだ外も暗くないので、宿屋ではなく、中央広場にある軽食屋のカフェテラスのようなテーブル席に座って、本日の戦利品について確認しているとき、チマが手を挙げながら言ってきた。
「私は…………今日は素材だけみたい」
「う~~ん……あっ、あたし一つある。お願い~」
「ほいほい~ッス。どれどれ……」
あたしはアイテムストレージに入っていた正体不明の防具をチマに渡した。
チマの持つスキル、《鑑定》は冒険には結構重要だった。モンスターの落とす素材以外のアイテムは全て、鑑定をしなきゃ使えないし装備も出来ない。更にフィールド上でも色々な食材アイテムなどを拾ったりも出来るけど、鑑定をすると実は毒だった、ということもあった。鍛冶屋や道具屋で鑑定をしてくれるNPCも居るらしいけど、プレイヤーに比べ成功率が低く、また有料だという。身内に鑑定スキルを持つ人が居るのは本当に便利だ。チマもチマで、鑑定するのが面白いらしく、色々なものに鑑定をかけているので、ぐんぐん熟練度は上がっているみたいだった。
「……ふむ。こんなん出ました~ッス」
カテゴリ《軽装備/革》、固有名《ハードレザーブレスト》。
あたしたちに向けて、そのアイテムのステータスウィンドウを見せてくるチマ。
「え~と……あ、今あたしが装備してるのの方が性能良いっぽいよー。チマは?」
「今わたしが装備してるのと同じやつッスね、コレ。レイアとキリュウさんは装備の系統が違うッスし……コレは売りッスね」
レイアはもっと軽めの装備が個人的に良いらしく、キリュウさんも鎧系は動き辛そうだから嫌らしい。 逆にあたしとチマは、軽装の鎧系防具を主としている。まあ流石に重装備みたいなゴツゴツしたのは嫌なんだけどね。
「キリュウさんはありますか?」
「……ああ、剣が一つ」
そう言ってチマにそれを渡すキリュウさん。
見た目は片手用の直剣。柄は毛皮を巻いてあるのかもふもふしていて、刀身は鉄ではなく、骨を削ったような感じだった。
目の悪い人みたいにチマが眉を寄せ、目を細めてそれを睨む。
「むむむ~む。……こ、これは!?」
芝居がかった様子で驚くチマ。直後、その片手剣を掲げながら言い放った。
「てれれてってれ~、カテゴリ《ロングソード/ワンハンド》、固有名《タスクブレード》~♪」
「おお~」
「店売りの剣より少しだけ耐久値が低いッスけど、全体的な性能はこっちの方が高いみたいッスね」
チマが言い終わった瞬間、あたしとチマの視線が交差し、キランと光る。現在、片手剣を装備しているのは、この四人の中じゃあたしとチマだけだ。つまり――
「じゃーん、けーん……っ」
あたしたちPTで定めた約束事の一つ。ドロップで欲しい装備があったら、恨みっこなしの強制じゃんけん勝負。昨日はモンスタードロップで出たイイ感じのショートブーツをレイアも入れた三人で勝負して、チマに負けてしまった。今回はぜぇ~ったいに勝ちたいっ。
「……ぽいぃぃッス!!」
気合を入れたチマの掛け声と同時に出したあたしたちの手。その勝敗は……。
「やったー! 勝った~!! ぶいっ!」
「がーん……ッス……」
パー対チョキで、見事、あたしの勝利ィ!! キリュウさんとレイアの生暖かい視線を感じるけど気にしない! ガックリと地面に手と膝を付いて頭をたれているチマの姿が、またまたあたしの気分を良くさせたのだった。
そんなこんなで、アイテム論評会(?)が終わった。装備に関してはこんな感じだけど、基本的に身内なので、どのアイテムは誰の、というのはあたしたちには無い。お金も、個人個人で一応持ってはいるけど、お店とかで誰かが欲しいのがあって、手持ちの金額が足らなかったらみんなで出し合ったりするし、ほとんど共通財産みたいになっていた。
「……よっし。じゃあ、アイテム売りに行こっか?」
システムウインドウを閉じたあたしは、テーブルに手をつきながら立ち上がってみんなに言った。
そのとき――
「ほーウ。もう、こんなところまで来ているプレイヤーが居たとはネ~」
あたしの背後から、語尾に変なイントネーションを乗せた女性らしき声が聞こえた。未だ座っていたあたし以外の三人がその声を方を見る。あたしもそれに続いて後ろを見た。
