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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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OVA
~慟哭と隔絶の狂想曲~
  無言静寂

パタリ、と閉じたドアの前でレンは数秒間じっとしていたが、軽く頭を振り、近くにあった窓枠に足をかけた。

一瞬だけ今出てきたドアを振り返るも、何かを振り切るように脚に力を込める。

パァン!と、軽い銃声のような音が響き渡り、レンの小柄な身体が身に纏っている血色のフードコートの残像を残して掻き消えた。

常人にはほとんど眼では捉えられない速度で、紅衣の少年は町並みの屋根から屋根へと飛び移る。

ターン、ターン、という《足音》が、まるで木霊のように辺りに乱反射していた。耳元で風の音がうるさい、とレンは初めて思う。

目的の場所は、すぐに見つかった。

アインクラッドの、どの階層にも絶対に設置してあるオブジェクト。《転移門》である。

広場になっているその入り口付近に音もなく着地したレンは、驚きの声を漏らすプレイヤー達を無視し、薄蒼い光を放つ転移光(ポータル)へと淀みないリズムを刻みながら歩み寄っていく。

その小柄な肩を、叩く手があった。

「よっ、レン坊」

それにレンは、振り向かずに答える。

「……《鼠》がどーしてこんなトコにいるのさ」

「……………………もう『アルゴねーちゃん』とは、呼んでくれないカ」

ニャハハハッ、とどこか寂しそうな笑いとともに放たれた言葉を、しかし少年は無視した。

「なぁに、仕事でナ。これからねぐらに帰ろうって時にお前を見かけたモンだからサ」

「そう。……話が終わりなら、僕はもう帰るよ」

「おっと、《冥王》サマに耳寄りな情報があるんだが、どうダ?」

ぴくり、とレンの肩が動く。踏み出しかけていた片足が、静かに地面へと下ろされた。次いで、少年はゆっくりと振り返った。

長めの前髪の奥から放たれる眼光は、矢車草の名を持つ女性と一緒にいた少年のものではなかった。ただただ、コイツは利用できるのだろうか、という値踏みをする視線。

そんな視線を受け止めるのは、レンよりも少しだけ背が高い―――といってもSAO内では充分に低い部類なのだが―――いかにもすばしっこそうな女性プレイヤーだった。

ボロボロのフーデッドケープに半分隠れる顔には、ひとつ大きな特徴がある。両の頬に、メーキャップアイテムによって、動物の髭を模した三本線が描き込んであるのだ。短めな金褐色の巻き毛と相まって、その風貌は彼女の二つ名に相応しい物となってしまっている。

「………いくら?」

しばらくの沈黙の後、問うレンに、情報屋《鼠》のアルゴはにひひっと不敵に笑った。










アインクラッド第十一層主街区【セントレンズ】。

あまり人も来ないそこに二人が来た理由は、何のことはない。ただ単に、少しでも人が来ない場所に適当に飛んだだけである。

靴底が、整備された石畳の上に軟着陸する。同時に、これまで聞いていた【デラクール】のBGMが減衰しながら消え、新たなBGMと人々の喧騒が鼓膜を震わせた。

その中で《鼠》の名を冠される少女は、転移門前通りに面していた酒場のドアを開けた。

「らっしゃい!」と声を掛けてくるNPC店主以外は、さすが第一級の情報屋が選んだというべきか、見事に誰もいなかった。やべぇ客がキタコレ、と狩人の眼を輝かせる店主に適当な注文を出して追っ払い、奥の方に据えられているテーブルに着く。

「んで、何にも聞かずにココまで連れて来られた訳だけど、いい加減に教えてよ」

「………まず始めに言っとくケド、この情報に料金は不要ダ」

物憂げに頬杖を付くレンに、アルゴはそんなことを言った。

「なんで?」

「あんまりにもアバウトなモンだからナ。こんなんで料金取ったなんて広まったら、こっちが損しちまうヨ」

どことなく遠まわしに、果てしなく婉曲的に否定されたが、しかしレンはふぅ~んと気のない返事を返した。

恐らく、この情報屋の頭の中では自分には考え付かないほどの計算や打算、企みが渦を巻いているのであろうが、それをレンは理解しようとも思わないし、注意を向けたくもない。そこにレンホウという自分か、《冥王》と呼ばれる自分が組み込まれているのは確実だろうが、それでも少年は興味が湧かなかった。

「…………ま、無料(タダ)より安いモンはないからね。そう言うんだったら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

「ン、じゃあ言うゾ」

と、アルゴは改まったように座り直し、組んだ手の甲の上にあごを乗せ、鋭い眼光を向けてきた。

しばし、もったいぶるような余白の後、《鼠》という二つ名を持つ少女は口を開いた。

「《狂った幸運(ドラッグ・ラック)》が騒がしい」

「………ッ」

眼が少しだけ見開くのを、レンは止めることができなかった。

それを無理やり抑えるために、ひとまず一回だけ深呼吸をし、卓上にいつの間にか置かれていたエールビールを飲んで唇を湿らせる。

「騒がしいって……、アイツ等がヒャッハーしてるなんていつもの事じゃん」

「ここら辺のアイツ等は特に活発的になってきてる気がするんダヨ」

「へぇ、具体的には?」

ようやく頬杖を解いて顔を上げたレンを見返すアルゴの顔は、情報屋特有の得意げでふてぶてしい笑みが浮かんでいた。

「それは別料金だヨ。五万コル」

「はいはい」

苦笑とともに、レンは右手の人差し指を真っ直ぐに伸ばして真下に振るった。鈴の音のようなサウンドエフェクトとともに出現したのは紫色のウインドウ。プレイヤーそれぞれに割り振られているシステム的メニューウインドウである。

