科学と魔術の交差
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7章
現れたのは… まるでウサギのような髪飾りを付けた女性。
イメージが沸きにくいが、不思議の国のアリスがウサギの耳を付けて現れたとでも言えばいいのだろうか。
しかし、彼女が何故ここにいる。顔は知っている。
世界から追われている。今の時代を作ったと言っても過言ではない張本人。
「篠ノ之束、か」
「うむ! 世界が認める天才だよ!」
自分で言っていて恥ずかしくは… ないのだろう。見る限り自信の塊のようだ女性だ。資料を見てそう思っていたが。
次世代の科学をたった一人で築いた彼女は天才だ。それもそこらにいる天才を凌駕する天才。
「君、面白いことしてるねっ! この私にそれ見せてごらんよ!」
見られていたか。そんな気配は感じなかったが… いや、ここにいるのも気配がない。
「映像か」
「むむむ? よくわかったね。ちーちゃん観察の為に用意しておいた私お手製の移動映写機を見破るとは! 貴様何奴!」
…めんどくさくなってきた。
仮に、ここに本人がいたとしても見られたから殺すという手段にはならないのだが。
私に用はない。
会うのはこれで最後だろう。あっちは指名手配中で私は国籍も存在もない危険な奴。ドイツ軍から情報が漏れるとは思わないが、用心してこれからの行動を考えねばなるまい。
「ちょっとちょっと。君のさっきやってたこと見せてごらんって」
無視だ。
早々魔術を見せる物ではないし、彼女に見せるのは魔術回路がなかったとしても危険な気がする。
なにせ、大魔術を科学で再現しかけている女性だ。それの理論もたった一人で確立している。すでに見られている物は仕方ないが、これ以上の情報の漏えいは危険だ。
「むぅ… 見せてくれないと君を国際指名手配犯にしちゃうぞ☆」
なにか入らん物まで付いていた気がするが…
「勝手にすればいい。元はそのような存在だ。今さら追われたとしても何も変わらない」
精々、魔術師が軍になるぐらいだ。それぐらいなら問題ない。
私はまだ何か言っている彼女を映す機械を置いて国から出て行った。
そこからがしつこかった。
私を本当に国際指名手配犯にしたらしく、郊外で銃を向けられた時は本当にやったのかと思った。
そこでは逃げ、戦闘はしなかった。
それに、どこで彼女が見ているかもわからないので、魔術の使用は控えた。使って強化ぐらいだ。
投影はしないようにして、二か月が経とうとしている時だった。
空からニンジンが降ってきたのは。
「…私は夢でも見ているのか?」
空からニンジンが降ってくるなど、人に話せば病院を紹介されかねん。
しかもそれが2m近くもあるニンジンであればより不気味にもなる。
「ふっふっふ、ついにこの時が来たようだねっ!
じゃじゃーん! 束さん登場!」
大仰にドライアイスでも使ったかのようにニンジンの中から出てくる彼女に私は本当に頭痛を覚えた。
「…何しに来たんだ?」
「何って、君の使っている技術が気になるから調べに来たんだよ? 君には興味ないけど、その技術には興味がるからねっ。
さぁ、私にその技術を調べさせなさい!」
どっから出したと突っ込みたくなるほど器具を取り出し、私に向かってくる。
…このまま大人しくしているのも面倒だ。私がここまで追われる原因になったのは彼女のせいだ。ドイツ軍との契約を即効で破ってしまったに等しくなったのは。
見せてやろうではないか。
魔術を。
「――――およ?」
彼女を中心として剣を射出。
ロボットのようなアームからなにから破壊する。私が危険だと思った物は悪いとは思うが破壊させてもらおう。
「うぅん」
彼女は難しい顔をして空間にディスプレイを浮かべると、何かを打ち込み始めた。
「空間に歪みは出来ないし、素粒子でもなさそう。でもそこに存在していて質量を伴って鉄を貫く硬度を持った剣…
おかしいなぁ… 私に判らないことなんてないのに…」
そこで彼女は初めて私に困ったような、不安そうな表情を見せる。
「いや、そんなことない。私は天才なんだし、わからないことはない。全ての現象には元となる事象があるんだし、それが分かれば…
