SAO ~冷厳なる槍使い~
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SAO編
第一章 冒険者生活
6.終戦の夜に想う
「………………ふぅ」
短く吐いた私の溜息が、一瞬だけ窓のガラスを曇らせました。
それは当然の現象のようだけど、今自分がいる場所、仮想世界での出来事だと思えば、その再現度に驚くことは当たり前でしたでしょう。
でも今の私には、そんなことを考えつくような気力もありませんでした。
すっかり暗くなったエウリア村の街並みを、宿屋の二階の部屋の窓から、私は今日起こった出来事を思い出しながら、意味も無くぼんやりと眺めていました。
「……レイア」
そんなとき、ふと後ろから名前を呼ばれました。
振り返ると、頭のツインテールを解いて、半袖のTシャツに短パンのみを着た、いつもの寝間着姿のネリーが立っています。
「寝ないの?」
まるで鏡を見ているような、けれども全く雰囲気の違う私と同じ顔で、ネリーが首を傾げて言ってきました。
時刻はもうすぐ深夜の0時になろうかというところ。
この世界に、TVやゲームみたいな娯楽は私が知る限りありません。既にその娯楽(ゲーム)の中なのですから当たり前のことかもですが。
ですので私たちは、大抵外が真っ暗になる二十一時を過ぎるとベッドに入ります。灯りを消してベッドの中に潜りこみ、眠くなるまでその日にあったことを三人でお話しています。普段通りならば、ネリーは二十二時を超えるとスイッチが切れたように寝てしまうので、それが合図となりチマも私も眠りにつきます。
でも、今日は……いつも通りに眠ることはできませんでした。
「……うん。ちょっとね……」
「……今日は、すごかったもんね」
ネリーは私の隣に来て、窓の外を見ながらそう言いました。窓の外に視線を向けていますが、きっと私と同じように、数時間前の戦いの様子を思い浮かべていることでしょう。
エウリア村をモンスターの群れから守る《大規模戦闘クエスト》。
現実の世界では有り得なかった、自分たちの命を賭けた本当の戦い。私たちは確かにあのとき《死》を、そして《生》を、かつてないほどに感じていました。
この……仮想の世界で。
「……あ~、ホントきつかった~」
「…………うん」
チマはもうベッドの中。それを考慮してか、ネリーは小声で言いました。それは疲労ゆえについ出た弱音ではなく、ああ終わったんだね、という達成感を感じているような呟きでした。
「でもさ、意外とあっさり終わったよね。もっと、なんていうか……祝勝会? みたいのがあるかと思ったけど」
「……みなさん、凄く疲れていたようだったし、私もだけど、あれ以上騒ぐ元気が無かったんだよ」
「そーなんだろーけど~。村長さんとかも、せめてご馳走くらい用意してくれてもー……とか思わない?」
「……クス。そうだね」
ゲームの中のキャラクターに何を期待しているのか、とも思いますが、きっとこれもネリーの良いところ。どんな状況でもネリーは楽しもうとする。それは素直に羨ましいと思います。……ちょっと現実と仮想を混同視し過ぎてる気もしますけど。
「…………」
ふと二人の間に訪れる沈黙。私たちの呼吸音しか聞こえない、けれど決して居心地は悪くない空間。
私はネリーと一緒に窓の外を眺めながら、あの戦いの後のことについて想いを馳せました。
あの森側の門での攻防の少し後、クラウドさんからキリュウさんへメッセージが届きました。
『キリュウくん、こちらは終わったよ。なんとか死人も出さずに済んだ。リックさんが救援に駆けつけてくれなかったら危なかったけどね。それで、そっちはどうなったんだい?』
それから何度かクラウドさんとメッセージのやり取りをして、一度全員、村長宅に集まろうということになりました。
私たち四人は、度重なる激戦の疲労で重たく感じる体を、引き摺るようにゆっくりと村長宅へ向かいました。ですが四人が四人とも、その疲労とは正反対に穏やかな雰囲気を纏っていました。今度こそ戦いは終わったんだ、という確信に、張りつめていた空気が緩んだんだと思います。
「…………来やがったな。さっそくだが説明しちゃくれねぇか?」
私たちが村長宅の前に着くと、既に他の人たちは集まっていたようでした。そして、イの一番にキリュウさんに向かって質問を投げつけるリックさん。リックさんは、どうして戦いの途中で抜け出したのか、どうして森側の門で戦ってたのか、などを矢継ぎ早に訊いてきました。
激しい戦いの忙しさで、私もネリーもチマもそのことをすっかり忘れていましたが、確かに気になることではありました。