その中の、アイテム(ストレージ)の隅に設置されている所持金額をタップした。浮かび上がるトレードウインドウに五万の数字をきっちり入力しようとし、少し考えた後に五千コルをプラスした。特に深い理由はない。ただのチップのつもりだ。

しかしそのトレード画面を見たアルゴはフンと一度だけ鼻を鳴らし

「儲かってるナ。まァありがたく頂戴しとくカ」

そう前置きをし、こちらも注文していた黒エールを一気飲みした。かなり大振りのジョッキをダガン!!というテーブルを叩き割らんばかりの効果音とともに置き、言葉を紡ぎ始めた。

「……確認されてるだけでも、この一週間で十二人の犠牲者がいるヨ。襲われた奴なんて、その倍以上もあるかもナ」

「十二人………」

多いな、と思わず呟いたレンに、アルゴは金褐色の前髪の奥から胡乱な視線を向けた。

「お前、自分が殺った人数も数えてないのカ?」

「……………………」

黙り込む少年をしばらく睨みつけていた少女は、やがて折れたように大きなため息を乱暴につき、金褐色の巻き毛が特徴的な髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。

「まぁいい。とにかく、ここ最近の奴らのハッスルぶりにはちょっと目を見張るモンがあるって訳ダ。単純計算でも、一日に一人か二人だからナ~」

言った後、アルゴは店の奥に「おかわり!」と怒鳴る。それに阿吽の呼吸のように合致した店主の返事を聞きながら、レンは更に脳を回転させる。

しかし、いくら考えても殺人者の思考など分かるはずもない。

自分は殺人者ではなく、殺人者を殺す殺人《鬼》なのだから。《鬼》なのだから。

はぁ、とため息をつく。

殺すか。

たったそれだけの思考で、たったそれだけの単純な思考で、《冥王》――――《冥界の覇王》と呼ばれる少年の、今後の行動目標が定まった。

「それにしても、よく教えてくれる気になったね。いっつも、『人様にメーワク掛かるような情報は売ってやらン』とか言ってたのに」

レンの問いに《鼠》と呼ばれる少女は、早速出された黒エールをぐびりと飲んだ後に口を開いた。

「…………別に、オイラの気が変わったってだけサ」

「……そ」

簡素な返事だけ返して、レンもグラスを煽った。いつもならするりとノドに入っていくエールビールはやけに苦く、やはりコークワイン辺りにしとけば良かった、と少年は舌打ちした。

一気にグラスを傾け、残っていた液体をカラにすると、レンは椅子を引いて席を立った。

「行くのカ?」

「うん。ありがと、アルゴねーちゃん」

「……………………………」

店主に支払いを済ませる直前、こんなときによぶなばか、というような声が聞こえた気がするがたぶん気のせいだろう。

髭面の店主に、テーブルに突っ伏したまま動かないアルゴの分まで支払い、食事のときは外してある漆黒のロングマフラー。正式名称《マフラー・オブ・ブラックキャット》を装備ウインドウを操作して実体化させ、首に巻きつける。

今はもういない一匹の子猫のことを脳裏に思い出しながら、レンはテーブルにぐてーっとなっている少女に言う。

「じゃあね」

その言葉がアルゴの聴覚を震わすか震わせないくらいのうちに、カランコローンという軽やかな音とともに一人のプレイヤーがこの空間内から消えたことを示した。

ありがとやっしたぁー!という無駄に気合の入っている店主の掛け声がその後に続く。

しばらくの間、アルゴはそのままの体勢で固まっていた。

現実世界ならば、店員からのお小言か店から追い出されるかもしれないほど固まっていたのだが、この店にいる唯一の店員である店主はNPCである。システムに規定された台詞以外は、言うのはおろか言うという意思すらもないただの見てくれだけのマネキンである。どちらにしろ、他に客などいないのだから罪悪感すら起きない。

「…………じゃあね、カ」

顔だけを上げ、《鼠》と呼ばれる少女は言う。

何かを憂うように。

何かを諭すように。

何かを嗤うように。

言う。

「お前はもう、『またね』も言えないくらいに死にたいのかよ、レン坊………」

ちくしょウ、と少女はテーブルを叩く。

自らの非力を恨むかのように。

自らの無力を嘆くかのように。

自らの仕事を蔑むかのように。

しかし、肩を震わせる彼女に声を掛ける者は、誰もいない。

誰も――――いないのだった。










――――言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから―――― 
 

 
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「なんか……久しぶりに見たような気がするアルゴねーちゃん」
なべさん「だよねぇ。考えてみれば、SAO編初~中期辺りはちょいちょい出てたのに、終盤じゃあお役御免だったし」
レン「ALO編は仕方ないとして、ね」
なべさん「あたりまえじゃい。ALOにアルゴが出てたまるかい」
レン「出そうと思ったら出せると思うけどな」
なべさん「キャパ不足です」
レン「精進なさい」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてください!」
──To be continued── 
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