問題児と最強のデビルハンターが異世界からやってくるそうですよ?
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Mission5・③ ~大切なもの~
「――ようやく落ち着いたな」
ゴロン、と。
やる気なさげにベッドに寝転び、ダンテは誰に向けることなくつぶやいた。
現在ダンテはいつもの真っ赤なコートではなく、黒いスーツを着ている。ダンテのお気に入りである赤いコートは悪魔との戦いで穴だらけになってしまったので、黒ウサギが修繕することになったのだ。
これはコミュニティの衣装棚に残っていた男性用の服であり、190㎝の大柄なダンテにもちょうどぴったりだったというので有難く着せてもらったのである。
とはいえ相変わらずダンテは上半身裸の上から直接着ているため、リベリオンとエボニー&アイボリーがなければまるでどこぞのホストのよう。
「……黒いスーツねぇ。縁起でもない」
こんなものを着るのは、あのとき以来だ。
まだ便利屋として駆け出しだったころ。自分が偽りの名前を名乗って、悪魔たちから姿を眩ませていたころ、一度だけこんな黒いスーツを着ることがあった。
ダンテ本人や同僚から言わせてみれば、『似合わねぇ』『ダセェ』の一言である。
随分と懐かしいが、特に喜ばしくもなんともない思い出だ。
水樹から水を放出したあのあと、ダンテ達はコミュニティの本館に招かれることとなった。飛鳥が『なんでもいいからとりあえず風呂に入りたい』と切望してきたため、まず女性陣から風呂へ、男性陣であるダンテと十六夜は自室で待機することとなった。
彼としては自分も彼女らに混じって風呂に入るということをしてもよかったのだが……そんなことをついさっき飛鳥達に冗談のつもりで言ったところ、
『『『去勢しますヨ?(するわよ)(するよ)』』』
と、悪魔も全力で逃げ出す笑顔の天使達からお告げを授かったため、却下した。
あんまりこういった悪戯もやりすぎればロクなことにならない。女難なんてものはレディだけで勘弁願いたいものだ。
というわけで、彼にしては珍しく言うことを聞いて自室に籠っているというわけなのである。
閑話休題。
(しっかし、また暇になっちまったな……)
が、ここでダンテにとって最大の問題が発生してしまったのだ。
先に言ったように風呂は飛鳥たちが使っているため現在使用不能。
また世界の果てまで冒険するというのもあるだろうが、そんなことをやっていて明日の〝フォレス・ガロ〟とのギフトゲームに間に合わなかったら腹が立つ。
かといって身近な場所でダンテの満足するようなギフトゲームなどやっているかどうかもわからない。それに〝サウザンドアイズ〟のときのように冷遇されるのも勘弁だ。
(……あーあ、こんなことならイザヨイについていきゃよかったかな……いや、ダメか)
ちなみに十六夜はこの屋内ではなく、外にいる。
『お外にいる奴らとちょっとお話してくるわ』とのことで、ダンテ達のいる屋敷から出ていった。
おそらくここのすぐ外で集まっている、別のコミュニティの人間たちのことを言っているのだろう。ダンテもその人間離れした嗅覚から存在を感知していたが、あちらに敵意が感じられないのと、そこで十六夜も向かったので放置することにしたのだ。
とはいえ、こうも暇となってしまっては十六夜と一緒に向かえばよかったかもしれないとも考えてしまう。
しかし相手に敵意はない。十中八九戦いにはならないし、それなら自分が出て行っても話が複雑になるだけだ。
……どうしたもんだろうか。
「はぁ……ちょっくら外でも歩いてくるか」
とりあえず何でもいい。暇つぶしがしたい。
そんなことを思いながら、ダンテは部屋の外へと出た。
「さーてと、どこ行こうかな……うーん、つってもここの庭回ったって何も面白いものないもんなぁ……」
行先を考えながら、言葉を漏らすダンテ。