他のみなさんも話は聞いていたのか、キリュウさんが話し出すのを静かに待っていました。
「…………あの時は……」
そうして話し始めたキリュウさん。
初めて違和感を感じたのは、村長さんに会いに行く前。エウリア村に着く前に戦った《ロウア―ゴブリン》が、最初の一匹以降出てこなかったことに。次に対策会議でいろんな人の話を聞いて再び違和感を感じたこと。ずっと感じていたそれが戦いの最中にとある推測に変わったこと。今までの戦いを見て、敵が二十匹を切ったあの状況なら、私たちとリックさんPTだけでも大丈夫だと判断して確認に向かったこと。そして、その推測が当たってしまったこと。
キリュウさんの話に対する反応は人それぞれでした。
まず、疑う人。持ち場を離れてからのキリュウさんの戦いを知っているのは、私、ネリー、チマのキリュウさんと最初からいた三人しかいません。本当に戦っていたのか、逃げたのではないか、と疑問をぶつけてくる人も当然いました。
ですが、一緒の持ち場で戦っていたリックさんたちは私たちに味方してくれました。
最前線……いえ、敵の只中で戦うキリュウさんを目の当たりにしていたリックさんとそのPTのみなさん。戦いの最中に「逃げたんじゃないか?」と言っていた人も、どういう心変わりをしてくれたのか、キリュウさんの弁護をしてくれていました。
クラウドさんたちは、リックさんたちに加勢してもらったという恩があったためか、それ以上の追及はしてきませんでした。
それでキリュウさんについての話は一旦落ち着きを見せ、話の流れでクラウドさんたちの担当した、私たちが見ていない、反対側の門での戦いの話になりました。
「――でもさ、まさか《あの人》が活躍してたってのは意外だったよねー」
「え? あ、ああ、うん。そうだね……」
窓の外を見ていたネリーが、いきなり話しかけてきました。
話しかけてきたことに驚いたわけではありませんが、私が今まさに回想しようとしていたことを言われたことに、少し驚きました。こういう何でもない場面で同じことを考える。そんなときに、この子と私はやっぱり双子なのかな、ということを考えてしまいます。
「……確かに。あのときのことを考えると、まさかあの《ジョースト》さんが活躍してたのにはびっくりしたよね」
そう。私たちが戦っていた場所とは違う場所でも、激戦は繰り広げられていたんです。
クラウドさんのPTとジョーストさんのPTが担当した門での戦い。この二つのPTメンバーのほとんどが盾剣士だということを有効に使って、防御を固めた陣形により、時間はかかるけど確実に敵を削る戦法をとっていたようです。
そこで最も奮戦していたのが、あのジョーストさんだと、共に戦ったという方々は言っていました。ジョーストさんはまさに鬼気迫る勢いで、常に前線を支えていたそうです。一緒に戦ったクラウドさん曰く。
「……彼はきっと、人一倍仲間の安全のことを考えているんだと思うよ。戦いの最中じゃ、ずっと周りに声をかけ続けて、みんなに気を配っていたんだ。……あれを、あの必死さを見ちゃうとね、村長宅で彼が叫んだのは、実は仲間に危険が及ぶことを必死に避けようとしていた……という風にも思えてきちゃうんだよね」
私はこのとき、ちらりとジョーストさんの方を見ました。
みなさんが戦いについて各々話し合っている中、ジョーストさんは村長宅の壁に、黙して寄りかかっていました。……ですが、人を寄せ付けない、という雰囲気とは裏腹に、彼の周りには、彼の仲間たちの姿がありました。
「……あ。レイア、それ」
話の途中で、ネリーが私を見て小さく声を上げました。その視線は、私の顔、ではなくその少し下に向けられていました。
「……これ?」
「うん。まだ着けてたんだ。……気に入ったの?」
「……うん。なんとなくね」
私もいつも、ネリーとほぼ一緒の寝巻姿です。装備を全部解除しただけの格好。ですが今日だけは、私の首元には、如何にも手作り感の漂うネックレスが着けられていました。
「まあ、気持ちはわかるよ。だって……」
「……私たちが、今日頑張ったっていう《証》……だからね」
私は、このネックレスを貰ったときのことを思い返しました。
「――なんとお礼を申し上げればよいのか……。冒険者の方々、本当に有難うございました。お陰様でこの村は救われました」
NPCである村長さんのその言葉の直後、視界にクエスト達成の文字が浮かび上がりました。
そして――
「おお!?」
「キタキター!」
「苦労した甲斐あったぜぇ!」
「おめ!」
「おめめ!」
「うおっしゃらー!!」
