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蒼き夢の果てに

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第5章 契約
  第84話 あなたを……愛している

 
前書き
 第84話を更新します。

 次回更新は、
 3月26日。『蒼き夢の果てに』第85話。
 タイトルは、『聖戦対策』です。
 

 
「あれは一種の呪い。わたし達にも理解不能な現象」

 少し離れた位置。……壁一面に存在する書架の前に置いた自分専用の椅子。その上に浅く腰を掛けた姿勢から、俺を真っ直ぐに見つめて湖の乙女はそう言った。
 彼女に相応しい口調。そして、事実を告げる者に相応しい口調で……。

 但し……。

 呪い。地球世界に存在する大ブリテン島規模の島を三千メートルほど上空に浮かせて、其処を人間が住める……。想像するに地球世界のイギリス程度の環境……気候や酸素の濃度に整える魔法。
 そんな大規模の魔法を行使する。

 更に、それが呪いだと言う事は、『アルビオンが浮遊島である』と言う事が誰かに取って……その呪いを掛けた個人か、魔術組織かは判らないけど、ソイツに取って必要だったと言う事。
 現実を大きく捻じ曲げてまで。

 そして、それ以後、アルビオンが上空に滞空し続けると言う状態を維持する為にも、おそらく莫大な魔力を必要とする。

「確かに理解不能やな」

 右手の人差し指と親指を自らの顎に軽く当てながら、思わず着飾った、イザベラの前で演じ続けて来たよそ行きの態度を忘れ、普段の口調で答えて仕舞う俺。
 もっとも……。
 何の理由が有ってそれだけの大きな事を為さなければならないのか、その理由がイマイチ不明ですが。但し、その精霊力の暴走に因り大地が浮かび上がる現象が『呪い』であるのなら、対処は可能ですか。
 取り敢えず、相手の思惑を予想するのは止め、現実の事象に対処する事を優先する事に決めた俺。

 そうだとすると、その為に必要な情報は……。
 先ず、俺の正面のソファーに座る巨大なおデコを持つ姫に視線を向ける。
 そうして、

「姉上。ガリアは、その聖戦とやらが発動された事を国民に発表するのでしょう?」

 今までのガリアの対応から考えると、隠すよりは発表する方を選ぶと考えた上で、最初にこの問いを発する俺。
 もっとも、今のガリアの民に、その聖戦の意味が……。
 其処まで考えてから、少し首を横に振って見せる。
 そう。前に聖戦が行われた時期如何に因っては、ガリアの民の方にその際の記憶が残って居る可能性も有りますから。

 俺の問いに対して最初にひとつ首肯き、ロマリアはガリア王に対して通告して来ただけ、と前置きをした後に、

「すべての民に理解出来るかどうかは問題じゃない。報せる事に意義が有る」

 イザベラが大体、予想通りの答えを返して来る。そうして、

「国民を色々な情報に触れさせる。今は意味が判らなくても、今まで知らなかった情報に触れさせる事に意味が有るからね。これを止める訳には行かないのさ」

 ……と続けた。
 その時のイザベラの顔は酷く疲れた者の表情。まるで無明の荒野を一人行く旅人のような表情と言った方が正解かも知れませんか。

 それにしても……。

 成るほど。ガリカニズムで、教皇特使でさえ行動に制限が加えられるガリアに対しては、ロマリアと(いえど)も、大々的なそのネットワークを使用した情報の拡散は出来ないと言う事ですか。
 まして、ガリアは新教に属する教会が多い以上、旧教の主導で行う聖戦には反対の立場を取る聖職者が出て来る可能性の方が高いですし。
 確か、今の教皇に成ってから何度もガリアの各地に高位の聖職者を送り込んで来て、新教から、旧教に戻るように説得を行って来たらしいのですが、その効果は……。

 それに、イザベラの答えの意味は、中世程度の伝播速度の情報にしか触れて来なかったガリアの住民に対して新しい情報を与える事に因り、其処から自発的な文化の発展を促そう、と言う事なのでしょう。
 御上が押し付ける類の物ではない、住民の中から発生する類の。

 無理矢理、学校などを作って強制的に子供を通わせる因りは、日曜学校などで少しずつ子供に文字や簡単な計算方法などを教えて行く。
 更に大人に対しても、今まで触れる事のなかった新しい作物や情報などを与える事に因って知識の幅を広めて行く。

 同時に、新しい作物や産業は民に富みをもたらせる物に成るのは確実。
 何故ならば、俺が持ち込んだ物はすべて地球世界で富をもたらし、生活に余裕を与えてくれた物ばかりです。
 少しずつ民が豊かになって行けば、その余剰が貴重な労働力としての子供、と言う部分を失くして行き、子供たちに学校に通う余裕を産み出す事も可能と成りますから。

 時間は掛かるけど、急激な変化よりは、このようなゆっくりとした変化の方がこのハルケギニア世界には相応しいのかも知れません。
 何事につけても急激な変化と言う物は、少なくない反発も産み出す物ですから。

