アセイミナイフ -びっくり!転生したら私の奥義は乗用車!?-
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第14話「続・私、商会の人に会う」
くどくどとドライベールの説教が続く中、イダは考えに耽っていた。
…知らないことが多すぎる。確かに、お父さんは私が言った「宿の娘のままでいい」という
言葉のままに冒険者の修行もしない、森の外のことも必要最低限しか教えてくれなかった。
自分も今までそれでいいと思っていた。だけど、本当に今のママまでいいのだろうか。
幸か不幸か、私は転生する前の自分を思い出し、それを自然に受け入れることが出来た。
だとするのならば、あの謎の同意書に書かれていた「魔王」とやらのことのことも
調べないといけない。もしほんとうにそんなものがいて、倒して欲しいというのなら、
あの同意書を書いた者が余程の人格破綻者でもない限り「悪者」だろう。
そんな事する義理も人情も今の私は持ちあわせてはいないが、私の、「イダ」の生活を
脅かすのならば倒さなければならないかもしれない。
…そして、事実、私は私の力のためにあの暗殺者くずれに狙われたのだ。
似たようなことが今後起きないとも限らない。その時に自分の命があるかどうかも
わからない、とは修行を開始するときにも思ったことだ。
なら、戦闘技術だけではなく、
出来るだけ広くこの世界のことを頭に入れておくべきだろう。
いつか、旅立たなければならないその日のために。
その日が来て欲しいとは思わなかったが、そのために努力することは必要不可欠だ。
運命は裏切る。裏切りはいつでも爪を研ぎ待っている。
それを信じ、なおかつ恐れないためには力と知恵と、何より勇気が必要だった。
「―――ですからねえ。貴方はいつもいつも…」
「あの…ドライベールさん、ちょっといいですか?」
意を決してドライベールの言葉を遮り言葉を紡ぐ。
きちんと言えたかどうか自分でもワカラナイほど、胡乱な頭で。
「…なんですか、イダちゃん?」
―――良かった。
イダは心のなかでそう呟く。
胡乱な思考はその言葉でひとまとまりになり、そして決した言葉の続きとなった。
「ダグダムってなんのことか、この機会に聞いてみてもいいですか?」
その言葉にドライベールは「おお、いいですとも」と快諾する。
説教が終わってホッとした顔のリックをそのままに、彼はそのその口髭を一瞬弄り、
そして話を始めた。それは異なる大陸の話であった。
「―――ダグダム大陸とはユーゼスニア海を挟んで、我らの大地アルロヴァーナから…」
―――アルロヴァーナ大陸から大凡2000km…この世界の単位では、1000ロメルタ離れた
場所にある欧州半島の大凡1.5倍の大きさを持つ大陸である。
赤道を挟んで存在するその大陸は砂漠地帯と熱帯地域を含み、
その気候は比較的アルロヴァーナよりも厳しいと言えた。
そこにはほとんど人間しか住んでいない。700年ほど前に成立したある一神教のために
人間以外の種族が迫害され、成立後およそ300年までにユーゼスニア海を渡って
ほとんどの種族がアルロヴァーナへと逃げ出してしまったのだ。
その後、ダグダム大陸の主要国は50~100年に一度、それらの逃げ出した種族の根絶、
そして人間以外の種族にも正当な権利を与えるアルロヴァーナ大陸への誅罰として
侵略戦争を…向こうの言い分で言えば、聖戦を仕掛けてきていたのだった。
それをこの大陸の国家は何度も弾き返していたのだった。
だが、それは確実に爪痕を残しており、生き残った侵略軍の一部が南部の空白地で
国家を建て、同地域に住んでいる人間以外の種族を迫害したり、近隣に存在する
ダグダムからの脱出者の国家などと紛争、戦争を繰り返すなどの問題が
数世紀に渡りこの大陸の民衆と為政者を悩ませていた。
「そんなわけで、香辛料生産国である南部の連中と我々は反りが合わない、というわけです」
同じエルフやドワーフでも、大陸が違えば風習も異なる。
そのため、脱出してきた種族の国家ともやはりギクシャクした関係のままだという。
「このままではいけない、って何度もプロイスジェクやマールヴァラの王様達は
彼らを取り込もうと努力してるらしいけどなあ。民族問題、文化の問題は根が深いな」
リックがため息混じりでそう言うと、グウェンが追従する。
「同じ大陸でも、遣いの森とマールヴァラのエルフじゃあ、考え方も違うにゃあ。
まして別の大陸。まして、自分の土地を捨てて他人の家に間借りする身。
エルフは寿命もなぎゃあからにぇえ。世代交代遅くて、何百年くらいじゃどーにもにゃ…」
はふう、と溜息をつく。続いてフェーブルが「魔法についての考えも同じです」という。
