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秋雨の下で

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第十二章


第十二章

「これで藤井寺のお爺ちゃんも喜んでくれますことやろ」
 彼が果たせなかった悲願を弟子達が果たした。それを聞いた西本の胸中は如何なものだっただろうか。
 そして今。西本は己が悲願を達成させようとしていた。
「これで全てが決まるで」
 彼は心の中でそう呟いた。そしてグラウンドを見た。
 雨は次第に強くなろうとしている。だがそんな中でも戦士達は激しく戦っていた。
 江夏はセットポジションに入った。そして石渡を見る。
 水沼がサインを出す。それはカーブだった。
「よし」
 江夏は頷いた。そして投球動作に入ろうとする。
 ゴクリ
 それを見た藤瀬が喉を鳴らした。
(行くか)
 彼は思った。
(いや)
 しかし逡巡した。
 これで全てが決まる。もし遅れたらどうなる。それで終わりだ。
 だが行かなくてはならない。さもないと結果は同じだ。
 江夏を見る。こちらに目はいっていない。左ピッチャーであるせいだろうか。どうもこちらへの注意は薄いようだ。
(今やな)
 江夏が投球動作に入ろうとする。藤瀬は意を決した。
 普段の藤瀬ならタイミングを完全に見極めていただろう。だがこの時の彼は明らかに焦っていた。タイミングを見誤ったのだ。
 藤瀬はスタートを切った。一気にホーム目掛けて走った。
「早い!」
 それを見た西本は思った。口に出しかけたがそれは言わなかった。
「!」
 それを見た水沼の身体が一瞬硬直した。だがそれは一瞬であった。
「きたか!」
 古葉はそれを見て思わず叫んだ。そしてベンチに向かって叫んだ。
「今じゃ!」
 ベンチは彼の言葉に即座に動いた。
「外せ!」
 ベンチが一斉に叫んだ。その中には古葉もいた。
「よし!」
 石渡がバントの構えに入った。彼はこの時を待っていたのだ。
 江夏は既に投球動作に入っている。そこでベンチの声と藤瀬の突入が目に入った。
「ここで来るか!」
 ベンチの声は彼の耳にも届いていた。咄嗟に行動に移す。
 しかしどうしてそれをするか。もう腕は振り下ろされようとしている。
「これしかないわ!」
 江夏はすぐにボールを外した。カーブの握りのままボールをウエストさせたのだ。
 水沼が立ち上がった。彼もすぐに江夏がボールをウエストさせると直感で感じていたのだ。
「させるかい!」
 だが石渡が必死にバットを出す。彼もこの一瞬にかけていたのだ。
 石渡のバント技術はチームでも屈指である。西本がこの作戦を実行に移したのもそれがあるからだ。
 だがボールは石渡のバットを避けた。信じられないことにカーブの握りのままボールは逸らされた。
 しかしそれを捕るのは容易ではない。水沼は懸命にボールを追った。
「落とすかあ!」
 彼はそれを必死に見る。そしてミットをボールに合わせる。 
 時が止まったように感じられた。ボールはゆっくりと水沼のミットに入った。
「ゲッ!」
 それを見た藤瀬は思わず叫んだ。何とバントが失敗したのだ。
 こうなれば彼は袋の鼠である。既に三塁ベースには吹石がいる。
 水沼が迫る。そして藤瀬はそこで殺された。
「しもうた・・・・・・」
 一瞬、そうほんの一瞬であった。走り出すのが早かった為に彼は見抜かれた。そして失敗した。
「わしのせいや・・・・・・」
 ベンチに戻りながらそう呟いた。
 同じくそう呟いた者がいた。バッターボックスにいる石渡である。
 彼はバントには自信があった。だからこそ成功させねばならなかった。だが失敗に終わった。
 西本は戻って来た藤瀬に対してあえて何も言わなかった。今言ってもかえって彼の心を傷付けるだけだとわかっていたのである。
 
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