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所謂従軍慰安婦なるもの

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第六章

 この人はこの件の個人補償請求裁判の原告側組織である太平洋戦争犠牲者遺族会のリーダー的存在、常任理事だったのです。つまりU記者はこの件に血縁関係からも深く関わっているのです。だからこそ尚更細心の注意を払って報道をしなければならなかったでしょう。挺身隊という言葉の使い方も。
 挺身隊という言葉は要するに工場で働いていた女の人です、女子挺身隊です。この挺身隊については女子挺身勤労令で定められておりただの勤労奉仕です、ですがここで名称の定義に混乱が起こってしまったのです。
 これは韓国側の誤報ですが当時総理大臣だった宮沢喜一氏の訪韓直前に韓国マスコミが小学生までが挺身隊にさせられたと報道したのです、これまでの日韓の運動家の行動と報道の中で慰安婦と挺身隊が特に韓国側で混合されていた為日本軍は小学生まで慰安婦にしていたと認識されたのです。こうした報道の背景には強制連行の問題もあります。
 今度は強制連行について述べさせて頂きますが強制連行は韓国人を無理矢理徴用し強制労働に従事させていたという話です、ですが実はこの論理も成り立たないのです。
 それは何故かといいますと当時朝鮮半島は紛れもなく日本領でした、それならば朝鮮半島にいる朝鮮人は法的に日本人となります。日本人を徴用したのならば強制連行にはなりません、実際に国内では日本人も徴用されていました。何しろ戦争が行われていたのですから。
 この徴用の法的な根拠は国家総動員法等です、尚朝鮮半島には国家総動員法は施工されていません、あくまで国内だけです。ですが日本人であったならば徴用は当然のことです、強制連行という定義が成り立つには日韓併合は無効であったという大前提が必要です、しかし日韓併合は法的にしっかりと認められます、銃で脅されただの国王当時は皇帝でしたので大韓帝国皇帝のサインがないという主張もありますが銃で脅されて結ばれた条約が無効となったのは第二次世界大戦後で当時は有効でした、この脅された云々の主張は事後立法になります。その法律が施工されたら施工される以前の罪は問うてはならないのです、若しこれを犯せば国民は為政者の恣意的な法の運用から身を守れなくなります、事後立法は法律の見地から絶対にあってはならないことの一つなのです。
 皇帝のサインがないといっても首相のサインがあります、そして各国が承認し両国政府も認めています、つまりこの日韓併合は有効でありそれが為に朝鮮人は当時日本人となり徴用されたとなります。強制連行の定義は成り立たないのです。
 これで挺身隊と強制連行の関連が崩れたでしょう、慰安婦のことは既に申し上げています。この様に論理としては崩壊しています。
 ですが当時はそうではなくA新聞の報道が凄まじい勢いを得ていました、そしてその宮沢訪韓直前にこの新聞が舞台ないの慰安所設置等に軍が関与していたと一面で取り上げました。歴史学者の立場からC大学教授Y・Y教授が行いました。
 ですがここで挙げた関与とはです、その出してきた資料を読めばわかりますが慰安婦を調達する際に悪質な業者がいるとのことなのでそうしたことは取り締まる様にと書いてありました。こうした話は他にもありましてやはり総理大臣経験者だった中曽根康弘氏が海軍の経理将校だった時に慰安所を設置させたと自身の著書で書いています、このことをフライデーという雑誌や今社民党の議員F・Mや民主党の議員T・K、学者であり元社民党議員であるT・Yといった女史の方々が指摘していましたが先に申し上げた通りです、当時は何の問題もないむしろ将兵の風紀や衛生、ストレス解消を考えると囲碁等をする場所と共にそうした場所を置くことは当然でした、陸軍のこのことも至極当然の関与でありむしろ悪質な業者を警戒し慰安婦のことを気遣ったいい関与です。関与にも善悪があります。
 しかしこのY・Y教授僕は週刊金曜日という雑誌でこの人が『保守勢力』という普通の人は使わない言葉を使ってコメントを載せていたことを見ていますがこの人もA新聞も関与自体が問題だと大声で言ったのです、それも何故か既に資料を手に入れていたというのに宮沢訪韓直前に一面で出したとのことです。その結果どうなったかといいますと。
 当然この記事は韓国でも大問題になりました、ならない筈がありません、それで韓国国内は怒りで沸騰しました。
 宮沢氏は訪韓すると自分に対する罵声と怒号に驚愕しました、それがそのまま訪韓で行われる話されることに直結し日韓外交に大きな影響を与えました。
 日韓の外交はこの訪韓の時だけでなくそれからも完全に韓国のペースになりました、最早善悪がはっきり別れ日本は為す術もありませんでした。当時の新聞の影響はそこまで大きかったのです。
 このA新聞の報道は関与それ自体を問題とする、慰安婦の権利を守るものでも関与それ自体を悪であるかの様に報道した報道内容でもその発表時期でも意図的ではないかと思えるものでした、これが日本に及ぼした、日韓関係に与えた影響は今述べさせてもらった様に大変なものになりました。Y・Sの虚言としか思えない著作や行為に続いてこれです、日本政府としても慰安婦に関する検証を行わざるを得ませんでした。
 しかしです、この件に関しては僕の様な素人でもわかることですが当時を知っている人も当時は今よりも多くおられましたし日本軍の性風俗の状況、娼婦についての社会的な精度を考えるとなかったとしか考えられません。若しT・Y氏の言う様に、あえてこの表現を使わせて頂きますが軍人が何も知らない娘さんを強姦したうえで無理矢理慰安婦にしたとします、平時しかも当時日本領であった場所でそんなことをすれば即刻軍法会議にかけられて銃殺です、軍人としての名誉は全て剥奪されます。日本軍人が最も誇りにしていたそれを奪われるのです。これが当時の日本軍人に耐えられるものかどうかは言うまでもないでしょう。このことは強調させてもらいます。 
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