 もっとも、そんな事は、今はあまり関係が有りませんか。
 それならば次は……。

「湖の乙女、それにティターニア。アルビオンが浮いているのは、精霊力の暴走などではなく、何らかの呪いの作用なのは確かなんやな?」

 俺の問い掛けに無言で首肯く湖の乙女と、はい、と言うしっかりとした声で答えるティターニア。
 そんな俺に対して、

「ルイス。あんたには、その呪いとやらを返す方法が有ると言うのかい?」

 意外に落ち着いた声音で問い返して来るイザベラ。
 そして、その問いと、その時に発して居た彼女の雰囲気で確信する。彼女は俺を試して居ると言う事に。但し、何の為にそんな事をしているのかは判りませんが……。

 まさか、このままガリアの王に俺を据える為……俺のオツムの出来具合を見定める為、だとは思いたく有りませんが。
 もっとも、俺の場合は、単に地球世界の歴史を知って居るからこう言う情報が出て来るだけ。知識をある程度有して居ると言うだけで、本当の意味で為政者に必要とされる才能を持って居るとは思えません。

 矢張り、国の王には、王に相応しい人間が就くべきでしょう。
 イザベラの意図を計りかねている俺。ただ、それも今、この場で推測する必要のない内容。そうあっさり結論付け、

「その前に、姉上。ガリアはその聖戦とやらに参加する心算なのですか?」

 次に重要な問いを行う。この答えが自身の予想と違う物ならば、別の方法を考えるか、もしくは、その方針を覆す程の魅力的な条件を提示する必要が出て来ます。
 但し、その聖戦などと言うモノに俺の暮らして居る国を巻き込む訳には行かないのですが……。
 少なくとも、その『聖戦』が、俺の知って居る地球世界の聖戦と同じモノならば。

 イザベラがゆっくりと首を二度横に振る。その仕草はタバサに良く似た仕草。流石は従姉と言うトコロですか。
 そうして、

「以前の聖戦がガリアにもたらせた被害を知って居るのなら、こんな馬鹿な命令を受け入れるガリアの王は居ないよ」

 前の聖戦の時に、エルフに殺されたガリアの民と、敬虔なブリミル教徒によって殺されたガリアの民。どちらの方が多いと思って居るんだい。

 本当に憎々しげにそう続けるイザベラ。
 そもそもガリアが新教にその軸足を移したのは、堕落した旧教の聖職者への反発が大きかったからだ、……とタバサからは聞かされて居ますが、このイザベラの答えから類推すると、それ以外にもかつての聖戦の際の傷痕も有るのかも知れません。
 確かに、地球世界でも南仏の方は十字軍が暴れ回る事に因り、人的、経済的な非常に大きな被害を被ったはずですから。

 尚、何故、地球世界でその事……南仏が十字軍の遠征によって大きな被害を受けた歴史的事実に付いてあまり口にされないのかと言うと、それまで完全なフランス領とは言い難かった南仏が、その十字軍が暴れ回った事に因り勢力を失い、結果、パリに拠点を置く王朝に併呑される事と成ったから、だと言われて居ます。
 南仏に取っては自主独立、独自の文化に根差した国家を蹂躙された歴史的事実だとしても、現在の主導的立場に有る国の中心が、その十字軍が暴れ回った結果、その地域を併呑して仕舞った地域だとしたら、その事を殊更、声高に叫ぶ訳は有りませんから。

【聖戦に参加する軍が、すべて糧食や物資を用意して居る真面な軍隊ばかりとは限らなかった】

 そして、イザベラの言葉で説明の足りない部分の補足を行うタバサ。
 もっとも、イザベラはわざと説明の足りない言葉で伝えて来たのだと思いますが……。

 ただ……。
 成るほどね。このハルケギニア世界でも、聖戦に関しては歴史上の地球世界の聖戦と大きな違いが有る、と言う訳ではないようです。

 そう。地球の歴史に於けるキリスト教的な意味での聖戦。十字軍の遠征と言うモノは、確かに西欧諸国に因る聖地奪還の大義の元に行われた物では有ったのですが……。
 しかし、その内情に付いては、初めから領土欲むき出しで参加する者も居り、すべてが熱狂的な信仰心に因り始められた、と言う訳ではなかったようです。事実同じキリスト教国のハンガリーや東ローマ帝国の首都を十字軍が襲った、と言う記述も残されているぐらいですから。
 更に、その十字軍と言うのが、すべて高潔な騎士に因って編成されていたと言う訳ではなく、庶民や、中には犯罪者すれすれの連中も居たようですから……。
 ちなみに、イスラム側の記述を紐解くと、

『フランク王国に通じている者なら誰でも、彼らをけだものとみなす。ヨーロッパの人間たちは、勇気と、戦う熱意には優れているが、それ以外には何もない。
 動物が力と攻撃性で優れているのと同様である』