「ダグダムの人々は魔法を忌み嫌っています。神の法を悪戯に使う術である、と。
確かに正しくない方法で使えば災いを起こす力。ですが、力とは常に使うものの心に
問題があるからこそ暴走し、人を傷つける…そして人の心は弱く、
大きな力にすぐに負けてしまう。
だから、精霊使いも魔素魔導師も妄りには術を使わないんです」
ダグダムの人はそれをワカラナイ人が多いのだという。
神の法であるがゆえに人が妄りに使うのなら、使うものは悪魔の手先であり、
神の法を貶めんとする邪悪の化身なのだ、という考えを持っているのだという。
「力を使うものではなく、力そのものを悪とする人が多いのです。この大陸でも、
そういう人はかなりいるとは、私も思うのですが」
フェーブルはそう言って瞑目し頭を振った。
「うわあ…そんなところなんですか…」
―――まるで中世暗黒時代の欧州のようだ。
イダの考えはそう間違ってはいない。彼女の想像に近い世界が隣の大陸には
厳然として存在しているのだ。
「そっか。プロイスジェク帝国もほとんど戦争なんかしないのに、
すごい軍備を持ってるのは、ダグダム大陸の侵略のせいなんだ」
事実上そうだった。マールヴァラもプロイスジェクも戦争をする気は今のところなく、
軍備はあくまで自衛用のものでしか無いのだというのだ。
―――それにしては、プロイスジェクの持つ軍備は文明レベルを超えたものであるが。
「…なるほど。だから、香辛料栽培可能な地域とは確執があって、輸入が滞っている…と」
イダの言葉に、ドライベールは我が意を得たりとばかりに首肯する。
「我が国と10年前に紛争を起こしたティヤート君侯国のみですな。無条件での貿易可能国は。
彼の国は戦後賠償として、100年の最恵国待遇と香辛料の増産を約束させられましたから」
太った商人は、なるほどと頷くイダを見てため息をひとつついて、
「リック。出来れば頻繁にこちらに来るようにさせてください。彼女の知識はあまりに
偏っている。考え方や飲み込みが良くても、肝心の基礎知識がない。これではダメです」
宿の主人とはいえ商人の一種。彼女の宿を継がせるつもりなら、教育をしっかりしろ。
ドライベールは言外にそう込めて、リックに向き直った。
「わかった。こっちとしてもそうしてくれるなら助かる。ハッハッハ!」
「笑ってる場合ですか。全く、いつもいつも適当なんですから…」
呵呵と笑うリックに渋い思いを抱きつつ、ドライベールは苦笑せざるをえなかった。
「昔からそうなんですか?お父さんの適当さって」
イダの軽い疑問に、ドライベールは「ええ、そうですとも。いいですか、イダちゃん。
彼が笑いながら言うことを真に受けてはいけませんよ。
わかっているとは思いますが、念のため」と若干の皮肉を込めて言った。
冗談だとわかるように、少しニヤつきながら。
その言葉は正しい。まったくもって正しい。彼女はリックの適当さのせいで、
幼い頃から彼女にもよくわからないことで試練と称して課題を出されていたのだから。
「はい、勿論わかってます。先日も「宿の経営改善お前やって」とか無茶言われました!
この香辛料がなかったら、それをずっと頭テカテカ、冴えてピカピカになるまで
ヤラなきゃいけなかったかと思うと、笑えてきます!」
冗談めかしてイダが叫ぶように言うとと、父は「おいおい、そりゃないだろう」と苦笑する。
苦笑ついでに、そのまま腰を落としてドライベールを見据える。
「さっき言ったことは覆さンよな?半年に一度こちらにこさせるようにしたい。
出来れば商人としてより、冒険者としての知識をつけさせたいんだ」
「ええ、いいでしょう。馬車なら3日もかからない距離ですし」
ニヤリと笑ったリックの言葉に、ドライベールも快諾する。
「…ちょっと。どうしてそうなんの。勝手に決めないでよ、お父さん」
イダは抗議するが、それを半ば無視してリックが続きを言う。
「専門的な知識なら、こいつに教えてもらうのが一番だ。俺のはあくまで感覚的なもの。
実技以外は教えられないからな」
適材適所だと笑うと、イダに向き直る。
「―――まあ、今すぐじゃない。どうしたいかはお前が決めなさい」
そう言って、今度はドライベールを見つめた。
「…で、だ。ちょっとしたヤボ用が入っちまってなぁ。ウヴァまで行かにゃならん。
すまんがカヴェリまで早馬を出しちゃくれんか?」
その言葉に商人は二つ返事で快諾し、定期の物資搬入も含めて商談は進んでいった。
バタン。
そうこうしているうちに、チェリーが金庫から金貨を木製の台車に乗せて戻ってきた。
―――まあ、300枚もあったら台車ないと無理だわ。なんかあったら怖いし。
イダの感想が心の中で紡がれる間に、チェリーはこちらに近づいてきている。
「…どうぞ」
