皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第49話 「男子誕生」
前書き
ほろよい練乳いちごサワーを飲みつつ、書いていると勢いあまってしまった。
仕方なく半分消した。
あたまいたい。
お酒はほどほどにしましょう。
第49話 「緊急放送」
「急げ!! 一分一秒が惜しい」
ロボス司令長官の激が全艦に響き渡る。
一戦もせずに引く。これが今回の作戦である。
第五艦隊司令のアレキサンドル・ビュコック中将は、その声を感慨深く聞いていた。
作戦会議で今回の作戦案を聞いた時の衝撃の余韻が、いまだ五体に残っている。
「なんとも大胆な……」
一見して臆病と謗られる作戦だ。しかし六個艦隊を無傷で生き残らせるのは、他に術がない。
それが分かる。ビュコックには分かっていた。
だからこそ作戦会議で、不満を漏らそうとした司令官達を諫める事すらした。
ビュコックは明確にロボス司令長官の側についたのだ。
ロボスから相談を受けたシトレも味方についた。サンフォード議長も同様だ。
彼らにとって反対する理由はない。
今回の作戦は同盟政府及び軍首脳陣の合意の下で行われる。
「しかし若い者の中には、分からん連中もおるじゃろうな」
「そうでしょうな。しかし中々良い作戦だと思いますが」
第九艦隊司令官のウランフが薄い笑みを浮かべつつ、ビュコックに返答する。
「うむ。軍人の名誉よりも、戦力の温存、同盟の存続。それらの危機に見事に対処しておる。中々思い切った策を採ったものじゃ」
「作戦案を提示したのは確か……」
『アンドリュー・フォークという中佐らしい」
「士官学校首席にしては、大胆な策を提示したものですな」
「政治感覚に優れておるようじゃ。一皮剥けたらしいのう」
あの皇太子に対抗するためには、戦場外で勝負するしかない。
勝敗は戦場の外で決まる。
日毎夜毎に一手ずつ、手を打ってくる皇太子に対抗できるのは、政治感覚に優れている者じゃ、とビュコックは内心そう零した。
同盟軍にもそうした者が表に出てきた。
「味方をしてやる必要がある」
「確かに」
■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■
「……なんだと……」
フェザーンから、同盟の作戦が伝えられた。
戦わずに引くつもりなのか?
やるな。
だが誰だ。誰が、そんな作戦を提示して、実行させる事ができる?
軍人の名誉とか言い出す奴は、いなかったのか?
それら全てを押さえ込む。押さえ込んだ。
「侮れんな。同盟も手強い」
「いかが致しますか?」
「向こうが戦わずして引くのであれば、こちらも引くしかあるまい。迎撃艦隊はイゼルローンで一旦停止させる。卿は引き続き、同盟の情報を集めてくれ」
「了解いたしました」
オーベルシュタインとの通信が切れた。背もたれに深く背中を預けたまま、天井を見上げた。
大胆な策を採りやがる。壮大な無駄働きだが、出撃したという事実は残る。出てきた以上はこちらも出ねばならん。
しかしさっさと帰られては、どうしようもない。
あーもー。両軍出動、されど武力衝突はなしか……。
戦術ではなくて、戦略。いや……政略的な面のみが残る。
こっちの状況を読んだな。しかしいったい誰が、作戦を主導した事やら……。
警戒が必要だ。
フェザーンが所有している同盟の国債を盾に、けつに火をつけても良かったんだが、そうそう使える手じゃねえしな。
それにしても、よくやるもんだ。
こんな作戦はヤンじゃねえな。あいつじゃあこんな作戦を思いついても、採用させるような、積極性が足りない。
となるとほんとに誰だよ。
あたまいてー。
■ノイエ・サンスーシ シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ侯爵夫人■
アレクシアさんが産気づきました。
ノイエ・サンスーシ内の医療室での出産です。皇太子殿下に真っ先にお知らせしたものの、宰相府は同盟と戦闘に入るか、入らないのかという問題が起こっており、皇太子殿下は各部署、各地域に情報を手に入れるように申し付けていて、騒然としておりました。
「ラインハルト」
慌ただしく動いていたラインハルトを呼び止めます。
「ベーネミュンデ侯爵夫人? どうしましたか?」
ラインハルトもどこかそわそわした態度でした。あいかわらずこの部屋は、熱気というか活気に溢れていますね。
「アレクシアさんが、産気づきました。いま手術室に向かっています。皇太子殿下に知らせて下さい」
「はいっ」
まあ、ラインハルトもうれしそうですこと。
意外と子ども好きになったのかもしれませんね。マクシミリアンだけでなく、皇太子殿下の子ですもの、かわいがると思います。
「皇太子、アレクシアさんが赤ちゃんを産むために、手術室に向かったそうです」
ラインハルトが、宰相府の宰相執務室の壁際に設置されている、モニターの大画面を立ったまま睨んでいる皇太子殿下を見上げながら、声を掛けました。
よほどの事態なのでしょう。こちらに背を向けている皇太子殿下の背中に、力が篭っているのが分かります。
それともわたくしが知らなかっただけで、皇太子殿下はいつもこの様に、真剣に向き合っておられてきたのでしょうか?