私たちの居る村長宅の広いリビングが、目も眩むほどの金色の光に包まれ、何処からともなく耳が痛くなるほどの盛大なファンファーレが聞こえてきました。
「やたー! レベルアップだよっ!」
「あたしも上がったッス!」
「うんっ。私も」
ネリーやチマがの弾んだ声が聞こえます。……いえ、それは私の声もでした。
クエストを達成したことで、参加者の私たち全員にボーナス経験値が加算されました。それはモンスターを倒した時に発生する経験値や、普段しているクエストのボーナス経験値とは量がケタ違いで、私たちを含めたこの場に居るほとんどのプレイヤーがレベルアップしたみたいでした。そのため、効果音であるファンファーレと共に多くのプレイヤーの体が金色に光り、部屋中が眩く輝きました。
「ささやかながら、お礼をご用意致しました。どうかお受け取り下され」
光が収まった後に村長さんがそう言うと、視界の端にアイテムストレージの更新情報が数秒浮かび上がりました。
アイテム《ヌート・アミュレット》。
私はシステムウィンドウを表示させ、自身のアイテムストレージに追加されたアイテムにカーソルを合わせました。すると別ウィンドウが立ち上がり、そのアイテムのステータスが表示されます。
形は木の実や葉っぱを加工して作ったネックレス。効果は、レベル1の毒や麻痺に対して完全耐性を持つ、というものでした。
これを手に入れたボルグさんやネルソンさんは興奮したように、「おいおい、毒だけじゃなくて麻痺もかよ!」「す、すごい! これならこの先、数層は使えるよ!」と騒いでいました。《レベル1の毒と麻痺》というものに、私たちはピンとは来なかったのですが、SAOに詳しそうなお二人のその様子を見る限り、このアイテムはそれほど凄いものなんだなと思いました。
恐らく全員が同時にアミュレットを装備し、自分の首元に現れたネックレスを触っていました。
「この、手作り感満載なところが、なんていうか、いいよね~」
ヌート・アミュレットを貰ったときのことを私が思い出していると、ネリーが手を伸ばして私の首元にあるそれに軽く触りながら言ってきました。
「うん。こういう素朴な感じなの、私は好きかな」
私がそう言うとネリーは、たははと苦笑し始めました。
「……?」
「ううん、これを貰ったあとのこと思いだしちゃって」
「……え、ああ。アレ……ね」
このアミュレットを貰い、村長さんの話が終わると、いきなり何も無かったかのように村長さんは、ただの《NPC》に戻ってしまいました。先ほどネリーが言っていましたが、そのときは私もあまりの何も無さに拍子抜けしてしまいました。――え……これで、終わり……? と。
「普通のゲームじゃ当たり前なんだが……ここまでリアリティあると、逆に違和感バリバリだよなぁ……」
そのとき呟いたリックさんの言葉に、チマ含めた何人かが頷いていたのが、凄く印象に残りました。
それから村長宅を出た二十名ものプレイヤー。
何人かは打ち上げをしたいと言っていましたが、流石にそれに同意する声は多くありませんでした。
普段なら騒がしいのが好きなネリーやチマも、今日に限っては早く休みたいという感情がにじみ出ているようでした。
「しつこかったよねー」
隣のネリーが、うんざりといった様子で呟きました。
村長宅から出た後は、多数決により今日は解散ということになり、みんなで宿屋に行くことになったのですが……。
「やっぱり明日は朝一で……かなぁ」
「……私もそれが良いかな。明日までアレは……ね」
宿屋への道、いえ宿屋に着いてからも、私とネリー、チマは、レイド参加者のプレイヤーのみなさんからPTの誘いやらフレンド登録やら、今後作るギルドへの誘いなどを受けました。あまり男の人と話すのに慣れていない私には、それは少しつらい状態ではありました。
でもそのときは、キリュウさんが庇うように前に出て下さり、キリュウさんに睨まれた人たちは渋々と強引な勧誘は止めて下さいました。
私たち三人とキリュウさんがそれぞれの部屋に別れた後、キリュウさんからメッセージが届き、今後について内密に話合いをしました。
仲間が多い方が命の危険は下がる、それは解っていましたが、それを踏まえて、キリュウさんは私たちの意見を尊重すると言ってくれました。
結論から言うと、私たちは今のままが――私、ネリー、チマ、そしてキリュウさんがいる、四人だけの今が良いということになりました。
では次に、それをどうやってみなさんに言うか、というのが問題に上がりました。
私は男の人の前に出て話すのは自信がありませんし、それはネリーやチマにも言えます。年上の男の人ばかりな上に、その人たちの誘いを断るのですから、いくらあの二人でも尻込みしてしまうでしょう。
