魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~
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彼女の想い、彼の思い~I Love You~
†††Sideシャルロッテ†††
ルシルの光神の調停で視界が潰されたと同時に、私たちの意識は現実に戻ってきた。
(ルシル・・・。自分がまだ生きている場面を見せなかった)
コード・バルドルによって“エグリゴリ”が撤退した後、フラフラのフェンリルが助けに来てくれて、ルシルをセインテストの王城グラズヘイムに運ぶ場面。フェンリルによる時間凍結封印を受けて、生き長らえる場面。“神意の玉座”との契約場面も省かれている。
(なのは達に、自分が生きていることを知られたくないということ・・・か)
そんなにしてまで自分が死んでいると思わせたいのか、この馬鹿は。大馬鹿は。超馬鹿は。幸せを望まないと、その資格がないと。ド級馬鹿者だ。ゴッドオブバカ。フェイトにあんなに想われているのに、それを自ら突き放そうとしている。
「・・・バカ」
少し離れて突っ立っているルシルに呟く。当然聞こえていないルシルは、モニター越しでデスクに突っ伏して寝ているリンディさんと騎士カリムにかけた術式を解いている。
「この子たち、私たちの真実知ってどんな反応するかな・・・? 引くかな? 哀れむかな? 怖がられるかもしれないな・・・」
食堂の床で寝かされているなのは達を見る。目から涙が零れている。結構辛い、刺激の強いっていうか強過ぎるものだからね、私たちの時代は。平気で人が殺して殺されて死んでいく。それが当たり前の時代。
「それならそれでいい。だから見せたようなものだしな。永遠の別れの時だ。親しまれているより、嫌われている方が別れやすい。その方がこの子たちは傷つかない。優しいこの子たちに無用な感傷は必要ないのだから」
「そう言って、悲しそうな顔しているのはどこのどなたぁ?」
「まさか。いつ私がそんな顔をした」
ルシルがなのは達に掛けた術式を解き終えた。それから数分。ようやく目を覚ましたなのは達。みんな、私たちを直視しない。これは完璧嫌われたかも。黙って椅子に座って、俯いていたままだ。
「シャルちゃん、ルシル君・・・」
そんな中、口を開いたのはなのは。赤く腫らした目で私たちを見て、名前を呼んでくれた。その先に続く言葉が怖い。何て言われるのかな。
「これから・・・2人はどうなるの・・・?」
「・・・え?・・・あー、えっと・・・。うん、私たちはこの次元世界を護る。だから戦わないと、テルミナスと」
テルミナスの目的は、ルシルを絶望させて亡失アーミッティムスにする事。その前準備として、なのは達の命を奪う。ルシルに殺させるつもりだったのだろうけど、それは見事失敗。今度はテルミナス自ら殺しに来るって言っていた。ならそれを阻止するのが役目だ。テルミナスを斃す。それが絶対条件。敗北は次元世界やルシルの終わりに直結する。
「そのあとは? 戦いの後、シャルちゃんとルシル君はどうなるの?」
真っすぐと私とルシルを見るなのは。そしてみんなも逸らしていた視線を私たちに向ける。その視線には恐怖も憐憫も無かった。ただひたすらに真っ直ぐな視線。
「消える。消えるんだよ、なのは。役目を終えた守護神は用済みとして消される。当然だ。強大な力を残せば、それだけで争いの種となるのだから。世界が争いを、滅びを回避するために呼んだ守護神が、争いや滅びの種になっては本末転倒。そうなる前に、役目が終わると同時に邪魔“物”として排除される。だから消える」
「消え・・・る・・・?」
「フェイト・・・」
ボソッと呟くようにフェイトがそう漏らした。それを横から心配そうに声を掛けるのはアルフ。フェイトの使い魔で家族、ルシルとも共に過ごした子。
「ルシルとシャル・・・、いなくなるの・・・?」