二百五十億の帝国臣民を背負う。背負う事ができるお方。マクシミリアンを、このお方みたいになるよう、育てなければなりません。わたくしはまだまだ認識が甘かったみたいです。
ラインハルトの言葉を聞かれた皇太子殿下は、ラインハルトに向き合っていた目を一瞬、画面に視線を走らせてから、手元にある小さなモニターに手を伸ばしました。
どこに? という疑問はすぐに分かりました。
「ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。アレクシアが産気づいたようだな」
「は、はい。その通りでございます」
医師の緊張した返答が、わたくしの下まで聞こえてきます。
「頼むぞ」
「ぎょ、御意」
「最悪の事態に陥った際は、こどもよりも母体を優先せよ。いいな」
「よ、宜しいのですか?」
「ああ、構わん。無理すれば二人とも亡くなる事さえある。どちらを優先させるかといえば、母体の方だ。それを忘れるな」
「はっ、御意」
皇太子殿下はモニターを切ると、こちらを振り返り、右手を上げられました。
そして、
「アレクシアには、頑張れとだけ、伝えてくれ」
と申されました。
わたくしが一礼をして顔を上げたときには、すでに背を向けておられ、アンネローゼさんやエリザベートさん。リヒテンラーデ候などに指示を飛ばしておりました。
ご自分の事よりも、帝国の方を優先される。
いま出征している艦隊は八個。帝国兵士は数百万、いえ一千万人を超える数。。
それだけの人間の命運を動かす立場とは、これほどまでに厳しいものなのですね。できればマクシミリアンに、この様なことは背負わしたくないものです。
甘いといわれようともつくづくそう思います。
■宰相府 リヒテンラーデ候クラウス■
「イゼルローンと回線をつなげ」
「リッテンハイム候爵。記者連中を宰相府に呼び寄せろ。緊急会見を開く」
皇太子殿下が、矢継ぎ早に指示を飛ばしておられる。
同盟の作戦を聞いたときとは大違いじゃ。
報告を受けた皇太子殿下はすぐさま、宇宙艦隊司令部や軍務省などに連絡を取られた。
すでに頭の中では次の展開を睨んでおられる。指示の一つ一つに迷いがない。部屋の片隅で、マルガレータと共に、同盟との交渉のための草案を練っていたブラウンシュヴァイク公も、気になるのかこちらにちらちらと視線を投げかけている。
「イゼルローンと通信が繋がりました」
寵姫の一人が声を上げる。
皇太子殿下は大画面の前に立たれると、要塞駐留艦隊司令官のヴァルテンベルク大将と要塞司令官のクライスト大将の両名が、まるで猫の子を借りてきたように二人揃って大人しく、モニターの前に立っていた。
皇太子殿下とはかなり年が離れている。親子ほど違うといっても良いだろう。それが緊張した面持ちを隠そうともせずに、命令を直立不動で待っているのだ。
相手が皇太子殿下でなければ、情けないと揶揄されるかもしれんが……。
今この二人を小ばかにできる者はいないだろう。
「今回の作戦は中止、戦闘は回避された。委細は送った文書を読め。以上だ」
二人は異口同音に御意と返事を返し、敬礼をした。
緊張にガチガチに強張っていた姿勢が緩む。皇太子殿下はそれを見越したように、迎撃艦隊の兵達を労ってやれと告げる。
それだけだ。それだけで通信が途切れた。
今頃向こうでは、ホッと胸を撫で下ろしているはずじゃ。案外怖いからのー。
通信が切れたのを見計らって、リッテンハイム候が皇太子殿下に近づいてきた。
「皇太子殿下、各マスコミ連中がやって参りました」
「そうか、記者連中に戦闘は回避されたと伝えろ。帝国同盟の双方に緊急速報を流す。まあ強引に攻め込んでやっても良いんだが、策に乗ってやろう。次はないがな」
次はない、か……。
向こうの思惑を看破したゆえの発言じゃな。
そしてそうそう、思惑通りに行くと思うなよ、と緊急放送を通じて、同盟側にも伝える気なのじゃろう。それにしてもここ数年、戦闘が行われぬのう。
良い事なのじゃろうが……。戦争の行われない生活と言うのも、おかしな気分じゃ。今まで当たり前のように、戦争が行われていた反動だろうか?
