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科学と魔術の交差

作者:田舎者
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8章

「ラウラ、ちょっと街に出かけない?」
「? 別に構わんが… 一夏の奴と行けばいいではないか。
 私は訓練に時間を割きたいのだ」

 ラウラの色気もおしゃれに気を使う様子もない様子に彼女―――シャルロット・デュノアは溜息をつく。
 
どちらかと言えば可愛いという部類だと考えている。
 白い肌に銀髪、その中に含まれるのは鋭い刃物のような目だが、ふと気を抜けば女の子らしさが覗く。
 そんな彼女にはもう少しと言わず、かなりおしゃれなどに気を使ってもらいたい。
 しかし、そんな物には歯牙にもかけず、訓練と戦術の繰り返し。前に話を聞けば、勝てない相手がいて、その相手に勝てるようになるには少なくとも織斑先生と対等に戦闘出来るぐらいにならないと行けないらしい。

 はっきり言って、気の遠くなるような道のりだ。

 ISに勝てる人と言ってしまったら大げさかもしれないが、織斑先生はそれを可能にしてしまいそうだ。
 そう内心で苦笑しつつ、そんな存在には少なくとも今すぐはなってほしくない。

 青春とは儚いものだ。今を楽しめなければ後々後悔をすることになる。

 恋話の一つも―――いや、恋話に近しい物なら聞いたか。




『私が憧れるのは織斑教官ともう一人だけだ』




 そのもう一人のことは詳しくは教えてもらえていない。
 固くなに情報を与えないラウラにしつこく鈴やセシリア… と、僕で聞いた。でも僕はあまり表だって聞いていないからあの二人だろう。

 少なくとももう一人は男ということは分かっている。
 そうなれば容姿だけれど、それだけはどうあっても教えてくれなかった。くすぐっても寝てる時に耳元で囁いても意味はなかった。

 どうあっても教えるつもりはないらしい。
 もしかしたら軍の人なのかもしれない。そうだったとしたら言えなくても仕方がないのかもしれない。
 でも、それだけだとは思えない。女の勘がそう言っている。










どうしてこうなった。
 わけがわからない。
 


 いや、訳はわかるか。


「君がこっちに来た際、身体に付着していた物質は今の年代のものじゃなかった。今から数年前でごく最近のものだけど…
 次元の歪み、数年前の物質、不可思議な技術。これらの情報とこの篠ノ之束さんのスーパーブレインで結果を出したら君は別の世界から来た事になりました!
 はい、答えをどうぞ!」

 頭が痛い。
 今までは私の技術に対して興味だったからだろう。
 それが別の視点で考えた際に今のような考えに至ったのだろう。

 そしてそれが外れではないということがなんとも…


「はぁ…」

 溜息も突きたくなる。
 どうしてこう厄介なことになるのだろうか。
 不通ではないが外国人の観光という風貌で色々と―――

「束ねさんは無視されるのが嫌いだよっ!」
「…そうかそれは悪かった。ではさらばだ」

 何も用はないのはこれまでと一緒だ。
 魔術のことを知られたくなければこいつと関わりたくもない。正直迷惑だ。

「む、だから答えをこっちは求めてるんだから未知の教師としては生徒の疑問を解決するべきじゃないかな?」
「生徒だとするならばこれほど厄介な生徒はいないだろう。
 正確な答えを持ってこい。公式を載せろ、理論を出せ。でなければ点数はやらん。それが私の答えだ」

 答えなど求められないだろう。
 正解は魔法でしたなど、今の子供にも通じない。ましてやこいつのような科学者の頭では到底考えが及ばないだろう。
 違う世界から来たということでさえこいつにとっては苦しい答えだっただろうからな。

「むぅ…!」

 不満、か。こうまで子供のままの表情を出すところだけを見ればかわいらしいものだが。
 




「いたぞ! 篠ノ之束だ!」



 
 あぁ、そして私は厄介事に巻き込まれるのか。









 広場に集まったのは黒服の男集団と数名の女性。
 皆、素早い動きで二人を囲んでいく。

 囲まれた二人はその状況を何とも思っていないかのように平然としている。

「篠ノ之博士。御同行願います」
「ん? どうして? 私忙しいから後にしてくれないかな。出来れば日本が沈没するぐらい」

 それは何時のことだろうかと一夏は突っ込みを入れたくなるが、黒服達はそんなことはどうでもいいから束を確保したいことだろう。
 確保は自国のISの発展に繋がることだ。どんな瑣末な情報さえ束の技術は世界の企業には新しい物になるだろう。それだけ今の企業と束の技術力や理論には差がある。

「…それは技術的にということでもよろしいでしょうか」
「だったら日本はすでに足元まで来てるかもね。
 あ、どこいくの?」
「…私に話を振らないでもらえるだろうか。私はこの篠ノ之束博士とは無関係だ。
 一般人だ。話や揉め事は私のいないところでやってもらえないだろうか」
 
