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魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~

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遥かに遠き刻の物語 ~ANSUR~ Ⅱ

――Episode Rusylion Saintest Asgard 1

なのは達は、突如として変わった光景に戸惑いを見せていた。彼女たちが居るそこは、豪華な装飾が存分にあしらわれたどこかの城内のような場所だった。

『ここは・・・?』

誰がそう言ったのか。しかし、この場に居る全員の心の内はその一言だけだった。ここがどこかも判らず、どうすればいいのかも判らない彼女たちは、エントランスホールであろう場所で立ちすくんでいた。

『シャルかルシルのことだから、たぶんあの2人の記憶の世界だと思うよ。僕たちがここに来る前にルシルは言ってた。テスタメントになった理由を話すって』

ユーノが冷静に判断する。彼ら2人なら、このような事も出来るだろうと。なのは達も、ユーノの考えに賛成していた。

「殿下が御帰りになられる!」

男の声がこのエントランスホールに響いた。突然の大声に、なのは達は心臓が跳ねるほど驚愕し、周囲を見渡す。さっきまでは誰も居なかったはずだが、『いつの間にこんなに人が・・・!?』十数人という人が慌ただしく回廊を走り回っていた。使用人服のような物を着ていることから、この城で働く使用人たちなのであろう。あまりの状況になのは達は混乱しだし、慌てふためく。

『うわうわっ!? す、すり抜けた!?』

『っ!?』

スバルが走り込んできた初老の男とぶつかった。と思えば、スバルをすり抜けて、何事も無かったかのように初老の男は走り去っていった。

『幻・・・?』

リンディは近くを走ってきた女中らしき女性へと手を伸ばし、すり抜けるのを確認した。それを見ていたなのは達も、それぞれ手を伸ばして確認していた。

「殿下が御帰りになられる! すぐに陛下と王妃、ゼフィランサス姫の戦死報告をする! 殿下が御帰り次第、すぐに玉座の間へと御案内しろ! 私リディアがお伝えする!!」

使用人たちのリーダーである女中、名をリディアが部下へと指示を出す。それに一斉に「はいっ」と応える十数人の使用人たち。

「・・・って、プレンセレリウス様!? フォルテシア様!? どこへ行かれるのですか!? お待ちになってください!!」

少年と少女がとある扉から飛び出してきて、なのは達の目の前で足を止めた。ユーノとカリムはその2人の名前を聞き、思案顔になった。その2つの名前は、再誕神話に登場する英雄の名前だったからだ。

「止まれよフォルテ! ルシルに何を言うつもりだ!? お前の復讐に付き合わせるようなことは絶対に言うなよ!?」

ウルトラマリンブルーの長髪をポニーテールにした少年が、険しい表情をした“フォルテ”と呼んだ少女の手を取り引き止めた。なのは達は、その少年“プレンセレリウス”の口から出た“ルシル”という、彼女たちにとって親友の1人である青年の愛称に反応する。

「違う! 離して! ルシリオンに謝るの! 謝らないといけないの! ゼフィランサス様が死んだのは私の所為だから!!」

「お前・・・!」

綺麗なウィスタリア色の髪を振り乱し泣き叫ぶフォルテシア。その姿に戸惑い、言葉を失う彼女の弟であるプレンセレリウス。そこに・・・

「プレンセレリウス様! フォルテシア様! 申し訳ございませんが、お部屋にお戻りください!」

「リディア女官長。すいません」

リディアが2人に駆け寄り、声をかけた。涙し項垂れるフォルテシアの肩を抱き、プレンセレリウスはリディアへと謝る。

「いえ。スヴァルトアールヴヘイム王族である御二方に対し、使用人である私の分を弁えぬ発言、どうかお許しください」

「いや。スヴァルトアールヴヘイムはもう滅んだ。ヨツンヘイム連合軍によって。だからオレ達はもう王族じゃない。ただの人間です」

頭を下げ謝罪の言を口にしたリディアに、プレンセレリウスはそう返す。

闇定世界スヴァルトアールヴヘイム。
ここグラズヘイム城のある世界、アースガルドと同盟を結んでいた世界の1つ。しかしそれを公にはせず、ずっと中立の立場として在った。だがアースガルドと同盟を組んでいた事がヨツンヘイム連合に知られ、その報復として滅亡された世界だ。
プレンセレリウスとフォルテシアは、スヴァルトアールヴヘイムの王子と王女だった。その報復戦から命からがら臣民と共に、ここアースガルドへと逃げてきていたのだ。