 ……と言う記述が残されて居り、
 更に、十字軍に従軍していた聖職者が残した、陥落させたエルサレムの街の記述の中には、

『聖地エルサレムの大通りや広場には、アラブ人の頭や腕や足が高く積み上げられていた。まさに血の海だ。
 しかし当然の報いだ。長いあいだ冒涜をほしいままにしていたアラブの人間たちが汚したこの聖地を、彼らの血で染めることを許したもう神の裁きは正しく、賞賛すべきである』

 ……と言う物が残されています。

 彼らの行為に騎士の高潔さを求めるのは、初めから間違って居ますか。
 それに、戦場での略奪行為と言う物は地球世界でも行われて居ますし、それ以外の惨い行為も行われて居ます。

 其処に宗教的大義が振りかざされるのです。この集団が暴走を開始したら止める事は難しいでしょう。
 とある街に攻め入った十字軍の指揮官が、キリスト教徒とそれ以外の人間の見極め方を部下に問われた時、その指揮官はこう答えたそうですから。

『全部殺して終え。見極めるのは神だから』

 ……と。
 正しいキリスト教徒なら、例え刃に切り裂かれても死にはしない、と言う事なのかも知れませんが。

 そして、地球世界では加害者側で有ったフランスが、このハルケギニア世界では被害者と成ったマジャールやその他の地までもその版図に納めている事から考えると、この世界のガリアが今回の聖戦の開始を告げる詔を喜ぶ訳はないでしょう。
 誰も、自分の故郷が戦場に成る事は望みませんし、まして、神の名の元、徴用と称して食糧や貴重品などを略奪し、女性を姦して行く連中が国土を踏みにじって行く様を見て喜ぶ訳は有りません。

 神の名の元に、正しい行為として食糧や資財の供出を申し出た宗教的大義に裏打ちされた軍隊に対して、その申し出を断った村が如何なるのか。
 まして、そんな連中が『異教徒』と決めつけた存在を、同じ人間として認めるのか。

 地球世界の十字軍の蛮行の中には、

『我らが同志たちは、大人の異教徒を鍋に入れて煮たうえで、子どもたちを串焼きにしてむさぼりくった』

 ……と言う記述すら存在しますから。

 それに、ゲルマニアなどは今回の……、この聖戦開始の詔をガリア国内に兵を送り込む大義名分として利用する可能性も高いでしょうね。
 旧教が完全に支配するゲルマニアに取っては、国内の世論……貴族や聖職者たちの意志もその方が制御し易いですから。
 ましてやこの冬……。いや、未だジャガイモなどが存在しないこのハルケギニア世界では、ゲルマニアは常に食糧問題を抱えている国。

 その国に取って、この降って涌いた聖戦は正に渡りに船の状態。
 神の名の元に軍隊をガリアに送り込み、神の名の元に異教徒……新教に支配されたガリアの都市を襲い、正しい神の教えに従い異教徒どもの生命を刈って行く事と成るのでしょう。
 表面上の大義名分は。

 実際、十字軍時代のドイツでは遠くのイスラム教徒よりは近くの異教徒。……と言う形で、ユダヤ人たちのゲットーを襲い、ユダヤの民たちを殺して行ったのです。
 もし、この十字軍の遠征と言う物が歴史上で存在して居なければ、ユダヤに対する迫害の歴史は存在して居なかったか、もしくはもう少し穏やかな物で有った可能性も高いらしいですから。

 この世界の聖戦と、地球世界の中世に行われた聖戦……十字軍の遠征に対する考察を頭の中で纏め上げた俺。
 そうすると次は、その大地が浮遊する呪いに付いての対策……聖地を奪還して、神の怒りを和らげる以外の具体的な対策に付いて、ですか。

「ならば、有りのままを民衆に伝えてやれば良いでしょう。
 その神の怒りはガリアには及ばないと」

 話の流れ的には非常に筋の通った答え。しかしそれが、俺たちが暮らす大陸が浮遊大陸と成る可能性を失くす対策に成る、……と言われると首を傾げるしかない答えを返す俺。

 但し、既に飢饉への備えは整って居るのは事実です。
 疫病に関しても、モンモランシーや湖の乙女たちが動き、更に、その元凶で有る牛頭天王の現世へ顕現を防いだ事に因り、少なくともガリア国内では沈静化の方向で推移して居ます。
 まして、戦争をしているのはトリステインとアルビオン。ガリアは関係有りません。

 ロマリアが聖戦の理由に挙げた神の怒りに関して、ガリアに付いてはすべて当て嵌まりません。

 ならば、ガリアの民には、ちゃんと新しく建てられたノートルダムの聖堂で聖スリーズの像に祈りを捧げたら、間違いなく神の御加護が与えられ、精霊力の暴走に因る浮遊大陸化は起こらないと教えてやれば済むだけですから。