やはり抑揚のない声でそれをドライベールに渡す。
「おおおおおおお…うらやましいにゃあ、すごいにゃあ」
桃色のグラスランナーはよだれを垂らさんばかりに口を開けて、その金貨を危険な瞳で
見つめ続けていた。
チェリーはその視線から逃れるように、そのまま彼の影に隠れるように後ろに立つ。
金貨の枚数が正しいか、数えて確かめてくれ、とドライベールがリックに促すと、
リックはそれに従い金貨を数えだした。
「―――300枚か。冒険者してた頃でも、こんな報酬は一回あったか、ないかだな…」
数えた金貨を積み上げながらリックは苦笑する。
その言葉に、ドライベールは若干の憂いを見せながら言葉を紡いだ。
「…それにしても、どういう風の吹き回しですか?娘を冒険者にはしない、と
あれほど言っていた貴方が?」
…イダにとっては初耳だった。自分がずっとそう言っていたことは確かだが…
「え?お父さん、そんな事言ってたの?」
彼女は驚いてそう言うと、リックが「危険だからな。森にいりゃあ森守の連中が守るし、
わざわざ戦闘技能を磨く必要はない、って思ったのさ」とうそぶく。
…まあ、冒険者になんかならない、と最初から言っていたイダも人のことは言えない。
「…だがな。こないだ、イダは暗殺者くずれに誘拐されそうになったんだ。
お前ももう聞いてるだろ?盗賊を冒険者が、中継点の近くで撃退したってな」
リックは手を組んで、そう言って瞑目した。口はへの字に引き絞られている。
「ええ。知っています。ここらで騒ぎを起こすなど勇気のある盗賊と思いましたが…」
冒険者達の集まる中継点近くで騒ぎを起こせば、それは冒険者達に総スカンを食らう
可能性もあり、非常に危険なことは言うまでもない。
「―――狙われたのは、そこのお嬢さんたちで俺たちも巻き込まれた」
「それで、なんとか全員斃すことができたんですけど…」
イダの言葉にドライベールは頭を振った。やはりそうだったか、と言わんばかりに。
「…まあ、それはいいでしょう。そういうこともあります。」
諦めたように言う彼に、リックは話を続ける。
「…イダを誘拐した犯人は、襲ってきた盗賊どものアタマをしている暗殺者くずれだ。
なぜイダを誘拐しようと思ったか、それはまだわからん。
まだわからんが、そういうこともある。あの森にだって犯罪者はやってくる。
なら、戦う術を身につけさせなきゃならんと思っただけさ。
俺の考えが甘かった、というわけだ」
リックは大きく息をつく。表情には若干の疲れが混じっていた。
ドライベールもまた、少し疲れの混じった声で「そうですか」とつぶやく。
「…最近は本当にどうなっているんでしょうね。やれやれ…とにかく承りました。
彼女に冒険者としての知識を半年に一度教えてあげればいいのですね?」
ドライベールがそう言うと、リックが「そういうことだ」と頷く。
イダもまた「私の方もわかりました。直ぐに返事はできませんけど…多分お世話になります」
と半ば了承とも言える言葉で彼らの言葉に答えた。
それを確認したドライベールは一転笑顔を浮かべると、パンパン、と手を叩いた。
「暗い話はここまでにして食事にしましょう。金貨は数え終わりましたか?」
気づけば、振り子時計はもう昼をとっくに過ぎた時間を示していた。
「おう…たしかに、カサス300枚。欠けた金貨も一枚もなかった」
そう言って、リックは受け取った金貨をイダの方へよこした。
ずしりと重い。3kgか4kgはある、とイダは思う。生前のつくしでは絶対に見ることの
なかった大金だ。もし日本円に直せば数千万円を超えることだろう。
そして、あらゆるものの物価が本来相場より高めな日本と、この中世~近世の世界では
その価値は当然異なる。それは一昔前の中国での「万元戸」のように、
十倍以上の価値を持つものと思われた。
「にゃあ…やべえ…にゃあ…超やべえ…欲しい…超欲しいにゃぁ…」
「―――うわあ。すごい。超すごい。ありえない…やばい…」
イダはグウェンと共に袋の中身のキラキラしたモノを覗きながら、ずっとそう呟いている。
生前の彼女はしがないシステムエンジニアだった。
旅行好きだったため、当然貯金も少なく、そんなお金を見ることはついぞなかった。
精々が案件見積でそういった数字を上司に提出するのみ。
その彼女の目の前に、その金額を優に凌駕する金貨が存在する。
大したことないように思っていたが、これは直に見るとかなり衝撃的なものだった。
グウェンがにゃあにゃあ、イダがうわあうわあと言うのを父親とその友人、
そして男爵の娘たちは食事の準備ができ、テーブルへ案内されるまで微笑ましく
見つめ続けるのであった。
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