「まずは出過ぎた発言をすることお許しください。プレンセレリウス様、確かにスヴァルトアールヴヘイムという世界は無くなってしまいました。ですが、誇り高きその血筋は未だ途絶えておりません。御二方が生き続ける限り、御二方についていく臣民が居る限り、スヴァルトアールヴヘイムは滅びません」

「リディア女官長・・・。ありがとうございます・・・。さぁ、フォルテ。今は部屋に戻ろう。ルシルとの話はまた後で、だ」

「・・うん」

「・・・。誰か。御二方をお部屋へと御案内して――」

プレンセレリウスは、リディアの言葉を咎めるどころか感謝を述べた。そして彼はフォルテシアの肩を抱き、自分たちに用意されている部屋へ戻ろうと促す。それを見て、リディアが手の空いている部下に2人を送らせるため指示を出そうとしたその時・・・

「ただいま帰りました」

出入り口である大扉から姿を現した男とも女ともとれる美しい外見をした少年。ふくらはぎまである銀の長髪。瞳はルビーレッドとラピスラズリの虹彩異色。漆黒の長衣を纏い、気品の溢れる佇まいの少年。

「殿下!!」

リディアに殿下と呼ばれたその少年。名をルシリオン・セインテスト・アースガルド。ここグラズヘイム城の主であるセインテスト王家の第一王子にして最高クラスの魔術師。その姿にやはり驚愕するなのは達。

「随分と騒がしいけど、何かあったのか? ん? あー! 来ていたのかレン! フォルテ!」

ルシリオンは、親友であるプレンセレリウスとフォルテシアの愛称を呼び、2人へと駆け寄っていく。

「すまないな、出掛けていてしまって。って、どうしたんだ2人とも? 特にフォルテ、何かあったのか?」

意気消沈といった2人の姿を見て、ルシリオンは戸惑いの色を見せる。泣きやまないフォルテシアには余計に気を回す。

「お帰りなさいませ、ルシリオン殿下」

「リディアか。ただいま。それにしても何かあったのか? レンとフォルテの様子がおかしいんだ。それとゼフィ姉様は? いつもなら、ゼフィ姉様が出迎えに来てくれるんだが・・・」

「「「っ!!」」」

ルシリオンの口から、ゼフィランサスの名前が出て、息を飲む3人。

「ごめ・・ひっ・ごめんなさ・・ぅく・・ごめんなさい・・っく・・ごめ・・なさい・・・!」

フォルテシアが何度も何度も嗚咽に混じった謝罪を繰り返す。そんな彼女をあやす暗い面持ちのプレンセレリウス。ようやくルシリオンも何か重大な事が起きたのだと気付いた。

「何があったリディア?」

「・・・殿下。ゼフィランサス様は・・・戦死なさいました」

「・・・は?」

ルシリオンは何を言われたのか解らなかった。彼にとって姉であり母である最も身近な女性ゼフィランサス。その彼女が亡くなったと。思考が追いつかない。

「それだけではありません。陛下と王妃様の率いていらした部隊が先日、連合軍の襲撃を受け全滅しました。御遺体の方は、王廟へと移してあります・・・」

「な、何を言って・・・? ゼフィ姉様が死んだ? 戦死? な、何故・・・? だってゼフィ姉様は、大戦に・・・え?・・・どういうことだ? どうして・・・? え? 嘘だ・・・参戦しないって・・・ゼフィ姉様は・・・仰っていたではないか・・・」

突然の訃報に足元が覚束なくなり、ふらつくルシリオンは必死に思考を働かせる。だが、彼にとって命より大事な(ひと)の死は、それだけで彼の思考を激しく乱す。

「ごめんなさ・・・ひっ・・・ゼフィランサス様は・・・っく・・私たちを逃がすために・・・」

「・・・どういう・・・ことだ・・・?」

フォルテの嗚咽の混じった言葉に、ルシリオンは反応した。

「それはオレが話す。ルシル、ゼフィランサス様は、オレ達スヴァルトアールヴヘイムの臣民を、ここアースガルドに逃がすため時間稼ぎをしてくれたんだ」

「時間稼ぎ・・・? 逃がすため・・・? スヴァルトアールヴヘイムに、何かあったのか・・・?」

僅かな理性で無理やり狂気を抑え込み、プレンセレリウスへと聞き返すルシリオン。

「アースガルドとの同盟が連合にバレた。それで、裏切りの報復として滅ぼされた。生き残ったのは王族ではオレとフォルテの2人。臣民が約1500・・・」

「馬鹿な・・・!? スヴァルトアールヴヘイムが・・・滅んだ・・・!?」

「ああ。ゼフィランサス様は報復戦にいち早く気付いてくれて、大隊を率いて来てくれた。だが、相手が悪かったんだ。連合主力の1つ“特務十二将”が3人もいた」

特務十二将。ヨツンヘイム連合の有する主力の1つ。
連合軍が抱える数ある部隊の中でも、さらに強大な12の特殊部隊を治める12人の隊長たちの総称。連合世界のトップクラスの魔術師、果てには魔界の住人すら含まれる強大な組織。