 しかし……。

「信じない訳じゃないけど、そんな簡単な事で、その大地が宙に浮かび上がる現象を止める事が出来るのかい?」

 この中で一番疑い深い……いや、その他の少女たちも当然のように、俺の言葉を盲目的に信用するような人間と言う訳ではないのですが、今は俺を試して居る最中のイザベラが疑問を口にして来ました。
 尚、雰囲気的に言うのなら、他の三人の少女たちに関しては、これから先の俺の答えに対して、ある程度の予想は立っているような雰囲気を発して居ます。

 もっとも、その為に何を行うのかが、彼女らに判って居るとは限りませんが。

「呪いの効果を上げるには、その状態を相手に認知させる事が重要です」

 俺は、俺の知って居る『呪詛』と言う魔法の基本を口にした。
 そう。呪いを一番効果的に発動させるには、呪いを掛けられた相手が、自分は今、呪いが掛けられて居る、と言う風に認識させる事が重要なのです。
 元々、呪詛と言う物は効果が薄い物。
 故に、最初に相手に呪いを認識させる事に因って、少しの不運や体調の不良をその呪いの効果だと錯覚させる。

 一度認識して仕舞えば、それまで感じなかった小さな異変をより大きな物と感じるように成って行き……。
 徐々に相手を精神的に追い詰めて行く。

 これが、呪詛の基本形。

 そして、これを今回の大陸が浮上する現象に当てはめるのならば……。

 先ず、既に浮上して空中を漂う浮遊島と成って居るアルビオンは存在して居る。
 そして、次に神の怒りに因って、そのアルビオンのようにブリミル教を信奉する人々が暮らす大地も浮遊大陸と成る、……と言う風に民衆に危機感を煽る。

 その結果、民衆の心の中に神に対する畏れと、未知の現象への恐怖心が生まれる。

 おそらくロマリアの意図は、その恐怖心。末世的な世界崩壊を予告して、それを回避する為には聖地の奪還しかない、と民衆に思い込ませ、其処から宗教的な熱狂状態を作り上げて、各国の軍隊に聖地の奪還に向かわせるのが目的だと思います。

 ならば、それ以外の解決法を民衆に対して提示してやれば良いだけ。
 納得が出来る。聖地の奪還に向かい、エルフを相手に不毛な戦争を行うよりも簡単に実現出来そうな解決法をね。

「湖の乙女、ティターニア。それに姉上。その為には、多少の小細工が必要なのですが、仕事を頼めますか?」

 俺の問い掛けに、湖の乙女とティターニアに否はない。当然のようにそれぞれに相応しい肯定の答えを返して来る。

「姉上ねぇ……」

 しかし、何が気に入らないのか、そう嘆息混じりで答えたイザベラ。ただ、直ぐに気を取り直したかのように

「ちゃんと()()()()()が聞いて上げるから、さっさと、その考えとやらを話してみな」

 ……と言った。

 ……成るほど。

「アルビオンを飛ばしているのが何モノなのかは判りませんし、その存在がロマリアと関係が有るかどうかも判りません。
 まして、今回の聖戦の発生さえも、本当はロマリアの意志ではなく、そのアルビオンを浮かせている存在の笛に従って、ロマリアの教皇が踊らされている可能性すら存在するでしょう」

 もっとクダケタ口調で話せ、と言うイザベラの言葉を完全に無視した形で、飽くまでも主と従の立場を崩そうとしない口調で続ける俺。
 このままなし崩し的にイザベラの弟役を一生演じさせ続けられるのは、流石に勘弁願いたいですから。

 それに……。
 俺の座る右側に存在する少女が、貴族の暮らしを望んでいないのは確認済みですから。

 ただ、そのアルビオンを飛ばしている存在に心当たりは有ります。
 そして、ヤツが関わって居るのなら、その行為に本当の意味で目的など存在していない可能性が高い事も。
 ヤツ……這い寄る混沌の目的は、ただ人間界が混乱すれば良いだけ、ですから。

 確かに、古の狂気の書物には、ヤツの目的らしき内容が記されている書物も存在して居ます。
 しかし、それではヤツの職能。矛盾と混沌が、その狂気の書物に記載された目的と言う物に因って消されて仕舞い、這い寄る混沌と言う存在自体が世界から消滅。新たに、その目的……世界を破滅させる目的と職能を持った邪神が誕生する事と成りますから。
 ヤツが矛盾と混沌を職能に有して居る限り、ヤツ、這い寄る混沌に本当の意味での目的など存在する事は有りません。
 何らかの目的を持って行動する。そこには、明確な秩序と言うものが発生して仕舞い、本来のヤツの職能……矛盾と混沌から外れて仕舞いますから。

 そして、ヤツが暗躍して居るのなら、今回の聖戦に関しても判り易い図式が出来上がります。

 エルフの国と人間の国が戦争を行う。その主戦場と成るのは、陸戦ならばガリア。
 更に、兵員の移動もガリアの国土を通らない限り、エルフの国に兵を送る事はロマリア以外の国には難しい。

