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Meet again my…

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Ⅳ バースデイ・アゲイン (4)



「はっ…はぁ…っ」

 震える腕で懐剣を鞘に納めた。
 これでやっと、あの台座まで行ける……
 冬なのに額に滲んだ汗を袖で拭って、今度こそ円陣を越えて台座の前に立つ。

 思いっきり、布を剥ぎ取る。
 うわ、ひどいにおい! せきこむ。廃校調査で死体を見つけた時のにおいと同じだ。

「これが……」

 元々無残に終わっただろう遺骸は、長い時を経て服が崩れ落ちて、今はもう骨しか残ってない。相好の判別だってつかない。

(――「式符さえ奪い返せば、以津真天は日高に従わなくなる」――)

 考えてる時間なんてない。早ければ早いほど、日高と以津真天を相手にしているナルの危険は減る。
 あたしは脱いだ上着を入れ物代わりにして、入る限り遺骨を詰め込んだ。あとはコレ持ってバックレる!

「いいえ、させませんよ」

 その時。
 あたしは蛇みたいな怪鳥に飛びつかれて床に縫いつけられた。

「っ、あぅ!」

 二の腕に以津真天の足が乗って潰れそうに痛い。血が通わなくなった指先が痺れてく。もう動かした感覚がない。
 目の前に鬼の顔があって、生臭い息が顔に掛かる。

 コイツがココにいるってことは、ナルは――まさか!?

「くすくすくす……残念でしたね、お嬢さん」

 女、だ。大正のお嬢様みたいな着物と袴の、線の細い、二十代後半の――あ…れ?
 何でこの女はこんなに若いの!? ナルは「曾祖母と同門」って言った。だからどんな皺くちゃな婆さんが出てくるかと思ったのに。

「でも安心して、殺しはしません。わたくしはグリフィスの男以外は殺さないと決めてあるの。少し痛い目には遭ってもらうけれど、ね」

 手が動けば、手が動きさえすれば懐剣を取れるのに。
 悔し涙が滲んだ。ナルの大切な人を殺した奴にむざむざ――!

「あの少年に助けを求めてみる?」

 助けてナル! なーんて叫べって? 誰がそんなことするもんか。

 都合のいい時だけ助けてもらうほど横着者じゃない。ヒーローみたいに駆けつけてくれるなんてこと期待しない。
 できる限りの力で、あたしはあたしの身を守ってみせる。

「ナウマクサンマンダバザラダンカン、ナウマクサンマンダバザラダンカン、ナウマクサンマンダバザラダンカン……!」

 剣印は組めなくても、せめて唱える。少しでも脚が鈍れば、その隙に抜け出すんだ。
 以津真天はびくともしない。あたしは呪を唱えながらヤツの腹を蹴っ飛ばした。全然動かない。


(――「知ってるか麻衣。真言には三つの段階があるんだ」――)


 はっと思い出したのは、ぼーさんから教わった別の不動明王呪。


(――「俺が麻衣に教えたのは小呪、いっちゃん簡単なのな。中呪、大呪と文言が増えていくんだ。俺が普段使ってるのは大呪。多く唱えりゃ効くってもんでもないが、一応憶えてみるか?」――)


「ナウマク サマンダバザラダン」

 絶対抜け出してみせる。あたしは好きな男に救われるヒロインじゃない、渋谷サイキック・リサーチのれっきとしたプロの調査員だっ。

「センダマカロシャダ ソワタヤ ウン タラタ カン マン」

 少しは効いてるのか、静かだった以津真天が唸りだした。
 二回。三回。まだ充分じゃない。
 四回、五回、六回でやっと重みが少しだけ減ってきた。

 懐剣まで腕よ届け、届け――!
 届いた!

「ナウマクサマンダバザラダン、センダマカロシャダソワタヤウンタラタ、カン、マン!!」

 腕を折る覚悟で懐剣を振った。
 懐剣は以津魔天の左目にざっくり刺さった。以津真天が飛び退いて、あたしはやっと起き上がれた。

 腕が痺れる。こんな腕であれほど素早く刀を振ったのは我ながら凄い。

 日高は少し驚いていた。信じられないものを見るような目であたしを見た。
 お生憎だったね。あたしはアンタみたいな外道女の思い通りにはならない。
 やれる所までやろう。もちろん逃げることも選択肢に入れて。綾子が言ってた。がんばればなんとかなると思うのは素人の考えだって。あたしは度量を弁えない馬鹿じゃないつもり。危なければ逃げるし、立ち向かえるなら全力で挑む。

 あたしは懐剣を構える。

「お下がり、式王子」

 唸っていた以津真天が停止する。
 日高が何かをフローリングから持ち上げて、あたしの前に進んでくる。薙刀だ。

「直接やり合おうっての?」

 日高は艶やかに笑った。

「安心なさって、死にはしないから。ああ、でも、勢い余って殺してしまったら御免あそばせ」

 …………こんなヤツに…
 こんな人殺しを楽しげに語る女に、この亡骸の人は……!

「あんた、何でそんな理由で人を殺せるのよ!!」
「そんな理由?」

 日高の顔から笑みが消えて、代わりに貰ったのは、薙刀の一閃。

「っうぁ!?」

 我ながらよく避けた。でも、胸が少し切れた。

「葵さんを愛したのはわたくしが先よ。わたくしがずっと慈しんできた葵さんを奪ったグリフィス、あの男が存在した証など、この世に残してなるものか」
「そーゆーのを自分勝手って言うんだよ!! もう性別とか抜きにして、ナルのひーばーさんがあんたを好きにならなくて当然だよ!」
「お黙り!!」

 二度目の薙刀に、懐剣が手から弾かれた。

「きゃあ!!」
「葵さんはわたくしの人よ! サムエル・グリフィスと愛し合ったことなど無かったことになればいい! だから消す、だから『在った』証拠の男児を消す!」

 だめだ、何を言っても通じない。狂気じみてる。

「ナルたちが死んだって、一度起きた過去は無くなったりしない!」

 ギャアアアァァァァァー!!

 以津真天が吼える。コイツまで来るかと身構えたけれど、コイツはあたしのことなんて眼中になかった。

 ひゅおっ――

 顔の横を風が通り過ぎたと思った時、以津真天の胴体に矢が続けざまに刺さった。

「麻衣!」

 振り返った居間の入口には、弓を持ったナルがいた。 
 

 
後書き
 別々に戦っていた主人公と麻衣が合流しました。

 >「ナルたちが死んだって、一度起きた過去は無くなったりしない!」
 これ実は物凄く本作のテーマだったりします。消しても無くならないのが過去ってものです。そこを否定したかった女と、それを知っている麻衣との対照的な対峙を書いてみたかったんです。 
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