「ゼフィランサス様は敗北を予感し、オレ達を逃がすための盾となってくれた。すまない・・・。すまない・・・。許してくれ、ルシル!」

プレンセレリウスは話し終えると跪いて、ルシリオンへと頭を下げ謝り続ける。フォルテシアも泣きやまず、ずっと謝り続けた。

「・・・ゼフィ姉様がそうしたいから、そうしたんだよな・・・? なぁ、レン、フォルテ。ゼフィ姉様の最期・・・知っているか・・・?」

「・・・死に際は知らない。が、オレは、オレ達はゼフィランサス様から頼まれた。大事な弟を、大好きなお前の力になってあげて、と。そう笑って、諦めずに最後まで戦ってくれた」

「そう・・・か。ゼフィ姉様はいつもそうだ。私とシエルの事ばかり気にかけて、自分の事はとんとお構いなし・・・」

ルシリオンは、ここエントランスホールの天井にある戦乙女の描かれたステンドグラスを仰ぎ見て、静かに涙を流した。気が狂いそうな頭を無理やり冷静にし、そして祈った。ゼフィランサスの冥福を。

「リディア。父上と母上は? 非情かもしれないが、私はあの2人のことに関して悲しくないんだ。だが、それでも私たちを産んでくれた両親だ。仇は討つ」

彼にとっての両親は、自分をこの戦争を終わらせる兵器として調整するだけの存在だった。それゆえに親への愛情というモノが彼には無かった。

「陛下と王妃様が戦死なされたのは昨日です。場所は聖域ヴィーグリーズ」

リディアがそう答え、ルシリオンは頷き踵を返す。銀の長髪を翻しながら扉を潜り外に出た。それをただ見送ることしか出来なかった3人は、ルシリオンの激しい怒りと狂気に当てられ動けずにいた。

『ルシリオン君の本当のご家族は・・・戦争で亡くなっていたのね・・・』

『これが本当にルシルの過去だとすれば、そうなんでしょうね・・・』

『間違いないよ。プレンセレリウスとフォルテシア。この名前は英雄“アンスール”として、再誕神話に出てくる。ルシルだってそうだ。ルシリオンという英雄も出てくる。特徴だって全部一致している。ここは間違いなくルシルの記憶、過去の世界だ』

リンディ、クロノ、ユーノの冷静な会話を聞き、やはり戸惑いを見せるなのは達。6千年以上も前に起きた戦争。それに参加し英雄となった。それがルシルの真実だった。

『フェイトちゃん!? だ、大丈夫!?』

なのはの声で、みんながフェイトの顔色が青褪めていたのに気付く。次々とフェイトを心配する声が彼女にかけられていく。

『大・・・丈夫・・・。私は大丈夫だから・・・』

フェイトのそれはどう見ても大丈夫ではなかった。自分が好意も持っていた人間の衝撃的すぎる真実、過去。フェイトの思考が混乱しだしていた。

『景色が変わる!?』

はやてがそう叫んだときには、城内からどこかの平原へと景色が変わっていた。雪が降り、大地を白く染め上げようとしている。彼女たちの視界の中に・・・

「報告します!! 現在、ここヴィーグリーズに向かって強大な魔力反応が迫ってきています!」

おそらく1000人以上はいると思われる大軍勢が現れていた。統率された服装を身に纏った、どこか軍隊を思わせる大勢の人間たちが。

『全員何か武装しているな』

シグナムは突然現れた武装している人の群れを見てそう呟いた。

『デバイスやあらへんな』

はやての視界に入る軍勢は、デバイスのような機械的なものではなく、完全に武器としての代物を武装していた。

『はいです。まるでルシルさんとシャルさんが持っているような・・・』

リインフォースⅡの言葉に、全員が同時にこう思った。シャルロッテとルシリオンが持つ“神器”と呼ばれる武器なのではないか、と。

「魔力反応? どこから向かってきている?」

ハルバードを手にしている男から報告を受けた女性がそう返す。綺麗に整った顔立ち、オレンジ色の髪を後ろで結った、20代に入ったばかりと思われる女性。そんな彼女は金のラインの入った翠の長衣に翠のマント、銀の胸当て、籠手、足具を装備し、そして・・・

