ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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OVA
~慟哭と隔絶の狂想曲~
光があれば闇もある
闇が蠢く。
それは、とろけるようにわだかまる漆黒。
どんなに眼を凝らしても、そこに無機物はおろか有機物の姿すら見えてはこない。
しかし、その闇の中で動く影があった。
一つではない。大小二十以上の影が、その場に、その闇の中に溶け込んでいる。
その影たちに囲まれ、一際存在感を放っている影が口を開く。
空気という名の暗闇がゆっくりと対流する。
「奴らは………どうなったかのぅ」
それは、ただの独り言だった。冗談抜きで、本当に何でもないただの独り言。
しかし、その言葉は周りの影達にとっての《義務》となる。
秒針が身動きをする前に、影達の中の一人が口を開く。その声も、全体的に妙なエフェクトが掛かっており、男か女かはにわかには解からない。
「全滅いたしました。やはり、《彼》には二十人規模でも足りないと思われます」
微妙に主語がぼかしてあるその報告的文章でも、影達は全て理解しているらしい。その言葉に対する説明を求める声は何も聞こえなかった。
「こうなったら、例の最終プランで行くしかないものかと……」
「……………………そう、か」
カツン、という音が響く。
その音源は、その中心たる陰の脇に据えられた火鉢だ。その中に、影が吸っている煙管の灰を落したのだ。剥き出しになった火が、闇をほんのりと染め上げる。
ふぅーっ、と紫煙を燻らせた中心の影はしばしの間隙を挟み、年輪が入っているかのごとき言葉を紡ぐ。
「儂達は何も、犬畜生ではない。救われる余地の残っている者には手を差し出すのが道理というものじゃよ」
「しかし――――」
なおも言い募ろうとした影の一人を、おや?とばかりに中心の影が口を開く。
「お前さん、新入りかい?」
「は?」
一瞬、何を言われたのか分からないという風に首を傾げる気配を漂わせる影に、トドメとばかりに闇は言う。何の気負いもなく、言う。
「なら肝に銘じておくといいのぉ。身の程をわきまえぬ者は、闇の中では生きられんということを」
その言葉とほぼ同時、全ての闇がのそりと動く。
闇と影全てが、明確な敵となって一人の小動物に向かって牙を剥く。
今更のように一人の影は自らの身に危険と危機が肩を組んで迫ってきている事実に気が付き、情けない悲鳴とともに足を動かす。煙管から発せられる本当に僅かな光量の輪の外に、その姿が消える。
ドタドタという醜い足音が闇の中に響いたのは、僅か数秒足らずだった。
背筋が凍りつくような、あるいは喉元が引き裂かれるような悲鳴が上がり、それもすぐにプツリと途絶える。
それら一連の事を、まるで空気のように、当たり前のように無視し、闇達は再び口を開く。
「では、老師……」
「のぉ、皆。儂らは影じゃ。この世界の光に付き添うただの影じゃ。じゃからといって、泣いて駄々をこねる子供に手を上げるというのも大人げのないものじゃろう?」
「「「「……………………………」」」」
黙りこくる闇に、更なる闇は語りかける。
「卿がこの世界の光というならば、儂は喜んで闇に沈もう。そして、この世界に棲まう蛆虫どもを狩らねばなるまい」
そして、ソレに苦しむ者達には、喜んで千の手を差し伸べよう。
闇が動く。
数十人規模の集団が、一斉に立ち上がったために生じた空気の流れだ。
「さぁ、《お灸》を据えに行こうとするかのぅ」
鋼鉄の魔城の深淵が、動き出す。
レンはアインクラッド第十一層のフィールドにいた。巨人か何かに踏み潰されたように激しく隆起する地形は、それなりに高い所に上らないと遠くを見通すことができない。おまけに、それらの岩の隙間から吹く風は、ちょっとした台風並みの風速と砂塵を持っているので、戦闘中によろめいたり眼が潰れる事に気をつけねばならないという、ある意味モンスターよりも自然が恐ろしい稀有なステージである。