そして、キリュウさんも人と話すのはあまり得意じゃないそうです。一番最初に会ったときも感じましたが、あまり他の人から愛想がよく見えるお方ではないですから。でも、本当は表情に出ないだけ、というのが最近解って来た気もします。
と、話は変わりましたが、どうしようかみんなで悩んでいるとき、チマが「なら黙って居なくなれば良いんじゃないッスか?」と発言しました。それはどうなんだろうとは思いましたが、他に良い考えも浮かばず、結局は明日の早朝、誰も起きてこないうちにこの村を出て行こうということになりました。
でも流石にそれでは後にしこりを残すだろうと、各PTのリーダーだけに、キリュウさんの方から話をしておくということになりました。
「キリュウさん、ちゃんと伝えてくれたかな?」
「……大丈夫だと、思うよ? それにクラウドさん、リックさん、ジョーストさんは、強引な勧誘を止めようとしてくれてた側だったし」
そう。それもあって、この三人だけには事情を説明しておこうということになったんです。
私たちが居なくなったあと、みなさんに説明する役を押し付けるのは忍びないとは思いましたが……。
「…………この村」
「え?」
「いろいろあったねー」
疲れている。けれども充実してもいる。そんな横顔で、ネリーは言いました。
「うん。あったね……」
「あったッスね~」
「えっ……?」
「チマ! 寝てたんじゃないの!?」
「横になってただけッスよ~。さっきまで言葉を喋るのもダルかったッスから」
いきなり横に現れたチマ。言葉通り、動くのも億劫そうな顔です。
「――でも、この村で起こった中で一番の出来事と言えば、ズバリ……」
「一番?」
「なんのこと?」
チマは得意そうな顔で、私たちに向けて言いました。
「ズバリ! キリュウさんが…………《笑ったこと》ッス!!」
「ッ!!」
チマの言ったことは、確かにそれはこのエウリア村での出来事の中で、一番かもしれない。そう私は思ってしまいました。
『…………三人とも……お疲れ様……』
あのときの、キリュウさんの台詞、キリュウさんの表情は、忘れたくても忘れられないものだと思います。何に驚いたかって、恐らく初めて――私たちがキリュウさんと出会ってから今日までの約一週間で、初めて見た《キリュウさんの笑顔》に、でした。
それは、満面の笑顔というものではなかったですが、微かに、ですが確かに、キリュウさんは笑っていました。少なくとも、私たち三人には笑っているように見えたんです。
「また、見たいね」
「……うん」
「そうッスねぇ」
きっと、これからも四人で冒険を続けて行けば、その機会は何度もあるでしょう。
そうあることを祈って、私たちは窓の外の風景をしばらく見ていました。
その翌日。正確には寝たのは日を跨いだあとなので、数時間後ということになりますが。
私たちは、宿屋の前にいました。
「……しっかし残念だなぁ、オイ」
身長の高いリックさんが、私たち四人を見下ろしながら呟きました。
それに同意するようにクラウドさんが苦笑しながらそれに頷きます。
「確かにね。キミたちが仲間になってくれれば、このほど心強いものは無いんだけど」
「…………申し訳ありません」
「あぁ、いや。都合の良いことを言ってるのは解ってるからね。駄目なら駄目で仕方ないさ」
キリュウさんが謝罪すると、クラウドさんは慌てた様子で言葉を続けました。
「ま、昨日の様子を見た限りじゃこれが無難だったかもな。あいつらのことは任せとけよ」
リックさんが軽く自分の胸を叩きました。あいつら、というのは私たちを勧誘しようとしていた人たちのことでしょう。
時刻は、まだ朝の六時。
この場には、私たち四人とクラウドさん、リックさん、そしてジョーストさんしかいませんでした。三人は、私たちの見送りをしてくれると言って下さりました。
その他の人たちは、まだベッドの中だそうです。昨日、私たちの話合いが終わったあと、キリュウさんはメッセージで三人を呼び出し、早朝に村を出ることを話したそうです。リックさんとクラウドさんは「残念だ」と言いながらも、ジョーストさんは特に何も言わず、私たちの案に賛成してくれました。まだ六時なら誰も起きて来ない、そう教えてくれたのもこの三人です。
「……では、そろそろ俺たちは出発します」
システムウィンドウを開いて時刻を見たのか、キリュウさんが切り出しました。
「……有難う御座いました」
「ありがとうございます!」
「……ありがとうございました」