「…………へ?」
そこに立っていたのは、藍色の布服上下に革製の胸鎧とショートブーツを纏い、腰に金属製の爪っぽい武器と投げ針という装備、短めの金褐色の巻き毛という髪型の――――両のほっぺに三本ずつの《おヒゲ》を書いた、小さい女の子だった。
「…………ね、ネズミ……さん?」
目の前の女の子を見た第一印象を思わずあたしが呟くと、その女の子はニタァという笑みを浮かべて人差し指を立てた。
「せぇ~か~いっ……ダヨ。お嬢ちゃン」
「う……」
小悪魔、という言葉が似合いそうな笑顔に、あたしは少し固まった。
「――はじめましテ。オイラの名はアルゴ。巷じゃ《鼠のアルゴ》って呼ばれてル。……このSAOでは《情報屋》をしてるんダ。よろしくナ~」
アルゴと名乗った女の子。あどけない顔で、あたしたちより身長は小さいんだけど、何処か年上を思わせる雰囲気を纏っている。可愛いんだけど、抱きしめるのを躊躇ってしまうような空気……そんな感じかな。
「……情報屋、さん……ですか?」
首を傾げながらレイアが、その女の子に訊いた。
「そウ! お金さえ貰えればどんな情報でも売るシ、調べル! まだ見ぬフィールドの特徴、そこに湧出するモンスターの攻撃パターンやら弱点やらの詳細な情報! 欲しいアイテムをドロップするモンスターが居る場所やそいつが落とす確率! その他諸々! これらの情報を他に先駆けて調べ、《商品》としてプレイヤーたちに売るのが……このオイラような、《情報屋》という訳なんダ」
女の子は、その小さい体を目一杯反らしながら言ってきた。
「ほへー」
「……は、はぁ」
「な、なるほどッス」
呆気に取られたような相槌を打つあたしたち三人。
でも、なるほど。常にキリュウさんも言ってるけど、情報というものはかなり重要だ。まったく知らないモンスターと、攻撃方法や弱点が解っているモンスターとでは、戦うときの危険度はまるで違う。お金を払ってでも買う価値はあるのかもしれない。
でもそんなことより、あたしには気になって気になって仕方のないことがあった。
「あ、あのっ。その《おヒゲ》っていったい……?」
アルゴさんに両のほっぺに三本ずつあるおヒゲのペイント。さっき自分で《鼠のアルゴ》って名乗ってたけど、もしかしてキャラ作り?
「ああ、コレ? にゃはハ、悪いけどこの理由は話せないナ~。どうしてもというなら考えないでもないけド……」
そう言ってアルゴさんは親指と人差し指で作ったわっかを見せてくる。
あたしはそれに、あははは……、と乾いた笑いしか返せなかった。
「……で、その情報屋が、俺たちに何か用か?」
キリュウさんが不意に口を開いた。そうするとアルゴさんは、にひひと笑いながら隣の丸テーブルの席へと座って此方を向いた。そして、一人だけ立っているような状態になっていたことに気づいたあたしは、そそくさと再び席に座った。
「キミたちは知ってるカ? この町に一番最初に来たプレイヤーが……実はキミたちだった、ってことニ」
いきなり、アルゴさんがそんなことを言った。
確かにこの町や、迷宮区ではまだ他のプレイヤーは見たことはなかったけど、あたしたちが一番乗りだってことは知らなかった。
「……その様子じゃ知らないみたいだネ。こっちも驚いたヨ。予想じゃ、ここにプレイヤーたちが来るのは、まだ一週間以上先だと思ってたからネー」
「え……何でそんなに遅いんスか? つか、ホントにわたしらが一番乗りなんスか? というか、えーと、アルゴさん? は実際に今、此処に来てるじゃないッスか?」
矢継ぎ早に聞き返すチマ。でも言いたいことはあたしも同じだ。
だけどアルゴさんは、余裕な笑みを浮かべながらチマに手の平を向けて制する。
「まぁまぁ。興奮しなさんナ。……出来ればまずは、コチラの質問に答えてもらえるかナ?」
「……交換条件、ということか」
腕を組みながらキリュウさんが言う。
「そーゆーコト! こちとら情報屋だからナ。タダでぺらぺらと話すわけにもいかないんだヨ。……とはいえ、キミら情報屋は初めてみたいだし、初回ということで、こっちの質問に答えてくれれば、さっきの疑問にも答えてあげるヨ。……どうだイ?」