なかなかに失礼なことを物申すダンテだが、彼がそうつぶやいてしまうのも仕方がないかもしれない。
このコミュニティ〝ノーネーム〟のホームには、三年前に行われた魔王とのギフトゲームによる損傷がまだ残っているのだ。
しかし、〝損傷〟というよりもそれは〝荒廃〟と言った方がいいのかもしれない。
美しく整備されていたであろう白地の街道は砂に埋もれ、木造の建築物は軒並み腐って倒れ落ちた街並み。
要所で使われていたであろう針金や鉄筋は錆で蝕まれて折れ曲がり、街路樹は薄白く枯れ果てて放置されていた。
まるで数百年もの前に廃墟と化してしまったかのような傷が、街全体に広がっていたのである。
いったいどんな相手が、何をすればこんなことになるのか。
多くの悪魔を相手取ってきたダンテですら、何もわからなかったほどである。
そのようなわけで、元々が美しい景観だったであろう我らがホームは目も当てられないほどの惨状になっているのである。
「あーあ……その三年前に俺が呼ばれてりゃあよぉ……」
言っても仕方がない愚痴を漏らしながら、本館の中を歩き回るダンテ。
しかし、とてもではないがそんな街を見回ったところで感動など起こらないし満足などできないだろう。
いくらスラム街に店を構えているからといって、ダンテは壊れ果て朽ちている街(少し訂正するなら水樹のおかげで水は流れている)なんてところがお気に入りであるはずもない。あれはあそこがたまたま格安の物件だったからというだけの話だ。
よって街中を散歩するというのは却下。
だが、そうなるともうすることが本当にない。部屋で寝るか、風呂が空くのを待つしかないのだ。
(あーくそっ、だからって部屋にまた戻るのもなんか癪だ……どうする? マジでもう世界の果てにまで俺も乗り込むか? いや、それで明日のゲームとかに間に合わなかったらやだし……)
ありとあらゆる悪魔を狩る最強のデビルハンターでも、『暇』という難敵には苦戦を強いられることとなった。
いったい何をしようか、どこに行こうか。
月明かりが差し込む長い回廊を歩きながら、必死に思考を纏めようとするダンテ。
だが、考えても考えても何も思い浮かばず、もはや頭を働かせること自体が面倒くさくなってきてしまった。
(……もういいや、帰って寝るか)
結局己の怠惰に身を任せることになり、ダンテはトボトボと自分の部屋にまで歩いていく。
ハァ、と彼にしては珍しく重いため息を吐きながら、来た道を戻っていった。
そしてダンテが何気なく窓の外へと視線をうつしたそのとき。
「……ん?」
ダンテはあるものが目に入った。
それは、コミュニティの別館。
ダンテたちのいる本館は、ギフトゲームに参加する人間の住居となっているのだが、その隣には子供たちの家である別館が立っているのである。
彼の今いる廊下の窓からはその別館が見えるのだが……
「んん……?」
厳密に言えば、彼の目に入ったのは建物ではなく、その建物の窓近くに立つ小さな人影だった。
あちら側はもう灯りが消えていて暗くてよく見えないが、夜目が効くダンテはハッキリとその人物を見ることができる。
どうやら女の子のようだ。
ダンテも見たことがまだないので、水樹を植えるときにはいなかった子供らしい。
齢はまだ十歳にもなっていないだろうその娘は陰鬱な表情で夜空と月を眺めていた。
もう子供たちは寝る時間だというのに、いったい何をしているのだろうか。
(おいおい黒ウサギ、躾けがなってねぇぞ? こんなガキんちょの時から夜更かしなんて覚えさせたらダメだろーが――って俺もやろうとしてたか。言えた義理じゃねぇ)
やれやれと首を振りながら、ダンテは少女を眺める。
自分も子供のころはいつまでも眠らずにはしゃいで、よく母親を困らせたものだった。
幼い頃から元気の塊のようだったダンテは言うことを聞こうとせず、彼を寝かせつけようとする母親をからかったりしたものだ。