「ラピス様、いかがなさいましょうか!?」

彼女の身長を超す、2m近い血の色をした槍を手にしていた。彼女は槍皇の二つ名を持つラピス・エル・ノワール。この大軍勢を率いている指揮官の1人だ。

「数は? この大部隊に損害を与えられるだけの数でも押し寄せてきたの?」

槍皇ラピスは焦らず大事にするでもなく冷静に戦力分析をする。彼女はそれ程の歳を重ねてはいないが、その実力は桁外れに高かった。彼女は、天光騎士団の“星騎士シュテルン・リッター”が一、“第六騎士ゼクストリッター”の称号を持つ騎士なのだから。

天光騎士団。
それは、ミッドガルドと呼ばれる複数世界を護る秩序管理機構の左翼たる組織。
ミッドガルドを構成する世界の1つ、レーベンヴェルトで設立された騎士団の事だ。4千人近い騎士から選ばれた最強の10人。剣で象られた星の紋章を衣服のどこかに刻む事をミッドガルドの王から許されたのが“星騎士シュテルン・リッター”である。
彼女、槍皇ラピスもその内の1人。彼女がただの騎士であったならこの戦争に出る必要性はどこにもない。何せ天光騎士団は、この戦争に参加していない組織なのだから。しかし、彼女は軍人の家系という看板を背負っていた。それゆえに、出なくともよかった戦争に参加することになっていた。

「それが・・・その・・・」

報告してきた男が言い淀む。ラピスはそれを怪訝に思うも、彼を急かすことはしなかった。それを見ていたどうにも眠たそうにしている1人の指揮官が、男に問いかける。

「ゆっくり急がず、それでいてさっさと早く簡潔に話せよ。俺たち、早く帰りたいからさ」

半眼で睨むように、報告してきた男を見る。男は「ひっ」と怯えたように少し後ずさる。が、それは怒りではなくただ眠たいからの半眼だ。

「何怯えてんのさ? 怒ってるんじゃないよ。この目は、眠いんだって。どうしようもなくさ。ほら、よだれの跡が判るっしょ?」

「ぁ、はっ! 失礼しました、ゼムノス中佐!」

もう1人の指揮官、名はゼムノス。燈天剣星の通り名を持つ剣兵魔術師。ボサボサの寝ぐせが目立つ黒の短髪。赤い軍服に身を包んだ20代半ばくらいの青年。ゼムノスは、彼らが所属するヨツンヘイム連合軍に存在する“特務十二将”の1人だ。
そして槍皇ラピスもまた、騎士団所属でありながら“特務十二将”の肩書を強制的に与えられていた。そんなヨツンヘイム連合軍のトップクラスの肩書を持つ2人が指揮するこの大軍勢。
その大軍勢に向けて、魔力反応が迫りつつある。でも揺らぐことはない。そうラピスとゼムノスは考えていた。自分たちの実力に誇りと自信があるからだ。どんな屈強な魔術師部隊が現れようとも負ける事はない、と。

「か、数は1。たった1つの魔力反応が、ここ聖域ヴィーグリーズの第三平原へと向かってきているのです・・・!」

「「たった独り?」」

ラピスとゼムノスが揃って呟いた。思案顔になる2人。考えているのは、これからこの場に現れる魔術師の事。たった独りで、この大軍勢に向かってきている。敵と見るのは早計かもしれないと。

「一応警戒を。敵性魔術師ではない可能性もあるから、しっかり認識してから戦闘行動を。ゼムノス、あなたは前線で待機しておいてほしい。いい?」

「了解だ」

長剣を携えたゼムノスが幾人かの部下を連れて、前線へと向かう。それを見送り、「ごめんシャルロッテ。帰りが少し遅くなるかもしれない」ラピスは友人の名を呟き、謝った。その呟きを聞いたなのは達に動揺が走る。ラピスと呼ばれている女性の口から、なのは達の親友の名が出たことに。