あたしとレイア、チマは顔を見合わせると、同時にキリュウさんの方を見た。此処はリーダーさんの意見に従おう。
「…………解った。そちらの質問を聞こう」
数秒間、考えるようなそぶりの後、キリュウさんはそう言った。
それを聞いたアルゴさんは、さっきみたいなニタァというような笑いじゃなく、パアァと花が咲くような可愛い笑顔を見せた。
――くうっ、あっぶなぁ。無意識にハグしようとしちゃったよ……。
鋼鉄の意志で己を自制したのは、見る限りきっとあたしだけじゃない。
「ではでハ、さっそく質問ダ……」
アルゴさんが訊いてきたのは、あたしたちの名前から始まって、《はじまりの街》から此処まであたしたちが旅してきた道順。現在のあたしたちのレベルと装備。第一層迷宮区の攻略階層と、そのマップデータ。そして、これまで出会ったプレイヤーのことなんかを質問された。
「……ふーむ、なるほどなるほドー。にゃハハ、まさかそう来るとはネー」
あたしたちの話をずっとにやけながら聞いているアルゴさん。特にエウリア村でのレイドクエストや、そこで手に入れたレイアの鞭に興味深々みたいだった。
あたしたちの話が終わると、アルゴさんは目を瞑ってぶつぶつと数秒間、何かを呟いていたかと思うと、いきなり目を開けて、こちらに笑いかけてきた。
「…………解ったヨ、ありがとウ。んじゃ、今度はこっちの番だナ」
あたしたちにお礼を言ったアルゴさんは、先ほどチマの言ったことについて話し始めた。
「えーとネ……今、このSAOでのトッププレイヤーと呼ばれる者たちは、自己のパワーアップを重点的に行っていル。来るべき《ボス戦》に備えて……ネ。それはレベル上げだけではなく、自身の装備の充実なども含まれル。強い武器を落とすMOBや、貰えるクエで装備を整える。そしてそれらを強化するための素材アイテムの収集。そんなことをしているんダ。…………だけど、正直そういう奴らは一万といるプレイヤーの中でも、ホンの一握りサ。ほとんどのプレイヤーは、未だ《現実世界からの救出》という望みを捨てられず、はじまりの街に篭っているみたいだネ。まあでも、遠くないうちに引き篭もっている奴らも気付くと思うヨ。……戦うしか、自分たちに道は無いってことに、サ。まあ、最近は結構はじまりの街から出るプレイヤーも出てきたみたいだけどね。あくまで出て戦うだけで、他の村には行ってないみたいだけど。だからそれらを考えた結果、ボス戦に望めるだろう戦力が此処、迷宮区最寄の町に揃うのは、オイラの予想ではまだあと一週間以上先だった、ってことなのサ」
アルゴさんが言うには、レベル上げには、それに適した場所が第一層の各地にあるらしく、あたしたちみたいに戦うことを決めたプレイヤーは、各々の場所で経験地稼ぎをしているらしい。だけど、その殆どは安全に、かつ十分な経験地を稼げる場所、つまりは《ソロプレイヤー》というたった一人で戦う人たちとっての狩場らしく、PTでの狩場とはまた違うらしい。
つまり、今現在トッププレイヤーと言われる人たちの大半がソロプレイヤーらしく、しかもその数は少ない。
迷宮区の最上階にいるというボスは、相当強いらしく、1PTだけじゃまともに戦うことも出来ないという。犠牲無しに戦おうとするならば、1PT六人を八つ束ねた計四十八人からなる最大連結PTが、更に二つ出来るくらいの戦力を揃える必要があるという。
だけど、今は戦う気になっているプレイヤー自体少ない。つまりは、ボス戦が出来るくらいの戦力が集まるのはまだまだ先。そして、それはソロプレイヤーたちも解っているらしい。
だからこそ、今は少しでも自分が死ぬ可能性を減らすため、攻略よりも、レベル上げや装備の充実に専念しているそうなのだ。
「…………ボスとは、そこまで強いのか?」
アルゴさんの話を黙って聞いていたキリュウさんが口を開いた。
「これ以上の情報はお金をとるヨー…………と、言いたいとこだけド、この程度はミンナ知ってることだしナ。いいヨ、教えてやろウ。……というか、キミらホントーに初心者だったんだナ。そうかなとは思ってたけド……正直、一番最初に此処に辿り着けたというのは信じられないヨ」