「そうだ。今日でお別れだ、フェイト」
「っ!」
あそこまで絶望したフェイトの顔を見たことがない。さっきまでの記憶を見ていた時以上に酷い顔だ。
『ルシル、あなた・・・!』
『この方が・・・フェイトのためだ』
『ルシル・・・!』
重すぎる空気がさらにこの場を沈黙させる。フェイトは俯いて、アルフやエリオ達は何て声を掛ければいいのか判らないという様子で戸惑っている。シグナムとヴィータとザフィーラは腕を組んで、ただ目を瞑って座っている。
シャマルとリインとキャロはまだ小さく嗚咽を漏らしているし。ごめん、嫌なもの見たよね。スバルとティアナ、ギンガからも嗚咽が聞こえる。ホントにごめんね、ごめんね。クロノとユーノは、テーブルに置かれた再誕神話の表紙の上で握り拳を固めてる。
何を考えているのかは判らないけど、出来れば嫌わないでくれたらいいな。モニターに映るリンディさんと騎士カリムもまた意気消沈といった様子。
「そういうわけだ。みんな、今まで世話になったな」
「ちょっ、ルシル!」
ルシルが短くそう言って、その姿を消した。位相転移だ。歩いて去るなんていう人間の行動じゃなくて、わざわざ守護神としての力を使って食堂から消えた。
(これは完全に守護神として事を全うするつもりだ。ここに残るなんていう選択肢を全く持っていない)
思っていた以上に難しいかもしれない。
「なぁ、フライハイト。聞きてぇんだけどさ。ちょっといいか?」
「え? あ、な、なに?」
組んでいた腕を解いて、顔を上げたヴィータ。シグナムも同じように腕を解いて、私を見てきた。
「フライハイト、お前がテスタメントになった理由は判ったんだけどさ。仲間と故郷を護るためにテスタメントになったという事が。でも、セインテストは? アイツはどうして、どうやってテスタメントになった?」
「ああ。それは私も気になった。奴の・・・」
シグナムがフェイトへと一度視線を向けた。ヴィータの疑問を耳にしたフェイトが顔を上げて、シグナムと視線が合う。シグナムは少し言い淀んで、でも続けた。
「・・・奴の最期は見た」
それを聞いたフェイトの目からまた涙が零れる。シグナムはそれを心配していたのだろうけど、それでも話を続けた。
「しかしお前のようにテスタメントになった理由が判らない。そこだけが省かれている。セインテストは一体、何を隠している?」
「あたしもシグナムと同じだ。いきなりテスタメントになった、ってことはないんだろ? セインテストはどうやってテスタメントになったんだよ? お前のように取引したんじゃないのか?」
「その取引内容が、セインテストの隠したい事なのかどうか・・・だな」
シグナムとヴィータ、そして締めたザフィーラは鋭い。着眼点が良い。さすがは歴戦の騎士。冷静に見ていたからこそ気付ける、ルシルの終わりの記憶の違和感。私は見せた。私が“界律の守護神テスタメント”になったその刻を。けどルシルは違う。そこを、シグナム達をおかしく思ったんだろう。
「さすがだね。シグナム、ヴィータ、ザフィーラ。もしかして他にも気付いた子いる?」
手を上げたのはクロノだ。あー、やっぱりクロノもすごいよ。なのは達も、シグナム達から聞いてようやくルシルの終わりに疑問を持ったようだ。
「確かにシグナム達の言う通り、ルシルはわざとあの記憶の続きを隠した」
「どうして・・・なんだい?」
「それは・・・、それはルシルが・・・」
言うよ、ルシル。フェイトの想いを叶えてあげたいから。そしてルシル、あなたにも幸せになってほしいから。
「ルシルは死んでない。今も生きた人間だから」
沈黙が流れる。
「ル、ルシル君が死んでないって・・・どういうことなん・・・?」
みんなが息を飲む中、はやてが神妙な面持ちで聞いてきた。フェイトも顔を上げて話の続きを待っているようで、私を真っ直ぐ見詰めて次の言葉を待ってる。
