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Meet again my…

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Ⅲ マザー・フィギュア (5)

 部屋の中に戻ると、麻衣が子供みたいに目をキラキラさせて駆け寄ってきた。

「ねえねえナル! このマンション、下に公園あるよ!」

 ああ。子供がいる世帯のために設けたんだろうな。日本といえば幼女が真っ先に殺される国で有名だから。子供はできるだけ近くで遊ばせたいというニーズに応えた設備なんだろう。

「行きたいのか?」
「いいの!?」

 重く考えずに口にしてしまった分、期待に輝く麻衣の表情が目に痛い。

「5分だけだ」
「短っ!? ……まあナルにしちゃ大進歩か」

 聞こえていますよ、谷山さん。




 二人して簡単に防寒して、エレベーターで1階まで下りた。もちろん僕は弓常備だ。

 麻衣はエントランスが開くなり外へ飛び出して行った。

「うわー、豪華ぁ!」

 マンションに備え付けの小さな公園。豪華と言うほどのものか? 僕の疑問にお構いなしに麻衣は走って行ってブランコに乗って、漕ぎ始めた。
 隣のもう一つのブランコに乗る――のは、僕のキャラクターじゃない。

 結果として僕は、麻衣の後ろに回って彼女の背を押してやることにした。麻衣は最初かなり驚き、信じられないといわんばかりの顔で僕を見上げた。……こういうところで、麻衣にとっての「僕」がどんな人間だったか分かってしまう。

 それでも受け入れて、次第に表情が緩んでいって。

「楽しいね!」

 麻衣は輝かしい笑顔だった。


 ――“楽しいでしょ?”――


 そう問われたのはまだイギリスにいた頃。思い出す、幼さと凛々しさの混じる女の子の声。公園に、美術館に、映画に連れて行かれるたびに投げかけられた言葉。「楽しいでしょ」と。

 いつも「楽しくない」と答えていた。何をしても、何を見ても、僕の死んだ感性じゃ何も感じられなかったから。だから、僕に「楽しむこと」を強要するあの子を正直疎んじてさえいた。

 でも、今、麻衣とこうして、分かったことがある。
 あの子は、必死だったんだ。
 僕が楽しくなれるように。僕が笑えるように。
 がむしゃらに、精いっぱいに、一生懸命に、色んなことをしてくれた。

 そんなあの子に僕はずっと冷たくしてきた。修業の最たる妨げは、彼女が提示する「楽しいこと」だったから。
 僕は何て非道い奴だったんだ。


「ああ――楽しいな」

 麻衣はびっくりしていたが、やがて嬉しそうに笑った。

 これを、あの子にも言ってやればよかったんだ。そしたらきっと今の麻衣みたいに笑い返してくれた。笑わせてやれた。笑わせてやれば、よかった。

 もう二度と叶わない。

「麻衣」
「ん?」
「5分経った。帰るぞ」
「え、もう!? ちぇー」

 文句を言いながらも付いてくる辺り、なかなかの忠犬属性ですね、谷山さん。ああ、「僕」が相手なのだから、これは良妻属性とでも言うべきかな。




 部屋に戻ってから。僕は彼女に言うべきことがあるから、玄関を閉めると同時に言った。

「明日。日高を討ちに行く」

 麻衣は目を見開いて僕を見返した。けれども、今までのように頭ごなしに否定することはなかった。ただ、怯えた小動物みたいな立ち姿で。

 僕も部屋に上がり、麻衣を追い抜いてリビングとの境に立った。

「麻衣は好きにしてくれていい。ここを生活拠点にしたいなら自由に使ってくれ。ここを出て行って元の世界に戻る方法を探しても構わない」
「……本気、なんだね」
「ああ。僕はもう引き返さない」

 麻衣はしばらく俯いていた。答えを出していたんだろう。
 やがて麻衣は決然と顔を上げ――僕のほうへと歩いてきて、僕の正面から僕をまっすぐ見上げて来た。

「ナルは――あなたは強いよ。それは一緒に過ごしてきてちょっとだけど分かってる。でも、だからこそ、あたしの常識外に強いあなたと、もっと常識が通じない日高って女がぶつかったら、あなたは二度と戻ってこない気がする」

