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秋雨の下で

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第十一章


第十一章

「ええか」
 それを見た者達が目だけで頷く。
「よし」
 古葉は口の中で了承した。そしていつも通りベンチの奥に陣どった。
 江夏は藤瀬にはチラリ、と見るだけしかできない。だが一塁にいる平野はよく見える。
 平野を見た。すると彼の顔がニヤリ、と笑ったように見えた。
「!?」
 江夏は一瞬我が目を疑った。だがそれは一瞬のことでありもう確かめることは出来ない。平野は無表情のまま一塁にいた。
『貴方の手には乗りませんよ、江夏さん』
 江夏はその時平野のその声を聞いたように感じた。
(まさかな)
 だが彼はその時直感で感じていた。来る、と。
 次に二塁の吹石を見る。彼には何の変化もない。二塁ランナーはこうした場合比較的楽なポジションにいるせいだろうか。
 三塁の藤瀬はあまりよく見えないがどうやら普通に見える。だがその普通さが怪しいといえばそうなる。
 だが彼は確信していた。しかしそれが何時なのかはわからない。
 西本はベンチで選手達を見守っていた。彼はもう決断した。その決断を覆すつもりはない。
「迷ったら負けや」
 それを彼は今までの野球人生で嫌になる程よくわかっていた。
 かって七度シリーズに出た。シリーズにおいては勝ったことがない。
 大毎の時は三原の智略に敗れた。それは将に魔術であった。
 阪急においては巨人の圧倒的な戦力の前に敗れ続けた。こちらが幾ら新しい戦力を持って来ても敗れた。
 それは何故か。西本には迷いがあったからだ。
 巨人のヘッドコーチ牧野茂が西宮のグラウンドにボールを転がす。西本はそれだけで気が気でなくなる。
「何をしとるんや・・・・・・」
 おそらく西宮の芝生を調べていたのだろう。だがそれだけで気が気でなくなるのだ。
「気にしたらいかん」
 当時阪急のヘッドコーチを務めていた青田昇はそんな西本に対して言って彼を落ち着かせようとした。
「しかし・・・・・・」
 青田は巨人のことなら誰よりもよく知っている。彼は巨人の黄金時代川上哲治と共に打の主力であった。ジャジャ馬と呼ばれ暴れ回っていたのだ。
 その彼の言うことである。何とかその場は落ち着いた。だがそれでも試合がはじまるとそれを思い出す。そしてそれは采配にも影響が出る。
「西本さんはどうもシリーズとペナントで様子が違うな」
 巨人の監督であった川上は言った。
「何かシリーズでの野球は何処か他人行儀だな。まるで余所行きの野球だ」
『余所行きの野球はするな、うちはうちの野球をやればいい』
 西本は常に選手達に対してそう言った。だが当の本人が相手の些細な行動に悩まされ余所行きの野球をしてしまったのだ。
 王を警戒し外野を四人置く特殊なシフトを組んだりもした。だがそこで打撃優先で組んだオーダーの為守備で負けた。
 望みを託した足立光宏が力尽きて敗れた。その時事前にセカンドを守り阪急の主砲であり知恵袋であったスペンサーが彼の降板を進言していたにも関わらず足立の言葉を信じ投げさせたうえでだ。
 スペンサーは降板する足立に握手を求めた。その時スペンサーは心の中で言った。
「足立、確かに君はよくやった」
 しかしそのあとでこう思った。
「だが一人では勝てないのだ」
 だが西本は後悔はしなかった。足立もスペンサーも素晴らしいプレイを見せてくれた。そのうえで負けたのならば西本に悔いはなかった。
 山田久志が王に逆転サヨナラスリーランを浴び敗れ去ったことがあった。マウンドに崩れ落ちる山田。西本はそんな彼を一人迎えに行った。
 確かに余所行きの野球だったかも知れない。しかしそれ以上に西本はその心を見せた。そして多くの者の心をとらえたのであった。後に阪急のトップバッター福本豊は広島とのシリーズを制し日本一になった時にこう言った。
「巨人や!巨人に勝って藤井寺のお爺ちゃん喜ばしたるんや!」
 それは阪急ナインの総意であった。最早敵将であっても西本は多くの選手に慕われていたのだ。
 阪急はその翌年巨人を死闘の末に倒す。その時阪急の将上田利治は言った。
 
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