 しかし、国土を他国の兵が抜けて行く事を今のガリアが認める訳は有りません。
 ここに、ロマリア対ガリアの図式が出来上がります。
 そして、国内の事情から考えると、旧教が完全に国を支配しているゲルマニアはロマリアの側に付くのは確実でしょう。
 更に現在、トリステインとの戦争中のアルビオンの本来の目的は聖地の奪還。

 つまり、現状でもガリア対ロマリア・ゲルマニア・アルビオンの連合国の図式が出来上がっていると言う事。

 これまでも十分、キナ臭かったハルケギニア世界が、更に戦乱の渦に巻き込まれて行くと言う事ですから。

 確かに未だ確証が有る訳では有りませんが、クトゥルフ系の邪神が関係している事件が多発している以上、ヤツだけがこの世界に関係していない、……と言う風に思いこむ事の方が、問題が有るでしょう。
 そもそも、クトゥルフ系の邪神で真面な……。人間から見て真面に交渉出来そうな相手と言うのはヤツだけ。後は喰う事しか考えていない連中ばかりのはずですから。

「ガリア国内に存在する主要な神官。それにガリアの貴族。一般人の中からも適当に見繕い、聖スリーズからの御告げを夢の中から受け取って貰いましょう」

 相手が悪夢のような戦乱の世を望むのなら、コチラは聖なる夢を使うだけ。

「ティターニア。湖の乙女。人間の集合的無意識下に働き掛け、望みの夢を見させる魔法は存在していたな?」

 相手が滅びを夢見るのなら、こちらは輝かしい未来を夢見るだけ。
 彼女らの肯定を見届けた後、次はイザベラ。彼女の方に向き直り、

「それに、姉上麾下の騎士団には、その手の幻影や催眠の魔法を得意としている騎士が大勢いるのではないですか?」

 ……と問い掛ける俺。

 そう。要は、呪いの基本を逆手に取った呪い返しを行おうと言うだけの事。
 今のトコロ、ロマリアが行ったのはガリアの王家に対して聖戦に兵を出し、エルフ懲罰軍に対して国内の通過を許可しろ、と言う二点を言って来たのみ。
 ここで、その情報……聖戦にガリアが参加しないと言う情報を流すと同時に、彼方此方の有力者の枕元に聖人スリーズが立ち、神は聖戦を望んでいない、と言う内容の言葉を伝えて行く。

 そもそも、このガリアは旧教に否定的な新教が主流と成って居る国の上に、聖戦の主戦場と成る可能性が大。
 こんな国の人間の枕元に御告げで、神が聖戦を望んで居ないと伝えると……。

「その後に、国民が集まっている場所で神の奇跡を演出して見せたのならば、国民の中に希望と共に、この御告げが強く印象付けられる事になる」

 演出する奇跡については何でも良い。オーロラでも、ファティマに聖母が顕われた際に起きた……と言われている太陽の奇跡でも良い。
 要は普段と違う大規模な自然現象を演出して見せられれば良いだけですから。

 いや、オーロラが良いか。ヨーロッパではオーロラは戦乱の予兆。本来、オーロラが見え難い低緯度地域にオーロラが見える時は主に赤い色の光が見えて、その赤が火を連想させる事から、オーロラは戦乱の予兆と言われていたはず。
 そのオーロラが発生した後に、夢枕に聖スリーズが立ち、人々が争いを止めなければ、世界は煉獄の炎に包まれ、天から太陽と月が同時に消える事と成る、と警告すればかなりの効果が期待出来るでしょう。

「先ずは夢を不特定多数のガリアの民に見せる。ここから始めるべきやな」


☆★☆★☆


 北……後背からの冷たい風が少女の柔らかな髪の毛を僅かに弄った。
 中天には蒼い偽りの女神が、彼女に相応しい玲瓏なる(かんばせ)を地上に魅せ、
 向かって正面右側……遙か西の海上には紅き女神が朧なる光芒を纏い、今まさに沈み行こうとしている。

 遙か下方には人の営みの証、煌びやかな街の明かり。足場のない宙空にただ浮かぶだけの俺と彼女。

 その瞬間、彼女の差し出した手の平に、蒼穹からの白き使者がそっと舞い降り……。
 そして、儚く消えて仕舞う。
 儚く揺れる彼女の髪の毛、そして、懐かしい思い出を喚起させる甘い肌の香り。

 俺は……。



「……起きて」

 落ち着いた彼女の声が耳元で響き、ゆっくりと揺り動かされる俺。
 この声は……。

「……朝」

 未だ、微妙な声の違いからふたりの内のどちらかを聞き取れるほど意識が覚醒していない状態の俺。
 そもそも、冬に成ってからのリュティスの朝は遅い。昨日の日の出は午前八時半過ぎ。
 そして、日の入りに関しては、午後の五時前には完全に陽が落ちて仕舞う状況。
 まして、最低気温は二、三度。最高気温も、この一週間の間に十度を超えた日がない、と言う程の天然の冷蔵庫状態。

