色と酒
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第五章
第五章
「西洋人は偉そうにしているがその実は大したことがない」
「大したことがないのか」
「所詮はこの数百年の連中だ。それまでは未開の連中だったじゃないか」
「そうかな」
「そうさ。少なくとも我々みたいに長い間穏やかに文化を育んできたわけじゃない」
彼等の戦乱と抗争の歴史ついて言っているのだ。無論日本とてそれは同じなのだが決定的なところで西洋とは違う、彼はこう考えていた。
「自分達とは違う人間を殺して殺されてだった。それは今もか」
「まあそうだね」
友人も彼のその言葉を認めた。
「歴史を見ればね。絵画にもそんなのが多いか」
「そうさ。男を愛していて捕まる世界だ」
イギリスの作家オスカー=エシルドのことを言っているのである。彼は貴族の青年との同性愛により裁判にかけられ入獄する破目になった。これはこの時代どころか何時の時代でも日本においては考えられないことである。大村にとってもそうだ。
「馬鹿げている」
「あれは同意だね」
友人もこれには同じ意見であった。
「信じられない話だ」
「あの程度のことを認められないでよく文明だどうだと言える」
その文明の象徴とさえ思われていたワインをあおり言い捨てる大村であった。
「戯言だ。そんなものは」
「我々の方がその点はいいかな」
「少なくとも僕達の方が色がわかっているね」
大村は太鼓判を押した。
「そしてその中でも」
「君はか」
「僕はこの道に生きる」
はっきりと言い切った。
「果てには何があるのかわからないがね」
「鼻が落ちるか溺れて死ぬか」
梅毒や衰弱のことである。色に嵌まるとどうしてもそういったものから離れられない。それが因果というものなのだ。
「そうなってもいいんだね」
「望むところさ」
彼はその鼻を得意そうに鳴らして言うのだった。
「そんなこともね。鼻が落ちてやっと一人前だ」
江戸時代はこう言われていた。梅毒になってこそようやく遊んでいるとさえ言われていたのだ。なお江戸時代は梅毒で命を落とす者も多かった。
「覚悟のうえさ」
「それで死ぬのもか」
「ハイネみたいでいい」
こうまで言い切る。ハイネは梅毒で倒れそのまま息を引き取ってしまった。自分が寝ているそのベッドを褥の墓場と呼び最後まで鉛筆を持とうとして死んだのだ。
「それも道の行く先さ」
「達観もしているのか」
「意外かい?」
「いや」
不思議にそれは意外に聞こえなかった。彼らしいとは思っても。
「そうは思わないね」
「そうか。じゃあこのまま行く」
「君の好きにすればいい」
友人は彼の背中を叩くようにして述べた。
「望むようにね」
「最初からそうするつもりさ」
「今日もだね」
「勿論」
不敵な笑みを浮かべてその問いに答えたのだった。
「さて。今日は男か女は」
「力を抜いているんだね」
「道に力はいらないさ」
その笑みのままで彼に述べる。
「そんなものはね」
「こだわりは必要でもかい」
「そう。それでも」
一呼吸置いて。それからまた出す言葉は。
「固執はしない」
「あくまで柔らかくかい」
「硬くて遊べるかい?」
そうも言うのだった。
「遊べないだろう?そういうことさ」
「わかりやすいね」
「遊びはわかりやすいんだ。けれど道だから」
「行くには覚悟がいるのか」
「そういうことさ。君にとってそれは酒だな」
そのビールを見て言う。見れば彼はもうかなり飲んでいた。顔が真っ赤になっている。
「まあね。一生飲んでいたい」
「身体を壊してもかい」
「これで壊れるなら本望さ」
大村と同じことを言う。違うのはその対象だけであった。
「僕もそう思うよ」
「いい言葉だ。しかもいい顔になっているよ」
「それでもそっちの遊びはしないよ」
「別にいいさ」
大村はそれをよしとした。別にそれで構わなかった。
「君がそっちの趣味はないのもわかってるしな」
「そうか」
「じゃあ。今日は」
「そろそろ行くのか」
「うん」
にこりと笑って友人に告げる。
「これでね。それじゃあ」
「また話を聞かせてくれよな」
こうして大村はその場を後にした。友人はそれを見送って思うのだった。
「酒にしろ男にしろ女にしろ」
道について思う。
「どれにしろこだわりを持ってしかも柔らかくか。成程な」
そう呟いてビールを飲む。明日また大村から聞く話は何だろうと思いながら。それを妙に楽しく思いながら酒を飲み続けるのであった。
色と酒 完
2007・11・1
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