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色と酒

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第四章


第四章

「ワインは色さ」
「面白い例えだ」
「ビールや日本酒は何なのかわからないけれど少なくともワインはそうだと思う」
 そう述べる。
「だからこそ好きだ」
「そうだったのか」
「それに今気付いたよ」
 また随分とぼけていてそれと共に気障な言葉だったが妙に合っているのもまた彼であるからこそであった。友人はそんな彼に内心で嫉妬すら感じていた。少なくとも羨ましくはあった。そういう言葉を出して絵になるというのだから。
「自分でもね」
「毎日でも飽きないかい」
「そうだな」
 それについても気障な言葉で返してきた。
「飽きない。色もワインも」
「赤はどちらかな」
 友人は不意にそれを尋ねてきた。
「赤ワインはどちらだい?」
「女だろうな」
 大村にとって赤ワインはそれであった。
「それで白は男だ」
「そうか」
「赤も白も好きだ。同じ位同時に愛している」
 いささかフランスめいた言葉だった。友人もそれに突っ込みを入れる。
「おい、今の言葉は」
「何かあるのかい?」
「フランスの昔の王様の言葉だったぞ」
「そういえばそうだったな」
 大村もそれを言われて思い出した。ブルボン朝の王であるルイ十五世の言葉である。彼はフランス一の美男とまで言われた顔の持ち主でありそれと共に女にかけては比類なき造詣の持ち主であった。その彼の言葉なのだ。また彼は女はまず胸からはじまるとも言っている。
「それを考えれば深い言葉だ」
「そうかね」
「そうさ。まああの王様は男には興味がなかったようだが」
「君は違うと」
「ここであえて言うがね」
 彼はまたしても真剣な顔になった。その顔で述べてきた。
「西洋人は色のことには何もわかっていないんだ」
「そうなのか」
「そうさ。彼等は男色を嫌う」
 これはキリスト教のせいである。大村はそれを批判しているのだ。
「それこそが色について何もわかっていないことなんだ」
「男も愛してこそか」
「我が国では昔からそうだっただろう?」
「確かに」
 これもまた事実である。日本においては男もまた普通であった。フランシスコ=ザビエルが日本にはびこる恐るべき悪徳として批判した歴史も残っている。平安時代の貴族達の間でも男同士の恋愛は普通であった。
「織田信長公然り」
 とりわけその道では有名な人物である。
「武田信玄公然りだ」
 彼もまたそちらを楽しんでいた。だからといってそれで批判されたこともない。
「何が悪いのか。それを嫌うというのは色を半分しかわかっていないということだ」
「そのもう半分もわかってこそ」
「本当の色だ」
 彼はそう主張した。
「あの連中はそんなことは完全に忘れている。いや」
「いや?」
「最初からわかっていないな」
 ワインを口に含んでから高みから見下ろすように述べた。
「結局はな」
「忘れているって言葉も気になるがわかっていないのか」
「ギリシアがあったじゃないか」
「ああ、あれか」
 ここで言うギリシアとか古代ギリシア文化である。言うまでも泣く彼らにとっては文化の源泉の一つである。言うならば柱の一本なのである。
「あの時代は男色は普通だったな」
「そうらしいな」
 これはギリシア神話にもはっきりと書かれている。男同士の恋愛が普通の文化であったのだ。ここは日本と同じであるが当然違う部分もある。大村が言うのはその違う部分なのである。
「しかし。そこだ」
「そこか」
「彼等は女を嫌ってだから男を愛していた」
「それは君とは違うね」
「全く違う。それもまた僕に言わせれば愚だよ」
 ワインと一緒に頼んであったチーズを食べる。その独特の歯触りと匂い、淡白な味を楽しんだ後でまたワインを口に含むのであった。
「実に愚かだ」
「女も同時に愛してこそか」
「そうさ。そんなことをするのなら男も止めた方がいい」
 そう彼は持論を述べる。
「何の意味もないことさ」
「だから彼等は色がわかっていないのか」
「いいかい、君」
 ワインのグラスを右手に持ち。友人に対して述べる。
 
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