結局そうして遊び疲れて寝るか、もしくは母親の雷が落ちて渋々寝るかで夜更かしなどできなかったのだが。
ちなみにバージルはちゃんと言うことを聞いて寝ていたものである。
双子なのにこの性格の差はいかにして生まれてしまうのだろう。
(……見ちまったもんは仕方ねぇな。ちょっくらお説教と洒落込んでみますかね)
回想もほどほどにして、ダンテは窓を開け放った。
本館と別館の間の距離に見当をつけると、窓の外に身を乗り出す。
悪いことをしている子供には、いつだってお仕置きをしなきゃならないものだ。
ちょっとだけ、脅かしてやるとしよう。
「へへ……」
あちらもようやくダンテの存在に気付いたらしいが、彼がいったい何をしようとしているのかまではわからないらしく首をかしげている。
その様子を見たダンテはニヤリと笑うと、
次の瞬間、音もなく消えた。
「!?」
その瞬間をしっかりと目撃していた少女は仰天した。
こちらを見ている人を見つけたと思ったら、急にその姿が見えなくなったのだからそれも当然だろう。
窓を開けて、地上や本館の方に黒スーツの大男の姿を探してみるが、彼は見つからなかった。
いったいどこへ行ったのか。目の前の光景に混乱した少女はオロオロと戸惑う。
と、そのとき。
フッ、と。彼女の顔に影がさしかかった。
「……?」
月が雲に覆われたのだろうかと思い、何気なく少女は頭上へと視線をうつす。
そうして彼女が見つけたのは、やはり雲隠れした月……
「Good evening, girl?(こんばんは、お嬢ちゃん?)」
ではなく。
月を背にしてこちらを見下ろす、銀髪の大男だった。
「――――ッ!!??」
あまりの衝撃的な出来事に、少女は腰を抜かしてしまう。
それを見て大笑いするダンテ。どうやら彼の思惑通り上手くいったらしい。
先ほどダンテが姿をかき消したのは、彼の魔技の一つ、〝エアトリック〟によるものだ。
といっても、技とはいえそれほど大層なことをやったのではない。原理自体は極々簡単なものだ。
ぶっちゃけると、『目にも映らぬスピード』で移動しただけにすぎないのである(まぁそのスピードというのがどれくらいかというと、人間よりも遥かに優れた動体視力を持つ悪魔たちですら目視できぬほどの速さなのだが)。
さらに付け加えるなら、彼の魔力によって残像が残るため、対峙した者にとっては音もなくダンテが消えた、もしくは瞬間移動したようにしか見えないというトリックもある。
それによって、ダンテは少女の眼前にまでこうして接近した、ということである。
だが、そんなことが彼女にわかるはずもない。
見ず知らずの人間が、いきなり消えていきなり自分の死角から現れたとなればそれはもう心臓が止まるかと思うほど仰天することだろう。
暇つぶしの一環でやったとはいえ、少しやりすぎたかもしれないと反省する。
「やれやれ、そんなに驚いちまったのか? ちょいとやりすぎたか……立てるか?」
「……」
ダンテは独り言をつぶやきながら少女に手を伸ばす。
少女はダンテの手をまじまじと見つめると、やがてその小さな手を出して掴む。
ゆっくりと立たせると、ダンテは腰に手を当てて話しかけた。
「子供がこんな時間に起きてるってのは感心しないな? トイレからの帰りならさっさとベッドに入れよ、風邪ひくぜ?」
「…………ッ」
だが少女はダンテの言葉に応答せず、彼をじっと観察していた。
警戒されているのだろう。初対面からあんなことをされてはそれもしょうがない。
「あー悪かった、悪かったよ。さっきは驚かせてすまねぇ。俺はダンテだ、今日からこのコミュニティで世話になってるよ。ウサちゃん……黒ウサギから聞かされてるか?」
「……!」
謝罪、自己紹介をして問いかけるダンテ。
すると少女は目を丸くして彼を見た。
この反応を見る限り、やはり彼のことは知らされていたらしい。
そのまま続けて会話をしようと思ったダンテだったが。
「…………」
ススス、と。