「ルシルの魔術で堕天使――エグリゴリは撤退。その後に、アースガルドから助けが来たの。ルシルの使い魔フェンリル。あの子、界律から存在そのものに制限を掛けられているのに、主のルシルを救うために命を懸けて来た」
ルシルを護るために、自分が死ぬかもしれないのに来たフェンリル。しかも、その後に時間凍結なんて大魔術を使って、ルシルの肉体を封印した。そうみんなに教えた。不死と不治の呪いの所為で、人間としての生活が出来なくなったと。当然だ。ガーデンベルグの“ユルソーン”でお腹に大穴が開いているのに、不治の呪いの所為で治せない。さらに不死の所為で出血死・ショック死などで死ぬことも出来ない。
「ルシルさんの取引内容って・・・」
「エグリゴリに掛けられた呪いを解いて人間に戻ること。それには堕天使ガーデンベルグを破壊しないといけない。そのための手段として、ルシルは仕方がなくテスタメントになったの。それまではルシルは何だってする。神意の玉座や界律に言われるがまま、ずっと」
エリオに答える。それを聞いたフェイトの表情が変わる。
「じゃあそのエグリゴリを倒せば、ルシルは消えなくてもいいのか?」
「そ、そうなの!?」
クロノの言葉にフェイトが身を乗り出して聞いてきた。
「確かにエグリゴリを斃して呪いを解けば、ルシルは神意の玉座から解放されて人間に戻れる。それが私たちの生きた世界なら、ね」
「・・・え?」
「並行世界――パラレルワールドって知ってる?」
「それってIfの世界のことだよね。例えば、コインを投げたとして表の世界もあれば裏だった世界もあるっていう・・・」
目を丸くしたフェイトはもちろん、なのは達にも尋ねる。私の質問に真っ先に答えたのはユーノだ。さすがは学者。判りやすい例えをありがとう。
「ルシル達アンスールがエグリゴリによって全滅した世界は、いま私とルシルの居るこの次元世界じゃないの。並行世界の1つ。いま私たちが居る次元世界のアンスールは、ヴァナヘイムもろともラグナロクと一緒に滅んだ。だから、この次元世界にエグリゴリは存在してないの」
「それってつまりは・・・」
「エグリゴリの居ないこの世界ではルシルを解放することが出来ない」
「・・・そん・・・な・・・」
フェイトが絶望から座り込んだ。本当にルシルのことを想ってくれているんだ。それなのにあの馬鹿は。もっと素直になれば良いのに、バカバカバカバカバカ。
「ねぇ、フェイト。フェイトはルシルに残ってもらいたい?」
「え? あ、えっと・・・その・・・・うん」
くそぉ、頬を赤く染めて可愛いな。さっきまで抱いていた暗い想いが晴れていくよう。
「そっか。じゃあ教えてあげる。ルシルをこの世界に残す方法はある」
みんなの視線が一気に集まる。
「じ、じゃあシャルちゃんも残れるの!?」
「・・・なのは・・・。ごめん、私は残れない。私はもう本当に死んでいるから。残れるのは、今も生きているルシルだけなんだ」
「あ・・・。そっか・・・」
私が残れないことに落ち込んでくれるなのは。ありがとう、なのは。嬉しいよ。すごく、本当に嬉しい。
「ごめんね、なのは」
「うん・・・」
「・・・フェイト、ルシルを残す方法は教える。あとは、あなたがルシルをこの世界に残ろうと思えるように説得するだけ。今のルシルは残る意思がほとんどない。あったとしても、残ろうとしない」
そこが最大のネック。
「どうしてですか? 残れるなら、やっぱり残ろうと思うんじゃないんですか?」
スバルの言葉に続くようにみんなも同じようなことを言い始める。昔のルシルならそうだったろうけど、ルシルには酷い思い出がある。それが、ルシルに幸せになるという選択肢を失わせている。それに“アンスール”で1人だけ生き残ったという負い目もある。そこのところは大丈夫だって言っていたけど、それも原因の1一つに変わりない。
