Meet again my…
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Ⅳ バースデイ・アゲイン (2)
正面玄関から入って屋敷へ進む。弓もプルパもすでに構えて臨戦態勢は万端だ。
僕が敷地に入ったのを見ていたかのように、玄関の戸が軋みを上げて開いた。
出て来るのは一人の女。
曾祖母の同門と言っても、この女は禁術に手を染めているから、外見年齢は僕とそう変わらない。麻衣がこの場にいたら仰天していただろう。
大正のモノクロ写真から抜け出たような、時代がかった格好。それだけが奴の生きていた時代を示す。
「ようこそ、グリフィスのひ孫さん」
笑みはどこまでも艶やか。他人にこの女が僕の両親と祖父と曾祖父を殺した、と言ってもきっと誰も信じるまい。
それほどまでに、何てことのない笑顔。
――ああ、腹立たしい。
「今日まで10年だ。長かった――本当に、長かったぞ。安部日高」
「そうね。一日千秋の思いで貴方が来る日を待っていたわ。10年も経つといい加減、我慢も疲れてしまったわ。今日こそわたくしの復讐を終わらせてね、貴方の血でもって」
「終わらせてやるさ。お前の死で」
僕の大事な人たちにお前がしたこと、この場で全てお前自身に叩き返してやる。そして、僕は僕の生を取り返す。
日高は、神官の錫杖みたいに持っていた薙刀の石附で、自分の影を突いた。
「おいで、式王子」
瞬間、辺りの空気が変わった。鳥肌を越えて怖気がした。また土蜘蛛か――いや違う。覚えている。思い出す。幼かった日に直面した、この禍々しさ。
「以津真天」
巨大蛇もどき。初見の感想はそれに尽きるだろう。ただしそいつの顔は鬼で、首近くに翼が生えている。前足の鉤爪と牙、あれに当たったら軽傷じゃすまない。
「芸がないな。何のために弓を持ってきたと思ってる」
「甘くてよ。現代の霊能者と妖怪の間には覆せない力関係があります」
日高は真っ黒なアルカイック・スマイルを、これ見よがしに僕に向ける。
「わたくしたちの世代の霊能者ならとにかく、発展した科学と社会性に染まって力を減退させた霊能者に、幻想種を調伏する技があるはずないでしょう」
「慢心は死を招くぞ、太夫」
「招いてご覧なさい」
早めに片付けなければいけない。麻衣は性格から日高を大きく害することはできないが、日高はやる。あれは曾祖母への偏執的情愛のために、曾祖父も祖父も、両親さえも殺した人妖だ。早く駆けつけないと、それだけ麻衣が危険に晒される。
以津真天が姿勢を低くする。猛獣だったなら、これは威嚇のポーズ。鬼面が牙を出して、ぎょろりと剥いた目が僕を睨む。
動物が本能で優劣を悟るのに似た感覚で理解できる――コイツは食う側で、僕は食われる側。
本来は。
弓に矢を番える。実戦だから、射法八節は無視。ただ殺傷のみに特化させてきた技。
敵は700年前から存在して実体化した生粋の妖怪だ。10年の成果が試される。力及ばなければ死あるのみ。
そのプレッシャーは逆に僕の精神を研ぎ澄ませた。
以津真天は微動だにしない。意図は知らない。動かないなら好都合だし、例え動かれても中る確信があった。
ギャアアアァァァァァー!!
咆哮。地を蹴った以津真天に、矢を放った。
矢は不可視の波力を伴って以津真天の左下顎に的中した。以津真天は不快そうに頭を振り、なおも突進してくる。
2本目の矢を、以津真天の目に狙い定める。
3メートルと空かず以津真天が肉迫した瞬間、矢羽から指を離す。吸い込まれるように目を射抜く矢。
以津真天を避け際、肩に熱が爆ぜた。肩口を押さえると、手が真っ赤に染まった。感触もおかしかったから、肉ごと抉れたんだろう。だが、臨戦の緊張のせいか、危惧するほど痛みはない。
痛みには慣れている。サイ能力の特性上、死に等しい体感をしたこともある。
矢筒から三本目の矢を出して、弓に番える。
目を射抜かれて、血を流しながら頭を振る以津真天。あれも術者に使役されるだけの憐れな者だが、それでも以津真天を赦すつもりはない。
イツマデ…イツマデ…イツマデェェェェェェェェ!!!!
骸を捨てるヒトの不信心を責める妖怪は、蛇の胴をくねらせながら僕を目指す。しなる尾を躱せず、盾にした腕ごと身体が横に吹き飛んだ。
地面に叩きつけられる前に手を突いて、全身を回転させることで姿勢を保つ。
空いた手で懐から三本の水晶独鈷剣を、指の間に挟んで出し、ナイフ投げのように以津真天に投擲する。
二本は外れたが、一本が以津真天の羽根の付け根に刺さった。
手負いの獣は強い、とはよく言うもので。
ついに以津真天から漫然とした感が消えた。
後書き
バトルパート①です。続きます。
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