 あなた、と呼ばれて、それがひどく心に浸透する。

 滑稽だ。ああ、どこまで滑稽なんだ、僕って奴は。
 僕はとっくの昔に麻衣にほだされてたんだ。
 日高は憎い、許せない。日高を殺したい。自分で命を自由にする当たり前の僕としての権利を取り戻したい。全て本心だ。今も消えてない。

 その上で勝手に麻衣が付け加えてくれたんだ――生きたい、という思いを。

「だから一緒に行く。あなたが戻れなくなったら、あたしが連れ戻す。あたしがあなたを『こっち側』に繋ぐっ」

 泣き出しそうな震えた声。今までの僕なら無視できた。でも今は無理だ。今の僕には麻衣を突き放せない。麻衣の言葉に希望を見出してしまった。

 繋いでくれるのか?
 僕を戻してくれるのか? 人の好意を、優しさを、心地よいと思えたまっとうな人間に。どこにでも起きるつまらない日常が幸せだと感じられた幸せな頃に。

 ――君が見た夢の中、死んでしまう僕の未来を変えてくれるのか?

 もしそうなら、僕は、麻衣に縋りたい。

 麻衣の腕をとってそのまま引く。細い体は抵抗なく僕の両腕の中に納まった。こんなに小さかったんだな。なのに僕を守ってくれたんだな。

「ナル?」
「誰かの体温を感じるのはひさしぶりだ」
「そうなの?」
「ああ、ずっと昔に喪った、いや、僕自身で拒んできた――」

 密着していた体を少し離す。麻衣は僕を見上げ、一瞬だけ切なさを呈し、目を閉じて背伸びする。ああ、そういえば、「ナル」とはそういう関係で、この流れならそうするのが当然だよな。

 悪いが僕にはその期待に応えられない。
 僕は麻衣の口を手で覆った。麻衣はまぶたを開け、明らかに不満という顔で僕を見上げる。

「縁起が悪い」

 麻衣の眉根がもっと寄る。そうじゃなくて。

「知ってるか? 決戦前夜に異性と寝ると高確率で死ぬらしいぞ」

 麻衣は真っ赤になって僕の腕から逃げた。「ナル」との関係が行きつくところまで行きついているくせに、妙に初心だ。

「だ、誰もそこまでなんて言ってない! ……けど」
「けど?」
「……何もしないで一緒に寝るのも、だめ?」

 ……………………………まあそれくらいなら大丈夫か。

「分かった」

 あからさまに表情を明るくする麻衣。本当にくるくる表情が変わる女性だ。

「お風呂入れてくる! 待ってて!」

 麻衣はパタパタとバスルームへと駆けていった。

 僕はベランダに出る。このタイミングならあの魔女が現れてもよさそうだが――何故か麻衣が戻るまで何事も起きなかった。

 ――“決めた”ならあとは自分の足で進めってことか。

「ナル~。冷えちゃうよ」
「ああ」

 煌びやかな東京の夜景に背を向けて、部屋の中へ戻った。
 
 …………

 ……

 …

 それからはお湯が溜まるまで麻衣と他愛ない話に興じた。麻衣が話すのはSPRのイレギュラーズのこと。「ぼーさん」「ジョン」「綾子」「真砂子」「リンさん」、そして「ナル」と「ジーン」。――本当に家族みたいに思ってたんだと伝わった。

 二人とも入浴が終わってから、狭いベッドで並んで横になる。

「おやすみなさい」
「――おやすみ」

 すぐ目と鼻の先に麻衣の顔がある。息遣いを感じる。それがこんなにも、温かい。

 目を閉じる。
 予感があった。
 きっとこれが二人で過ごす最初で最後の夜だと。 
 

 
後書き
 ものすごく遅れて久々すぎる更新をまずお詫びします<(_ _)> 待っていてくださった皆々様、誠に申し訳ありませんでした。そして読んでくださっている皆様、こんな自分を見放さないで待っていてくださってありがとうございました。

 ついに覚悟完了した「彼」。たった4日で「彼」の心境を変化させるのは割と大変でした。麻衣ちんお疲れ。
 差し違えるためでなく生き残るために。最後の戦いへのカウントダウンです。
 次回からはかなり伝奇ヴィジュアルノベル的文章になります。 
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