基部フロアのため、かなり広いフィールドが据えられており、迷宮区に辿り着くまでに三週間を費やすという異例の層でもあった。ちなみに、迷宮区最上階に棲み着いていたフロアボス【Sphere The Martial Queen】は、気合を入れて挑んだ攻略組メンバー全員のHPをイエローに落とすことなくその儚い命を散らしたという。
そんな、ある意味では恐ろしいフィールドのど真ん中に、少年は立っていた。
周囲の空間は本格的な夜の帳を含み始め、周囲の空気は僅かに青紫色の色を滲ませる。どこで鳴いているのかは皆目見当がつかないが、正体不明の虫達のさざめきが優しく耳朶を打ってBGMを醸し出す。気を抜くと、一瞬ここが市街区のド真ん中とでも錯覚してしまいそうだった。
「……………………」
紅衣の少年は、黙って空を見上げる。
そこには次層――――十二層の底蓋が重く封をしているだけなのではあるが、それでも構わずに《冥王》と呼ばれる少年はそこにない天空の青空を視た。
しばし辺りに美しい静寂の刻が静かに、しかし荘厳に奏でられる。
だが――――
「――――ぇッ……ゅ…かァッ。………ぶゅぶ」
それらは醜く、汚らわしい不協和音によって遮られた。
少年は能面のようにのっぺりとした顔を、己の足元に向けた。
そこには、奇妙なモノが地面に張り付いていた。
一メートルほどの歪な球体で、片方の先には直径三十センチくらいの球体がへばり付いている。その本体と思しきものには、ボロ雑巾のような布キレが被さっており、ソレ自体が時折もぞもぞと蠢く。
それはヒトだった。
ただし、四肢全てと顎底部を丸ごと切断されたヒトだ。
アゴを切除されているためか、先ほどから必死に何かを言おうとしてはいるものの、ただの雑音として周囲に振り撒かれていた。手足を全て寸断されているために、自らの意思での移動も、ポーションやクリスタルなどによる回復もままならない。
合計五つもの部位欠損ダメージによって、視界の隅に浮かぶHPバーは恐ろしいほどの赤に染まり、ソレは声もなく涙を流していた。大粒の液体が鮮血に彩られた頬を伝い、地面に大きなシミを黒々と作り出す。
ソレを少年はただただ一瞥し、ぽつりと呟く。
「うるさいな」
ゴシュッ!
闇に染まりつつある空気の中に、鈍い音が響き渡る。その音に驚いたかのように、今にもまどろまんとしていた小鳥達が数羽、驚いて飛び立つが、少年は気にしなかった。
ゴキッ!
ゴキャッ!
ゴシャッ!
複数の音の後、ばしゃああぁぁっっ!というポリゴンの破砕する効果音が響いた。
「………………………」
少年は黙って、ソレの頭部を砕かんばかりに踏みつけていた足を下ろした。
先程まで《ヒト》がいた地面には、もうその存在がいたという痕跡は跡形もなく消えていた。まるで、先程までの光景が夢のような悪夢であったかのように。
狂いきって、狂いすぎて、狂い終わった少年は、ゆっくりと視線の焦点を合わせて自分の手元を見る。
そこには、通常ではありえないようなブラッディーレッドのウインドウが出現していた。
そこに記されているのは、これまで彼が殺した人々の名前。そのウインドウの隣に、小さな枠で今殺した男の顔が胸から上の写真が浮かび上がり、それが小さくなって名前の群の一番下に組み込まれる。
これで完了。
こんな、ささやかな現象がこの少年を突き動かしているものだ。
血色のウインドウの上端には、【You killed 145】とそっけなく記されている。
「あと五十五人…………か」
ふぅ、と息を吐き出す。
高ぶっていた精神が、離れかけていた心が、トびそうになっていた理性が戻ってくる。
世界の色が戻り、空気に鉄以外の匂いが漂い始める。
ゆるりと体中の力を抜いた途端、膝が冗談のように震えだし、血色のコートを着た少年は堪らずに地に手のひらを付けた。
自然と息が荒いものとなり、宵闇の大気を白く染め上げる。
うずくまり、ぜぇぜぇと荒い息を繰り返す少年に、唐突に声を掛ける者達がいた。
「お疲れのようじゃな。レン君」
バォッッ!!