無言で後ずさりをされた。
しかもさっき以上に警戒されているらしい。訝しげな表情でこちらを見ている。
「おやおや、こんなにカッコイイお兄ちゃんじゃ照れちゃうのかね。どうした?」
冗談を飛ばすダンテだが、こんな反応をされるのは少々心外だ。
いったいどうしたのだろう。
ダンテの問いかけに、少女は小さな声で応えた。
「……黒ウサのお姉ちゃんが言ってた……銀髪の大男……とっても強いって……」
「へえ? 俺のことはご存知みたいだな、光栄だね」
やはり知らされていたようだ。
でもそれならどうしてこんなに警戒されるのだろう。
「……不真面目で偏食家、快楽主義で女の人にはセクハラしてくる、近寄っちゃいけない人だって」
「…………」
なるほど。どうやら余計なこともすりこまれていたようだ。
あの爆乳ウサギあとで覚えてやがれこの野郎。
「あいつが何言ったかわかんねぇけど、とりあえずお前には何もしねーよ」
「さっき、おどかしたじゃない」
「おっと、ありゃノーカンで頼む」
こりゃ一本取られた、というように苦笑を浮かべるダンテ。
こちらを睨む目つきがかなり鋭い。猜疑心の塊のようだ。
よっぽどしつこく黒ウサギから警告されたか、もしくは本人の気質なのか……
(……ん?)
と、そこでダンテは少女を見ているうちに何か違和感を感じた。
違和感、というよりもそれは既視感というべきだろうか。
この少女の視線、そして彼女自身……どこかで見たことがあるような気がする。
(……んなわけねーよな)
とはいえそんなものは勘違いだろう。
こんな少女とダンテが会ったことなどないし、まずダンテはこの世界に来たことがないのだ。
少女が世界の壁を越えてこちらの世界へ来てしまうなどというのは論外だし、彼女本人と出会ったというわけではない。
誰かと……誰かと似ている。
そんな感じがした。
「……ル」
「……あん? 悪いな、よく聞こえなかった。もう一回言ってくれるか?」
と、考え事をしているうちに、少女が口を動かしていることに気付く。
質問に答えてくれるのはありがたいが、ボーっとしていたのと、どうもその声が小さくて聞き取れない。
純粋に聞き取れなかっただけなのだが、どうやらダンテが訊ねなおしたことを嫌味だと思ったらしい。
少し嫌そうな顔をして、もう一度少女は言葉を放つ。
「……ニール」
ダンテの笑みが、凍り付いた。
「……あ?」
耳を疑った。
聞き間違いなのかとも思った。
彼女の口から発せられたその単語を聞いただけで、まるで魔法にでもかかったかのようにダンテの思考が止まり、全身からサァっと血の気がなくなっていくのを感じた。
たった一言。それもただの、名前だというのに。
大げさすぎるほどまでに、その少女の言葉はダンテに衝撃を与えた。
そして、思い出す。
この髪。
この目。
この目つき。
その、名前。
その何もかもが、すべて一緒だった。
――わかったかい、トニー。その子たちはあんたの、あんただけのために生まれたんだ――
「……ぇ。ねぇったら!」
「――ッ!!」
停止していた思考が、少女の掛け声によって再び活動を開始した。
慌ててそちらを見てみれば、少女は腕を組んで眉をひそめ、さもご立腹という感じだ。
「何度も言わせないで。ニール。これがあたしの名前……わかった?」
「……おお、わりぃわりぃ。ニールだな。覚えたよ」
謝罪するようにダンテは手を振るが、ニールはご機嫌ななめなようで「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
困ったようにダンテは頬を掻くと、拗ねているニールをなだめるように言葉をかける。
「で、ニールちゃん? おネンネせずにいったいここでなにしてたのか、教えてもらおうかな?」
「嫌」
が、容赦ない即答が返ってきた。
最初は驚いて腰抜かしていたこともあって可愛い少女かと思ったら、随分とはねっかえりの強い女の子なことだ。