 あくまで彼は無関係を貫きたい。ここで厄介なことに巻き込まれれば彼は本当に厄介なことになりかねない。
 密入国、国籍不明、所在不明、身元不明、篠ノ之束との関連性あり。

 非常に厄介だろう。

「あ!」

 そこで束は一つの良いことも思いついたように表情をほころばせる。

「ねぇ」

 呼びかけに応えるべきか、応えないべきか。応えない方が自身に被害は来ないと思ったが、それの方が自分に最悪の被害が来るのではないかという予感もある。

「…なんだ」






「君が現れる場所にわたしがこれから現れるとしたら―――どうしようか」






最悪だ! そう彼は思ったことだろう。
 彼女はいつどこに現れるかわからない。しかし、あくまで一般人という彼の同行は軍や政府にかかれば時間を使えばどこにいるから把握できるだろう。

 そして、その彼を確保したら―――

「確保!」
「…」

 エミヤシロウの表情は諦めていた。









 篠ノ之束を何故か脇に抱えて路地裏を疾走する彼はいまだに疑問を抱えていた。
 何故、彼女を抱えてしまったのかと。

 あそこで彼女を放置すれば分には被害が来なかったはずではないかとそう思えるからだ。追われたとしてもそれは今までと変わらない。重要参考人というところだろうか。

「君はうら若き女性を拉致する趣味があるのかな?」
「…」


 ここで本当に置いて行こうか。

 誰にせいでこうなったのか。いっそ先ほどの奴らに渡してしまおうかという考えさえ過った。
 だが、そうはできない。彼女の性格は一筋縄ではいかないことは分かっている。
 もしも、彼女が捕まり情報を提供しろと言われれば―――

『エミヤシロウを連れてきたら教えてあげるよ?』

 などと言いかねない。


 そんな時だった。
 なんとも間の抜けた着信音がなった。

「はいはい、天才科学者篠ノ之束! 只今絶賛拉致られ中!」

 もう何も言うまい。

「うん? うんうん。今そのエミヤシロウに抱えられてるよ? 彼、このまま人気のない所に行って私のもってる技術だけじゃなくてこのダイナマイトボ「黙れ」てへっ、怒られちゃった」

 彼は決断した。ここにおいて行こうと。
 このまま頭痛に悩まされるよりは追われた方がマシだと判断した。

「え? うん。いいよ。はい」
「…なんだ」
「電話を代われって」

 




 一体誰だ。
 私の事を知りたいと思う物好きがいるとは思えないが。

 だが、篠ノ之束の知人問うのなら、少なくとも彼女よりはマシだろう。

「代わったが」
『私のことを覚えているか?』

 その声には聞きおぼえがあった。
 凛とした声に、その中に有無を言わせない強さがあることに。

「…誰だろうか」

 だが、今関わるべきではない。彼女が篠ノ之束とどのような関係があったとしてもだ。

『束に以後貴様にずっと付いて回れて言うぞ』
「要件を聞こうか」

 これ以上の彼女からの頭痛は勘弁してほしい。

『ふむ、用件は一つだ。私が以前渡した紙に書いた場所に来い』

 まずい。

 紙をもらったことは覚えている。しかし、あの時はもう会うことはないだろうと判断して捨ててしまった。
 右わきに抱えた厄介な女性のことがなければ本当に二度と会うことはなかったはずだからだ。
 
 今となってはすでに住所も忘れている。

「…それは絶対か?」
『厳守だ。二時間後に待っている』

 そこで通話は切れてしまった。


 まずいことになった。
 このままでは有無を言わせない彼女のことからして先ほどの事をやりかねない。
 住所は本当に忘れている。あれから数年経っているのだから。

「ふふふ、お困りのようだね?」
「…」

 確実に知人である篠ノ之束に聞けば問題はないのだろうが…
 それでは何をされるか調べられるかわからない。



「ほい、ここに行けばいいよ」




 空中にディスプレイが出てきた。
 そこには恐らく彼女が指定した住所と思われる文字が書かれていた。

「どういうつもりだ」
「別に、唯の気まぐれと考えがあってだよ。君にも悪いことにはならないよ」







 篠ノ之束はあの後、人気のない場所で降ろしてと言い、そのまま路地の向こうに消えていった。
 この後何があるのかはわからないが、少なくとも今日の災難の峠は越えただろう。


