レンズ越しのセイレーン
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Ready
Ready2 ニケ
前書き
少女は父と最愛の男の称号を冠した
ニケ――エレンピオスの勝利の女神。巷でそう呼びなわされ、庶民の希望の星となっている少女がいる。
少女は瘴気モンスターに襲われたキャラバンの前に颯爽と現れては、モンスターを退治する。瘴気汚染区に住まざるをえない低所得層をエサに私腹を肥やす悪党がいれば、それを抹殺する。そして、少女は報酬も求めず、名も告げずに去っていく。
ゆえに彼女は「ニケ」――勝利の女神の二つ名で人々に呼ばれる。
ニケの外見は、白いレースをあしらった藍のゴシックドレス。亜麻色の髪を飾るのは花モチーフのヘッドドレス。
何より特徴的なのが、顔面の半分が瘴気汚染を受けているにも関わらず、少女がそれを隠していない点である。
少女は黒い頬に花のイレズミを入れ、おぞましい痕をアートへと変えて晒している。
その花に、民衆は希望の光を見る。
「いつユティに教えるんだい。『ニケ』があのエル・メル・マータだって」
「授業」を一区切りしての休憩中。テラスで昼間から呑んでいるユリウスに、同じく呑んでいるバランは水を向けてみた。
テラスから一望できる花畑では、ユースティアがカメラを構えて寝そべり、じーっと一つの被写体のシャッターチャンスを待っている。昆虫もいない造花の花畑で何を撮るのか興味は湧く。
「いずれあの子のほうからここを訪ねるだろう。その時に」
「――正気?」
軽く睨んでも白い男はどこ吹く風。
エルがユリウスを訪ねるなら、それはユリウスを殺すために他ならない。
ユリウスの、そして自分たちの計画はこの分史を壊すことを前提としている。弱者の味方である「勝利の女神」は決して許さない。
エルは阻むためにユリウスの前に立ちはだかる。在りし日の青年のように双剣を逆手に握り、亜麻色の髪をなびかせ、それこそ女神のように。
「想定外の出来事に対するショック耐性を付けるには必要な『訓練』だ」
ユースティアは「ニケ」――会ったこともないエルに憧れている。颯爽とした従姉、民衆のスーパーヒロイン。その程度しか知らないからこそ、純粋に憧れ、近づこうと自分を変えてみる。その行為は、バランたちが逆立ちしても教えられない「戦う女」としての成長をユースティアに促すこととなる。
「……俺、何であの子が親離れしないか全っ然分かんない」
「させないように工夫のしようはいくらでもあるんだよ」
「えげつなー」
そのえげつないユリウスに加担しているバランが言えた義理ではないが。
そんな下らない話をしていると、さかさか、と造花を掻き分けてユースティアが戻ってきた。
ユースティアは、玄関から回り込む時間さえ惜しいのか、テラスの枠を器用に掴んで、テラスの中に飛び降りた。
「とーさま。バランおじさま」
「写真は撮れたか?」
「うん」
ユースティアは画面を合わせて、バランにカメラを差し出した。バランは覗き込む。被写体のタンポポが風に吹かれて綿毛を飛ばす瞬間が、奇麗に切り取られた写真だった。
「へー、造花なのに凝った作りだなあ。ユースティアの粘り勝ち」
バランはユースティアを抱え上げ、膝の上に乗せてやった。本当ならユリウスがこうしたいだろうが、時歪の因子化が進んだユリウスは、痛みに邪魔されてそれができない。だから代わりにこういうスキンシップをバランとアルフレドが担当し、人心地の良さを教えてやるのだ。
こうして慈しむことで、例えばいずれ現れるエルを殺したくないと思う性格になるかもしれない。それでも少しでも人らしく育てることが、せめてバランにしてやれることだった。
後書き
番外分史でエルがどういう道を辿ったかの断片。「ヴィクトリア」の名乗りから彼女が目指した道は推し量っていただけるかと思います。
大切な男が死んだ世界で、エルはエルなりに戦って人助けのために奔走したのです。お人好しな彼の真似をして、少しでも彼を近くに感じられるように。
ゴシックドレスにしたのは、作者の趣味もありますが、あのルドガーとおそろな服のチョイスができるのはエルEDからのエルにしかできないからという思いもあります。
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