でも何か観測できたわけでもない… 無から有を作るなんて考えられないし。じゃあそれに類似したなにか? でもそれなら観測できるはずだし、まるで――――」
「まるで魔法、か?」
「あり得ない!」
声を荒げ否定する。
科学者が信じるのは己の知識と結果が出る事象のみと聞く。それがオカルトに等しい物を目にすれば感情も高ぶるか。
いつも笑っていたからこうして真剣に悩んでいる姿は少々心苦しい。
「なんで? どうして? わからないなんて今までなかったのに…」
「それが今の科学の限界ということだ」
だが、私は突き放す。
「科学では理解できない、解明できない事柄もあるということだ。観測する技術が確立されていないということもあるだろう。この世界に私と同じ人間がいないかもしれないということもあるだろう。
私に構うな。私は君には理解できない人間だ」
魔術など理解しなくていい。
魔術の血生臭さなど知らなくていい。
それから、私の前に篠ノ之束が姿を現したことはない。
同時に、軍やその手の者たちから追われることもなくなった。
では、当初の予定通りに日本へ渡るとしよう。
密航も久しぶりだ。
その日、私の久しく動くことのなかった携帯電話が鳴った。
「もしもし」
『…ちーちゃん?』
「束、何か用か?」
珍しく、声に元気がない。いつもは煩わしいと思えるぐらいい元気な奴がこうまで元気がないと逆にこっちが表示抜けしてしまう。
『私にもわからないことってあったんだね』
「…なにをした?」
束の口からは衛宮士郎にちょっかいを出したことと、理論のわからない技術を調べたとのこと。
ドイツ軍はもとより、私も理解できなかったあいつの力。ISなどよりもさらにわけのわからない… いや、どこか得体の知れないナニだった。
「そうか、お前でも理解できなかったか」
『うん。あの人は観測する技術が確立されていないって言ったけど、考え得る全部のことはやったよ。でもなにも出てこない。新しい技術を投入してみても何もわからなかったよ…
まるで魔法だった』
魔法か。確かにあいつは魔法使いのように手元に取りだしていたな。
「ISではないのだな」
『むしろISだったらよかったよ。素粒子とかじゃなかったし… 本当に魔法だったのかな』
「かもな」
『え?』
らしくない。私らしくない。
自分の目で見たことは信じるがそれ以外はあまり信じることのできない私だ。
だが、あいつの力はISではない。ではほかにどんな技術がある? あれば束が観測できるし、解明できるだろう。天才なのは認めている。世の中を変えてしまうぐらいにはこいつの頭は異常なほどにおかしい。
「あいつは空から降ってきた。飛行機でも宇宙からでもない、空からだ。どういう理由かは一切わからない。だが、あいつの不可思議な力と強さは普通では言い表わせない。
だったら、魔法使いでいいんじゃないか?」
『――――そうだね。それでいいかもしれないねっ!』
その答えもらしくない。
だが、それでもこいつが少しでも元気を取り戻してくれればとりあえずは良いだろう。
『あ、ちーちゃん。さっき空から降って来たって言ってたけど、それっていつのこと?』
「ん? あれは確か――――」
その返答が、あいつと私達が再び出会う扉のカギになろうとは思いもしなかった。
福音事件のあと、俺は夏休みをまだ楽しめないでいた。
事件のことセカンドシフトした白式関係のことで毎日が取り調べ、調査、実験の繰り返しだ。
だけれど、それも今日だけは違う!
皆は今日が一週間の内で唯一の休みであることを知らない。
たまには一人になりたい時だってあるし、買い物もしたい、家のこともしたい。しばらく帰っていないから埃が溜ってるだろうし。掃除もしたい。
街に繰り出して楽しむぞ!
そんなことを思っていた2時間前。
俺の目の前にはウサミミ髪飾りを付けた友人の姉が知らない男性に指を刺していた。
「君はこの世界じゃない別の世界から来たんだねっ!」
世界は相変わらず、平和だ。
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