Transmigration Yuto
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陽だまりのダークナイト
Erosion Criminal Dragon
「……よし」
僕は数日に一回、決まってすることがある。
山中の開けた場所に同志達の墓標を作ることだ。今日もまた一つ作った。
形の違う魔剣を一本一本丁寧に創り出していく。劣化しないように強度を重視し、風化しないように能力を付加する。
そうして創り出した魔剣を盛った土の上に突き立て、それを墓標とした。
十字の墓標は作らない。
名前も刻まない。刻まなくても誰の墓なのか、僕はきちんと認識できる。墓標の前に立てば、同士の顔とその同士との思い出がすぐに心の中を駆け巡ってくれる。
後十本立てれば完了だ。一本一本丁寧に、一日に一本ずつ、全力で最高の魔剣を創り出す。一度に一気に創り出したりなど、無粋なことはしない。
……故郷に彼らの墓を作ってあげられなかったことだけが悔やまれる。
だが、考えればここでもいいのかもしれない。日本は平和な国だ。それに僕の前世の祖国でもある。
皆の墓に花を置き、瞑目した後、その場を去ろうとしたその時だった……。
『ほうほう、剣を創り出す悪魔か、これは稀有だなぁ』
山中に響き渡る不気味な声。僕は辺りに気配を巡らせる。……嫌なオーラを感じてならない。
ズシン、ズシンと地に重い足音を響かせながら現れたのは、虎の頭をした巨人だった。体に虎の特徴を持った巨大な獣人だ。
身の丈五メートルはあるであろう巨体。特徴から考えて人虎、ワータイガーと言ったところだろうか?
体に漂わせるオーラは…………魔力、悪魔だ。
こんな人里離れた場所に現れるなんて。恐らく、師匠から教えてもらったはぐれ悪魔だろう。
虎の獣人は、あろうことか僕が作った墓標の剣を一つ摘んだ!
ギョロリとした大きな双眸でそれを興味深そうに見詰めている。開かれた大きな口には鋭い牙がいくつも並んでいた。
『魔剣じゃねぇか。そこそこ強度もあるみてぇだし、効果が付加されていやがる。……珍しい能力だ』
僕は手元に魔剣を創り出し、獣人へと向けた。
「その剣を離せ。それは、同志達の墓標だ」
自分でも驚くほど殺気の籠もった冷たい声だった。
しかし、僕がそう告げても獣人は嫌な笑みを浮かべるだけだった。
『墓標?これがか?まあいい。そんなことよりもだ。坊主、俺と一緒に来い。お前は高く売れそうだ。どうせ、俺と同じ「はぐれ」だろう?悪いようにしないぜ?』
高く売れそうだ、その言葉を聞いて真っ先に思い浮かんだのは人身売買の類と、奴隷だった。
数ある異形の種族、それぞれの社会の中には奴隷制度やらが残っているところがあるのだろうか?それとも非合法の闇市のようなものだろうか?
どちらにせよ、こんなところでこんな獣人に連れて行かれる筋合いはない。
僕は、強くなって、復讐をしなければならない。いや、復讐をしたいんだ。
同志達の分まで生きて、同志達の無念を晴らし、僕自身の憎悪を晴らす。
復讐は何も生まない?
それがどうした。僕は何かを生み出そうとなんて思っていない。ただ許せないから、悲しいから、憎いから、復讐を果たす。何のことはない。復讐の半分は自己満足のためだ。
死んだ者は喜ばない?