「ルシルにはいろんな悲劇の記憶がある。アンスールの事もそうだし、守護神としての契約の数々の中にもたくさんの悲劇があった。護る為には親しくなった人をその手で殺め、逆に殺されるなんて事もたくさんあった。ルシルに来る界律からの契約はそんなのばっかり。ルシルの心を犠牲にするような、ね。とことん使われて、多くの絶望を体験して心が壊れ始めた」
「テスタメントになってからも、そんな酷い目に遭ってきたんですか!?」
ティアナが叫んだ。この子もまたルシルにいろんな事を教わった弟子のようなものだ。親しくなった人の悲劇はやっぱり耐えられないんだろう。優しい子だ。
「守護神なんてそんなもの。大層な肩書の割に、その存在はまるで奴隷。人権なんてもちろん存在しない。世界にとって都合のいい道具でしかないの。殺せと命令されれば殺す。殺されろと命令されれば殺される。常に世界にとって一番の行動を取らされる」
少し気が引けたけど、守護神として初めてルシルが愛したガブリエラの事も話した。愛した女性をまた護れなかったルシル。それが最大の原因であることも。
リインが「そんなの酷いです」ってまた泣き始めた。リインをあやすはやてとシャマル。そんな2人もまた辛そうな表情だ。
「だから、ルシルは自分が幸せになるという選択肢を持たない。持てたとしても選ばない。自分の幸せに恐怖を抱いてると言ってもいい。相手を不幸にするかもしれない。それもまたルシルをキツく縛り付ける鎖」
「なんだよそれ・・・。お前やセインテストはそんな事をずっとさせられてきたのかよ」
ヴィータが怒りに震えた声でそう言った。
「だからこそ私は、そんなルシルに幸せになってもらいたいと思ってる。私以上の悲劇を背負ったルシルに。自己満足で余計なお世話かもしれないけど、それでも!」
フェイトを見てハッキリ口にする。
「この世界でフェイトと一緒に幸せになってもらいたい」
「シャル・・・」
「・・・ルシルを、お願い出来るかな?」
握手を求める。フェイトはゆっくりと優しく手を重ねてきて、「うん!」ハッキリと頷いてくれた。あとはフェイトがルシルを説得するだけ。それが上手くいけば、ルシルはこの世界で新しい生を得ることが出来る。幸せになるかどうかはこれからのフェイトやルシル、なのはたち次第だけど、そこは何も心配してない。だってなのは達と一緒なんだから。不幸になる方がおかしい。
「それじゃよく聞いて。ルシルをこの世界に留める方法は――」
†††Sideシャルロッテ⇒フェイト†††
シャルから聴いて、ルシルが居る隊舎の庭先に向かうためにロビーに居る。たとえ聴かなくても、私もルシルがどこに居るのか判ってた。ルシルがいつも読書する庭先のとある場所。その場所は私も気に入っているから。
「ルシル・・・」
シャルが教えてくれた。ルシルの隠していた事実。この世界にルシルを留める方法も。あとは私がルシルにこの世界に残りたいと思わせるだけ。
「フェイトママ・・・」
「うん。大丈夫、任せて」
ロビーでヴィヴィオやなのは達と一度別れる。それにしても、まさかヴィヴィオが私たちの話を立ち聞きしていたなんて思いもしなかった。ルシルとシャルの話の内容のほとんどが解っていないようだったけど、それでもルシルとシャルがいなくなるというのだけは解っていた。
「ルシル」
ルシルと出会って10年。いろんなことがあったね。1つ1つ楽しかった出来事を、今でもハッキリと思い出せるよ。
「・・・少し、いいかな? ルシル」
木に背を預けて座っていたルシルに声を掛ける。ルシルは何も答えない。でも諦めない。そもそも諦めるなんて選択肢は私の、私たちの辞書に存在しない。ルシルの反対側に回って、木に背を預けて座り込む。お互いの顔が見えることのない逆位置だ。
「暖かいね。もう春だからかな」
「・・・何の用だ。もうじき消える存在に、何かあるのか?」
ルシルの突き放すような冷たい声。でもそれは嘘。私がどれだけルシルの側で、ルシルの声を聞いていたのか判らない? どれだけ必死にルシルの側にいようとしたのか、ルシルはやっぱり判らない?