 そうであってほしい。

 目の前にあるのは何の変哲もない一軒家。
 …正直、帰りたい。このままどこか遠くへ行ってしまいたい。

 だが、このままでは今まで以上に厄介なことになりそうな気がしてならない。

 そう考え、意を決してチャイムを押す。


「来たか」
「…一応、客人なわけなのだが」
「お前にそんな礼節は必要ないだろうさ」

 久しく見る彼女は、あの頃と変わらずだ。




「久しいな、千冬」
「お前は変わりないようだな、エミヤ」











「それで用件はなんなのだ?」
「そのことだが、お前は束に追われているな?」

 確かに追われている、というかストーカーのような感覚だった。つい最近はなかったが、今日に限っては答えに近しい物を持って来ていた。
 彼女の持つ技術であれば言っていたことも可能かもしれないが、それでも平行世界の移動時に付着、もしくは流れ込んだ物質の解析など可能なのだろうか。
 その場に機材を置いていたわけでもないだろうに。

 私の思考とは関係なく、千冬の話は進んでいく。

「あいつには私も手を焼いていてな。たまたま今回は電話に出たが、運よくだ。普段は何処にいるかもわからなければ、電話にも出ん。かけてくるのは時々あるが…
 私としては奴の動向を把握したい」

 話が見えない、というわけではない。
 寧ろ私は千冬に利用されるかもしれない。ただで利用されるのは断るが、彼女の性格から考えると、一方的な被害などは避けられるだろう。
 ただし、どちらにもリスクはあるだろうがな。

「そこで私を餌に篠ノ之束を釣りたい、と?」
「話が早くて助かるが、それだけではない。
 もう一つはお前に関係があり、私にも関係がある。私が今努めている学園のことだ」
「学園?」

 確か彼女は軍にいたはずではなかったか。
 いや、あの状況では違うのだろう。こちらに戻ってきて、違う職についたというところだろう。

「IS学園、と言えばわかるだろう」
「…IS操縦者、又はそれに関わる人材を教育する機関だな」
「ほう、俗世を離れていてもそれぐらいは判ったか」

 わからなければどうする気だったのか。それは聞きたくないので聞かないが。
 IS学園については旅の途中に何度か聞いたことがある。女性のみが載ることができるIS。その操縦者を育成するために世界各地から人材が集まるという学園。
 
「それが私にどう関係してくる。
 少なくとも男の私には関係のない話だ。その中で働かせてもらえると言うのであれば世の男連中は黙っていないだろう」
「そのまさかだ」
「だろうな。そんなことは無理に決まっている。
 そもそも君は何を私にさせたいのか―――話を戻そうか。君は一体何を言った?」

 聞き間違いではないのか?

「お前にはIS学園で働いてもらう」













「―――すまない、長い間旅を続けていた影響が出ているのかもしれない。疲れが出たようだ。
 すまないがもう一度言ってもらえるだろうか」
「お前にはIS学園で働いてもらう」

 聞き間違いではなかった。
 何故、どうして、Why?

「理由か? 理由は三つあるが、二つまでなら教えてやろう」
「残り一つは」
「お前が了承したと言えば教えてやろう」
「では遠慮させてもらおう」

 結論だ。私は篠ノ之束に関わる者全てから距離を取らねば危険だ。何をされるかもどういう行動に出るかも全く予想できない。信じられない。
 ISという存在そのものから離れなければ私に未来はない。確証がない。

「いいのか?」
「なにが良いのからはわからないが、私に被害が出ることは理解できた。
 話を聞くまでもないな。私を利用したい、それだけなのだろう? 男子禁制の場所に入れようとするなどそれ以外に何かあるだろうか」

 千冬は何も言わない。
 しかし、それが私の中で苛立ちを生み出す。図星なのか、以前の清々しい彼女は何処へ行ったのか。
裏がある。しかし、それを話そうとしない。それが自分の中で残念だったのかもしれない。

「私には関係ない。本来であれば人と関わりを持つことは避けるべき存在なのだ、私は。
 理解してほしいとは思わん、理解できるとも思わん。関わるな、それだけだ」

 用件は無くなった。

「ではな。篠ノ之束にはどうとでも言うといい。彼女には私が何者かはわからんだろうしな」

 突き放す、という言い方が正しいのだろう。
 私自身、ここまでよく言えたものだと思ってしまう。ただ、以前のままでないことが残念だけだったということだけかもしれないというのに。




 家を出て、そこから先はどうしようか。
 これまでの目的は果たしている。これからの目的がないが… これからどうしたいという目的がない。
 目的がないと、こうも私とは空虚な人間だったのか。



 …違うか。私にはそもそも、何も無かったな。



「エミヤシロウ!」

 

 叫び声に近いその声は紛れもなく千冬のもの。
 だが、どうしてだろうか。その声には緊迫した色がある。


 …先程の会話の中にもあったのだろうか。気が付けないほどに私は我を忘れていたのだろうか。




 俯き、その表情は視えず、見えるのは口元のみ。
 しかし、彼女が悩んでいるはわかった。
 わからない。どうして彼女はそんな表情をしているのかも、それに気がつかなかった私自身も。

 人の感情の機微には敏感だったはずだ。





「手を貸して、ほしい…!」




 絞り出すかのように、考え抜いた末の結論のように、彼女は口にした。




 
 
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