苦笑しながら肩をすくめるアルゴさん。うーん。あたしたちだって、未だに一番乗りっていうのは信じられない。
「そう……なんですか? 私たちは至って普通に此処まで来たんですが……」
「まあ、来る途中で起こったことは普通とは言えなかったッスけどね」
「エウリア村での《大規模戦闘クエスト》……カ。確かにこのSAOでもレイドクエはあるにはアル。だけど、第一層時点で既にあるなんてこと、オイラでも知らなかったヨ。キミら、ホントーに運が良いヨ? レイドって、その殆どが無理クエで、犠牲無しには普通は達成出来ないんだからネ」
おちゃらけたような言い方、でもアルゴさんの目は笑っていなかった。
「まあ、貴重な情報も貰ったシ? 何よりビギナーさんには優しく、がモットーのアルゴさんだからネ。色々アドバイスするのはやぶさかではないヨー」
「……」
キリュウさんが、アルゴさんを無表情で見つめる。しかし、当のアルゴさんは何処行く風で話を続けた。
「さっきの質問だけどネ。基本的にミンナが知っているSAOの情報ってのは、《ベータテスト時代のもの》なのサ。それが正式サービスになって何処まで変わっているかは解らないガ……ベータテストでは、ボスにはレイドPT二つで当たるのが相場だと聞いタ。犠牲無しにしたいのならネ」
――あれ? 今なんか変なイントネーションが入ったような……?
まあ、アルゴさんの話し方は元々、語尾に変なイントネーションは入ってるけど。
「…………なるほど。では、戦力が集まるまで此処で足止め、ということか?」
「そういうことに、なるんだろうナー。…………にひ。そ・こ・デ! オイラからキミたちに提案だ」
「?」
突然、立ち上がってあたしたちを見下ろすアルゴさん。……でも、元々が小さいから目線は殆ど変わらないけど。
「さっきも言ったとおり、戦力が集まるのはまだまだ先ダ。だからキミたちも、それまでにボス戦に向けてレベル上げや装備を整えるべきじゃないカ?」
両手を広げて訴えるように言うアルゴさん。確かに、時間があるならそうした方が良いのかもしれない。
「……で?」
「うン?」
キリュウさんが、鋭く睨みながらアルゴさんに問いかける。
「……提案、と言うからにはそれだけではないのだろう?」
そう言ったキリュウさんの言葉に、あたしたちは息を呑み、アルゴさんはニヤリと笑った。
「にっひっヒ、話が早いネ。そうでなくチャ……それで、提案というのはネ…………」
その翌日の早朝、あたしたちはトールバーナの町を後(あと)にしていた。だけど、迷宮区に行くわけではない。
「――いまさら……なんスけど、あのアルゴって人の話、ホントに信じてもいいんスかね?」
トールバーナから東へ向かう街道を歩いているとき、あたしの左隣りにいるチマが話しかけてきた。
「確かにあやしい感じの人だったけど……ウソは言ってなかったと思うよ? まあ、ただの勘なんだけど……」
「……そう、だね。私もネリーと同じ意見かな」
あたしの答えに、右隣を歩いているレイアも同意してくれる。
「……アルゴの言っていたことは、だいたい筋が通っている。あの町にまだ誰も来なかった理由も、あの《提案》も。……尤も、チマが不安に思うのも仕方のないことだろう。まあ、俺とて一から十まで、彼女の言い分全てを信じた訳ではない」
いつも通りあたしたちの前を歩くキリュウさんが、前を向いたままそう言った。
あのとき、アルゴさんがあたしたちに提案した内容は、タダで情報を教える代わりに、その情報が正しいかどうかを調べて欲しい、というものだった。
『――――……オイラの持っているSAOの情報の多くも、ベータテスト時のものがほとんどなんダ。だけど、もしかしたら《それら》は、ベータテスト時と正式サービス時では、変更点や差異があるかもしれナイ。これでも誇りある情報屋としては、そんな不確定な情報を《商品》として扱うことはなるたけしたくナイ。……そこで、キミたちに協力して欲しいことがあル。他の者に先行してキミたちに様々な情報をタダで教える代わりに、その情報が正しいか、もしくは何処がどう違うのかなどを調べて貰いたいのサ!』