「ルシルは消えないよ絶対に。私が居るから」
「その自信・・・。あの馬鹿。話したのか、私の隠していた真実を・・・?」
「うん・・・。シャルから聴いたよ、ルシルの事」
どこからどこまでと言わずともルシルは察したみたいで「そうか。知ったんだな、私が死んでいないと」って溜息を吐いた。
「うん。ルシルはこことは別の次元世界で今も生きてるって。時間が凍結された封印の中で、6千年以上も前と全く変わらない状態で眠ってるって。ルシルがこの世界に残れる方法が在ることも聴いた」
今も生きるルシルだからこそ残れる裏技・・・ってシャルは言ってた。シャルのようにもう死んだ人では出来ないということだ。本当ならシャルも残って、これからもずっと一緒に生きていきたかったけど・・・。そんな都合のいい奇跡はなかった。
「私は・・・残らない。残れない」
「その理由も少しだけ聞いた。でももう許してあげて、自分を。このままだとルシル、また壊れてしまうかもしれない」
シェフィリスさんを愛して護れなくて。ガブリエラさんを愛してもまた護れなかった。一体どれだけの絶望をルシルが抱いたのか判らない。判るわけがない。私なんかが分かって判っていいほど簡単なものじゃない。
「・・・君たちをテルミナスから護り抜けば、そんな事は無くなる。君たちを護れた。それを支えにして、私は、私とシャルは先へと進める。だから、大丈夫だ。今までありがとう、フェイト。だから、さよな――」
「聞きたくない!!」
「っ!!」
叫んだ。ルシルの口からサヨナラなんて聞きたくない。今までルシルからサヨナラなんて一度も言われたことない。それなのに、こんな時にサヨナラなんて・・・嫌だ。
「フェイト・・・」
ルシルが困ったような声を漏らす。
「ルシルはここが嫌い? そんなに残りたくない?」
「嫌いではない。が、残らない。残る理由が無い」
「理由が・・・無い・・・!?」
その言葉にカチンと来た。いくらなんでもそれは酷い。あんまりだ。どれだけみんなが、私がルシルとこれからも一緒にいたいか。私がどれだけルシルを想っているか。ルシルとの未来を望んだか・・・。 だったら私が、ルシルがこの世界に残る最大の理由になる。そのためにここに来た。
「ルシル!!」
立ち上がって、反対側に座るルシルの前へと移動する。ルシルは座ったままで、目の前の私の顔を見上げる。表情が読めない。無表情のようだけど、見方によっては悲しそうな表情。
「どうした・・・?」
顔が熱くなる。面と向かって――というか初めてだ。
(一度深呼吸。スゥーーーーーーハァァーーーーーーー。よし! その???な表情を変えてあげるよ、ルシル)
ここに来るまでに固めた決意と覚悟が、恥ずかしさやら何やらでちょっと揺らいでたから大きく深呼吸をした。でもそんな揺らぎは、ルシルと一緒に生きていきたいって言う想いにとっては、路傍の石ころ程度だ。
「フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは・・・」
ルシルの目をまっすぐに見つめる。綺麗な紅と蒼の瞳。その瞳に私の姿が映っているのが判る。鼓動がさらに高鳴る。
「ルシリオン・セインテスト・アースガルドが――・・・」
ここまで言えばルシルでも判るはず。これから私が何を言おうとしているのか。でも、ルシルの表情は変わらない。
「・・・好きです」
言った。初めてルシルに伝えた私の10年来の想い。耳まで赤くなっていくのがハッキリ判る。熱い熱い熱い熱い、すごく熱い。
「「・・・・」」
ルシルは何も言ってくれない。イヤ、何か言って。お願いだから黙らないで。
「ルシ――」
「すまない」
「・・・どうして・・・?」
さっきとは違う意味で真っ白になる。ルシルは本当に残らないの? 私じゃルシルを幸せに出来ないの?
「ほ、他に・・・好きな人とか・・・いるの?」
「いない」
「やっぱりここが好きじゃない?」
「とても大切な場所だ」
「私のことが・・・嫌い?」
「・・・違う、そうじゃない。君のことが嫌いなわけがないだろう」
それを聞けて嬉しく思う。だけど今はそんなこと言ってられない。どうしてルシルはそこまで自分を追い詰めるのか。自分の幸せを否定しようというのか。それほどまでにルシルを追い詰めるのは・・・。
「だったら!! 何でルシルは自分をそんなに・・・!」