「やれやれ、反抗的なこったな。こいつはウサちゃんも苦労してるんじゃねぇか?」
「あなたには関係ないでしょ、新人なんだから」
「これから一緒にやってこうって仲なのにまた厳しいな。お互い仲良くやろうぜ」
握手を求め手を差し出すダンテだが、ニールはキッとダンテを睨みつけ拒否する。
頑なにダンテを拒む姿勢を見せるニールに、ダンテは困ったように髪を掻く。
(こりゃあまたひねくれたお嬢さんなこった。どうしたもんかねぇ……)
子供からここまで拒絶されてしまったケースに、ダンテはこれまで遭遇したことがない。便利屋として生きてきた今までの環境が環境だっただけに経験は少ないが、それでも彼は毎回子供たちの人気と信頼を得てきたのだ。
先ほどあったコミュニティの子供たちとの触れ合いでも、彼の好かれやすさは見て取れる。
そんな彼でも、目の前にいる少女の心の壁はそう簡単に崩せない。未知の体験というものにはその場の助言でもない限り、どうすればいいのかわからなくなるのが人間と言うものだ。
ニール本人の態度に若干のイラつきを感じつつも、ダンテはなんとか信頼をしてもらおうと話しかける。
「ま、こっちは新人だしよ。そっちがあんま信頼できないのもしゃあないかもな。じゃあどうすりゃ信じてもらえるのかね、教えてくれよLady(お嬢ちゃん)?」
「……なにしたって無駄よ。いいからほっといて」
「辛そうな顔してる女の子を慰めることもできないんじゃあ紳士失格だね」
「大丈夫よ。最初からあなたは紳士なんかにはなれてないんだから」
「こりゃまた厳しい意見だ。ハードル高いな」
「そう思うなら諦めたら?」
「こういう時に諦めずに精進できるヤツってのがイイ男の条件なんだよ」
「あんたは顔がいいだけでしょ」
「そりゃ顔は好みって受け取ってもいいのかい?」
「客観視ができるだけよ。馬鹿なの?」
……うーん、こりゃダメだな。
軽薄な笑みを浮かべながらも、心の中でダンテは落胆する。
会話をしようとしても意味がない。さっきからありとあらゆる罵詈雑言を受けてばかりで、こちらはそれを躱すことしかできていない。
発せられる言葉が全てウニのように棘だらけ。全く心を開いてくれる気配がないのだ。
こりゃ諦めるしかないか……そんなことをダンテが考えたそのとき。
ズドガァン!! と。コミュニティの敷地内を、激震が走り渡った。
「ん?」
別館が根元からグラグラと揺さぶられ、爆音がダンテの耳に飛び込んでくる。
音はどうやら別館の入口から出ているようだ。そこにはちょうど、ダンテが感知していた〝別のコミュニティの人間〟たちがいる。
十六夜の匂いも混じっていることから、さっそくドンパチをやらかしているらしい。
あちらに敵意はないというのに、どうにも乱暴な手段を彼は取ったようだ。
血気盛んなのはいいが、もうちょっと時間を考えて行動してほしいものである。
「イザヨイのやつ、まぁた無茶やりやがったな? ったく、お子ちゃまたちが起きちまったらどうする――」
愚痴を漏らしながらニールの方へと向き直ったそのとき、ダンテの口が止まる。
見ればニールが、頭を抱えて屈みこんでいたのだ。
目を固く閉じ、カタカタと小さな身体を震わせている。
先ほどの轟音と衝撃に、やはり怯えてしまっているのだろう。
「――言わんこっちゃねぇ。ガキをビビらせんじゃねぇっての」
やれやれ、と小さく息を吐いて悪態をつく。
それにしても、さっきはあれだけキツい口調でダンテと喋っていたというのに、こういう少女らしい一面もあるとは少し意外なものだ。
普段は強気でも、やっぱり女の子か。
そんなことを思いながら、ダンテは彼女に手を差し伸べた。
「ニール。大丈夫だ、何も襲ってこねぇさ。安心しろよ」
ビクッ! と大きく身体を震わせて、ニールは顔をあげる。
するとハッとしたように立ち上がり、涙がにじんでいたその目を急いで拭った。
慌てた様子で自分の格好を直すニール。