大気が悲鳴を上げる。
反応する、という行為自体が許されないほどの一瞬の間隙の後、耳をつんざかんばかりの金属の悲鳴が上がる。
ギリ、ギリ、と新たな乱入者である老人の目の前で、その老人の影から滲むように出現した人影が、少年の短刀を真正面から受け止めていた。
その身長は高い。第一層【トールバーナ】で声を上げた巨漢、エギルとどっこいどっこいかもしれない。しかし、忍装束の上から推測できる体格はかなりの痩身だ。しかし不健康そうだとか、そういう印象は浮かばない。
鼻と鼻がくっつくほどの距離にある眼は、暗く濁ってその心の奥底は全く窺えない。
新たに出現した集団は、数十人規模の集団だった。
そんな集団が、レンと呼ばれた少年の感覚器官に引っ掛からないはずがない。なのに、その集団は声を発するその瞬間まで景色に完璧に溶け込んでいた。
まるで、舞い落ちる落ち葉のように。
まるで、梢を走り回る子鼠のように。
まるで、風にそよぐ雑草達のように。
《隠蔽》スキルで隠れていたとか、そんな次元ではない。例え動いていたとしても意識レベルで気にする事を止めているような、対象の意識の死角にするりと入り込んでくるかのような、そんな人外の成せる技。
それを数十人で一斉にやってのける、そんな集団の前に立っているのは、腰の折れた一人の老人だった。飾り気のない地味な紺色の着物を羽織り、腰には幾本幾種類もの刀剣が据えられている。何より特徴的なのは、折れたその背にドでかい中華鍋を背負っていることだ。それが相まって、ひょろりとしているのに全体的に太った亀のように見えてしまう。
六王第四席《老僧の千手》シゲクニ。
その姿を視認し、レンは己が得物を受け止めるギルド【風魔忍軍】のメンバー越しに睨みつける。
「六王サマが僕に何のご用かなァ?」
「…………下がれハンゾウ。もうよい」
は、と。
シゲクニの言葉とともに、ハンゾウと呼ばれたプレイヤーが自らの得物を納めた。
って、おい、ちょっと待て。
ハンゾウだと?
すすす、と集団の中に溶け込むように消えたハンゾウに代わり、シゲクニは笑みを浮かべる。
「決まっているじゃろう。儂らは君を止めに来たんじゃよ」
「……ハッ。何かと思えばそんなこと」
鼻を鳴らし、《冥王》と呼ばれる少年は虚ろな笑みを浮かべた。
「それなら余計なお世話だと言っとこうかな。僕は止まる気なんてサラサラないし、それに――――」
チロリ、と少年は目の前にいる老人に視線を向ける。並の人間ならば、それだけで生命活動が危ぶまれるという都市伝説まであるほどのものを。
「本当に止めたいんなら、殺意くらいしまいなよ」
その言葉とほぼ同時。
少年と老人と集団がいる、そびえ立つ岩々に囲まれてできた空間。その岩の上に、じわりと滲み出す影があった。
一つや二つではない。
一瞬前まで確かに何もなかった空間に、影は現れる。
その数は軽く三十を超えるかもしれない。
そんな、絶望的な状況の只中であっても、少年は嗤っていた。
楽しそうに。
愉しそうに。
笑っている。
嗤っている。
「釘刺しのつもりか、それとも本気で殺す気なのか。……いいね。いいよ、遊ろうか」
轟音が、迸る。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「目が赤いなぁどしたの?」
なべさん「朝から…………20回くらいSAOⅡのマザロザ編新OPを……」
レン「あ……(察し」
なべさん「お、OP見ただけででこんなに泣いたのはオラ初めてだっただ」
レン「うんうん、よしよし。とりあえずその一人称と語尾やめようね」
なべさん「あれは反則だと思うんだよ」
レン「まあ、確かに」
なべさん「…………あぁ、こっちでもユウキ出したい」
レン「あなたの努力次第です」
なべさん「……………………」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね~」
──To be continued──
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