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万華鏡

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第五十四話 音楽喫茶その十四

「それにお酒も煙草も口にしなかったわ」
「禁欲的だったんですね」
 そのことも聞いてだ、美優は言った。
「随分と」
「そうよ、女性にも清潔でね」
「お坊さんみたいな生活だったんですね」
「あまり寝なかったことといいね」
 禅僧は修行であまり寝ない、寝るという煩悩、本能的な欲望を抑える為に常にそうしているのである。これは織田信長もそうしていたらしい。
「そうした生活をしていたのよ」
「何か意外ですね」
「やりたい放題じゃなかったんですね」
「独裁者だったから何でも出来たのに」
「そういうことをしなかったんですか」
「ええ、趣味は読書と音楽鑑賞よ」
 この二つだった、音楽はワーグナーを熱烈に愛していたことで有名だ。
「とにかく私生活は禁欲的だったわ、蓄財もしなかったわ」
「それでもですか」
「ああいうことをやったんですね」
「そんな真面目な人がですか」
「ナチスを率いて」
「そういうものよ、ヒトラーは潔癖症でもあったそうよ」 
 このことは朝起きてすぐに風呂に入っていたころからも伺えるだろうか。
「完全主義者でもあったみたいだから」
「それで、ですか」
「完璧を目指してですか」
「完全に綺麗なドイツを目指して」
「ああいうことをしたのよ」
 己に反対する者やユダヤ人を迫害し侵略戦争を行い多くの人間を殺したというのだ。
「完璧はないのよ、そして目指すとおかしなことにもなりかねないわ」
「じゃあ学校の勉強もですか?」
「そっちは百点を目指すべきだけれど完璧はないわよ」
 琴乃にこう答える。
「それもね」
「ないんですか、完璧は」
「学校の勉強でも」
「百点は答案の結果よ」 
 それだけのことに過ぎないとだ、先生はプラネッツの五人に話した。
「それに過ぎないのよ」
「じゃあ完璧は、ですか」
「勉強にもないんですか」
「教えることだって完璧はないのよ」
 先生はここでこうも言ったのだった。
「先生だって今も勉強中だから」
「私達に教えることをですか」
「勉強中なんですか」
「今もそうされてるんですか」
「先生も」
「そうよ、自分を完璧って言える先生がいたらね」
 それこそ、というのだ。
「その先生はおかしいわ」
「ううん、教えることにも完璧はなくて」
「学校の勉強もですか」
「百点取っても完璧じゃないんですね」
「ただの答案の結果で」
「テストは大事だけれどそれだけでもないのよ」
 先生はさらに深い話に入っていく、学校の授業というものはテストだけではなくそれで全てではないということをだ。
 そのことを話してだ、五人にあらためて言った。
「じゃあ完璧はないけれどよくなることを目指してね」
「体育館で、ですね」
「今からですね」
「演奏してきてね」
 そうしてくれというのだ、そしてだった。
 五人は今は体育館に向かった、部室で演奏するより先にまずはそこからだった、そちらの演奏からはじめるのだった。


第五十四話   完


                              2013・10・15 
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