 こんな時は布団から出たくなくなるのが人情と言う物でしょう。

「……早く起きて」

 未だ毛布を抱きしめ、右側を下にした状態で眠り続ける俺。
 そんな、普段通り異常に寝起きの悪い俺を再び揺り動かす彼女。無理矢理布団をはぎ取られる訳でもなければ、耳元でがなり立てられる訳でもない。

 流石にこれ以上、幼子のような我が儘は問題が有りますか。

 一度、強く目蓋を閉じ、身体の各部に力を籠める。
 そして、仰向けに成りながら両手の手の平で目をゴシゴシと擦り……。

「ゆ…………。おはようさん、湖の乙女」

 俺の事を覗き込む精緻な美貌に話し掛けた。
 その瞬間、普段の彼女とは何かが違う複雑な……。いや、こう言うと普段の彼女が発する雰囲気が単調なソレのような表現に成りますか。
 普段とは違う、何か強い想いのような気を発した後、メガネ越しのやや強い瞳で俺を見つめる彼女。

 ゆっくりと過ぎて行く時間。二人の丁度中心辺りで絡み合う視線。
 何かを発しようとする彼女のくちびる。揺れる瞳。そして、緊張からなのか、普段よりも僅かに冷たい冬の大気と同じ温度の指先が、俺の頬に触れる。
 ただ、起き抜けの俺に取ってその冷たい指先は、何故か妙な心地良さを感じさせていた。

 しかし……。

 しかし、頬に触れた彼女の指先が俺の頬と同じ温度に暖められた頃、僅かに首を横に振る湖の乙女。その瞬間に彼女が発して居たのは明らかな落胆。
 そして、一度瞬きをした後には、先ほどの妙に揺れる瞳も、物言いたげなくちびるもなく、普段通りの彼女が其処に居たのでした。

 そう、先ほどの彼女は見た目通り……。俺と同年(タメ)か、もしくはやや幼い少女にしか見えない雰囲気を纏って居たのですが、今の彼女は高位の精霊に相応しい、落ち着いた雰囲気を纏って居たのです。

「何か言いたい事が有ったんやなかったのか?」

 上体のみを起こしながら、彼女に問い掛ける俺。今の一瞬に何が起きたのか良く判らないのですが、何故か、先ほど俺の目の前に居た少女の方が実は本当の彼女の姿で、今までずっと俺の傍らに居たのは、無理に背伸びをした。落ち着いた雰囲気を纏った佳人を意識的に演じて居たのではないか、とさえ思えて来たのですが……。
 崇拝される者ブリギッドや妖精女王ティターニアが、実は少女と言っても良いレベルのメンタリティを持って居たように、この水の精霊王も実は……。

 いや、其処に発生するギャップが俺の心を掴む為の……。

 一瞬、そんな考えが頭に浮かび、しかし、直ぐにそれを否定。
 何故ならば、
 確か少女の姿を持つ神霊は、その姿にメンタリティの部分も引き寄せられる可能性も有ったはずです。
 そして、今俺を真っ直ぐに見つめて居る彼女の容貌は、……確かに少女と言うにはやや完成された感は有りますが、身体付きや身長は未だ成長期の少女そのもの。
 その、現在彼女が選んでいる……。俺が望んだ彼女の姿形がその容姿なのですから、それに相応しい一面を持って居たとしても不思議では有りませんか。

 俺の問いに、僅かな沈黙の後、微かに首肯いて答える湖の乙女。
 そして、

「わたしが預けた指輪を見せて欲しい」

 ……と伝えて来る。
 しかし、その瞬間に発せられる微かな陰の気。ただ、これは良く意味の分からない陰の気。
 どうも、嘘を吐く際の陰の気と言う訳でもないようなのですが……。

 寝起きで未だ少し動きの悪い頭でそう考えながらも、右手は寝間着の胸のポケットへ。其処には、絶対に失くさないように……。

「心配せんでも、常に俺の身に付けて居るで、この指輪は」

 しかし、指に嵌める訳ではなく、常に俺の心臓に一番近い位置に納めている宝を彼女の目の前に差し出す俺。
 彼女から預かった時よりも更に輝きを増した蒼き指輪が、強い霊気を……。
 いや、ここまで明確な気配を発していたら判りますか。これは、龍の気配。俺と非常に近い雰囲気を放っているのは間違い有りません。

 これは、俺の龍気を常に受け続けた結果か……。
 それとも、この指輪――
 地球世界に伝わる北欧神話の中には、この指輪、アンドバリの指輪に良く似た名前の『アンドヴァラナウト』と言う指輪の伝承が残されているのですが……。
 その伝承の中で、この指輪を持つ者は指輪の呪いによりワーム。つまり、手足を持たない細長い龍の姿……東洋で言うトコロの龍の姿に変えられると言う物も存在しています。