それがどうした。確かに死んでいった同志達は復讐なんかよりも僕のことを思っていてくれているかもしれない。けれど、この憎悪を、無理に押さえつけることは僕にできない。そんなことをし続けたらきっと狂ってしまうだろう。
復讐者たる当人がそれでいいと思っているのだ。何の問題がある。
僕は、今の生活に楽しみを見出しつつある。だが、僕の中から復讐心が消え去ることはない。
僕は殺意を胸に、獣人に向けた剣を握り締める。
「ふざけるな。誰が、貴様なんかと行くものか!」
獣人は醜悪な笑みを見せるだけだった。
『まあいい。とりあえず、痛めつけて静かにすりゃいいだけだ』
獣人が全身から殺意を放ち始めた。攻撃を仕掛けてくるつもりなのだろう。
殺意が放たれた瞬間、僕は反射的にその場を駆け出し、ジグザグに動き回って相手の死角へ剣を振った。
脇腹取った!―――と思った瞬間、虎の獣人は瞬時に姿を消した。
速い。そう思ったのも束の間、突貫する僕の背後から激しい一撃が浴びせかけられた。
首をそちらに向ければ、蹴った格好の獣人がそこにいた。一瞬で、背後を取られた。
息が詰まるほどの衝撃を背中に受けながらも僕は何とか着地する。
獣人はゲラゲラと下品に笑った。
『いい動きだ。その歳のガキにしては速い。―――が、まだ俺の敵じゃねぇな。これでもとある主の下で騎士をやっていたんでね。ま、碌に剣は使えなかったけどよ。坊主も見たところ騎士か?パワーはなさそうだな』
……そう言えば、悪魔はチェスの駒を模した道具によって特性を与えると聞いたことがある。
僕に与えられた駒は、騎士か。リアスと名乗った少女もそんなことを言っていた気がする。
『ふん。人間の転生者は脆いよな』
獣人は大振りに蹴りを放つ。僕の立てた魔剣の墓標が尽く粉砕されて行った。
『やっぱ結構かてぇな。壊せねぇことはねぇが足が痛くなっちまうぜ!まあそれでも脆いことには変わりねぇ。こんなクソみてぇな墓標に拘っているようだがよ!お前同様墓標も脆いな!』
僕は、考えるよりも先に飛び出していた。
「クソッ!」
ふぁが、悔しいことに相手の動きは僕以上であり、魔剣を振るっても尽く反撃されてしまう。魔剣に能力を付加させ、炎や風で広範囲を攻撃しても大振りの蹴りで薙ぎ払われ、無効化されてしまう。
僕は、攻撃を躱されてカウンターを喰らっても、何度も立ち上がって向かって行った。
実戦経験も碌にない子供では、まるで歯が立たない相手。
僕はボロボロにされて、魔剣を杖にしてようやく立っていられる状態だ。
あれを、使うか?
十回に一回しか成功しなかった。奥の手を、使うか?
思い浮かべるのは、被験者として集められた同志達とは別に、僕だけが特別とされた所以でもある力。
あれなら目の前の獣人にも届くかもしれない。スピードは及ばないが、辺り一帯を吹き飛ばすぐらいのことはできたはずだ。
獣人がふらつく僕に手を伸ばそうと近付いてきてくる。
やらなければ、できなければ、僕の未来は潰えてしまう。やらなければ。
「それ以上その子に近寄らないで頂戴」
不意に聞き覚えのある声が森の中を駆け抜けた。顔だけそちらに向ければ、そこには見覚えのある少女が一人佇んでいた。
リアス・グレモリーだ。こちらの状況を把握するや、激怒の様相で獣人を睨んだ。
「よくもその子を痛めつけてくれたわね。あなた、はぐれね?よくこの山に入ってこれたものだわ。無知って怖いものね」
自分よりも何倍もの体格を有する者を相手にしても全く動じないリアス・グレモリーの剛胆さ。僕はこんな状況でありながら、それに感心してしまった。
獣人は紅髪を見て眉を吊り上げる。
『……紅いの髪、グレモリーか?ほう、ではこのガキはグレモリーの眷属と言うことになるな。おもしれぇ。グレモリー眷属のガキなら更に高値が付きそうだ』
下種な口振りはリアス・グレモリーにも向けられていた。彼女の紅髪は怒りのオーラで揺れていく。
「高値?私の可愛い眷属で売買をするつもりなの?許せないわ。万死に値する!」
………………そうだ。この虎頭のクソ獣人は、万死に値する。
僕の……同志達の……墓標を馬鹿にしたのだから……ッ!