まるで先ほどまでの自分を見られまいとしているかのようだ。
一通り身の回りを整え終えたニールは恥ずかしそうに俯き、口を閉じる。
「…………」
「…………」
しばしの沈黙。
そして。
「泣いてないもん」
「何も言ってねぇぞ」
かぁっ、とニールは頬を赤らめる。
「怖かったなら素直に言えばいいじゃねぇか。誰だって慣れなきゃあんなもんビビっちまうっての」
「ビビってなんかない!」
「涙、拭ききれてねぇぞ」
「ッ!!」
指摘されたニールは手を目元にあてるが、どこも濡れてなどいない。
違和感を感じたニールだが、ダンテがニヤニヤと笑っているのを見て自らの失策に気付く。
さっきの指摘はプラフだ。
「だから素直になれっての。別に恥ずかしがることもないんだぜ?」
「うるさい! こんなことで私は怯えたりしない!」
「あのなぁ。なんでそこまで意地張るんだよ」
「意地じゃない! 私は……私は……」
そこでニールは言葉を詰まらせる。
いったい次は何を言いだすのやら、とダンテは呆れた表情で彼女を見つめる。
そして。
「――私は、強くならなきゃいけないの! お父さんもお母さんもいなくても、一人で生きていけるように!」
「!?」
少女の口から飛び出してきたのは、思いもしなかった一言。
ドン! とダンテを突き放すと、そのままニールは廊下を駆ける。
「あっ――おい!」
ダンテが呼び止めるが、彼女は足を止めずそのまま走り去ってしまった。
残るのは沈黙のみ。開け放たれた窓の傍で、月明かりに照らされながらダンテは立ち尽くした。
「……なんだよ、それ」
誰に向けることもなく、ダンテは言葉を漏らす。
父さん。
母さん。
――家族。
自らの恩氏に似た少女は、大切なものを失っていた。
子供の頃のダンテと同じように。失ってしまっていた。
取り返しがつかないほど、重くて大きなものを。
――ダンテ。バージル。誕生日おめでとう――
「――チッ」
無意識のうちに、ダンテは首にかけたアミュレットを握りしめていた。
銀色の装飾を施された、卵ほどの大きさがある真紅の宝石。
ダンテにとって何よりも大切な、家族の証。
次に触れたのは、彼のかけがえのない相棒である双子の銃。
右手に取ったアイボリーは、月に照らされ白銀の銃身を輝かせる。
重厚で無骨、それでいて美麗なフォルムを誇るその銃には、文字が刻まれていた。
その文字一つ一つを、ダンテは愛おしげに、右手の親指でなぞる。
――BY .45 ART WARKS FOR TONY REDGRAVE――
「……ハッ。意地っ張りで強気なとこも、あんたそっくりだよ婆さん」
憎まれ口を叩きながら、ダンテはホルスターに銃を収める。
窓の向こうにある本館にチラと目をやった。
そろそろ女性陣も風呂からあがっている頃だろう。さっさと入って、そして寝てしまいたい。
こんな気分でいるなんてことは、まっぴらごめんだ。
……自分らしくもない。
「どこの世界でも、家族ってのはややこしいもんなのかね……母さん」
それは、どちらの母への言葉だっただろうか。
自らの生みの親か。
それとも自らを育ててくれた親か。
ダンテの独り言は誰に聞かれることもなく、子供たちの眠る館の闇に消えた。
後書き
はい、というわけでオリキャラ登場です。
少女ニール。ダンテの育ての親であり、かつて45口径の芸術家とまで呼ばれた銃工師、ニール・ゴールドスタインにそっくりな女の子です。
彼女はこれから物語にどのように関わっていくのか? 次の展開にご期待くだ……うん? 次回予告? 風呂?
いったい何のことかわからんぜ。まさか本気にしたのかい? 嘘だと書いてあっただろう?
ハッハッハ、こいつは愉快な読者たちだぜハッハッh……おや鬼いちゃんどうしたのそんなしかめっ面で『スカァーンム』
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