 つまり、このアンドバリの指輪自体が初めから龍気を秘めたアイテムだったのか、……は判りませんが。

 どちらにしても、俺の龍気を受けて、この指輪に籠められて居た力が活性化された事は間違いないでしょう。

 俺の右手の手の平に乗せられた指輪をじっと見つめ、ひとつ小さく首肯く湖の乙女。
 そして、

「これ以上、ここに留まれば、あなたの身に非常に危険な事態が発生する可能性が高い。ここ……ガリアより離れて、何処か遠くの国に退避する事を推奨する」

 口調も表情も普段のままに、ゆっくりと……。そして、小さな声でそう言った。
 但し、彼女が今、発して居る雰囲気は普段通りの彼女ではなかった。

「確かに、一考に値する申し出やな」

 最初にそう答えて置く俺。それに、彼女の言葉は真実でしょう。
 北欧神話に残されるアンドヴァラナウトの指輪と、俺の右手の手の平の上に存在する蒼い指輪が同じ物ならば、それには呪いが籠められて居ます。
 それに、例えそんな伝承が無くても、強い魔力を帯びたアイテムの多くは、その持ち主に不幸を呼び込む事と成る物ですから……。

 しかし、俺が其処から先の台詞を口にする前に、彼女の方が口を開く。

「あなたが一度約束した事を守ろうとする事は知って居る。でも……」

 彼女がゆっくりと、まるで言葉を選ぶかのようにゆっくりと話し始めた。
 その瞬間、彼女の顔の一部と化した銀のフレームが冷たく光り、その色に相応しい強い眼差しが、真っ直ぐに俺の瞳を見つめ続ける。

「あなたは、わたしとの約束を果たさなかった事が一度だけ存在していた」

 俺が彼女との約束を果たさなかった事……。
 俄かには思い出せない話。ただ、彼女がウソを言うとも思えませんし、単に俺が忘れて仕舞い、約束を果たす事が出来なかった事が有ると言う事なのでしょう。

「そうか。それはすまなんだな。流石にゲッシュ(誓約)を立てて居る訳ではないから、それによって死を賜ると言う訳ではないけど、それでも、漢が一度交わした約束を違える事は問題が有るな」

 それなら、もう一度、その約束を交わせば良いだけでしょう。少なくとも、一度の失敗ですべてを失うような重要な約束を忘れたとは思えませんでしたから。
 そう考え、軽い気持ちで言葉を返す俺。

 しかし、哀しげな。何時もと同じ表情なのに、何故か哀しげな表情と感じるその表情で俺を見つめた後に、彼女は二度、首を横に振った。
 これは間違いなく否定。それ程、重要な約束を俺は果たさなかったと言う事。

 そうして、

「あの最後の日。あなたがわたしの元から出掛けて行く時に交わした約束。必ず帰って来る、と言う約束は……」

 わたしの望む形で果たされる事はなかった。

 彼女の望みは、前世の俺が生きて帰って来る事。しかし、彼女の元に帰って来たのは、昔の事など一切、覚えていない……。現実的に言えば、まったく別人の俺。
 例え、前世の約束通り、転生の際に再び彼女と巡り合う事を俺が選んだのだとしても、その部分の記憶がなければ、まったくの偶然で出会ったのと変わらない状況。

 確かに、この状況ならば、約束を果たせなかったと言われても仕方が有りませんか。
 更に、今回の状況にも繋がる可能性も有りますから。

 自らの事を顧みて、やや自嘲的にそう考える俺。

 そう。どうせ、根拠のない自信に因る甘い見通しで危険な事件に首を突っ込んだ挙句に、命を落としたのでしょうから。
 前世の俺が何をしていたのかは知りませんが、水の精霊王と契約……友誼に基づいた契約を交わす人間が、平穏無事な生命を送ったとは思えません。
 それに今生の俺も、タバサに同じような趣旨で釘を刺されましたから。

 しかし……。

「ケツに帆かけてトンズラをコクには、現在の状況。……この世界の裏でクトゥルフの邪神どもが暗躍している可能性が有る事を知り過ぎて仕舞った」

 仁を貴び、己が信じる善を為せ。この戒律が有る以上、一歩間違うと世界すら滅びかねない状況を見て見ぬ振りは出来ません。
 自分の信じる正しいと思う事を全力で為す事が、俺の学んだ洞の仙術。これを為さなければ、俺は俺の学んだ仙術を行使出来なく成りますから。

 それに、俺自身がそれを良しとしないのも大きな理由のひとつですし。

 俺の答えを聞き、矢張り微かな陰の気を放ちながらも、しかし、動いたかどうか判断に苦しむ程度に首を上下に動かす湖の乙女。
 ただ、俺の答えを完全に予測して居たが故に、最初はその問い。俺をここ、ガリアから離れさせようとする言葉を発しなかったのですから、彼女の発して居る陰の気はさほど大きな物では有りませんでした。
 そして、より強く感じるようになったのは覚悟。

 まして、その覚悟の理由もはっきりしましたし。
 タバサ、そして、湖の乙女。このふたりの覚悟の最大の理由は、前世で俺が先に旅立って仕舞ったから。
 前世の轍を踏まない為に。踏ませない為に俺に楔を打ち、自らは常に俺の傍らに居て危険に対処する。