戦争がないという事は、必ずしも良いとは限らぬ。少なくとも統一してしまいたい帝国にとっては、だ。まあ、向こうは向こうで統一などされては堪らぬじゃろうが。
■オーディン某所 とある平民家庭■
徴兵された息子が除隊を目の前にして、攻め込んでくるらしい叛徒との戦争に狩りだされ、イゼルローンに向かっている。
この戦闘が終われば、徴兵期間も終わる。無事に帰ってきてほしい。
皇太子殿下が帝国宰相となられてからというもの、大きな戦闘もなく。ホッとしていたのだが、最後の最後でこの様なことになってしまい。
妻は寝込んでしまった。
私自身、気力が萎えてしまいそうだ……。
酒量が増えてしまっている。無事に帰ってきて欲しい。
居間で酒を飲みつつ、ぼんやりしているとTV画面から、緊急放送のアナウンスが聞こえてきた。
戦闘が始まったのか?
胃がキュッと痛んだ。
「自由惑星同盟との戦闘は回避されました。宰相閣下のご命令により、迎撃艦隊はイゼルローンでの補給を終え次第、オーディンに帰還いたします」
グラスが手から滑り落ちた。
床の上に琥珀色の液体が広がっていく。それをぼんやり視線が追う。
いま何を聞いた?
戦闘は回避された?
画面の向こうで女性がもう一度繰り返している。
戦闘は回避された。
そうか、そうなのか……。
息子が帰ってくるのか?
立ち上がろうとして、膝が折れた。床に這い蹲るように進む。
「か、かあさん。戦闘が回避されたぞ。帰ってくるんだ」
情けなくも無様な格好で、寝室まで向かう。
女性の弾む声が背後から聞こえていた。
誰もいない居間の画面で、女性の手元に新しい知らせが届いていた。
それに目を向けた女性の目が驚きに見開かれた。
「あ、新しい緊急放送です」
女性の声が上ずっている。ほほも高揚しているのか、赤く染まっていた。
「本日、午後十時二十六分。アレクシア・フォン・ブランケンハイム様が、無事男子を出産されました。元気な男の子です!! 帝国万歳~!!」
■帝国某所 とある居酒屋にて■
客が来ねぇな~。とぶつくさ言っていた店主は、放送を聞いた途端、従業員に声を張り上げた。
「おい、お前ら酒だ。酒の用意をしろっ!!」
「は?」
「なにトロトロしてんだ!! 来るぞ、あっという間に席が埋まっちまうぞ」
今一反応の薄い従業員達に業を煮やしたのか、店主はもう一度声を張り上げた。
「なんなんです?」
「皇太子殿下になー。子どもが生まれたんだよ!!」
店主の言葉が終わる前に、最初の客が飛び込んできた。
「おやじー。酒だ。祝杯を上げるぞ」
放送を聴いた途端、思わず家を飛び出してきたのだろう。中年の男が勢いよく席に座り込む。
いつもなら店主の顔色を窺うように、おずおずと酒を注文する陰気な男だった。ねずみに似た顔のしみったれた男だと、店主はいつも思っていたものだったが、普段とは違う陽気な声だ。
「帝国万歳!!」
黒ビールの大ジョッキを掲げて、一気に飲み干す。
そのすぐ後からも客が飛び込んできた。
いつもなら店を閉める頃なのだが……。ドンドン人がやってくる。
どいつもこいつも口々に帝国万歳と、声を張り上げつつ酒を飲み干していった。
「よし、飲もう」
ねずみ面の陰気な男が、見ず知らずの客と肩を組んで陽気に歌いだす。
調子はずれな歌だった。
だが誰も笑わない。
それどころか一緒になって歌いだした。
戦争に行った息子を案じる親も、皇太子の子どもが生まれたことを祝う者も、一緒になって歌う。
あっという間に、お祭騒ぎになってしまった。
オーディンのあちらこちらで同じようなお祭騒ぎが行われている。それを止める者もまたいなかった。
後書き
連休に京の冬の旅に行って来ました。
祇園に行って、石塀小路を通って、高台寺で秀吉とねね様の木像を見て、
「へい。そこの彼女、お茶しない~」
と声を掛けたら、友人Aに振り返り様、頭をはたかれた。
その後、嫌がるわたしをむりやりひきずり、連行していく友人A,B。
高台寺の茶屋でねちねちと怒られたわたしでした、まる。
秀吉とねねの石像をぺちぺちとはたいていたくせにー。
そしてスルーされる牛。
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