『やっぱり。ラピスって言うのも再誕神話に載ってる名前だよ。それにシャルの名前だってルシルと同じ。ちゃんと載っているんだ。剣神シャルロッテって』

ユーノの言葉に、ただただ呆然とするしかないなのは達。そんな彼女たちを尻目に、事態は動いていく。未確認の魔力反応探知の報告から約15分後。前線に向かっていたゼムノス率いる部隊から連絡が途絶えた。前線部隊から途絶える前の最後の報告を受けていた兵から、ラピスにこう伝えられた。怪物が出た、と。それっきり前線と連絡が取れなくなった。

「全軍、魔術戦用意! 敵性存在はかなりの実力と思われる! 人間であるかどうかは判別できていない! 魔族の可能性もある。気を引き締めろ!!」

ラピスが全軍にそう呼びかけ士気を高める。それに応じ、1000人近い兵が雄叫びを上げながら、連絡の途絶えた場所へと進軍する。

なのは達はそのあまりの大声に耳を防ぎながらこの場から離れようとしたら、「全軍停止! アレは・・・!」ラピスの号令の下、一斉に雄叫びと進軍を止めた大軍勢。指揮官であるラピスの視線の先、そこにひとつの人影があった。距離がある為、性別などはハッキリと分からないが、人間であることには間違いなかった。

「魔族特有の魔力じゃない・・・。明らかに魔術師ね」

ラピスは、愛槍である魔造兵装“腐血槍フォイルニス・ブルート”を握る手に力を込める。ゆっくりと近付いて来る人影。次第にその姿が露わになっていく。纏った服は全て漆黒。足元まで流れる銀の長髪。瞳はルビーレッドとラピスラズリの虹彩異色。
手にするのは、短い柄の上下に付いたクリスタルのような1m近い穂を持つ巨槍。銘を“神槍グングニル”。あらゆる神器の最高峰、神造兵装第1位を冠する槍だ。歳は10代半ば。15、6歳くらいの少年とも少女とも言える外見をしている。それはグラズヘイム城から出ていったルシリオンだった。

『ルシル君・・・!』

「銀髪・・・。魔道世界アースガルドの四王族特有の髪色。そして真紅と瑠璃色の虹彩異色。それは間違いなく・・・」

ラピスが声を震わせながら言葉を紡いでいく。なのは達も、ルシリオンを見つつ彼女の言葉に耳を傾ける。

「セインテスト王家の証・・・!」

全軍に緊張が走る。アースガルドの四王家。それは自分たちが戦う敵アースガルド同盟軍のリーダー格だからだ。敵軍のトップの関係者がこの場に現れた。それは何を意味するのか。その答えは判っていた。彼らがつい20数時間ほど前に全滅させた部隊。その部隊の指揮官こそ、セインテスト王家の王と王妃だったのだから。つまり今、目の前に居る魔術師はおそらくその息子。ラピス達が殺したセインテスト王と王妃の敵討ちに来たのだと。

「誰だ・・・?」

ルシリオンはそう問うた。ラピス達はそれを黙って聞いていた。

「誰が・・・した・・・?」

「・・・」

「誰が殺した・・・?」

誰が殺した? そう確かに聞いてきた銀髪の魔術師。間違いないとラピス達は思った。

「誰がゼフィ姉様を殺した?」

しかし、ラピス達の考えとは違う名が出てきた。ゼフィ姉様?と思考するラピス。そしてすぐさま答えが出た。ゼフィランサス・セインテスト・アースガルド。セインテスト王家の第一王女。7日前に、“特務十二将”がスヴァルトアールヴヘイムという世界を滅亡させた時、戦死した防衛魔術師のことだ。

「父と母より、姉の死の方が重大というわけ・・・?」

「誰が殺した? 誰がゼフィ姉様を殺した? 答えろ」

「・・・」

聞く耳を持たないと判り、ラピスは“腐血槍フォイルニス・ブルート”を構える。それを合図と受け取った全軍もまた、それぞれの得物を構えていく。

「セインテストの者よ。我らは貴殿たちに何の恨みも無い。だけど、戦争である以上、敵として出遭った以上は、その首を貰います」

ラピスは“腐血槍フォイルニス・ブルート”へと魔力を流していく。すると、血のように赤い槍全体が綺麗な朱色の光に包まれていく。

「・・・さっきの連中と同じか。ならば・・・我が手に携えしは確かなる幻想」

何かの呪文を呟き、その手にしていた神槍“グングニル”を雪で染められた地面へと突き刺すルシリオン。直後に起こった信じられない現象にラピスは、彼女の率いる兵たちは見た。驚愕した。恐怖した。なのは達もまたその光景を見て、その思考を停止させていた。

