フェアリーテイルの終わり方
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九章 湖畔のコントラスト
8幕
前書き
父 の 主張 ≠ 娘 の 叫び
ヴィクトルが双剣を抜き、ルドガーに斬りかかった。
「そう、俺は未来のお前だ!!」
ルドガーも双剣で応じる。太刀筋は両者ともに全く同じ。だが、ヴィクトルには自分にない経験値があるのか、ルドガーを押し、ついにはルドガーを蹴り倒して刃を突き出した。
ルドガーは辛うじて双剣を交差させて防いだ。
「…っ、一つ、聞かせろ…あんた、さっき『本物のエルと暮らす』って言ったな…っぐ……」
「ああ、そうだ。私は今からお前に成り変わる。正史世界の〈本物〉として、〈本物〉のエルを得て生きていくんだ」
チチチッ。鍔迫り合いも限界に近い。それでもルドガーには問わねばならぬことがある。
「…じゃあ…ぅっ……何、で…何でそこに、フェイの、名前が、ねえんだよ…!」
フェイリオとてこの男の次女のはずだ。
そもそもエルとフェイの「パパ」のエピソードには寒暖の差がありすぎた。ヴィクトルはエルを溺愛し、フェイを冷遇してきた。
フェイ自身はそれを、自分がエルを危険な目に遭わせたせいだと語った。だが本当にそれだけかと、ルドガーはずっと疑問だった。
「何故、元々いないモノを頭数に入れねばならない?」
ヴィクトルは剣を引き、ルドガーの腹を踏みつけた。胃の中身をぶちまけそうになって、だがそれより先に呼吸が狂って咳き込んだ。
「私は知っているんだ。フェイリオ・メル・マータなど本来なら存在しないと。私が〈ルドガー〉だった時にも、〈ルドガー〉として〈ヴィクトル〉に会った時にも、二人目の娘などいなかった。いるはずのないモノ、異物だ。それを産んだせいで妻が死んだ。それの行いのせいでエルまで喪いかけた。居ないモノがのうのうと私の大切なものを奪っていく。それと知った者を貴様は憎まずにいられるか?」
ヴィクトルはルドガーの胸倉を掴み上げると、ジュードたちのいる方向へと無造作に放り投げた。
「ルドガー、しっかり! 今回復するから!」
ジュードが空かさずルドガーの腹の傷に治癒孔を当て始めた。癒しのマナが体に注がれ、痛みがわずか和らぐ。
「ヴィクトルさん。我々はここに来る前に、カラハ・シャールの領主邸を訪れました。覚えておいでですか。10年前にお屋敷の庭に埋めたタイムカプセルを」
「覚えているとも。掘り返すことは叶わなかったがな」
「掘り返しましたよ。手紙の内容も同じでした。あれがあったということは、ヴィクトルさん、あなたは途中まではほとんど我々と同じ、正史世界での時間を過ごしてきたのではないですか? このルドガーさんが、今まさに歩まれている歴史を」
マクスウェルのミラが〈ミラ〉から継いだ剣を構えた。ミラは油断なくヴィクトルとの距離を詰めていく。
「だから知っていた、と言った。フェイリオはイレギュラーだと。〈ルドガー〉は〈フェイリオ〉と出会わなかったから」
「そんな理由で……?」
ルドガーはハンマーの鎚側を地面に突き刺し、それを支えに立ち上がった。まだ無茶だ、とジュードに諭されたが聞き入れられない。
(俺たちだってフェイを見つけたのは偶然だ。出会える確率は低かった。でも、確かにフェイはヘリオボーグで10年も暮らしたんだ。何か運命が違えば会えてたかもしれないんだ! それをそんな短絡的な理由で「いるはずない」なんて決めつけるなんて!)
他ならぬフェイのために、あの男にはルドガーが一発叩き入れねば気がすまない。
ジュードはルドガーの意思を察したのか、苦笑し、背中合わせの形でルドガーの支えになった。
「悪い、ジュード。また付き合わせる」
「もう慣れた。それに、他でもない君とフェイのことだし」
ルドガーはハンマー、ジュードはグローブを着けた拳を構えた。共鳴技を発動しようと――
「みんなやめてぇ!!」
幼い少女の叫びに、場の全員が等しく臨戦態勢を解いた。
後書き
本当の意味でオリ主をちゃんと「娘」扱いしていたのはルドガーのほうでした。
ヴィクトルさんがオリ主をずっとどう見てきたかの断片が明かされました。
ちょっとだけルドガーとジュードの友情タッグでした。
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