僕は全身を襲う激痛に耐えながら、口を開き、唱えた―――。
「―――禁手化…………ッ!」
瞬間、僕の足元から大量の剣―――魔剣が創り出され、凄まじい勢いで重なり合っていく。無数の魔剣が、何か大きな一つの物体を形作っていく。
―――僕の背後に創り出されたのは、幾重もの魔剣によって作り上げられた一体の巨大なドラゴンだった……。
虎の獣人は呆気に取られたように口を開き、己よりも巨大な魔剣のドラゴンを見上げていた。
リアス・グレモリーも酷く驚いたようにドラゴンを、いや、僕を見ていた。
「―――『原罪の魔龍』……ッ!これが、僕の奥の手、禁手だ……ッ!」
僕は、被験者として集められた時から、この力を身に着けていた。
子供ながらに神器の到達点であり、稀な現象である禁手に至っていたからこそ、特別視されていた。
「ドラゴンよ……」
爆発音が鳴り響いた。
いや、その表現は誤りだ。確かに爆発音のような大音量の轟音が響いたのは事実だ。
ドラゴンが―――咆えた。
全てを吹き飛ばしてしまいそうな、物理的な破壊力さえ伴う魔剣のドラゴンが放つ咆哮。
木々は軋み、大地は震える。
ドラゴンがその巨大な刃塗れの腕を、前足を振るった。
それで、終。
ドラゴンを構成する無数の魔剣が放つ禍々しい魔のオーラが虎の獣人に牙を剥き、猛烈な殺傷力となって獣人の肉体を刻む。
魔風が斬り、魔炎が焦がし、魔氷が凍らす。
後には凍りついた歪な肉塊が残っていた。
元の形がわからないほど切り刻まれ、焼き尽くされたかのように焦げ付いているが、中まで凍り切っている。
悲鳴は―――聞こえなかった。悲鳴を上げることもなく死んだか、悲鳴は上がったが聞こえなかったか。
どちらだろうと僕にはどうでもいいことだ。
ただただ敵を打ち倒したことに対する達成感だけが、僕の中にあった。
「おや、まさか自力で倒してしまっていたとは。それにこのドラゴンは……どうやら私が思っていた以上に、少年には才能があったようですね」
いつの間にか、師匠の沖田総司が近くに立っていた。
……気配にすら気付かなかった。
見れば、慌てた様子でリアス・グレモリーがこちらに近付いてきている。
ドラゴンは、僕が禁手を維持できなくなったことによってバラバラに崩れ去って行った。
……いつか、使いこなせるようになりたいな。
―○●○―
壊された墓標を師匠とリアス・グレモリーと共に直している中で、静かに師匠は言った。
「少年、あなたは以前こう教わったと言いましたね。悪魔は人間を滅ぼす存在だ、と」
あの釣りの時、そのようなことを僕は言った。
師匠は盛られた土に新たな墓標となる剣を立てながら続ける。
「私もね、転生したての頃は悩みました。人間を止めたこと、魔なる存在になったことを。その中で我が主、サーゼクス・ルシファーはこう仰いました」
『自分で考えて欲しい。私は君にチャンスを与えたに過ぎない。どう生きてどう過ごすのか、それは君が決めるべきだ。ただ、たまに私の眷属として仕事を手伝ってくれないだろうか?その剣術が私にとって必要だと信じている。だが、もし君が人間の脅威になろうとするのなら―――主の私が責任を持って消滅させてもらおう。―――だがね、これも覚えておいて欲しい。悪魔も人間も天使も何もかも、滅んでいい種族などこの世に一つもないのだよ』
師匠は続けて言った。
「人間を滅ぼす悪魔になるかどうかは、自分次第と言うことです。無論、あなたも私もリアス姫もそうではないでしょう?」
僕は、僕の横で一生懸命に墓を直してくれる紅髪の少女を見た。
……その表情は真剣で、高価そうな仕立てのいい服が土に汚れようとも嫌な顔一つしていない。
信じてみよう。彼女を、リアス・グレモリーを、信じてみよう。
墓を何とか形にできた後、僕たちは山道を共に歩いていく。
「ところで、姫。少年の名前は決まったのですか?」
「ええ、この子が気に入ってくれるといいのだけれど……」
僕を優しげに見詰める彼女は、こう述べた。
「木場、祐斗。かなり、フィーリングで考えてしまったのだけれど、どうかしら?」
僕は彼女の提案に笑みを零し、頷いた。
僕自身はヨーロッパ生まれだけれど、前世は日本人だ。何か、苦笑してしまいたくなるように温かいものを感じる。
「いい名前だと思う」
僕の反応を見て、師匠もリアス・グレモリーも笑んだ。
木場祐斗、か。どこかで、前世で聞いたことがあるような気がするが、それもまた、何か運命的なものを感じされる。
僕は一つ、考えていたことがある。
復讐を終えたら、どうするのか。
ある意味復讐者として大きな課題とも言えるだろう。
復讐が終わったら、何をしよう。変なことだと思うけれど、何故かそれが楽しみになってきた。
道場に戻ってきた僕は全身ボロボロで疲労困憊だけれど、陽光が照らす中、師匠と紅髪の主に提案した。
「三人で独楽でもしよう」
悪魔だと言うのに、陽だまりの中で、僕たちは遊び始めた。
―――本当に、変な話だ。
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