最後の大逆転
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第一章
第一章
最後の大逆転
平成五年、このシーズンはヤクルトと西武の二年越しのシリーズの第二幕で名高い。このシリーズは足掛け二年に渡る西武とヤクルトの選手達の死力を尽くした激闘だっただけではなく野村克也と森祇晶、二人の知将がその全知全能をかけて火花を散らした戦いでもあった。
これに比べるとペナントは平凡だったかも知れない。その前の年はヤクルトと阪神のデッドヒートがありその中でヤクルトのエース岡林洋一のシーズンを通しての力投、荒木大輔や高野光の復活といったドラマがあった。それに比べるとこのシーズンはあまり面白みのないシーズンだったと言えるだろうか。
しかし個々の試合では面白いものもあった。時には息詰まる投手戦があり時には激しい乱打戦があった。そして思いもよらぬ逆転劇もあった。それがこの試合であった。
六月五日、藤井寺球場では近鉄バファローズと福岡ダイエーホークスの試合が行われていた。
両方共強打が売りのチームである。よく乱打戦になった。だがこの試合は少し様子が違っていた。
ダイエーはこの時その荒い野球が原因か中々勝てなかった。監督に西武のフロントで辣腕を振るっていた根本睦夫を招聘してもそれは変わらなかった。
元々根本の本領はその人材発掘と獲得方法、そして育成にあった。采配はそれ程定評があるわけでもない。だがその人材発掘と獲得により西武の黄金時代を築いたことからもわかるようにその手腕は際立っていた。ある人球界の裏の事情にも詳しい者は彼をこう呼んだ。
「球界一の寝業師」
「球界の裏番」
これは誹謗中傷と捉えられかねないが彼を語るうえではこれ程合った言葉はなかった。とかくその手腕は他の者の追随を許さず怖れられていた。西武では森も、その前任者広岡達郎も人事にはタッチしておらず彼がオーナーから一任されてそれを全て取り仕切っていたのだ。
その根本の存在は無気味であった。だがグラウンドではそれ程ではない。
この試合はダイエー優勢のまま進んでいた。九回表には岸川勝也が駄目押しのスリーランを入れていた。
八対ニ、六点差である。流石に誰もここから勝てるとは思っていなかった。
「今日はあかんな」
近鉄ファンの中にはとっくの昔に帰っている者もいる。残っている者も皆諦めていた。
だが運命の女神は残っていた者達に想いも寄らぬ恩恵を与えたのである。
この時ダイエーの先発は渡辺正和。サウスポーである。彼は八回まで二失点という好投であった。
「このまま完投かな」
試合を見ている者達はそう思った。そうそう波乱があるとは思えなかった。
まずは先頭の四番石井浩郎を歩かせてしまった。次にくるのは鈴木貴久。彼はパンチ力があった。
その彼が左中間にタイムリーを放った。ツーベースだった。
「今更打って何になるんや」
観客達はそれを醒めた目で見ていた。だが渡辺はこれ調子を崩した。
九回である。体力的にもそろそろ限界だ。特にコントロールが乱れてきていた。
「しかしこの回で終わりだ」
渡辺は余計気を立ててしまった。それがまたコントロールを悪くさせた。
村上嵩幸にも四球を出す。それを見て根本は首を傾げた。
「どう思う?」
そして傍らにいたコーチに声をかけた。
「もう九回ですけれどね」
彼も少し不安を覚えていた。
「けれどいけるのではないでしょうか」
「そうか!?」
根本はそれを聞いて眉を顰めた。
「ううむ」
根本は同じ考えではなかった。そして彼は自分の考えに従った。
「ここまでやってくれれば充分だ」
そう言うとマウンドに向かった。そして渡辺に対して言った。
「今日はご苦労さん」
「え、はい」
彼もこのまま完投させてもらえるとばかり思っていた。まさかこんな言葉を聞くとは思わなかった。
根本は主審に対して言った。ピッチャー交代、と。
「ピッチャー、池田」
それを聞いた当の池田親興は思わず耳を疑った。
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