「私の・・・私の想い人はいつも殺されて逝く。護ると誓っても、愛すると誓っても、必ず私の手の中から零れ落ちる。私は疫病神だ。自分が幸せになる云々以前に、一番大切な女性を幸せに出来ない。そんな私に、人を愛することはもう出来ない。必ず不幸にしてしまうからだ。だからフェイト。君が嫌いなわけじゃない。この場所が嫌いなわけじゃない。怖いんだ。私が残ることで、この愛おしい場所がまた何かに奪われるんじゃないかと・・・」
一瞬だけ泣き顔のような表情を見せたルシルが、私の視線から逃れるように顔を伏せた。ルシルの心は酷く傷ついていた。6千年、そんな長い時間の間にルシルはどれだけ傷付いたんだろう。私なんかが理解できないほどの、それは凄惨な出来事ばかりを見てきたに違いない。
「それ以前に私は人殺しだ。いかなる理由とて人を一度でも殺めればもう幸福の席は無い。私の想い人が私を置いて逝くのは、その罰なのかもしれないな。私は数多くの命の十字架を背負っている。殺めてきた人たちの十字架だ。その数はもう知れない。あまりにも多くの命を奪った。人を抱きしめるにはこの手は穢れ過ぎている」
人殺し。俯いたままルシルが苦々しく言った。ルシルが背負い、ルシルを縛り付ける罪科の十字架と鎖は多すぎる、重すぎる。それがルシルの幸福という選択肢を奪う元凶。
(でも、それでも、だからこそ私はルシルを幸せにしてあげたいんだ)
その決意はもう揺るがない。
「私も一緒に背負うよ、ルシルが背負ってる十字架を。私一人じゃ頼りないかもしれないし、ううん、私じゃ全然力になれない。それでも一緒に背負うよ。これからはずっと、私がルシルを独りになんてしないから」
「フェイト・・・。いや、ダメだ。知っているか、フェイト? 優しい人というのはな、優しいからこそ気付き、そして余計なものまで背負うことになるんだ。優しいからというだけで、ただそれだけで辛い目に遭う事が多いんだよ。フェイト、今の君がそれだ。私という余計な“物”を背負おうとしている。だから、君の想いには応えら――」
「そんなの全然関係ない! 問題ない! だってルシルが一緒なら私は幸せ! だからルシルも幸せ! それで全て解決!!」
そう叫んだ。するとルシルは俯いていた顔を上げてポカンとしている。
「だ、だから! ルシルが残ることで私やなのは達はすごく嬉しくて、幸せなの! みんなが嬉しがっていると、ルシルだって嬉しいでしょ!? ならそれでいいよ! 私は不幸なんかじゃない! だって好きな人と一緒にいられるんだから! えっと、その、えっとえっと、だからルシルは残ったっていいんだよ! 私たちが、今度は私がルシルを護るから! みんなでみんなを護ればいい、と思う!!」
どうしよう、自分でも何言っているのか判らなくなってきた。ルシルは相変わらず目を点にしてポカンってしてるし。一気に恥ずかしくなってきた。今すぐここから逃げ出したいよ(泣)
「あのね、私が言いたいのは、その、だから・・・」
「・・・プッ、ククククク・・・!」
「あぅ、わ、笑わないで!」
ルシルが右手で両目を隠すように翳して笑いだした。こっちはいっぱいいっぱいで大変なのに、笑うなんて少しひどいよ? どんどん笑い声が大きくなっていくし。うぅ、もう恥ずかしさで泣きそう。
「あー笑った。随分と滅茶苦茶な事を言っていたな、フェイト。あまりの必死さについ、な。ハハハハ、そうむくれて怒らなくてもいいだろう?」
「ひどいよルシル。私、こんなにもルシルのこと・・・す、好きなのに・・・」
もう本当にメチャクチャだ。溢れてくる涙を何度も拭って大変だ。今日一日でどれだけ泣いただろう? いろんな事が急に、しかも連続で起こり過ぎだよ。
「ありがとう、フェイト。気持ちは確かに嬉しい。その純粋な想いには応えたいとは思う」
「え?」
ルシルは今何て言ったの? 私の気持ちに応えたい、ってそう確かに言ったよね?
「だが、私は・・・私は――」
「ルシル。これからも私と、みんなと一緒に生きよう? 大丈夫だよ。私は絶対に不幸なんかじゃないし、ならない。シェフィリスさんもガブリエラさんもきっとそうだと思う。ルシルと一緒にいられて幸せだったはずだよ。不幸なんて思ってないはずだよ」
ルシルのその先の言葉を遮るように言葉を声にして出す。私はそう。ルシルと一緒だということに意味があるんだ。好きな人と同じ時間を過ごせるなら、それは幸せなんだと思う。
「私はルシルのことが好きです。これからも・・・私と一緒に、私の側にいてください」
左手の小指にはめていたルシルから貰った指環に優しくキスをする。その指環をはめた左手をルシルに差し出す。私は黙ってルシルを見つめる。私にはこれ以上の言葉は無いから。
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