昨日の、アルゴさんの言葉を思い出す。芝居がかったような口調で、胡散臭さは爆発してたけど、何故かあたしはその言葉を疑う気はしなかった。
「それに、もう貰うものは貰っちゃってるしね。後には引けぬ、ってやつだよ」
そう言ったあたしの手には、一冊の冊子があった。
《エリア別攻略本》。詳細な地形から出現モンスター、ドロップアイテム、クエスト解説まで網羅されているアルゴさんお手製の本らしい。ご丁寧に表紙下部にでかでかと【大丈夫。アルゴの攻略本だよ。】と書いてある。これはそのエリア毎の村の道具屋に委託販売する予定のものらしい。既に95%ほど完成しているらしいけど、残りの5%の情報の調査を、あたしたちに依頼してきたのだ。
「と言っても、今までほとんどと言っていいほど差異は無かったって言ってたッスよね? わたしら、ホントに必要なんスかね?」
「……チマの言う事も解るが、この先、情報に敏い者に知り合いが居るというのは心強い。寧ろ今はあのアルゴという者が本当に信用できるのか、それを見定める期間だと思えば良い」
キリュウさんの言葉に、チマもようやくぶつくさと言うのは止め、次に行く場所のことで道中盛り上がった。
それから約二週間、あたしたちは第一層の色んな場所を回った。
まだ行ったことのない村はもちろん、遺跡、洞窟など、モンスターの巣窟にも行った。
アルゴさんがくれた攻略本は良く出来ていて、たまにドロップ品やらフィールドに落ちているアイテムやらの差異はあれど、特に気になるような差でもなかった。私たちが調べ終わったエリアの攻略本は、なんとそのエリアの村の道具屋で委託販売されるらしい。
あたしたちも手伝ったものが、他の人の役に立てるのなら、それは当然気持ちが良い。
最初は文句を言っていたチマも、アルゴさんを見極めると言っていたキリュウさんも、その本の正確さや解りやすさ、そしてその本の目的を知っていくうちに、アルゴさんに対して少しは壁が無くなったような気がする。
そんなアルゴさんには、定期的に連絡をしていた。情報の確認の結果報告、更なる情報の報告。
なんていうか、ゲームとかでよくある、冒険者が依頼を受ける、っていうのを素でしているみたいだ。……まあ、ここもゲームの中なんだけどね。
そんなこんなで、あたしたちはまさしく日々を《冒険》しながら過ごしていた。
あたしたちが今居るのは《ホルンカ》という小さな村のそばの森の中。
ここ三日間、あたしたちは《森の秘薬》というクエストをしていた。内容は《リトルネペント》という歩行植物型モンスターを倒しまくって、すっごい低い確率で出る《リトルネペントの胚珠》をゲットすること。なんでも強い片手剣が報酬として貰えるらしい。片手剣を使うあたしとチマは「これは手に入れなければ」と二人でそのクエを受けた。
でも既にこのクエの情報は出回っているらしく、数PTが同じようにそのクエを受けて、モンスターを倒しまくっていた。
二日間、モンスターの取り合いで窮屈な思いをしていたんだけど、三日目以降になって目に見えてプレイヤーが減っていた。
疑問に思ったけど、それより人が減った嬉しさの方が強かった。しかも運の良いことに、その日のうちにあたしもチマもクエストを達成することが出来た。……でも、喜ぶあたしたちに残った、突然プレイヤーが減った疑問。その疑問は、翌日にきたアルゴさんからのメッセージで解決した。
『おーイ、今どこにいル? もうボス戦、終わっちゃったヨ~』
――は?
『いヤ~、すっかりキミらが居ないの忘れてたヨー。あっはっハ』
――え……え、えええええ!?
その知らせを受けたあたしたちは、急いでトールバーナに向かったけど、そこにはアルゴさんの姿は無く、ボス戦を終えて一層迷宮区から出てきたプレイヤーばかりだった。
――せっかくボス戦のために鍛えてきたのにぃ……。
うーん。なんか不完全燃焼だ。
こうして、ボス戦に参加しないまま、あたしたちの第一層の冒険は終了したのだった。
ちゃんちゃん。
後書き
ようやっとアルゴ出た。
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