「そ・・・そんな・・・バカな・・・!?」

彼女たちの視線の先、ルシリオンの背後。そこには何十何百とも言えるような武器が浮遊していた。そのどれもから莫大な魔力を発せられ、その存在感をこの場に居る全員に叩き付けていた。その浮遊している武器こそ、この世界において特別な力を持つ武装“神器”である。

神器。
神や精霊などが創りだした神造兵装。魔族が創りだした魔造兵装。そして、魔術師が特別の手法によって、魔術を織り込んで創りだした概念兵装。その3つを総合して神器と呼ぶ。

その神器を大量に有しているルシリオン。それは、本来有り得ないことである。どんな種類の神器であろうと、1人の魔術師が持てるのは最高でも4つまでだ。それ以上は神器特有の神秘にあてられ、魔術師が持つ魔力を生み出す器官“魔力炉(システム)”に悪影響を及ぼすからだ。だが、ルシリオンはそのような当たり前の常識を覆していた。

「答えろ。ゼフィ姉様を殺したのは誰だ?」

「っ! 言ったところで、私たちは生かすつもりはないんでしょう?」

ラピスは思考をフル回転させる。敵は単独。手にしているのは槍。しかし背後には途轍もない神器の群れ。こちらは1000人近い魔術師大隊。数では圧倒的に勝っている。敵との距離もまた味方している。一足飛びで、ラピスの攻撃範囲に入れる距離。問題はタイミング。下手に動くと、浮遊している武器が雨霰と降ってくると考える。

「逃がしてほしいのか? 私としては、ゼフィ姉様を殺した相手が判明すればいいだけのこと。まぁ、ここでお前たちを見逃したところで、今後の戦場で見えれば殺すことになるのは確定だが」

「そう・・・。判った・・・わ!」

ラピスは仕掛けた。判ったと口にした瞬間、ルシリオンの挙動に刹那の隙が生まれたのを見たからだ。自慢の高速機動で距離を詰め、手にする“フォイルニス・ブルート”の穂を突き出す。だが「っ!?」ルシリオンの姿はどこにもなく、ラピスの必殺の一撃は空を貫いた。

「ジャッジメント!」

ラピスの一撃の必殺を回避したルシリオンが号令を下した。

――軍神の戦禍(コード・チュール)――

ラピス達に強襲する何百と浮遊していた神器群。ラピスを除く1000人といた魔術師大隊が全滅するまでの時間、僅か19秒弱。雪に染められて白かった平原が、真っ赤な血に染まってしまった。

「ここまで・・・!? くっ!」

神器の雨を“フォイルニス・ブルート”で確実に叩き落としていくラピス。その間にルシリオンの姿を捉えようと必死に周囲に気を回す。

「見つけた!」

「っく・・・!」

視界の端にルシリオンを捉えたラピスは、距離を縮めるために動き出す。降り注ぐ神器群を回避という行動によって紙一重で抜けていき・・・

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

――感染毒牙(アンシュテッケント・ギフト)――

ラピスは自身だけのオリジナル魔術、“固有魔術”を発動する。伝染性の毒という意味を持つ魔術が、“フォイルニス・ブルート”の穂に付加された。ルシリオンはその危険性を本能で察知し、防御ではなく回避行動を取る。そのまま、残りの神器群を放とうとするが・・・

「自分も攻撃範囲に入っている以上、撃てないでしょう!!」

「この・・・っ!」

ラピスがルシリオンから距離を取らないように追い縋る。歯噛みしつつ彼は“グングニル”で応戦する。何合と斬り結ぶ内、次第に押されていくルシリオン。何せ相手は槍皇ラピス。槍術においては最強ともされる騎士。対するルシリオンは、中遠距離戦を第一として調整されている魔術師。どちらに分があるのか、それは考えるまでも無いことだった。次々とルシリオンの身体に裂傷が増えていく。

「悪いのだけど、帰っていろいろと報告とかしないといけないの。これ以上は付き合ってはいられない。ごめんね。・・・怨んでくれてもいいから・・・!」

独楽のように回転しながら穂と石突きにある刃で、ルシリオンを追い詰めていくラピスからの勝利宣言。そして謝罪。これは戦争だ。殺し殺され、それが延々と続くどうしようもない事象。そこに謝罪の意味は無い。だが、それでも彼女は、これから命を奪う者には謝罪する。それを自分なりの贖罪、命を背負う覚悟とするために。
 
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