 これが、現在の俺にだけ向けられた物ならば、男として多少面映ゆいものながらも悪い気はしないのですが、ふたりの視線は俺の後ろに重なって立つ前世の俺の姿が有るはずですから……。

 ただ、嫉妬はみっともないですし、それに、何時までもベッドの上に居る訳にも行きませんか。
 そう少しだけ前向きに考え、足に掛けたままの布団を上げ、ベッドの横に置いて有るスリッパに足を降ろす。
 その俺の姿を身じろぎひとつせず、ずっと見つめ続ける湖の乙女。
 感情と言うものをそぎ落とした、彼女に相応しい普段通りの瞳で。

 ……って、オイオイ。

「あの、これから着替えるから、出来る事なら部屋から出て行って欲しいんですけど……」

 最初の頃タバサは俺の目の前で平気に着替えようとしたけど、湖の乙女に関しては、殆んど着替える必要すらなかったのであまり気にした事はなかった、……のですが。
 もっとも、風でスカートの裾がひらめいても表情ひとつ変える事がなかった例から類推すると、そう言う人間として……。いや、男性としての俺の機微も教える必要が有りましたか。

 その言葉を聞いた瞬間。
 何と言うか、本来、この年齢の男子とすれば真っ当な要求をした心算なのですが、この言葉を聞いた瞬間の彼女の反応は、俺が間違っているんじゃないかと思うような複雑な気を彼女は発した。
 多少の反発と、否定。反発は、おそらく俺が暗に部屋から出て行けと言う事に対して。
 否定に関しては良く判りませんが。

 しかし……。

 しかし、直ぐに普段通りの安定した彼女を取り戻し、ゆっくりと扉に向かって進み始める湖の乙女。
 其処から後一歩進めばドアノブに手が届くと言う所まで進み、ふと何かを思い付いたように其処で歩みを止め、再び俺の方へと振り返る彼女。

 何事かと思い、彼女を見つめていた俺の視線と、彼女の視線が今、交わる。
 そして、僅かな躊躇い。しかし、意を決したかのような気配を発した後、

「あの夜に見上げた蒼穹を覚えて居る?」

 ……と問い掛けて来た。
 ある種の色に染まったその問い掛けを。

 それは期待。それに、愛。そして……。
 そして、何故か哀。

 意味不明。しかし、何故かゆっくりと首肯く俺。

「風花の舞う冷たい世界の中心で、オマエを胸に抱いた状態で見上げた蒼穹の事なら、今でもしっかりと覚えて居る」

 問い掛けて来た彼女から視線を逸らし、在らぬ場所に視線を定めた俺がそう答えた。
 自分の口から出て来た言葉とは思えないような内容の言葉を……。
 誰の記憶か判らない。少なくとも、俺自身が経験した出来事ではない内容の言葉を。

 微かに。しかし、明らかに誰が見ても判るレベルで小さく首肯く彼女。
 その瞬間、思わず彼女に駆け寄り、そのまま抱きしめたい衝動に駆られる俺。しかし、これは多分、自分ではない誰かの想い。
 右手だけが空を掴み、踏み出そうとした右足を意志の力でその場に無理に抑え付ける。

 振り返った時と比べ、その三倍ほどの時間を掛けて扉の方に向き直る湖の乙女。
 ドアノブに右手を掛け、しかし、僅かに俺の方を顧みる彼女。

 そして、

「わたしの事を嫌いに成らないで欲しい」

 右側の瞳だけに俺の姿を映して、そう小さく告げて来る彼女。
 意味は判らない。いや、もしかすると、今の俺と前世の俺を同一に見ている事に対する謝罪なのかも知れない。
 そう考えて、改めて、俺を右の瞳にのみ映す少女を見つめる俺。

 俺を映す瞳が揺れ、背中からの光が彼女の精緻な容貌に僅かな影を作り出した。
 確かに、彼女が見ているのは今の俺ではないかも知れない。

 しかし――

「何度でも。……何度生まれ変わっても、必ずオマエの事は見付け出す。それだけは、他の誰でもない、今の俺自身として約束出来る」

 意気込みや思いとは裏腹な、かなり落ち着いた静かな口調で語り掛ける俺。何となく、勢いに任せた少年っぽい口調で捲し立てるのは違うような気がしたから。
 こんな大切な言葉を、考えもなしに勢いに任せて思わず口にした、と思わせる訳には行かない相手だから。

「あなたが近くに現われたら、わたしは必ず気付く。あの時、約束したように、ずっとわたしは独りではなかった」

 あなたの思い出を胸に抱いたまま眠る事を許されていたから。
 小さな背中を向け、後姿だけでそう答える湖の乙女。

「わたしがわたしで居られる場所。今度は絶対に……」


 
 

 
後書き
 断って置きますが、『アルビオンが浮遊している理由』及び『聖戦』に関する記述は飽くまでもこの物語の中の設定です。原作小説とはまったく関係は御座いません。

 それでは次回タイトルは『聖戦対策』です。
 
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