万華鏡
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第五十四話 音楽喫茶その十二
「凄いけれど一度だけいなくなったことがあったのよ」
「そのイタリアからですか」
「マフィアが」
「ムッソリーニが排除したのよ」
ヒトラー、スターリンと並ぶ独裁者とされている人物だ、ファシズムのはしりということで歴史にその名を残している。
「マフィアをね」
「イタリアを綺麗にする為にですか」
「犯罪組織を一掃したんですね
「ファシスト党の権力独占に邪魔でもあったからね」
治安維持、つまり国家の清潔化とファシズムの権力独占にマフィアは邪魔だったのだ、だからムッソリーニは彼等を排除したのだ。
「それ自体はいいけれど」
「全体主義はですね」
「マフィアよりもですか」
「ヒトラーやスターリンにいて欲しいかしら」
先生は五人にこう問うてみせた。
「どうかしら」
「そんなの嫌ですよ、絶対に」
「ヒトラーもスターリンも」
五人共彼等のことは学校の授業で聞いている、若し日本に彼等がいたらと思うとそれだけで、と思えることだった。
「何時どうされるかわからないじゃないですか」
「強制収容所とか入れられますよね」
「秘密警察とか」
「とんでもない国になりますよ」
「独裁者が無茶苦茶やって」
「極端な例だけれど完全に綺麗な世の中にしようと思うとね」
それこそ、というのだ。
「そんな風になるわよ」
「何もかもが綺麗ね清潔な世の中にしようと思えばですか」
「あんな風に」
「北朝鮮なんかそうでしょ、平壌は綺麗でしょ」
「何かショーウィンドゥみたいですね」
美優が平壌についてこうした言葉を向けた。
「そんな感じします」
「綺麗だけれど人間味がないわね」
「個性がないっていうか」
「あそこは選ばれた人しか住めないのよ」
このことはよく知られている、北朝鮮は階級社会であり首都平壌には選ばれた階層、出生身分の人間しか住めないのだ。
そしてだ、そうした場所はというのだ。
「完全に綺麗にしようと思った結果なのよ」
「あんなのになるんですか」
「汚いものがない世の中って」
「わかりやすいでしょ、こう言うと」
北朝鮮がどうした国かは言うまでもない、五人だけでなく日本の殆ど誰もがどの様な国か知っていると言って過言ではない。
「北朝鮮みたいって言うと」
「ですね、ああなるって思うと」
「完全ってよくないんですね」
「表だけだと」
「それはそれで」
「表と裏があってね」
それでだというのだ。
「綺麗も汚いもあるってことは覚えておいてね」
「世の中にはですか」
「その二つが」
「そうよ、どれも一緒にあってどのどれもを受け入れることよ」
先生は五人にこうも話した。
「それでも綺麗なことは守りながら少しずついい世の中にしていくものよ」
「何か難しいですね」
「完全に綺麗なものはないって認めながらも綺麗にしていくんですね」
「矛盾してません?」
「何か違うみたいな」
「妥協っていいますか」
「妥協よ、世の中は」
実際にそうだというのだ、世の中というものは。
「妥協するものだし矛盾もあるのよ」
「何かはっきりしないものなんですね」
「そうよ、世の中は曖昧なものよ」
先生は美優の眉を曇らせたうえでの言葉にこう返した。
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