闘牛士
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第一章
闘牛士
スペインといえば闘牛士だ、この国では闘牛士はまさに花形でありあらゆる人から喝采を浴びる人気者だ、スターである。
その人気はサッカーのストライカーにも匹敵する、だが。
その人気の闘牛士達の中でも当代随一とさえ言われているペドロ=ベルゴンツィは今悩んでいた、それで妻のモンセラートに言うのだった。
「俺は限界か?」
「引退?」
「ああ、そうしようか」
こうだ、自身の屋敷の一室で暗い顔で言うのだ。黒髪をオールバックにし顔の下半分に濃い髭を生やし丁寧に切り揃えている。濃い眉に強い光を放つ黒い目を持っている、長身で引き締まった見事な肉体を今はガウンで包んでいる。
その彼がだ、自分と同じ色の髪を長く伸ばしたやや丸いかおに大きな目に口の小柄な妙齢の女に言うのだった、モンセラートは今は白い薄いドレスだ。
その彼女にだ、こう言うのだ。
「もうな」
「けれどあなたはまだ」
モンセラートは怪訝な顔になり自分の前にいる夫に言った、二人は今リビングで向かい合って座って話している。
その中でだ、こう言うのだ。
「若いわ」
「まだ三十二だからか」
「ええ、闘牛士ではね」
まだ年齢的に大丈夫ではないかというのだ。
「そう思うけれど」
「いや、どうもな」
だが、だ、。彼は言うのだった。難しい顔で。
「身体の動きがな」
「最近悪くなってきたっていうのね」
「どうもな」
そうだというのだ。
「だからもうな」
「そう思っているのね」
「わかるんだ、自分でな」
その難しい顔で妻に話していく。
「身体の動きが悪くなっていることにな」
「それでなの」
「後は後進の育成に当たろうかとな」
そうなろうかというのだ、引退の後は。
「もうワイン園も手に入れた、収入は安定している」
「悔いはないの?」
「いや、それは」
そう言われるとだ、ベルゴンツィもだった。
難しい顔になりだ、こう言うのだった。
「まだやりたい」
「それが本音なのね」
「しかし身体の動きが悪くなっている」
だからだというのだ。
「もうな」
「引退するのね」
「そうしようかと思っている」
そうだとだ、また妻に語った。
「それで今話しているが」
「私にどうするべきかをね」
「ああ、どう思う」
妻の目をじっと見て問うのだった。
「俺は引退すべきか」
「あなたはどう思ってるのかしら」
モンセラートは夫のその目を見て問うた、自分と同じ色の目を。
「あなた自身は」
「俺自身はか」
「まだやりたいのかしら」
闘牛士、それをだというのだ。
「どうかしら」
「俺は」
そう問われてだ、ベルゴンツィは妻にこう答えた。まるで闘牛に向かう様な真剣な鋭い顔で。
「まだな」
「続けたいのね」
「闘牛は確かに危ない」
一瞬でも油断すれば牛の角に貫かれ体当たりを受ける、死の危険と常に隣合せにある世界であるのだ。
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