「ありがとうございましたッス!」
キリュウさんに続き、色々と骨を折って下さったことに、私たちはお礼を言いました。
「いいって礼は。まあ、また会ったときは、よろしくな」
「そうだね。また会ったらよろしく」
「…………また」
照れくさそうに言うリックさん。人の良い顔のクラウドさん。そっけなさそうに言うジョーストさん。
このSAOの世界には、一万人近いプレイヤーがいると聞きました。中には、色々な性格の人がいるのでしょうが、この村で出会ったこの三人は、確かに良い人だとはっきり言えると思います。
そんなことに幸先の良さを感じながら、私たちはリックさんたちと別れました。
向かうは、私たちが防衛を担当した門から続く道。次の村へと続く道です。
「……そうだ。チマ」
歩いている途中、キリュウさんはチマを呼びとめながらシステムウィンドウを呼び出しました。
「ほえ?」
「……これを、鑑定して欲しい」
「何なに? なんですかー?」
キリュウさんがチマにトレード申請を送るのをネリーが興味津津といったふうに覗きこんでいます。
「ほほう。これは……」
キリュウさんからチマにアイテムが渡されたようです。ウィンドウ上でのやり取りなので、何を渡したのかは私には解りません。
「……昨日、言うのを忘れたが、恐らくあの一匹だけ違うゴブリンから手に入れたものだと思う」
チマは《鑑定》スキルを持っています。手に入れただけでは正体が解らないアイテムというものもあるので、チマのスキルは私たちも重宝しています。
「鑑定結果、出たッスよ」
チマはそのアイテムをオブジェクト化させ、さらにアイテムのステータスウィンドウを私たちに見せてきました。
それは、赤く艶やかな《鞭》……でした。
カテゴリ《ウィップ/ワンハンド》、固有名《リブリサージ》。
キリュウさんの倒した、あの一匹だけ異色を放っていたゴブリンが持っていた鞭です。
「しっかし、この鞭も武器なんスねー。『オ~ホッホッホ、女王様とお呼びィ』ッスねっ」
「あはは、は……」
「……?」
チマはたまに真面目な顔をして変なことを言います。そんなチマにネリーは乾いた笑いを浮かべ、キリュウさんはチマの言ったことを理解出来て無かったのか、首を傾げてました。
「コレ……どうする?」
ネリーがチマの持った鞭を指差して言ってきました。
「…………レイア」
「は、はい?」
不意に、キリュウさんが私の名前を呼びました。
「……これを、使ってみないか?」
「え……この鞭を、ですか?」
少し、混乱しました。いきなりということもありましたが、何故私なのか、何故鞭なのか、と。
「……ああ。確かお前は、特に使ってみたい武器はないと言っていたな?」
「は、はい。そうですけど……」
未だ躊躇っている私に、キリュウさんは私だけに聞こえるような小さい声で呟いてきました。
「…………ルネリーもチマも、良くも悪くも前しか見ていない。だから、お前には支えて欲しい。二人の、背中を……」
キリュウさんはもともと口数が少なく、あまり多くは語りませんが、それでも言いたいことは解りました。この鞭を使って、性格的にも前衛タイプな二人を後方からサポートをして欲しい。そう言う事なんだと思います。
使い方は、一からキリュウさんが教えてくれると言って下さいましたし、それに私の性格からしても、前で戦うよりは後ろで全体を見渡せるほうが良いかもしれません。私はキリュウさんの提案に了解し、鞭を使ってみる事にしました。
とりあえずは、すぐに実戦ではなく、次の村で練習をすることにして、私たちは止めていた歩みを再開しました。
「…………」
驚きと命の危機。達成感と安堵。出会いと別れ。初めての挑戦。
冒険、冒険とはしゃぐネリーの気持ちが、ちょっとだけ解ったような気がした、そんな二日間の出来事でした。
後書き
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大規模戦闘クエスト:エウリア村防衛戦
戦績発表!
討伐総数:二百匹
・個人の部
一位 レイア :討伐数 三十五匹
二位 ルネリー:討伐数 三十二匹
三位 チマ :討伐数 三十匹
・
・
・
十二位 キリュウ:討伐数 八匹(内、指揮官討伐ボーナス有り)
・
・
・
最下位 ネルソン:討伐数 一匹
・PTの部
一位 キリュウPT :討伐数 一〇五匹
二位 ジョーストPT:討伐数 三十七匹
三位 クラウドPT :討伐数 三十匹
四位 リックPT :討伐数 二十八匹
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